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安倍晋三の正体(朝鮮人)

岸信介が日韓国交正常化を踏み台に、地元・山口県と韓国にまたがる形で築いた「王国」と人脈は、彼の秘書官を経て政界に打って出た娘婿・安倍晋太郎(晋三の父)にも受け継がれた。その上、晋太郎は在日コリアン(以下、在日)とのパイプをさらに太くしていく。

かつて晋太郎が住み、いまは晋三名義となっている敷地面積2千平方メートルの豪邸は、下関市街を見下ろす高台に建っている。

この家のかつての持ち主の名は、吉本章治という。福岡市に本社を置くパチンコ店チェーン・七洋物産の創業者で、日本に帰化した在日1世である。

晋太郎は長らく、自宅と地元事務所を七洋物産の子会社から格安で賃借していたほか、福岡事務所をタダで借り、スタッフの提供まで受けていた。自宅は後に晋太郎が購入しているが、地元事務所は現在まで借り続けている。


"トラブル処理"に強い人脈


吉本は下関で商売を始め、地盤を九州に広げつつ成功を手にした。

数年前に80才で他界した吉本は生前にも、晋太郎については「生きる姿勢が在日と良く似ている」「本当に気のいい男だ」などと語るだけで、深い部分については容易に語ろうとしなかったという。

下関出身の在日の会社経営者によれば、吉本は地元の"トラブル処理"において、きわめて強い人脈を持っていたという。

「吉本さんは若い頃、訳あって妻子の元を離れていた時期があったんです。その間、彼の妻子の面倒を在日の鯨肉業者が良く見ていました。
その後、この業者の次女が、ある画家に嫁いだ。映画館の看板を描いていたその画家は、なかなか腕前がよく甲斐性もあったのですが、父親が死ぬとその遺言を受けて、下関のトラブル処理に関わる"稼業"を継がねばならなくなった。そうなって以降、商売に成功して鯨肉業者に恩義を感じていた吉本さんが、その"稼業"をバックアップしていたのです」


「トップ当選」を果たすために


また、吉本のそうした人脈は、安倍家ともつながっていったという。

「吉本さんは、北九州地域の"トラブル処理"に強い影響力を持っていたK氏という人物とも親密でした。安倍家の人間の中には、吉本さんの奥さんやK氏の夫人と海外旅行などに出かけていた女性もいます」

興味深いのは、晋太郎が在日の支援を受けなければならなかった理由だ。

意外かもしれないが、もともと晋太郎の選挙地盤はぜい弱だった。中選挙区時代に晋太郎が立候補したのは旧山口1区だが、岸の地盤を継いだわけではなく(岸は旧山口2区)、落下傘候補に近い。実際に2回目の選挙では落選の憂き目にあっている。地元政界の事情通が話す。

「旧山口1区の定数は4議席で、3つを自民党候補が分け合い、残りを社会党が取る構図が定着していました。次期総理をねらうには単に当選するだけではダメで、トップ当選が至上命題だった。
しかも、晋太郎さんには林義郎元蔵相という強力なライバルがいました。林家は下関の三大名家のひとつで、サンデン交通や山口合同ガスといった地元大手企業のオーナー筋に当たる。それに勝つために、晋太郎さんは中小企業を幅広く糾合する必要があった。
在日の企業は資金力があり、多くの従業員を抱えていた。帰化していれば献金しても問題ないし、従業員はほとんどが日本人ですから、票集めの上でも無視できなかったはずです」


児玉誉士夫と町井久之が号令


また、晋太郎は地元での票の取り合いに加え、中央政界での権力闘争でも勝ち抜かなければならなかった。時は、派閥政治の全盛期である。総理の座をつかむには、カネはいくらあっても足りない。

ちょうどその頃、下関では日韓国交正常化で商機をつかんだ在日の商売人が急速に力を増していた。

ある在日の水産業者は漁獲だけでなく、「副業」からも莫大な収入を得たという。

「むかし、貧しかった頃の韓国では日本製の腕時計がたいへんなステータスで、安いモノでも高く売れた。しかし普通に輸出したのでは高率の関税がかけられる。そこで、船員たちの下着に時計をいくつも縫いつける方法で密輸したんです。だから下関の時計屋は縫い子の女性をいっぱい雇っていたものです」(前出・在日の会社経営者)

水産業以外の商売でも、在日はおおいに潤った。

「下関の全盛期、漁師たちは大金を握りしめて陸に上がり、酒にオンナ、博打で湯水のように使った。在日はもともと、水産業よりそっちの商売が強かった。大きくなったパチンコ屋は、あのとき商売の土台を築いたんです」(同前)

その後、下関の水産業は乱獲のため水揚げが減少。急速にパワーを落として行った一方で、バブルの追い風を受けたパチンコマネーは拡大を続けた。

地元の在日が日々稼ぎだす膨大なキャッシュに、総理の座をうかがう政治家が魅力を感じないはずもない。

一方、在日の中からは、こんな話も聞こえる。

「岸さんが児玉さん経由で、町井さんに晋太郎さんへの支援を要請したと聞いています。韓国民団草創期の大幹部だった町井さんは、下関にも仲間が多く、いくらでも号令をかけることはできましたから」(同前)

もっとも、町井から声がかからずとも、下関の在日が晋太郎を支援する理由はいくらでもあった。韓国と北朝鮮の国力に今ほど大きな差がなく、冷戦下で熾烈な体制間競争が繰り広げられていた時代である。「未来の総理」と親交を深めることは、韓国系の民団と北朝鮮系の朝鮮総連の双方にとって重要な課題だったのだ。

