20世紀最大の大嘘 < 南京大虐殺 >

「本物の写真」と「ニセモノの写真」の見分け方

「本物の写真」とは、「いつ・どこで・だれが」撮った写真かという条件が満たされていないといけない。

この条件が満たされていない写真はすべて「ニセモノの写真」と言うことになる。

報道写真として価値のない「ニセモノ写真」と付き合ってはいけない。


【日いづる国より】水間政憲、「眞相箱」の真相はかうだった!
https://www.youtube.com/watch?v=P08BE6Pru9M


「南京問題に完全決着をつける英文・中文新作計画他」
https://www.youtube.com/watch?v=d7_wlbSYk08

「ひと目でわかる『日中戦争』時代の武士道精神」
https://www.youtube.com/watch?v=bUOVBisWXDE

水間政憲(4)台本「真相箱」真相はかうだ
https://www.youtube.com/watch?v=ToUz8pxhSC8


★さくらじ#102、ひと目で分かる水間政憲のカウンター・プロパガンダ
https://www.youtube.com/watch?v=WEjUqOEuy5U



「南京大虐殺」という嘘話をでっち上げたのは誰なのか?

中韓が世界に広めているデタラメの南京大虐殺の記事が朝日新聞の本多勝一(本名が崔泰英と云う在日朝鮮人)が捏造していたことを知っていますか?
彼は朝日新聞社社長の広岡知男氏の知遇を得て校正係から出発して、記者になった男です。

彼が書いた「中国の旅」も広岡社長が訪中して中国首脳との打ち合わせで
「日本軍の残虐行為」というでっち上げを、証言者の話として発表しました。
ところがそれが全く根拠の無い仕込まれた内容で、中国のプロパガンダだったと云う事が近年になって明らかになってきたのです。

朝日による反日キャンペーンは成功し、中国共産党と在日朝鮮人による捏造によって、戦後の日本は自虐史観が広まり、結果的に土下座外交を招き、それに乗じて中韓からの精神侵略を受け、反日左翼の台頭を許して来たのです。

ちなみに広岡社長は自分のルーツが中国であることを側近に語っています。
また在日朝鮮人である本多勝一は京都大学卒になっていますが、京都大学の卒業名簿には本多勝一の名前がないことが近年わかってきました。

このように日本を叩き続けてきた売国朝日新聞をまだ読み続けますか?

渡部昇一&水間政憲
http://www.dailymotion.com/video/x115f4x_%E6%B8%A1%E9%83%A8%E6%98%87%E4%B8%80-%E6%B0%B4%E9%96%93%E6%94%BF%E6%86%B2-2013-06-21_news



http://www.sankei.com/premium/news/160501/prm1605010031-n7.htmlより。


2016.5.1 07:27更新

【歴史戦 南京が顕彰した男(上)】
南京記念館が賛美する元朝日記者 "大虐殺"の宣伝に貢献「小日本にもスゴい記者が…尊敬するよ」


「小日本(日本人に対する蔑称)の中にもスゴい記者がいたんだね。尊敬するよ」

 中国・江蘇省南京の「南京大虐殺記念館」。展示の後半にある「南京大虐殺史学研究及(およ)びその影響」というコーナーに掲げられたある男性の写真や著作に見入っていた50代の女性が、複数の同行者に大声で話しかけた。団体旅行とおぼしき年配の集団で、おそろいのピンクの帽子には浙江省寧波の地名が読み取れた。

 1997年に『ザ・レイプ・オブ・南京』を著した中国系米国人アイリス・チャンの紹介の左隣に大きなサングラスをかけ、素顔を隠した人物の写真が並ぶ。男性は元朝日新聞記者、本多勝一。「大虐殺」を世界に周知するうえで大きな貢献をした数人の日本人のひとりとして本多は顕彰されているのだ。


■   ■

 館内の展示は大半が中国語と英語のほか、日本語の説明も記されている。顔写真の真下に展示されていた本多の著書。ガラスケースの中には『南京への道』『裁かれた南京大虐殺』『中国の日本軍』など5冊が並べられていた。

 のぞき込んだ60代の男性は「日本人が研究した南京大虐殺の真相の本なんだから、なんで日本人全員が読んで謝罪しないんだ?」と、横にいた女性に向かって話した。

本多が取材で使ったというフィルム式の小型カメラ2台と、使い捨てのノック式ボールペン1本が仰々しく飾られていた。証言を丹念に集めた取材で「真相」を本多が突き止めて告発した、とアピールしたかったようだ。

