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フリーメーソンが日本を敗北させた

最後の強敵日本を撃て
ヤコブ・モルガン  忍野昭太郎・訳  第一企画出版

●日本の最高機密がアメリカにつつぬけ


  明治における西欧主義の後盾であり推進役はトーマス・グラバーであろう。グラバーは明治政府から勲二等をさずけられているが、明治44年(1911年)、74歳で没するまで日本のワク組みを作る上で重要な役割を果たしたといえる。

  その後日本は幣原喜重郎(後の首相)や吉田茂(駐英大使、外相そして後の首相)を軸に大きく回転をはじめる。1921年11月から始まったワシントン会議での海軍軍縮条約ではアメリカ主導のもとに会議は進められ、米・英・日の主力軍艦比率を5・5・3と定めたが、この時、駐米大使であった幣原喜重郎のもとに外務省から送られた暗号文(軍艦比率は最少でもアメリカの7割との指令)はことごとくアメリカ側につつ抜けであり、交渉は結局不利な形で結着した。幣原がフリーメーソンであり、アメリカ側と通じていた可能性は非常に高いと言わざるを得ない。

  また、1932年より日米開戦直後まで10年にわたって駐日大使を務めたアメリカのジョセフ・C・グルーは、そのバックに巨大財閥、J・P・モルガンがおり、吉田茂や牧野伸顕、樺山愛輔、幣原喜重郎、松平恒雄、近衛文麿、広田弘毅、新渡戸稲造、出淵勝次、重光葵など戦前、戦後の日本を指導した人物(いずれもフリーメーソンか)をことごとく背後からコントロールしていたと考えられる。

  実際当時の日本の外務省が使用していた「紫暗号」(コンピュータのない当時としては最高度に難解な暗号であった)は解読機がアメリカ側にわたり、ことごとくつつ抜けとなった。これにより重要な外交的、軍事的機密は駐日アメリカ大使館または駐米日本大使館を通じ、これら人物の連携プレーのもとあからさまに出ていったものと思われる。海軍筋でも米内光政や山本五十六、井上成美らは米英(ユダヤ・フリーメーソン国家)の代理人であった可能性が高い。

  特に米内は第一次近衛内閣の海相時、石原莞爾が提唱した近衛・蒋介石(フリーメーソン)会談をつぶし、日中戦争の拡大をはかるなど、日本がわざわざ不利になるように仕向けていった。この時の会議では外相の広田弘毅も意図的に沈黙を保っていたという。


●謎の多い山本五十六の言動

  山本五十六の行動にも謎が多い。ハワイ真珠湾の攻撃では、南雲長官の第三次攻撃中止をなぜか黙認、このため、アメリカの損害は比較的軽徴にとどまった。この後も手ごころを加えたとしか思えない海戦が続く。珊瑚海海戦では腹心の部下であった井上成美中将が、損傷を受けた敵空母ヨークタウンにとどめを刺すこともせず「攻撃を止めて北上せよ」の一言で戦線を離脱している。この時逃がしたヨークタウンに1カ月後のミッドウェー海戦では日本の機動部隊の主要空母四隻が撃沈され、戦局は大きく転換するのである。

  ミッドウェー作戦では日本海軍の総力とも言える軍事力が投入された。空母7隻、戦艦11隻、重・軽巡洋艦、駆逐艦、潜水艦、輸送船団等合わせて総トン敬150万トン、航空機700機、総兵力10万人とスプルーアンス提督ひきいるアメリカ機動部隊の3倍に達し、まさに無敵の戦力であった。しかし、この作戦はまたしてもアメリカにつつ抜けであったようだ。日本艦隊の動きは豊後水道を出た途端にアメリカによって捕捉、その行動の一部始終が真珠湾のアメリカ海軍司令部に伝達されていった。この作戦が日本側の何ものかによって漏洩されたことは疑うべくもない。

  ミッドウェーでも南雲長官は「誤り」を犯し、絶対に勝つはずの海戦に日本は完敗するのである。ミッドウェー海戦が太平洋戦争勝敗のターニングポイントであったことはよく知られているが、連合艦隊司令長官山本五十六がフリーメーソンで(時のアメリカ大統領ルーズペルトがやはり33位階のフリーメーソンである)あればすべての謎は解ける。