安倍晋三首相の父・晋太郎は1974年、農林大臣(当時)として初入閣している。晋太郎に接近し、漁獲や水産物輸入枠の割り当てで便宜を図ってもらおうと考える水産業者は日本人にも在日コリアン(以下、在日)にもいたという。

「実際、晋太郎さんの関係者の助力を得て、実績を大きく伸ばした在日の水産業者もいます。その会社は晋三さんの代になっても支援を続けている」(前出・政界事情通)

晋太郎はさらに内閣官房長官、通産相、外相とキャリアを重ね、権力の階段を着々と登って行った。

晋太郎が「未来の総理」として嘱望されるようになったこの時代、韓国と北朝鮮の国力には今ほど大きな差はなく、両国は冷戦の真っただ中にあって熾烈な体制間競争を繰り広げていた。

韓国では1980年5月に光州事件が発生。軍の介入によって市民に多数の犠牲者が出たことで、クーデターで権力を握った軍事政権に対し、国際社会は厳しい視線を向ける。一方、経済力で韓国に差をつけられつつあった北朝鮮も焦りを募らせていた。巻き返しが思うように行かない危機感の表れか、1983年にはラングーン爆弾テロの暴挙に打って出る。


民団・総連の双方とパイプ


こうした本国の事情は当然、在日本大韓民国民団(以下、民団)や在日本朝鮮人総連合会(以下、朝鮮総連)にも影響を与えた。日本政界のニューリーダーである晋太郎と太いパイプを持つことが、重要な課題となったのだ。

「実際、晋太郎さんは民団とも総連とも全方位で付き合っていました。下関には呂成根(リョ・ソングン)さんという総連の大物商工人がいたのですが、その方とも相当に親しかった」(同前)

安倍晋太郎・晋三一家に40年余り家政婦として仕えた久保ウメは、かつて雑誌のインタビューに応え、晋太郎についてこんなことを話している。

「お棺に入れるときにあの人の骨格、あれはやっぱり日本人のものじゃないと思ったの。肩の幅から下までまっすぐに定規を引いたみたいな。
これは完全に韓国人の体形。自分で『僕は朝鮮人だ、朝鮮人だ』と言っていたけども、なるほどこれは朝鮮人だなと思った。だから、あっちですごくモテたってよ」

そんな晋太郎は生前、山口県の在日の間で絶大な人気を誇ったという。

「人柄が素晴らしいんですよ。悪く言う人はひとりもいない。いまだって人気は色あせていません」(民団幹部)

https://www.youtube.com/watch?v=XIDPNyJHh_M

一方で、晋三はどうか。


初陣の「逆風選挙」でも在日が支援


晋三が初めて立候補したのは、自民党が下野した1993年の衆院選である。地元では晋太郎の系列だった県議が反旗を翻して対立候補となり、突然の逆風に見舞われた。

そんな中でも、父の代から安倍家を支えた在日は晋三の応援を続け、経営するホテルの従業員とともに「エイエイオー」とエールを送った経営者もいた。

「あの時は、秘書や支援者の一部も反対陣営に回った。在日の義理堅さは有難かったでしょう」(地元紙記者)

地元の在日の間で、晋三の人柄に対する評判は必ずしも悪くはない。

「孫の披露宴には、札幌から駆け付けてくれました。本当に義理堅い人です」(アリラン食堂の鄭さん)

「国籍や民族で、分けへだてする人じゃありません。在日の人ともフランクに付き合っていますよ」(安倍事務所の関係者)

もっとも晋太郎の時代と比べると、晋三と在日の付き合い方には変化も見える。前出の在日2世のパチンコ店経営者がいう。

「晋太郎さんと父たち在日1世の時代には、政治家との付き合いに対する世間の目も大らかだったんです。外国人献金がどうのと、あまり細かいことはいわなかった。ところが今では、10万円や20万円の献金でも叩かれる」

とはいえ、晋三の周辺から、在日人脈がまったく消えてしまったわけではない。

晋三の下関にある地元事務所は、晋太郎の後援者であった在日系企業・七洋物産の子会社から今も借りているし、晋太郎の助力で業績を伸ばした在日の水産業者は、晋三の代になっても支援を続けている。

もちろん、日本に帰化していれば、彼らが献金などの形で晋三を支援することに何ら問題はない。

また、下関出身のある在日の実業家は、晋三に様々な人脈をつないでいる。


晋三の隣に立つ大物金融ブローカー


『週刊ポスト』は2012年10月26日号で、「安倍晋三『黒い交際写真』の謀略」と題する記事を掲載した。その写真は議員会館の安倍事務所内で撮られたもので、晋三をはさんで2人の男性が写っている。

晋三の右側に立ち、白い歯を見せて笑っているのは、米国の元アーカンソー州知事、マイク・ハッカビーである。共和党の大物政治家で、 2008年の大統領選(党予備選)にも出馬して善戦した。ハッカビーは同年6月に来日しており、写真はそのときに撮られたものだ。

『週刊ポスト』が「黒い交際」として問題視したのは、晋三の左側に立つ、短髪で白いスーツ姿の男性である。「山口組の金庫番」とも言われた在日2世の大物金融ブローカーで、総連にも民団にも太いパイプを持つ。男性は写真が撮られた数年後、中堅ゼネコンの架空増資事件に絡み有罪判決(貸金業法違反)を受けている。

もっとも、件の写真が撮られた経緯は、いたって単純なものだった。晋三の関係者が話す。

「晋三さんの地元の有力後援者に、米国のハッカビー氏から『安倍さんを紹介して欲しい』と打診があり、すぐにオーケーしました。ところがハッカビー氏の到着当日、大統領選の候補者の送迎にふさわしい車両の手配が出来ていなかったんです。そこで件の在日男性が、『タクシーに乗せるわけにもいかんだろう』と、自分のロールスロイスを出してくれた。そういう流れで本人も同行し、写真を撮っただけなんです」