 団体旅行の男女に話しかけたい衝動に一瞬かられたが、4年前に記念館で取材していた共同通信の男性記者が「おまえは日本人か」などと叫んだ中年の中国人の男から首を絞め上げられ、別の男からも殴る蹴るの暴行を受けた事件が頭をよぎった。

 このため展示の前でしばらく黙って観察していたが本多の存在を事前に知っていたと思われる中国人は見当たらなかった。参観者の多くは展示をみて、初めて「本多勝一」の名を知り、その上で「朝日新聞」に好印象を抱いたようだった。

 同じコーナーには、旧日本軍人としての南京での経験から「南京大虐殺」を告発したという著書『わが南京プラトーン 一召集兵の体験した南京大虐殺』を昭和62年に出版した東(あずま)史郎の顔写真のほかに、「中日友好」と東が書いた色紙も飾られていた。日本では日中両国について記す場合、「日中」と表現するのが通例だが、東はあえて「中日」と中国を先にした。

東は元上官から名誉毀損(きそん)で提訴され、東京地裁で「残虐行為を裏付ける客観的証拠はない」として損害賠償を命じられたが、控訴した。平成12年1月には最高裁で敗訴が確定している。記念館の展示ではそうした事実にはなんら触れず、本多やアイリス・チャンと並ぶ尊敬すべき人物としてスポットライトを浴びていた。


■   ■

 記念館であえて日本人の名前を出し、写真や物品まで展示して中国人にシンパシーを感じさせようとする狙いについて、南京のある歴史研究家は、「『少数の日本軍国主義者と大多数の日本人民を厳格に区分せよ』という毛沢東の対日政策『二分法』が南京でも生きている」と語る。

 二分法は「共通の敵を打倒するため連帯できる諸勢力と共闘する」との毛の理論。日本人全員を敵に回すことは中国にとっても得策ではないという。

 記念館は熊本地震に対し、4月15日にインターネット上で「友人のみなさんご無事ですか?」とする異例の見舞いメッセージを発表した。中国語のただし書きで、「熊本出身者を中心に編成された日本陸軍の師団が南京大虐殺の元凶だったが、熊本県日中友好協会の関係者が20年以上も記念館を訪れ、犠牲者を悼んでいる事実がある」などと説明した。善意に基づくメッセージと思いたいが、本多らを展示でたたえた手法に近い印象も残った。

「愛国教育基地」として、地元や周辺地域の小中学校の児童や生徒の必須の参観場所となっている記念館。中国の主張に同調する発言を行う日本人や関係者のみを"味方"と位置づけて、それ以外を敵視するという「二分法」を実践するほか、日本国内の世論を分断させることも対日工作の基本だと植え付けようとしているようにみえる。


根拠なき「30万人殺害」 南京での取材「2日間で4人」

 「南京大虐殺記念館」で顕彰されている元朝日新聞記者、本多勝一はカナダ北極圏の先住民に密着取材したルポルタージュなどで評価を高め、かつて「『朝日』のエース」(「週刊新潮」昭和46年9月25日号)ともてはやされたジャーナリズム界の"寵児(ちょうじ)"だった。

 その本多と「南京」のかかわりは46年、朝日新聞夕刊での連載記事に始まる。タイトルは「中国の旅」。この年6月から7月にかけ約40日間、本多が中国各地を回った際の取材ルポだ。

 連載は8月から12月まで全40回に及び、旧日本軍兵士らが中国各地で行ったという生々しい「残虐行為」を毎回のように克明に伝えた。

 「強制連行に反対した労働者が、その場で腹をたち割られ、心臓と肝臓を抜きとられた。日本兵はあとで煮て食ったという」

「日本兵は、赤ん坊を母親の手からとり、地面に力いっぱいたたきつけた」

「日本兵は、赤ん坊を母親の手からむしりとると、その面前で地面に力いっぱいたたきつけた。末子は声も出ずに即死した」

 これらは、本多が中国で取材した「生き証人」らが語った内容だった。にわかには信じがたい「蛮行」の数々は、当時の日本社会に大きな衝撃を与えた。

 反発も大きく、一連の記事は、旧日本軍関係者らが否定したり、多数の疑義が呈されたりした。朝日に対しては「ごうごうたる非難の投書が東京本社に殺到した」(朝日新聞社史大正・昭和戦前編)といい、論壇では「中国の旅」が報じた「南京大虐殺」などをめぐって論争が巻き起こる。