  日本を終戦に導いていった山本五十六は突然前線基地視察を主張、事前にスケジュールをアメリカ側に漏洩させた上で、昭和19年4月18日ガダルカナルを飛びたちブーゲンビル上空に待ち伏せした米軍機P38によって撃墜、「姿を消す」。山本五十六の死は今でも謎の一つである。

  ともかく、日本海軍はあらゆる海戦でそうなることを意図したとしか思えない敗北を繰り返し、敗戦へとつき進むのである。
  当時の日本のリーダーたちのある部分がフリーメーソンであり、日本を敗北させ、天皇制を崩壊し、日本に「フリーメーソン革命」をもたらすために一致協力したのだとすればすべての謎は氷解するのである。

  つまり、明治維新も太平洋戦争もユダヤ・フリーメーソンに支配された欧米とその代理人(エージェント)であった日本のリーダーたちによる合作であり、日本の歴史は人工的に意図的に造られていったということである。戦後、これらの功労者のうち、幣原喜重郎、吉田茂は首相として占領軍のマッカーサー(フリーメーソン33位階)に全面的協力をしていくことになる。

  このように歴史を透視してみると、近世日本の歴史とは一体何であったかという感慨に陥る。日本には、果たして自主的な独立国家としてのワク組みや、大方針があったのであろうか。日本は欧米(ユダヤ・フリーメーソソ)の描いたシナリオ通りただ忠実に演技しただけではないのか。この状況は今なお平成の現在も全く同じである。
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by kabu_kachan | 2012-06-26 20:31 | フリーメイソン | Comments(0)

アドルフ・ヒトラー②

ヒットラーはユダヤ大富豪の孫?

文中に「ヒトラーはバロン・ロスチャイルドが家政婦に生ませた男児(アロイス)の子。」 とあります。なんのことでしょうか? ヒットラーの祖父が誰であるかについては、長らく論争の的になってきたのです。祖父がユダヤ人ではないかと疑われてはいたのですが、具体的には誰であるか、今まで判りませんでした。ところが、最近の研究では、アドルフ・ヒットラーの祖父は、ウイーンの ユダヤ大財閥、ロスチャイルド男爵であったと いう説が有力になっています。ヒットラーの祖母、アンナ・マリアがロスチャイルド男爵家に家政婦として奉公している間に、「誰かに手をつけられて」妊娠し、実家に帰されて、アドルフの父を出産したのです。当時、男爵は夫人と仲たがいしており、一人住まいだったそうです。妾腹とはいえ、ロスチャイルド一族の直系の血統を受け継ぐ人物 であるヒットラーが、シオニストの手先となって、欧州ユダヤをイスラエルに追い出す牧羊犬の役割を果たしたのではないでしょうか?
ほかにも「ユダヤの血」が確認されているか、疑われる人物が、ナチを経営していました。ここで何度も名前の出てくるアイヒマン、マルチン・ボルマンもユダヤ人だったといわれています。ナチスとはユダヤ人の組織だったかもしれない。

実際、ナチスドイツの資金源は、ロスチャイルドや系列のユダヤ資本家だったとわかっています。ナチスは、ロスチャイルドによって、シオニズムの実現のために作られたユダヤ機関だったと考えるべきです。(勿論、ソ連とナチスを戦わせて、ユダヤ国際金融資本やユダヤ軍産複合体が儲けるという目的もありましたが。)

そうなると.............戦後のイスラエル建国の礎を作ってくれたアドルフは、ユダヤの歴史に残る影の功労者です。拳銃自殺などしてもらっては困ります。おまけに、もし、ロスチャイルド男爵の直系の孫であったとするなら、世界のユダヤ社会の頂点に君臨する帝王の嫡男です。殺すわけには行きません。

