原子爆弾(ウラン型とプルトニウム型)製造競争

★「ロックフェラー=メロン」対「モルガン=デュポン(ロスチャイルド系)」の抗争


マンハッタン計画の誕生までを書いた。1942年の春から夏にかけて陸軍工兵隊のレスリー・グローブス将軍(准将のちに少将)が総合的な指揮をとるようになっていく。しかし、正式にマンハッタン計画が決定する前に、「S-1」が一つの契約を結んでいた。それは企画本部の設置を知り、この組織にいちはやく参画した人たちによった。ヴァニーヴァー・ブッシュもコナントもコンプトンも、これらの参画者を拒否できなかった。否、彼らは積極的に迎え入れたというのが正しい表現であろう。
新しい参画者は主としてロックフェラーおよびメロン財閥系の諸企業の経営者、研究部門の責任者クラスであった。どうしてか?

モルガンおよびデュポン・グループは、ロスチャイルド系のベルギー領コンゴのウラン鉱石をアメリカに運ぶために、コンゴに飛行場をつくり、道路を整備し、船を用意したりと時間と費用をかけていた。しかし、ロックフェラーおよびメロン財閥は、前述したように子会社のユニオン・カーバイトを持っていた。ユニオン・カーバイトはウラン鉱石を大量に保有していた。コロラドと南米のペルーにヴァナジウムを採った後のウラン鉱石を持っていた。
ヴァニーヴァー・ブッシュはロックフェラーと深く結ばれていたと思えるのである。どうしてか。企画本部の役員にロックフェラーとメロン系の人物を大量に迎えたからである。スタンダード石油は、英領コロンビアに重水工場を持っていた。その子会社のケロッグ・カンパニーはオークリッジの有毒ガスを扱う技術を持っていた。ユニオン・カーバイトは、大量のウラン鉱石をオークリッジに搬入した。
私たち日本人は今まで何も知らされずにきた。アメリカ側の一方的に都合のよい資料のみをおしつけられてきた。


ここではっきりと書くことにしよう。広島に落とされた原爆は「ウラン爆弾」であり、その爆弾に使われたウラン235は「ロックフェラー=メロン」が主として製造したものであったことだ。そして、長崎に落とされた原爆は「プルトニウム爆弾」で、これは、「モルガン=デュポン(ロスチャイルド系)」が主として製造したものであるということだ。
ここから何が見えてくるかを考えれば、広島と長崎の二つの都市に原爆が落とされた原因の半分以上が解明されるのである。


広島に落とされた原爆は、後述するが、早い段階で完成していた。しかし、プルトニウム爆弾の完成が遅れた。それでプルトニウム爆弾の完成を待って、まず広島にウラン爆弾が投下され、そして、やっと完成したプルトニウム爆弾が長崎に落とされるということになるのである。日本の敗戦の日も、プルトニウム爆弾の完成が遅れたために、遅れに遅れたのである。賢明な読者は、「なるほど、そうなのか」と思ったにちがいない。私がプルトニウム爆弾を中心にこの本を書く理由がそこにあるのだ。


『原爆の秘密〔国外篇〕』(鬼塚英昭 著)より。


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by kabu_kachan | 2014-08-09 21:24 | 軍事 | Comments(0)
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