■   ■

 「日本軍は長江に近い二つの門も突破して、南京城外へくりだした。(中略)南京城北七キロの燕子磯では十万人に及ぶ住民を川辺の砂原に追出しておいて、機関銃で皆殺しにした。(中略)南京城内も合わせて約二十万人が殺されたとみられている」(46年11月5日朝日夕刊)

 これは9歳のころ、「南京大虐殺」を体験したという南京港務局内河船員の姜根福(連載当時43歳)が、本多に語った12年12月の南京陥落後の状況だ。

 「中国の旅」第3部は「『南京大虐殺』の被害者たち」の証言を10回にわたり伝えた。46年7月、空路南京入りした本多が、「二日間に四人から取材した」内容だ。

四人のうちの一人、姜の話を基に本多は「紫金山でも二千人が生埋めにされている。こうした歴史上まれに見る惨劇が翌年二月上旬まで二カ月ほどつづけられ、約三十万人が殺された」(46年11月5日)とも伝えた。

 広島、長崎への原爆投下による合計犠牲者(推定)に匹敵する20万人や、「南京大虐殺記念館」の入り口に大書されている30万人が犠牲者数としてさらりと登場する。だが、姜は何ら根拠は示していない。

 一方、12年12月の南京攻略戦時、取材団80人あまりを現地に送り込んだ朝日新聞は、本多の記事とは全く異なる情景を報じている。

 「中山路の本社臨時支局にゐても、もう銃声も砲声も聞えない。(中略)もう全く戦争を忘れて平常な南京に居るやうな錯覚を起す。住民は一人も居ないと聞いた南京市内には尚十万の避難民が残留する。ここにも又南京が息を吹返して居る」(「東京朝日新聞」12年12月16日)

 連載当時、南京攻略戦に参加した元兵士や従軍取材した朝日新聞記者が多数存命していた。にもかかわらず、本多が日本側の証人に、裏取り取材をした形跡は見られない。

 「南京事件」をめぐるプロパガンダ(政治宣伝)を研究している明星大学戦後教育史研究センターの勝岡寛次はこう指摘する。

「彼のルポルタージュは中国の"御用聞き"よろしく、史実に対する一切の検証も批判も度外視し、中国側の言い分を朝日新聞を通じて、一方的に垂れ流すものにすぎない」


■   ■

 「歴史戦」取材班は4月、本多が編集委員を務める週刊金曜日編集部を通じ、「中国の旅」第3部で取り上げた中国人の証言や証言に基づいて報じた内容がすべて「歴史的事実であると考えるか」と質問した。同編集部によると、本多からは「『産経新聞』の取材・報道姿勢等にこれまで多くの疑義を抱いているため、回答は差し控えたい」という趣旨の連絡があったという。

 取材班は朝日新聞広報部にも「中国の旅」に関して「事実と異なる部分」について今後紙面で訂正や取り消しをする予定はあるか質問した。広報部は「古い話であり、現時点では回答できることはありません」としている。(敬称略)


 中国が「南京大虐殺」を広めるうえで大きな役割を果たした本多勝一。「歴史戦」第16部では、本多の記事が与えた影響について検証する。(敬称略)




2016.5.2 13:00更新

【歴史戦 南京が顕彰した男(中)】
なぜ中国は「南京大虐殺」を記憶遺産に登録しながら証拠開示を拒むのか? 「中国の旅」の影響なお


http://www.sankei.com/politics/news/160502/plt1605020007-n1.htmlより


■「朝日記者著書は必読の教材」

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)は昨年10月、中国提出の「南京大虐殺文書」を記憶遺産に登録した。「大虐殺」を示す文書や写真などで構成されているとされるが詳細は明らかになっていない。中国が公開を拒んでいるためだ。

 外務省の国際文化交流審議官、下川眞樹太は4月28日、自民党の部会で中国側が「技術的な問題」を理由に、登録資料の大半の閲覧を拒んでいると説明した。登録資料は中国国内の公文書館などに保存されている。外務省が一部施設で資料を確認した後、2月に検証を進めようとしたところ、態度を急変させたという。このため、日本政府はいまだ登録資料の真贋(しんがん)性を検証できていない。