アドルフが、秘密裏にユダヤ・シオニストによって組織されたナチのSSに守られ、南米アルゼンチンのセファルディ・ユダヤで構成された村落に隠遁して、1985年まで生きていたとしても、何も不思議はありません。 全くありません。むしろ、そう考えたほうが合理的です。ヒットラーがユダヤの手先であったなら、戦犯狩りのユダヤ人が、居所を追求しなくても 、意図的に見逃しても不思議はないのです。(もっとも、大半の普通のユダヤ人は、実情を知らなかったろうし、今も知らないとは思いますが。)

しかし、ひとつ疑問が残ります。アルゼンチンに逃げる前に、ソ連の赤軍が包囲するベルリンから無事に脱出することなど、可能だったのだろうか?ヒットラーを捕らえることを第一義に死線を乗り越えてきた赤軍部隊を尻目に脱出できたのか?私は、むしろ、ソ連軍が脱出の手引きをした可能性すらあると思っています。そもそも、ソ連とは、ロスチャイルドやロックフェラーたちユダヤ人資本家が ユダヤ人扇動家、レーニンやトロツキーに資金援助して作ったユダヤ人の国家です。その流れを汲むスターリンの軍隊が、親分筋のロスチャイルドの意向で、ヒットラーの逃亡を助けたとしても、私は疑問に思いません。むしろ後になってとってつけたように出てきた 「ソ連がヒットラーの死体を焼却して土中に埋めた.......しかし、どこに埋めたかはわからない」という後日談のほうに、眉に唾をつけたくなります。何しろ、ユダヤ人国家、ソ連の言うことですから。


By richardkoshimizu
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/hitargentine.htm
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by kabu_kachan | 2012-06-26 19:01 | Comments(0)

アドルフ・ヒトラー

「ヒトラーは1985年12月、南米アルゼンチンのメンドーサの地で亡くなった。 4:14pm, April 30, 1945 エバ・ブラウンとともに飛行機でノルウェーに飛び、最終地の南米のアルゼンチンに到着し、隠棲した。(出番が終わったので)チリの東200マイルに位置する、アルゼンチンの北西のメンドーサ(Mendoza)の町でナチスのSSとスファラジー・ユダヤのコミュニティーに守られて極秘に余生を送った。遺体はメンドーサの南東30マイルに位置するパルメロ(Palmera)の共同墓地に埋葬された。その後のヒトラーは絵画が唯一の趣味で、多くの遺作が残されている。最近、東京で展示されている(急遽中止されたが)のは、ドイツ時代に描かれたもの。 ヒトラーはバロン・ロスチャイルドが家政婦に生ませた男児(アロイス)の子。」
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by kabu_kachan | 2012-06-26 18:44 | Comments(0)

米国同時多発テロの「謀略史観」解析

米国同時多発テロの「謀略史観」解析

――真犯人は国際イルミナティ三百人委員会だ!

週刊日本新聞・編著  三交社  2001年刊

この本は以下のような組み立てになっています。ここでは「Ⅴ」の内容のみをピックアップしました。まさに究極の「陰謀論」ともいうべき内容です。

 第1部  9・11事件の真相は、テロ支援超大国アメリカ、イギリスに取り憑いた
       ユダヤイルミナティ三百人委員会の高度戦略と見抜く。

 序  マス・メディア、知識人学者の情報・解説では見えてこない。
    見当はずれの対タリバン戦争・「ニュー・ウォー」とは何か?
 Ⅰ  ビル自爆テロ‥‥悪魔の巣窟英国に着目せよ! 
    こんなにもあるユダヤイルミナティ謀略の証拠
 Ⅱ  テロ支援大国アメリカ様のいいなり 最悪の日本の対応
 Ⅲ  大統領・首相などは秘密結社の下僕に過ぎない
    歴史は謀略(ユダヤイルミナティ戦略)によって動かされてきている
 Ⅳ  世界政治経済軍事の謀略全構図の両建て作戦を暴露する
    究極の狙いは世界人間牧場
 Ⅴ  狂牛病、ヤコブ病も企図されたものだった。解決の道はただ一つ
    家畜制度全廃。肉食をただちにやめること

 第2部 今の今までマスコミで語られなかった9・11事件の真相は、米国とイス
      ラエルの関係から急浮上してくる“謀略説”である。


  「われわれ地球人は異星人に支配されている」という説で知られているのは、最近ではデーヴィッド・アイクでしょう。その著『大いなる秘密(上)「爬虫類人」』(三交社)のまえがきで、監訳者の太田龍氏がアイクの説を以下のように要約していますので、参考までに引用しておきます。