北朝鮮中枢につがなる「力道山人脈」


ちなみに、晋三にハッカビーをつないだ在日の実業家はアントニオ猪木とも親しく、北朝鮮にも複数回にわたり渡航したことがあるという。

本人に渡航の目的をただすと、「政治的な意味はありません。帰国事業で向こうへ渡った親族に会いに言っているだけ」との回答があった。

それがウソでないにせよ、この後援者が、猪木と晋三の会談の場を提供したことがあるのも、また事実だ。そして、猪木が連なる「力道山人脈」(関連記事)は、北朝鮮の権力中枢に近いところにいた。

ほかにも、北朝鮮や韓国に特殊な人脈を持つ在日は、晋三からそう遠くない所に少なからずいる。今のところ、晋三がそうした人脈に手を伸ばした形跡はないが、岸や晋太郎ならば存分に活用したはずだ。

今後、晋三が在日とどのように関わっていくのかはわからない。

しかしいずれにせよ、岸信介から安倍晋太郎、晋三と三代にわたる政治家一族が在日人脈を政治的な「資産」として運用し、自らのパワーに取りこんできたのは、紛れもない事実なのだ。(文中敬称略/おわり)

(取材・文/ジャーナリスト 李策)


★小泉と安倍のルーツは朝鮮人である


http://kabukachan.exblog.jp/22263451


★小泉純一郎と安倍晋三


http://kabukachan.exblog.jp/22232976


★安倍晋三の正体(在日人脈)

http://kabukachan.exblog.jp/24442655/




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by kabu_kachan | 2015-07-25 00:41 | 政治 | Comments(0)

安倍晋三の正体(在日人脈)

日本と韓国は今年、国交正常化50周年を迎える。両国関係はいま、従軍慰安婦や領土問題をめぐり「最悪」とも言える状態にある。しかし、日本国総理大臣の座にある安倍晋三の一族が、政治家として他に類を見ないほど朝鮮半島と深い縁を結んできたことも、また事実なのだ。(文中敬称略)


地元・山口県と韓国にまたがる「王国」を築く


手元に、1冊の写真集がある。タイトルは「関釜フェリー就航記念アルバム」。1970年に編纂された非売品だ。当時から在日本大韓民国民団(以下、民団)の活動に関わってきた下関在住の在日コリアン(以下、在日)2世の男性は、「ごく限られた人々に配布されたのでしょう。私も初めて見るものだ」と驚く。

1965年に国交正常化した日韓両国にとって、韓国・釜山との間を往復する関釜フェリーの就航は、新時代の訪れの象徴だった。アルバムの70枚を超える写真からは、当時の興奮がひしひしと伝わってくる。

その中に、山口県を地盤とするふたりの政治家の姿がある。国交正常化の立役者となった元総理の岸信介、そしてその娘婿であり、安倍晋三総理の父でもある晋太郎だ。日韓協力委員会初代会長の岸の名は、アルバム巻末の関係者名簿の筆頭に掲げられている。

岸と晋太郎、晋三は三代にわたり、朝鮮半島、そして在日の人々ときわめて密接な関わりを持ってきた。下関の街を歩くと、その縁の深さを示す手掛かりがいくつもみつかる。

JR下関駅から車で5分。関門海峡に面した所に、室町から江戸時代にかけ日本を訪れた外交使節団「朝鮮通信使」の記念碑が建っている。2001年、地元政財界の有志が建立したもので、碑の裏には晋三の名も刻まれている。「朝鮮通信使上陸俺留之地」と揮ごうした韓国の金鐘泌(キム・ジョンピル)元首相は、岸や晋太郎と親交を結んでいた。

父親が晋太郎の支援者だったという在日2世のパチンコ店経営者は、「金元首相が下関に来たときには、私の父や地元の民団幹部が晋太郎さんといっしょに食事をしていた」と懐かしむ。

下関駅前のコリアンタウン「グリーンモール商店街」には、64年間営業を続ける食堂「アリラン」がある。晋三が常連で、店内には本人が「福」と墨書した色紙や、昭恵夫人といっしょに訪れた際の写真が飾られている。

在日1世の店主、鄭順さんは話す。

「(晋三は)奥さんとふらりとやってきて、ホルモン鍋を食べて行く。偉くなってからは、店がボディーガードであふれたこともあった。最近は忙しいからか姿を見せないけど、本当に気さくでいい人」


韓国情報機関と旧日本軍人脈


1993年までの中選挙区時代、岸は生家のあった山口市を含む旧山口2区を、晋太郎は郷里・油谷町(現長門市)や下関市などからなる旧山口1区を選挙区としていた。

その後、小選挙区比例代表並立制に移行してからも、下関と長門(山口4区)は晋三の地元だ。

下関の地名は、在日韓国・朝鮮人にとって特別な響きを持っている。戦前戦中には関釜連絡船が年間200万人を運び、半島から労働力として送り込まれた人々が、後に在日コミュニティーを築いた。戦後は故郷に帰る人々を送り出す一方、朝鮮総連と民団が凄惨な抗争を繰り広げたこともあった。

現在、下関市に暮らす在日外国人のうち、韓国・朝鮮籍の人は約 2900人。留学生なども含まれる数字だが、大多数が戦前に渡ってきた人とその子孫だ。

下関市の全人口(約27万人)に占める在日の比率は1パーセントで、全国平均(0.4%)の倍以上だ。日本国籍を取得した人とその家族を加えれば、下関の在日人口は万を超える。

そんな土地柄にあって、地元選出の政治家と在日の関係が深まるのは何ら不思議なことではない。

だが、現地を取材する中で改めて見えてきたのは、岸から晋三に至る三代の政治家が、「単なる近所づきあい」ではくくれないほど、在日社会と深い因縁を結んでいる事実だった。