 出席議員からは「都合が悪いから見せないのではないか」との意見も出た。"証拠"であるはずの資料を中国がひた隠しにする「南京大虐殺」だが、今の日本の教科書には「事実」として掲載されている。

 「日本軍は12月、南京を占領しました。このとき、国際法に反して大量の捕虜を殺害し、老人・女性・子どもをふくむ多数の市民を暴行・殺害しました(南京事件)」

 今年度から筑波大付属駒場中や灘中など最難関校を含め、30以上の国立、私立中で使用される「学び舎」(東京)の中学校用歴史教科書の記述だ。

 東京書籍の中学歴史教科書も「女性や子どもなど一般の人々や捕虜をふくむ多数の中国人を殺害しました(南京事件)」と記載し、「『南京大虐殺』とも呼ばれます」と注釈を付けた。

 「南京事件」は戦後、一貫して歴史教科書に記載され続けてきたわけではない。東京書籍の中学歴史教科書の場合、昭和53年度用(52年検定済み)から「南京虐殺」の文字が登場した。

 犠牲者数はこの時点では「おびただしい数」とあったが、その後、「20万以上ともいわれる」「中国では(中略)30万以上とみている」(59年度用)と記されるようになる。

 「南京事件が初めて教科書に登場したのは、昭和49年度の中学校の検定の際であった」

「以後、他社の教科書にも同様の記述が見えるようになり、次いで高等学校の日本史教科書にも及ぶようになっていった」

 文部省(現文部科学省)で教科書調査官を務めた時野谷滋は自著でこう述懐している。49年は元朝日新聞記者、本多勝一による「中国の旅」の連載の3年後、ベストセラーとなった単行本出版の2年後に当たる。

 歴史教科書における南京事件の記述を調べた明星大学戦後教育史研究センターの勝岡寛次は解説する。

 「教科書の執筆から検定までに通常1、2年かかることからすると、49年に突如、南京事件が教科書に登場したのは、朝日新聞が連載した『中国の旅』の影響なしには考えられない」

もっと明確な形で「中国の旅」の影響を受けたのは、教科書に合わせた教師用指導書だった。例えば実教出版の教科書「高校日本史」用の指導書(61年検定済み教科書用)は、本多の著作をこう強く推薦する。

 「中国での日本軍の残虐行為は本多勝一著『中国の旅』『中国の日本軍』が必読文献。とくに後者の写真は良い教材となる」

 『中国の日本軍』とは『中国の旅』の姉妹編で旧日本軍による「残虐行為」とした写真を多数、掲載している。腹部が裂け内臓が見える女性の遺体や焼け焦げた遺体など思わず目を背けたくなる写真ばかりだが、そこにも中国のプロパガンダ(政治宣伝)の影響が色濃くうかがえる。

■兵士が保護→婦女子狩り/鶏を購入→略奪…中国が朝日写真悪用しうのみ

 元朝日新聞記者、本多勝一の著書『中国の日本軍』(昭和47年)には、小銃を肩に担いだ軍服姿の男性らとともに、橋を渡る女性や子供たちの一群の写真が掲載されている。説明文はこう断言している。

 「婦女子を狩り集めて連れて行く日本兵たち。強姦(ごうかん)や輪姦は七、八歳の幼女から、七十歳を越えた老女にまで及んだ」

 だが、この写真は12年11月発行の「アサヒグラフ」が掲載した「我が兵士に護られて野良仕事より部落へかへる日の丸部落の女子供の群」であることが後に判明した。

 鶏2羽を肩から提げて笑顔を見せる日本兵の写真も同様だ。説明文には「ヤギや鶏などの家畜は、すべて戦利品として略奪された」とある。

 これももとは12年12月5日発行の「支那事変画報」(週刊朝日・アサヒグラフ臨時増刊)の掲載写真で実際は代価を払って鶏を購入していた。

2枚の写真には共通項がある。ともに1938(昭和13)年に中国で発行された『日寇暴行実録』に収録されていることだ。

 『日寇-』は日本軍がいかに凶悪かを内外にアピールするため、蒋介石がトップの国民政府軍事委員会がまとめた戦時プロパガンダ(政治宣伝)本である。

 2枚の写真は日本の雑誌から無断使用され、『日寇-』に転載された段階で、キャプションが捏造(ねつぞう)された。『中国の旅』も『日寇-』が使用したのと同じ写真を多数、掲載している。