① 地球原人を操作して家畜人化した異星人は、爬虫類人(レプティリアン)である。
② 太古のある時代(おそらく紀元前2000年頃)、爬虫類人は表面から姿を消し、彼
  らの代理人をして対人類支配管理係たらしめた。それがすなわち今日まで続く秘
  密結社である。
③ 彼ら(爬虫類型異星人とその代理人たる秘密結社)は、地球人類の効率的管理の
  ために、精神的牢獄としての宗教を創作した。「一神教」はその究極の形態である。
④ 英国王室は、現代における爬虫類人型異星人とその代理人たちの主力基地であ
  る。
⑤ 英国王室を含む秘密結社の中核維持、秘密儀式において、爬虫類人に変身する、
  との証言がある。

  このことを証明するためにアイクは広範囲に資料・証拠・情報を収集し、整理し、分析してみせます。その内容は大変説得力があり、訳者の太田龍氏をして「私は彼の才能と努力に素直に敬服した」と言わしめています。
  ここに取り上げた内容だけではよく理解できないとおっしゃる方は、できればアイクの『大いなる秘密(上)「爬虫類人」』と『大いなる秘密(下)「世界超黒幕」』を読んでいただきたいと思います。ともに500ページを超える大著ですので、陰謀論に関して予備的知識のない方は読みあげるのに骨が折れるかも知れませんが‥‥。
                                      (なわ・ふみひと)
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by kabu_kachan | 2012-06-26 11:24 | Comments(0)

シオン長老の議定書(4)

世界中で熟読玩味される『シオン長老の議定書』

  彼らの論法は以下の通りである。
  「『シオン長老の議定書』は反ユダヤ勢力による反ユダヤ宣伝のために捏造された偽書である」との結論がまず先にあり、次のその結論を証明するために、ジョリの著作と議定書が似ているという唯一のネタをもとに、論点をずらし、話を小さくし、それからやりたい放題の嘘八百を並べていく。最後に、スイスの裁判所が一審で「議定書偽書説」を勝訴させたと大宣伝して終わりにする。
  しかし、スイスの裁判所が二審では「議定書偽書説」を告訴したユダヤ人側被告に「敗訴」の判決を下していることは隠蔽する。
  条件の許す国では、イルミナティ世界権力は『シオン長老の議定書』を発行禁止処分とし、さらにその出版、所持のみで刑法上の囚人として投獄する。1917年のロシア革命政権は、「議定書」の所持のみで死刑としている。つまり、議論や思想的論争の次元ではなくて、むき出しの悪魔的ルシファー的暴力によって批判を抹殺するぞという。
  しかし、ユダヤ・イルミナティのでっちあげたソ連共産帝国が6千万人を大虐殺したあげくに自己崩壊すると、そのあとにロシアの軍内部の愛国派民族が胎動し、今では『シオン長老の議定書』は公然とロシア社会に流布され、熱心に読まれている。それのみでなく、米国の最も有名な反ユダヤの思想家デーヴィッド・デュークはロシアで大人気だ。その著作『ユダヤ至上主義』のロシア語版は大ベストセラーになっている。
  そのためロシア内のシオニスト・ユダヤ勢力が、ロシアの司法当局に対してこのデュークの著作ロシア語版を「反セム(反ユダヤ)主義」として発行禁止処分にするよう告訴したところ、ロシア検察庁は、「問題の書はユダヤ至上主義についての事実を論述しているものであって、なんら反セム主義文書ではない」として、ロシア・ユダヤ陣営の請求を却下したという。
  全世界13億人のイスラムの30以上の国々では、もちろん『シオン長老の議定書』は合法的に頒布されているのみならず、むしろそこに描かれている通りの存在がユダヤであり、イスラエルであるとの見方が常識であろう。
  今後、この『シオン長老の議定書』に書かれている叙述が日本民族有志の常識となるほどに消化される日の来ることを切に期待する。
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by kabu_kachan | 2012-06-13 22:27 | Comments(0)