日韓国交正常化からこれまでの間に、韓国経済は世界でも稀に見る高度成長を遂げた。その"元手"となったのが、国交正常化に際して日本が提供した無償3億ドル・有償2億ドルの経済支援であったのは論をまたない。

1961年5月、クーデターで政権を掌握した韓国の朴正熙(パク・チョンヒ)少将(後に大統領)は、1951年に予備会談が開始されて以来、10年以上にわたり難航していた日韓国交正常化交渉を一日も早く妥結させ、日本の賠償金で経済復興を成し遂げることを急務としていた。

交渉打開の糸口を探るため、韓国中央情報部(KCIA)が頼ったのが、海軍特務機関出身の児玉誉士夫や、戦時中に上海で「大陸新報」を発行していた、国策研究会常任幹事の矢次一夫だった。


日韓漁業協定で繁栄した下関


満洲国の元高官だった岸は、そうした人脈の仲介でKCIA幹部の崔英沢(チェ・ヨンテク)と赤坂の料亭で面会。ふたつ返事で協力を約束し、政界の根回しに動いた。

そういった経緯を考えれば、岸は韓国経済にとっての「大恩人」と言えるのかもしれない。

しかしその一方、岸が日韓国交正常化を踏み台に、地元・山口県と韓国にまたがる「王国」を作り上げた事実はあまり語られていない。

ある週末の夜、下関の繁華街・豊前田の通りを歩いた。飲み屋街も人影はまばらで、地元経済の衰勢は覆いようもない。

「昔はこんなんじゃなかった。漁船員や水産関係者が落とすカネだけでもたいへんなものだったし、東京や大阪からの出張客も毎日のように来ていた」(地元の料理店主)

1960年代、下関漁港の水揚げ量は日本一を誇り、地域経済は繁栄をきわめていた。

そのきっかけになったのが、他ならぬ日韓国交正常化だったのだ。

韓国の初代大統領・李承晩は1952年、「海洋主権を守る」として日本海と東シナ海に一方的に軍事境界線(李承晩ライン)を引き、排他的経済水域を設定。ここに入った日本の漁船をことごとく拿捕し、約4000人もの船員を抑留した。その大部分が山口県民であり、岸の元には早期救出を求める陳情が殺到したという。

そして、国交正常化と同時に日韓漁業協定が締結され、李承晩ラインが撤廃されると、下関を母港とする漁船団の漁場は一気に拡大。山口県経済の隆盛を呼んだのだ。地元財界人が言う。

「当時、下関に本社のあった大洋漁業(現マルハニチロホールディングス)は、東大卒の新入社員を取り放題というほど勢いがあった。漁業だけでなく関連産業も潤い、巻き網やウインチの製造で世界のトップを占めた会社もある。それらの業者がことごとく岸さんの応援団になり、もちろん献金もした」


暴力団「東声会」会長・町井久之


岸はまた、町井久之をはじめとする在日の有力者とも人脈を広げていた。

町井は、本名を鄭建永という。1923年、東京に生まれた町井は戦後、在日を中心に1500人の無頼漢を糾合し、暴力団「東声会」会長として名をはせた。政界の黒幕・児玉誉士夫とはとくに親しく、その政界人脈を足掛かりに、日韓国交正常化交渉の水面下で橋渡し役を果たした。

この時、岸と町井は児玉を介して接近。それ以降、岸は町井のパーティーにちょくちょく顔を出すようになり、町井が六本木に巨大な複合ビル「TSK・CCCターミナル」を建てると、主賓として竣工式に招かれている。

町井は愛国者であると同時に、商売にも貪欲だった。国交正常化後、ソウル市地下鉄開発など巨額の日韓ビジネスを差配していた岸は、町井が利権に食い込むための最重要パートナーであり、両者の協力関係は下関にも及んだ。

実は、冒頭で触れた「関釜フェリー就航記念アルバム」は、町井の生前の書棚に所蔵されていたものだ。しかし、巻末に記載された関係者名簿に、彼の名前を見つけることはできない。

「それでも、関釜フェリー就航が町井さんの尽力によるものだったのは間違いありません。昔のこととは言え、暴力団の親分だった町井さんが、岸さんと名前を並べるのははばかられたのでしょう」(前出・パチンコ店経営者)

岸が日韓国交正常化を踏み台に築いた王国と人脈は、彼の秘書官を経て政界に打って出た晋太郎にも受け継がれた。その上、晋太郎は在日とのパイプをさらに太いもにに育てていく。(つづく)

https://www.youtube.com/watch?v=ify2bFmgiiQ


https://www.youtube.com/watch?v=7TjCfGZsICE

(取材・文/ジャーナリスト 李策)

『在日コリアン白書2014』
著者 李 策
出版日2014/06/27


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by kabu_kachan | 2015-07-24 12:46 | 政治 | Comments(0)

自民党の二大派閥、「清和会」と「経世会」

ここで自民党の二大派閥、「清和会」と「経世会」に着目しよう。代表的な清和会系の政治家は、福田赳夫=小泉純一郎=安倍晋三らである。対して経世会系は、田中角栄=竹下登=橋本龍太郎=小渕恵三らである。
両者の違いをきわめて簡単にいうと、清和会は米国の手下、経世会は日本独立やアジア外交重視の人たちである。ここに緒方竹虎から続く、自民党とCIA(ユダヤ権力)の癒着の歴史が関係している。
清和会は米国に有利な政策を遂行し、その報酬としてCIAからカネをもらい、勢力を伸ばしてきた。大手マスコミは一切報道しないが、岸信介がCIAに雇われたエージェントだったことは、後年になって情報公開された米国務省、米国立公文書記録管理局の資料から明らかになっている。