 このようなずさんで誤った内容であったにもかかわらず、教師用指導書で強く推薦されたことから、本多の著書を使用した教員も少なくなかったとみられる。中国の戦時プロパガンダは朝日新聞を介して日本に広まり、青少年の教育現場に浸透していった。

三省堂発行の高校日本史の教師用指導書(平成元年3月初版)は「追加史料 南京大虐殺の証言」として、本多の『中国の旅』から機関銃による住民10万人の殺害などを語った姜根福の証言などを引用している。「解説」欄では、「(旧日本軍の)2人の将校の間で、どちらが先に中国人を100人殺せるかという殺人競争」と書き、いわゆる「百人斬り」を「史実」として紹介した。

 本多は姜が語った話としてこう報じていた。

 「AとBの二人の少尉に対して、ある日上官が殺人ゲームをけしかけた。南京郊外の句容から湯山までの約十キロの間に、百人の中国人を先に殺した方に賞を出そう……」

 「結果はAが八十九人、Bが七十八人にとどまった。湯山に着いた上官は、再び命令した。湯山から紫金山までの約十五キロの間に、もう一度百人を殺せ、と」

 姜自身も示唆しているがこれは戦時中に東京日日新聞(毎日新聞の前身)が報じた記事を基にしている。東京日日で2人の少尉の撮影に携わった元カメラマン自身が「あり得ない話だ」と否定している話である。

毎日新聞自体も元年に発行した「昭和史全記録」で、「この記事の百人斬りは事実無根だった」とかつての自社報道を否定するなど、戦意高揚のための創作記事だったことが通説になっている。

 ところが、「中国の旅」の影響で、この虚構が学校の教室では「歴史的事実」とされてきた。最近では24年に富山県で行われた日教組の教育研究全国集会で、百人斬りを題材にしたこんな「平和学習」の教育実践が報告されている。

 「日本は中国に攻め入って、たくさんの中国人を殺しました」

 「戦争になったら、相手国の人をたくさん殺せば殺すほど勲章がもらえてたたえられるんです」

 百人斬りの新聞記事や写真を用いた授業を受けた生徒らは、「中国人は日本からされたことを許せないと思う」「つらい過去と向き合い、立ち向かうことが償いだと思う」などの感想を述べていた。

朝日新聞が26年に設置した慰安婦報道検証のための第三者委員会では、慰安婦狩りを偽証した吉田清治に関する報道と類似したケースとして、百人斬りがこう取り上げられている。

 「戦争中の兵士が、勝手に行動できるのか、『審判』のいないゲームが可能なのか、少し考えれば疑わしい話なのに、そのまま報道され、相当広く信じられてしまった」

 朝日報道を「事実」と認識して引きずられ、ゆがんだ歴史観を教えた教師も、教えられた生徒も被害者だといえないか。(敬称略)



朝日(アサヒ)新聞ですよ。
  ☟
日本軍による南京占領5日目の朝日新聞
20131217224402_123_4
(右)武器も持たず中国人から買い物をする日本兵。
(中上)南京に戻ってきて畑を耕す中国人農民。
(中下)平和になって南京に戻ってきた中国人ら。
(左)中華街の名物、街頭床屋。子どもも大人も手製の日の丸の腕章をして笑っている。
(朝日新聞 1937.12.18付)

http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/nankingmj.htm



「南京大虐殺」の嘘~南京入城の記録映像と証言
http://www.dailymotion.com/video/x3fnwff



虐殺されたはずの南京市民
https://www.youtube.com/watch?v=W-Erp_T3kjI&nohtml5=False

そもそも 南京事件と言うのは 東京裁判で アメリカが必要に迫られて出してきた物です何故必要に迫られたのか? 答えは簡単です  アメリカは日本の各都市への絨毯爆撃や 2個の原爆投下によって 非戦闘員の無差別大量大虐殺を 行ないました  したがって アメリカには 日本がそれ以上の残虐な行為をした と言う事実が必要となり 中国国民党のプロパガンダを利用して 日本に無実の罪を 擦り付けたのです  東京裁判自体 戦勝国による 報復裁判であり 事後法とも相まって とても裁判と呼べる代物ではありませんよって 裁判ショーと 揶揄されています   しかし 負けた国の哀れさで やりたい放題 やられてしまった訳です


