坂本龍馬暗殺<幕末の政情>

慶応三年(1867年)11月15日、京都河原町三条入ル 「近江屋」 で、盟友の中岡慎太郎とともに、龍馬は幕末の露と消えてゆきました。  坂本龍馬 享年33歳。
龍馬が何故に暗殺されなければならなかったのか、先ずは当時の時代背景をよく知っておく必要があります。

フランスは徳川幕府に洋式軍隊建設を働きかけ、武器販売をしようとしていたのに対し、グラバー、ジャーディン・マセソンなどイギリス勢は、薩長のはじめとする維新軍をけしかけ、武器を売りつけようとしていたのが、幕末の日本の状況です。

この頃、映画 「風とともに去りぬ」 の舞台ともなった、 アメリカの南北戦争(1861-1865)が終結し、大量の銃や弾薬などの兵器が在庫となり、兵器を製造していた会社は極度の経営難に陥り、余った兵器は上海の市場に持ち込まれていました。

特に幕末に日本に持ち込まれたミニエー銃、エンフィールド銃、スペンサー銃、などの小銃は、アメリカの南北戦争で広範囲に使用された小銃で、戦争終結と共に大量に上海市場に出回り、それが日本にも持ち込まれるようになったのです。

また、強力なアームストロング砲で有名な、イギリスのアームストロング社は、クリミア戦争の終結とともに経営難に陥り、
1863年にイギリス政府のバックアップの下で、事業の建て直しを図り、アジア地域、特に日本市場向けの兵器製造に転換したばかりの状況でした。



ジャーディン・マセソン商会でロンドンに駐在していたスチュアート・レンドル(Stuart Rendel)の関係資料の中に、
グラバー商会からの注文に関するものが残されていますが、当時のアームストロング社の売り上げの中で最も大きいものでありました。



ちなみに1865年4月にグラバー商会から入った注文は、70ポンド先込砲15門、12ポンド後装砲10門、8ポンド後装砲5門、6ポンド後装砲5門、合計35門の大砲および砲弾700トン、金額にして総額18万3847ドルに及ぶものでありました。 

この時の注文は、幕府の長崎奉行からのもので、まだグラバー商会としては、幕府向け・維新軍向けともに注文に応じていた時期のことです。 ちなみに、アームストロング社はロスチャイルド系の会社です。


この頃、世界で群を抜いていた2社の兵器メーカーは、イギリスのアームストロング社と、フランスのシュネーデル社で、いづれも戦争男爵のロスチャイルド系の企業で、アームストロング社が敵国フランスに武器を売り、シュネーデル社が敵国イギリスに武器を売るという事が平然となされている時代でありました。 

後にドイツのクルップ社、イギリスのヴィッカース社が加わり、この兵器製造4強と、火薬を支配するダイナマイト・ノーベル社とデュポン社の2強が、世界中に火の粉をふりまき、後の世界大戦を引き起こす事となります。

ビジネスのためには、国家をも売る 「死の商人」 といわれる企業・人々です。


江戸時代には、イギリスで蒸気機関による産業革命が起こり、1830年に蒸気機関車を走らせ、大きくて重いものを大量輸送できるようになりました。 これを見た当時のロスチャイルド財閥は金貸し業だけでなく、産業界にも進出することを決めました。 


既にヨーロッパ中の王家に取り入り金庫番となっていたロスチャイルドは、豊富な資金にものを言わせ、
ロスチャイルド・ウィーン家のサロモンが1835年に、ヨーロッパ大陸で初めて、ウィーンとボヘミア間で鉄道を走らせ、その名は 「フェルナンド皇帝鉄道」。




さらに、ロスチャイルド・パリ家のジェームズが、パリ・ヴェルサイユ間に鉄道を走らせ、フランス北部の都市とパリを結ぶ北部鉄道を建設し、その後ヨーロッパ中に鉄道網を張り巡らせました。今日のフランス国有鉄道SNCFは、フランス政府がロスチャイルドから払い下げを受けたものであります。


こうして鉄の需要が高まり、鉄鉱石を溶かし還元するにも石炭が必要となり、その大量の石炭を輸送するにも鉄道が必要となり、戦艦や銃をつくるためにも鉄が必要であった事から、ロスチャイルドは地下資源を求めて、国家のバックアップとともに、アフリカやアジアに進出してくるようになるのです。 


女性が好きなLVMH(ルイヴィトン・モエ・ヘネシー)もロスチャイルド系の会社で、その前身であるルイヴィトンは、この頃できた会社です。

南アフリカの金やダイヤモンド利権はロスチャイルドの手に落ち、次にインドの財宝が狙われ、最後はアジア最大の中国が狙われ、アヘンで国家が支配されるようになってしまいました。

中国の阿片で財をなしたのが、ロスチャイルドと縁戚関係にある、サッスーン財閥(紅茶や安室奈美恵が宣伝しているシャンプーでも有名)、ジャーディン・マセソン商会(マンダリンホテルグループはこの会社の傘下)であります。