NOT for the immature! Zionist Antichrist will rule the NWO
https://www.youtube.com/watch?v=oq0_n7ZBX_c


https://www.youtube.com/watch?v=z52YUIX2YeI

一方の経世会は、米国だけでなく、ヨーロッパやアジアとの関係も強化していこうという考え方だ。田中角栄などはまさにその代表である。

両者を比較するには、首相経験者の末路を追うとよい。その差は一目瞭然である。清和会はみな長生きで、政権も安定していた。一方、経世会はこんな具合だ。


田中角栄・・・ロッキード事件で失脚。脳梗塞に倒れる。
竹下登・・・リクルート事件で失脚。変形性脊椎症に倒れる。
橋本龍太郎・・・一億円ヤミ献金事件で政界引退。68歳で死去。
小渕恵三・・・任期半ばで脳梗塞に倒れる。62歳で死去。


政治家なら誰もが金まみれなのは当然だが、金丸信も、鈴木宗男も、小沢一郎も経世会である。これほどわかりやすい例もないだろう。これらの起訴は東京地検特捜部によって行われているが、この特捜部の前身が「隠匿退蔵物資事件特捜部」(米軍占領前に隠した資産などを探し、摘発する部署)であり、地検のキャリアはみなCIA(ユダヤ権力)の教育を受けていることが公式に明らかになっている。
結局のところ米国、つまり<彼ら>の支配を受け入れる者しか、この国では活躍できないようになっている。小泉純一郎は首相時代、米国のポチとして徹底的なまでに日本を売り渡し、徹底的なまでに格差を助長した。安倍晋三首相もその系譜をたどっているにすぎず、保守と呼ぶのもおこがましい。

以上、『99%の人が知らない「この世界の秘密」』(内海聡著)より。

https://www.youtube.com/watch?v=cKcfFwIOFh8

https://www.youtube.com/watch?v=E5eWoa4eBno

https://www.youtube.com/watch?v=WHI28jM1mKg

https://www.youtube.com/watch?v=gKYKAFZmGmY

911テロ捏造の決定的証拠となる二つのビデオ映像

http://kabukachan.exblog.jp/18956860/



★私に言わせれば、自民党「清和会」や東京地検特捜部や日本のマスコミはみな、
米国CIA(ユダヤ権力)の手先である。このことは歴史的に証明されている。

【3S政策・日本人洗脳白痴化計画】『新・霊界物語 十九話』
https://www.youtube.com/watch?v=w30RSuafR1M


http://kabukachan.exblog.jp/21669797/

http://kabukachan.exblog.jp/21668690


★マスコミの支配者
http://kabukachan.exblog.jp/21198893

★テレビの支配者
http://kabukachan.exblog.jp/21985348


★代表的な日本の政治家の死を一覧で眺めると、


『清和会に対立した経世会の末路』
 
(田中派)田中角栄 逮捕 ロッキード事件 (←東京地検特捜部)
(経世会)竹下登  失脚 リクルート事件 (←東京地検特捜部)
(経世会)金丸信  失脚逮捕 佐川急便献金・脱税 (←東京地検特捜部&国税) 
(経世会)中村喜四郎 逮捕   ゼネコン汚職 (←東京地検特捜部)
(経世会)小渕恵三 (急死)(←ミステリー)
(経世会)鈴木宗男 逮捕 斡旋収賄 (←東京地検特捜部)
(経世会)橋本龍太郎 議員辞職 日歯連贈賄事件 (←東京地検特捜部)
(経世会)小沢一郎  西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)
(経世会)二階俊博  西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)
 
(清和会)岸信介    安泰
(清和会)福田赳夫   安泰
(清和会)安倍晋太郎  安泰
(清和会)森 喜朗    安泰
(清和会)三塚 博   安泰
(清和会)塩川正十郎  安泰
(清和会)小泉純一郎  安泰
(清和会)尾身幸次   安泰

対米従属派である清和会の政治家と違い、国益を重視して米国と一線を画して近隣アジア諸国などと独自の繋がりを模索しようとした経世会の政治家は、悉く失脚もしくは殺害の末路を迎えている。
中川昭一の父親である中川一郎氏も、日本の近隣大国であるロシアからの、「米国石油メジャーとは別口ルートでの」原油輸入を画策し、入浴中、絞殺された。


水間政憲⑥中川大臣は暗殺されたようだ?
https://www.youtube.com/watch?v=jJmYAP13ywU&nohtml5=False


https://www.youtube.com/watch?v=4JCde1fPkLI


★〔改訂版〕ユダヤ米国が世界史上に誇る「三大日本人虐殺」

http://kabukachan.exblog.jp/18798239/

地震波形が削除されている!

図12.東北地方太平洋沖地震と兵庫県南部地震の地震波形
(データ:防災科研K-NET(気仙沼)および気象庁(神戸))

これが⇧ 自然地震の地震波形であろうか?
1~2秒間のずれで、核爆弾による人工地震の地震波形が重なっているように見えないかね?