★もともと朝日(アサヒ)新聞であったのが、朝日(チョウニチ)新聞に変わって、在日記者と一緒になってでっち上げた嘘話が「南京大虐殺」であった。

★反日包囲網はいかにして生まれたか(水間政憲氏)
https://www.youtube.com/watch?v=zUutN_J1wq0&nohtml5=False

古来の日本民族を貶めて押さえつけるために、在日が日本民族の上に立って国を治めていくために、古来の日本民族に「南京大虐殺」をやったという烙印を押す必要があったのである。

全て「ニセモノの写真」を使って、確かな証拠もない「ニセ証言」を書き連ねて、壮大な「南京大虐殺」という大嘘話をでっち上げたのである。

在日にとっては、日本人が南京大虐殺をしようが、従軍慰安婦を強制連行しようが、自分たちの知ったことではないのである。
むしろ内心では「ざまあみろ。いい気味だ。」と笑っているのである。まぁ、在日にとっては、他人事ってところかな。

在日メディアもほとんど報道しないであろう。抗議もしないであろう。所詮、他人事だからどうでもよいのである。

自分の先祖を辿っていくと朝鮮半島に行き着く人たちにとっては、どうでもよいことなのである。
日本のメディアの正体がよくわかるというものだ。
【新春特別対談】渡部昇一氏に聞く
https://www.youtube.com/watch?v=axqdVqS1SLw

      
日本のテレビと新聞の正体(復習)
http://kabukachan.exblog.jp/25001461/

・・・・☟
南京大虐殺 研究について(その1) 
http://www.history.gr.jp/nanking/lie.html
松尾一郎  (第1回)
https://www.youtube.com/watch?v=ajjn2GXUJuk

・・・・☟
★「日寇暴行実録」について
南京大虐殺 研究について(その10) 松尾一郎 第11回
https://www.youtube.com/watch?v=Rby-m7iDkQI

漢奸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
南京攻略戦後の南京市内で撮影された『首都各界抗敵後援会』発行のポスター。日本軍に好意を持つものは『漢奸』と呼ばれ、裏切り者として処分される。右上は、群衆に殴打される姿。右下は飛行機に信号を送ったものはかえって爆死するという意味。左上は裏切り者が捕えられて銃殺されている。左下はさらし首にして公衆への見せしめにしている。[1]

漢奸(かんかん、ハンジェン)とは、漢民族の裏切者・背叛者のことを表す。転じて、現代中国社会においては中華民族の中で進んで異民族や外国の侵略者の手先となる者を指している[2]日中戦争の際には、漢奸狩りが実行され、多数が虐殺された[3]



南京大虐殺 研究について


第12回



https://www.youtube.com/watch?v=P0hf6oBNXPs



・・・・☟

「ひと目でわかる『日中戦争』時代の武士道精神」の

活用方法を著者水間政憲が徹底解説


https://www.youtube.com/watch?v=bUOVBisWXDE





元朝日新聞の本多勝一、


写真捏造を認める


https://www.youtube.com/watch?v=9y4JOIYhbfk




★「南京大虐殺」とは、「虚構・ウソ話」の産物である。
http://kabukachan.exblog.jp/25493845/


★「南京大虐殺」捏造の歴史
http://kabukachan.exblog.jp/25580971/



★「在日」に支配されている「日本のテレビ」
http://kabukachan.exblog.jp/22551131


【水間政憲】済南事件・通州事件は日支闘争計画である
https://www.youtube.com/watch?v=QRw5dXhP_Uw



鳴霞先生、本多勝一を叱る!「『中国の旅』は嘘ばっかり!」
https://www.youtube.com/watch?v=enNzL1BPpoU&nohtml5=False



南京大虐殺でっち上げ朝日・本多勝一  花田紀凱・週刊誌欠席裁判
https://www.youtube.com/watch?v=F-rzV2xyVEs&nohtml5=False




渡部昇一ほか保守論客30人が熱弁@ 「南京大虐殺」の歴史捏造を正す国民大集会20151128125901
https://www.youtube.com/watch?v=L_C7KVAfPls


朝日新聞倒産に追い詰める水間政憲の神発言!朝日新聞が必死に隠すヤバすぎる急所を大暴露
https://www.youtube.com/watch?v=tbWl1rtTIbw