最近、鉄鉱石の値上げで、「 リオ・チント・ヂング 」 という会社の名前をよく聞くと思いますが、これはロスチャイルドの会社で、この江戸時代から地下資源を求めて世界中に進出してきた資源会社で、パリでキューリー夫人が放射能の研究をするためのラジウム、ポロニウム、ウランなどの鉱石はこの会社が提供したものです。

ロスチャイルドが、キューリー夫人のパリでの放射能の研究を支援した関係から、フランスは原子力産業に強く、電気の約80%は原子力でまかなっており、現在でもヨーロッパ中に原子力でつくられた電気を売っています。

未来のエネルギーの核融合炉(ITER)の実験設備の建設で、日本と最後まで誘致争いをしていたのがフランスであったのも、記憶に新しいと思います。

また、ダイナマイトで有名なノーベルは、ロシアのバグー油田で掘削していましたが、資金繰りに困り、ロスチャイルドに融資を仰ぎ、その後火薬で大成功を収めました。


これもロスチャイルドの資金力、地下資源開発のための山の爆破、戦争産業での火薬需要があったから成功を収められたものであり、何をするにも常にロスチャイルドの影がつきまとい、ダイナマイト・ノーベル社はロスチャイルドの傘下におさめられてゆきました。
このような事実を考えると、ノーベル賞のことを、ロスチャイルド・ノーベル賞と言っても過言ではありません。

話を明治維新に戻しますと、インド、中国とアジアの大国を支配したロスチャイルドグループ、イギリス政府の次の狙いは幕末の日本です。国を2~3の勢力に分断し、自分達が操れるエージェントをつくり、その国を乗っ取るというのは常套手段です。

インドを支配するためのイギリスのエージェントが現在のタタ財閥で、ペルシャから来たゾロアスター教を信仰するタタール人です。
中国の阿片も、政府関係者は全て買収され、末端の中国人に阿片を運んでいたイギリス人は一人も無く、全て同胞の中国人だったのです。

日本も、フランスとイギリスにより幕府軍と維新軍に分断され、内戦によりアメリカ南北戦争の終結で経営難に陥った軍需産業の企業が、政府のバックアップで日本市場を狙い、大量の在庫の兵器は上海市場に流れ、大小さまざまな欧米の商社が、日本でのビジネスチャンスに狂乱していたのが幕末の日本です。

戊辰戦争が始まり、ビジネスチャンスを逃すまいと、大量の兵器をジャーディン・マセソン社に発注し、上海に在庫を持つグラバー、
焦げ付きを恐れてイギリス政府にも働きかけるジャーディン・マセソン商会、
維新戦争を絶対のものにすべく、「English policy」 で打倒徳川を明確にし、堂々と公の文書にも維新の志士たちをエージェントと書くイギリス政府。



もう、この戦争は誰にも止めることが出来なくなっていたのです。 
しかしながら全て裏を知り尽くしている坂本龍馬は、「船中八策」 で公武合体を説き、徳川に恩義を感じる公武合体派の土佐藩の山内容堂は、これまた全てが分かっている徳川慶喜とも話し合い、 「大政奉還」 により、欧米勢が期待するような大きな内戦を防ぎ、多くの日本人の命を救おうとしました。



これに慌て、怒ったのが、イギリス、フランス政府とその武器商人たち、そして打倒徳川の薩摩・長州藩であり、ここにグラバー、ジャーディン・マセソン、ロスチャイルドの操り人形となり、薩長の武器取引の仲介をしていた坂本龍馬は、孤立し、彼らにとてはもはや邪魔な存在でしかなくなったのであります。

しかしながら、イギリス、フランス、薩長は、この内戦を止めさせてくれません。 薩長の倒幕の機先を制するため、山内容堂が慶喜に大政奉還の建白書を提出したのが、1867年10月29日、
慶喜が朝廷に大政奉還の上奏文を提出したのが1867年11月9日ですが、それを事前にキャッチしていた岩倉具視の画策により、その前日に薩長両藩に倒幕の密勅が手渡されていました。



そして、邪魔になった坂本龍馬が暗殺されたのが、1867年11月15日。


http://kabukachan.exblog.jp/17765601/

薩摩、長州、芸州(広島)の三藩は京都。大阪に出兵し、1868年1月3日に薩摩、土佐、芸州、尾張、越前の兵に守られる中、王政復古の大号令がだされ、幕府の廃止と天皇を中心とする新政府の樹立が宣言されました。


折角、徳川慶喜が大政奉還により、内戦を防ごうとしたのに、挑発してくる薩長に対し、旧幕臣と会津、桑名両藩兵は激昂し、京都から大阪城へ移っていた慶喜も薩長征討を決意。


慶応四年(1868年)1月26日、旧幕府軍は京都にむけて進撃を開始し、27日の夕方、京都南郊外の鳥羽と伏見で薩長連合軍と衝突し、この鳥羽・伏見の戦いを機に、幕府軍vs維新軍の戊辰戦争(1868-1689)が勃発する事になります。


サッスーン財閥とジャーディン・マセソン商会
http://kabukachan.exblog.jp/22125528/





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by kabu_kachan | 2013-11-24 22:43 | 歴史 | Comments(0)
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