(画像が削除されない内にコピー保存しといて下さい。)


↑画像の②が核爆弾による人工地震の波形。③が自然地震の波形です。 自然の地震は必ずP波とS波がある。

奴らは、人工地震を起こすのに、核爆弾を1個だけ使ったりはしない。1個だと地震波形でばれるからである。
奴らは必ず複数の核爆弾を使って、自然地震の地震波形のように見せかけるのである。


04
※自然現象でありえない、同時2箇所の震源

「阪神・淡路大震災」の地震の波形データを詳しく分析すると、わずか1秒間のずれで2つ大きな地震が発生していたようであり、これは自然地震ではありえない現象のようです。

そのため、2つの震源地が同特に活動を開始したのは「地中の爆破が2発連続して行なわれたからであり、ベクテル社が明石海峡大橋工事のときに起爆物をあらかじめ埋めておいたからではないか?」という疑惑が出ています。

 ⇩子供でもわかることである。


図1 阪神大震災・神戸海洋気象台NS波(JMA KOBE NS波)


煩悩が 真実の目を 曇らせる

★「煩悩」ってわかりますか。
「こういう事を言ったら、自分にとって得かな損かなって考えること」ですよ。

目先の利益と欲望に捕らわれている状態のこと。

たとえば、テレビと新聞に登場する人たちは、テレビ会社や新聞社からギャラ(出演料)や原稿料、または給料を貰うのである。
その時点ですでに煩悩が発生しているのである。
この煩悩のためにメディアに登場する人たちは、メディアの方針に反することを言えなくなるのである。

私が自由に好きなことを言えるのは、私がどこからもギャラや原稿料を貰っていないからである。

ただし、このブログの会社に反する記事は削除されているが・・・。


★自己紹介(私の出自)

平瀬城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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平瀬城
長野県
平瀬城主郭部
平瀬城主郭部
城郭構造山城、居館
築城主平瀬氏
主な城主平瀬氏原虎胤
廃城年1553年
遺構曲輪、土塁
指定文化財なし

平瀬城(ひらせじょう)は、長野県松本市にあった日本の城

http://www.asahi-net.or.jp/~JU8T-HNM/Shiro/TokaiKoshin/Nagano/Hirase/index.htm

平瀬城は小笠原氏の家臣平瀬氏の城であった。小笠原長時天文19年(1550年)、武田晴信に攻められて本城である林城を捨ててこの平瀬城に撤退し、その後、村上義清を頼り葛尾城に落ちていった。砥石崩れにより武田氏は村上方に敗れたが、その機会に再び小笠原長時は村上義清の援助を得て平瀬城を奪還した。天文20年(1552年)平瀬城は武田晴信により落城し、城主の平瀬義兼は自刃した。晴信は平瀬城を改修し原虎胤に守らせた。天文22年(1553年)、筑摩郡は武田氏がほぼ平定したため、平瀬城は廃城となった。


★平瀬城は、小笠原一族のひとりが平瀬と名乗って城を築いたのが始まりである。

そして小笠原氏というのは清和源氏(清和天皇)の出である。

上記の自民党の派閥・清和会というのは、名前の由来は何なのでしょうか。

まさか清く和する会ということで付けたのですか?

もし、清和源氏の出ということで付けたのなら、

自民党清和会は偽者集団である。

★本家本元は、私(平瀬)の方である。



ここにありますよ。☟







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by kabu_kachan | 2014-07-19 15:09 | 政治 | Comments(9)

小泉と安倍のルーツは朝鮮人である

安倍晋三が、北朝鮮出身の文鮮明の支配する統一教会に祝電を送るのも、安倍晋三のルーツが朝鮮人であることからすれば当然であろう。北朝鮮出身の父親を持つ在日朝鮮人の小泉が、国際ユダヤのエージェントの手先で大和民族を間接支配しながら、日本国を破壊しその富を奪い取る密命を帯びて、国際ユダヤから日本国支配と大和民族の分裂と解体を行なうべく、日本国総理大臣の地位(実質的には、植民地日本を解体・支配する日本総督)を委ねられてから5年が経つが、その賞味期限切れに伴ない、新しく同じく朝鮮半島にその一族のルーツを持つ朝鮮系の岸・安倍一族の売国奴・フリーメーソンを次期植民地日本の新総督に任命しようとしている。またもや、人が良く騙されやすい大和民族は、あの安倍晋三の反北朝鮮の強硬姿勢に騙されて、妻は在日、祖父の岸信介も朝鮮半島生まれのルーツの朝鮮人に、日本国家の命運を託そうとしている。その国際ユダヤに与えられた役割は、反北朝鮮・反中国のポーズで北朝鮮と中国を挑発させて、両者の軍事衝突を引き起こさせて、東亜戦争を引き起こすことである。その安倍晋三の晋総理就任を誰よりも喜んでいるのが、金正日と北朝鮮の日本大使たる朝鮮総連の首脳である。朝鮮総連のトップの「我が同胞の安倍晋三の総理大臣就任は、何より好ましい。」との発言の証言こそが、何よりも「事の真相」を物語っていよう。日本国民と大和民族は、いい加減にこの真実に気付いて、「「ユダヤと北朝鮮」による日本の異民族支配構造」の実態に覚醒して、「尊皇攘夷の国民運動」によって、これらの「日本人を装う非日本人」の排斥と異民族支配の打破に決起すべきだ。

http://www.youtube.com/watch?v=XIDPNyJHh_M


http://www.asyura2.com/0601/senkyo25/msg/152.html


鬼塚英昭氏の著書『日本のいちばん醜い日』(成甲書房)を読むと、 日本国家の真相は、明治維新で長州藩田布施一味に国家を乗っ取られたということであることが解る。
 長州藩の田布施一味とは、山口県熊毛郡出身の政治家らのことである。
熊毛郡の田布施町を中心にしている。
ここは光市と柳井市に挟まれた寒村だった。
大室寅之祐=明治天皇
伊藤博文幸木戸一宮本顕治河上肇難波八助松岡洋右安倍源基(終戦時の内務大臣)、賀屋興宣などである。
むろん、岸信介佐藤栄作安倍晋三は、この田布施一味の末裔である。  
小泉前首相の父・純也は、鹿児島の田布施(現在は加世田市金峰町)出身の朝鮮人である。
鹿児島の田布施も山口県の田布施と同じ、朝鮮人部落である。
小泉純也は上京して小泉又次郎というヤクザ(刺青大臣と言われた)の婿養子となって「小泉姓」を名乗り、日本国籍を取得したのだ。
小泉の次に安倍政権、そのいずれもが朝鮮人部落だった田布施の出身であることが偶然であるわけがない。
 ユダヤ国際金融権力は、こういう人間を使って、日本乗っ取りを支援しながら、連中の弱みを握って、思い通りに支配してきたのだ。
ユダヤは徹底的に日本の事情=弱点を探って研究しつくしている。 例えばとして、鬼塚氏は、幕末に英国公使パークスは、外交官アーネスト・サトウを使って日本の被差別部落を調査させている、と言っている。  
『日本のいちばん醜い日』に益田勝実氏の文章が引用されている。