リアル南京市民の証言!「虐殺なんて見たことも聞いたこともない」
https://www.youtube.com/watch?v=fu9bYD-U9vA&nohtml5=False


【緊急記者会見】ユネスコが中国の「南京大虐殺」捏造資料に太鼓判~戦勝国の歴史創作を許すな!
https://www.youtube.com/watch?v=wkYRGh0xpHQ



「南京問題に完全決着をつける英文・中文新作計画他」
https://www.youtube.com/watch?v=d7_wlbSYk08


アパホテルが南京大虐殺否定本で炎上!~中国政府、激怒!【ザ・ファクト】
https://www.youtube.com/watch?v=jjHG1y0pOkg





まとめ


『南京大虐殺』という虚構(嘘話)が、

 どのようにしてでっち上げられたのか?


①終戦直後に開かれたいわゆる「東京裁判」で、アメリカは原爆投下が国際法違反であることに気がついて、それに見合う日本側の犯罪行為を探した。そして日本軍が南京攻略時に犯罪行為を行なったという噂(おそらく便衣兵の殺害を一般市民の虐殺と勘違いして広がった)を聞きつけて、その証言を調べもせずに採用して「南京大虐殺」をでっち上げた。


②1970年代に朝日新聞の記者だった本多勝一氏が中国に行って取材した『中国の旅』が朝日新聞に掲載されて、後に本になって出版された。この『中国の旅』の中で、日本軍が南京攻略時に中国の一般市民を大虐殺したと写真入りで大きく紹介された。この『中国の旅』は当時、日本中に衝撃を与えた。私も本屋でこの本を手に取ってみたときの驚きと衝撃は忘れることはできません。当時、本多勝一記者はスター記者であった。学生であった私も彼のファンでした。彼の書いた本は10冊以上持っていた。ちなみに、彼がNHKの受信料を支払い拒否していることをこのとき知った。


ところが、後でこの『中国の旅』の中で掲載されている日本軍が行なったとされる虐殺写真がすべて「ニセモノの写真」であることが判明した。

『中国の旅』はとんでもない「デタラメ本」だったのである。

「南京大虐殺」という言葉は、このデタラメ本『中国の旅』から日本中に広がった。


★やまと新聞水間政憲論説委員緊急収録「元朝日新聞記者本多勝一氏が南京事件捏造写真誤用を認めた歴史的意義
https://www.youtube.com/watch?v=6gP4tUnzOtk&nohtml5=False


★【水間政憲】南京大虐殺陥落!本多勝一、写真捏造を認める![桜H26/9/18]
https://www.youtube.com/watch?v=9y4JOIYhbfk&nohtml5=False

★水間政憲①【邪教朝日新聞】の日本つぶし
https://www.youtube.com/watch?v=P72omWQpypc&nohtml5=False

★水間政憲②【朝日新聞】とパチンコ仲間達
https://www.youtube.com/watch?v=-TP-3JeWkVw&ebc=ANyPxKqo1CP5NyhqPzJim0dUihLOFvTUOX09YppZkwMt3_jFKaCsfAIKdKqhvlrCl-mpGOcCLuTyGRmV-j8J_qC5cNPLH5TTsA&nohtml5=False


③そしてこの「南京大虐殺」という言葉を世界中に広めた本が1997年、中国系アメリカ人、アイリス・チャンの書いた『ザ・レイプ・オブ・南京』である。
『ザ・レイプ・オブ・南京』の中で使ってある写真も本多氏の『中国の旅』とおなじものですべて「ニセモノ写真」であった。もちろんこの本の内容もとんでもない「デタラメ本」である。


『ザ・レイプ・オブ・南京』(1997年11月)


原題:『The Rape of Nanking: The Forgotten Holocaust of World War II』

日中戦争(支那事変)における「南京大虐殺」について書かれたものである。

ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに10週間掲載された。



★本多勝一と朝日新聞社

http://kabukachan.exblog.jp/25644975/



★朝日新聞社=国賊新聞社=売国奴

http://kabukachan.exblog.jp/25697439/





[PR]
by kabu_kachan | 2016-05-03 22:00 | 捏造 | Comments(0)
<< 「南京大虐殺」捏造の歴史 アメリカという国に、正義を主張... >>