 「天皇様をお作り申したのはわれわれだとは、 明治以前に生まれた長州の老人たちによく聞かされことだったが、 近代天皇制以前には、京都に天皇家はあったが、天皇の国家はなかった。
尊皇派が考えていた天皇の国家の考えは思想として獲得されたもので、現実に京都にいる天皇という実在の人物に合わせて作られたものではなかった。
かれらが求めている天皇と現実の天皇と、いくらか融和出来るうちはよいとして、その矛盾が激化すると、…… 激化すると、天皇を取り換えてしまうほかなくなる。
 わが家に空襲で焼けるまであった孝明天皇使用の皿は、おそらくまだ長州と天皇の間がうまくいっていた、蜜月時代にもたらされたものだろう。
奇兵隊挙兵の翌年、1866年(慶応2)の暮れには、孝明天皇は謀殺されてしまった。 もちろん、仕組んだのは江戸幕府ではない。 志士側で、天皇が倒幕の障害になりはじめたからである。 今日では、このことはもう公々然の秘密となっている。
(益田勝実『天皇史の一面』より)」  

益田勝実は長州の国家老一族である。だから田布施の住民を虐げた側というか、支配した(あるいは敵対した)側である。 その子孫である益田勝実が、 「てんのうはん」、つまり、山口県熊毛郡田布施町麻郷(おごう)に生まれ、 孝明天皇の長子睦仁の替え玉となり、 明治天皇となった真相を突いたのだ。

天皇と瀬島龍三と「田布施システム」

http://kabukachan.exblog.jp/22293229/

『日本のいちばん醜い日』では、 「大室寅之助は田布施の生まれ、…… 伊藤博文(林家が伊藤家の本家)と「虎ノ門事件」を起こした難波八助は一族である。
また宮本顕治(日本共産党)も一族。 そして、木戸幸一も系図に入ってくる。
京都大学教授でマルクス主義を木戸幸一、近衛文麿に教えた河上肇も一族である。
そして、大室寅之助の生家の近くに岸信介一族の生家もある。
この地から代議士の国光五郎、難波作之助が出ている。
また、元外相松岡洋右も岸信介の一族である。 あの終戦内閣の最後内務大臣安倍源基も大室寅之助の生家の近くである。 ……大室寅之助が南朝の末裔であるという説があるが、確たる証拠は私の調べた限りではなに一つない。 むしろ、北朝鮮系の被差別部落民ではないのか、と思っている。」 (「日本のいちばん醜い日」より)


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by kabu_kachan | 2014-06-22 21:52 | 政治 | Comments(3)

小泉純一郎と安倍晋三

★小泉純一郎

父親の純也は、鹿児島加世田の朝鮮部落の出身者といわれる。
日大卒業名簿には、純也の日本名はなく、見知らぬ朝鮮名が書かれているという。 (鹿児島には、秀吉が400年前に連れてきた朝鮮人捕虜や陶工の部落が今でもある。だが、これらの部落に、日韓併合の後に来日した朝鮮人が混在している事実がある。)
父親の純也の母が、朝鮮人だったとする情報がある。(小野寺光一の「政治経済の真実」 )
純也と結婚して、小泉純一郎を産んだ小泉芳江は、上野の朝鮮人女給を祖父又次郎が妾にして産ませた娘だったとする説がある。

離婚した「元妻」、宮本佳代子さんは、エスエス製薬創業者の孫だが、エスエス製薬は、在日企業である。隠れ在日同士の政略結婚だったのではないか?

北朝鮮訪朝時の空白の10分間に「あなたの父親は北朝鮮人だよ」と金正日に言われ たという話が伝わっている。

鹿児島出身の朝鮮人僧侶、池 口恵観が「小泉は俺といとこだ」 と証言している。
小泉の愛人は、赤坂の在日朝鮮人であり、子供も一人いるとの情報あり。
小泉の父、純也は朝鮮人の帰国事業、地上の楽園計画の初代会長であった。

福田赳夫の秘書官として、朝鮮人宗教、統一教会との連絡係。米国では隠れ統一信者とみなされている。
北朝鮮の金正日との会談を実現するために、朝鮮人宗教創価学会に500億円を賄賂として拠出させた。

小泉は朝鮮総連の第20回大会に出席して、挨拶をしている。親子2代、北朝鮮と裏でかかわりのある政治家である。

小泉は、横須賀のヤクザ、稲川会と関係が深いが、稲川は、かくれユダヤ人、ブッシュ一族と資産運用で提携していた。
この繋がりから、米国ユダヤ人の信任を受け、日本の総理に抜擢されたと思われる。

https://www.youtube.com/watch?v=EGddoFxvGgc

https://www.youtube.com/watch?v=WHI28jM1mKg

小泉の行った郵政民営化、靖国参拝等は、全て米国ユダヤ人のための利益誘導であり、ユダヤ人の信託に100%答えたことになる。
小泉はエルサレムの嘆きの壁で、アシュケナージ・ユダヤ人式の礼拝を行い、ユダヤ人に媚を売った。

★郵政民営化とは、郵政ロックフェラー化の事だったんです。小泉の構造改革とは、日本をユダヤに売り渡すことだったんです。
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/yuuseiminneika.htm

★小泉の郵政民営化の究極の目的は、ユダヤのための日本経済の破壊。国債暴落・恐慌の後に、銀行と企業をユダヤ資本がただ同然で買い漁る。
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/minneikanoatogaomoshiroi.htm

★小泉は、ウォール街のユダヤ資本に起用された傀儡政治家。やることなすこと、ロックフェラーのための利益誘導。
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/kairaiseijika.htm

★イラク侵略・郵政民営化・日韓日中軋轢は米国経済の破綻を先延ばしにするための計略
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/irashin.htm

★金融ユダヤ人に日本を乗っ取らせるために、小泉は財政赤字を拡大させた。
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/nottori.htm

★小泉の靖国参拝の目的は、米国経済崩壊の阻止。中国韓国なんの関係もなし。
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/futuunokaiwa3.htm#06.08.14


★安倍晋三

「田布施」の謎
http://kabukachan.exblog.jp/22263451/

http://kabukachan.exblog.jp/22293229/

2006年10月6日号の週刊朝日には、安倍家に家政婦として40年間勤めた久保ウメさんの証言が書かれている。

安倍晋太郎元外相が、「私は朝鮮人だ」と言ったというのだ。「パパ(安倍元外相)は誰にも言えないことを私には言ってくれた」「(安倍元外相死去直後)入棺のとき、この人の骨格を見ながら本当に日本人の物ではないと思った」「頭からつま先までまっすぐに横になっていたが、完全に韓国人の体形だ。

(安倍元外相)自らも『私は朝鮮(人)だ。朝鮮』と言っていたが、この人は朝鮮人だと思った」
朝鮮人宗教、統一教会の合同結婚式に祝電を送り、話題になった。

朝鮮人宗教、統一教会とのパイプ 役となった祖父、岸信介以来、三代続けて、自民党内の統一教会傀儡。

自民党内の朝鮮人宗教統一教会勢力の全面的支持を受け、全議員の70%以上の賛成で次期総理となる。

米国ユダヤ権力に付属するネオコンのユダヤ人と太いパイプがある。
ユダヤ権力の信任を得て、小泉の次の総理とな る。

グリコ森永事件で、朝鮮勢力との関わりが話題になった森永製菓の 社長令嬢と結婚。

夫人は韓流スター狂い。
韓国好きが昂じて、ハングルを習得するにいたったということになっているが、じつは、最初からペラペラだったという確実な裏情報あり。

安倍が深く関与している拉致被害者を救う会の実態は、朝鮮人宗教統一教会と、北朝鮮と覚醒剤取引のある暴力団住吉会である。

安倍のスポンサーは、下関の朝鮮人パチンコ業者である。
安倍が掲げるスローガンである「美しい国」の著述は、朝鮮人宗教、統一教会の初代会長が書いた本の丸写しである。

アメリカ留学時代、KCIAの朴東宣から「岸の孫」として目をつけられ、朝鮮人宗教、統一教会風の洗脳をされた可能性がある。

岸家:毛利元就が陶晴賢と厳島沖で戦い大勝を収めた際、寝返って毛利方についた船の調達人が「ガン」と称する帰化人であったという。

毛利はその功績によって「ガン」を田布施周辺の代官に召したてた。
このガンを岸家の先祖とする説がある。また佐藤栄作は朝鮮人陶工の子孫である14代沈寿官に対して「半島のどの故郷からいつきたかは詳らかには分からないが自分の先祖が朝鮮からわたってきて山口に定着した…」と述べたという。

安倍が親の代から癒着している慧光塾なるカルトは、朝鮮人の団体であるとされる。

★安倍晋三を首相にするとウォール街のユダヤ人が儲かるワケ
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/sin_sama.htm

★ウォール街のユダヤ大王様、あなたがこれからでっち上げる極東有事の後は、軍事独裁ユダヤ傀儡政権樹立で、反動分子狩りですか。
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/kairai.htm


★〔改訂版〕ユダヤ米国が世界史上に誇る「三大日本人虐殺」

http://kabukachan.exblog.jp/18798239/



★「在日」に支配されている「日本のテレビ」
http://kabukachan.exblog.jp/22551131/





★ちなみに、私の出自(自己紹介)。
上の二人より私の方が日本人として上等でしょw。

平瀬城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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平瀬城
長野県
平瀬城主郭部
平瀬城主郭部
城郭構造山城、居館
築城主平瀬氏
主な城主平瀬氏原虎胤
廃城年1553年
遺構曲輪、土塁
指定文化財なし

平瀬城(ひらせじょう)は、長野県松本市にあった日本の城

http://www.asahi-net.or.jp/~JU8T-HNM/Shiro/TokaiKoshin/Nagano/Hirase/index.htm

平瀬城は小笠原氏の家臣平瀬氏の城であった。小笠原長時天文19年(1550年)、武田晴信に攻められて本城である林城を捨ててこの平瀬城に撤退し、その後、村上義清を頼り葛尾城に落ちていった。砥石崩れにより武田氏は村上方に敗れたが、その機会に再び小笠原長時は村上義清の援助を得て平瀬城を奪還した。天文20年(1552年)平瀬城は武田晴信により落城し、城主の平瀬義兼は自刃した。晴信は平瀬城を改修し原虎胤に守らせた。天文22年(1553年)、筑摩郡は武田氏がほぼ平定したため、平瀬城は廃城となった。






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by kabu_kachan | 2014-06-14 11:51 | 政治 | Comments(5)