シオン長老の議定書(3)

対ユダヤ思想戦の系譜

  敗戦後の日本は、戦勝国である米国およびソ連共産主義勢力の占領下に置かれた。そして、この戦勝国による日本占領は、講和条約締結によって終結するどころか、その後も現在に至るまでずっと継続しているのみならず、その占領政策はますます苛酷の度を強め、日本滅亡、日本亡国へと陥れつつある。
  この事実は、現在一部の日本人有志にはある程度理解されているだろう。しかし、この程度の理解水準ではイロハのイにも達していない。
  資本主義(自由主義、民主主義)と共産主義の対立、闘争という。しかし、この闘争は、実は国際ユダヤが彼らの世界征服綱領を実現するために、国別に演出した八百長芝居に過ぎない。資本主義も共産主義も、ユダヤがゴイム(非ユダヤ人、人間家畜)をペテンにかけて、世界人間牧場に誘導するための両建て双頭作戦なのだ。そこのところが理解できないと、ナイーブな日本人は昔も今も、そしてこれからもずっと「複雑怪奇」な世界情勢に翻弄され続けるであろう。
  日本民族の一部の先覚者が、ユダヤの正体、そしてユダヤの双頭作戦の事実に初めて気づいたのは、第一次世界大戦時、そしてその最中に突如として発生したかに見える1917年のロシア革命を通じてである。この先覚者の一団のその最先頭に、四王天延孝陸軍中将がいた。
  四王天中将に続く人物は、ロシア語専門家としてロシアに長期滞在した久保田栄吉や、陸軍関係の将校でロシア語教授を務めた北上梅吉(筆名)などであろう。とりわけ久保田栄吉は、ロシア共産革命の惨状をつぶさに見て、『シオン長老の議定書』を含む相当数のロシア語関係文献を日本民族有志に紹介した。その功績は大きい。
  こうした人々の努力によって、ソ連共産革命なるものが、労働者階級の革命とは真っ赤な嘘で、実はニューヨーク・ウォール街ユダヤ国際金融資本の資金援助を受けたユダヤ人共産主義革命による、ロシア人民皆殺し、ロシア民族根絶やしの大殺戮計画であることが徹底的に暴露された。
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by kabu_kachan | 2012-06-13 22:25 | Comments(0)

シオン長老の議定書(2)

敗戦後の日本人の「議定書」観は、すべて第2次世界大戦下にナチス・ドイツの指導者を裁いた「ニュルンベルグ裁判」に由来する。この「裁判」の判事団の主力は米・英・ソ連である。しかし、裁判の「表舞台」に登場しない本当の主役は、国際ユダヤ陣営である。彼らはナチス・ドイツの反ユダヤ性そのものを「人道に対する犯罪」として告発する。そして、ヒットラーとナチス・ドイツがユダヤ人絶滅政策と「600万人ユダヤ人ホロコースト」を実行するに至る主要なイデオロギー的根拠として、悪名高き偽書『シオン長老の議定書』が決定的な役割を果たしたと称する。
  第二次世界大戦後の世界情勢は次の3点を土台として構築された。

(1) ナチス・ドイツとヒットラーの悪魔化。
(2) その悪魔化されたヒットラーとナチス・イデオロギーとしての「反ユダヤ思想」の悪魔化。
(3) その「反ユダヤ思想」のネタ本としての『シオン長老の議定書』の偽書説、そして偽書としての「議定書」の悪魔化。

  ニュルンベルグ裁判期、日本はイルミナティ悪魔主義米英占領軍の暴政暴圧下にあり、ドイツで行なわれたこの「裁判」と自称するサタニスト・イルミナティ世界権力のペテン劇の実相は誰も知らされていない。しかし、その結論はその後、有無を言わさず日本人に押しつけられた。
  かくして、『シオン長老の議定書』はユダヤ人を迫害するためにでっちあげられた偽書であり、ナチス・ドイツによる600万人のユダヤ人をホロコーストするために利用された悪魔の書、ということになる。このことは疑うことを許されない絶対的真実であるというふうに、敗戦後の日本人に対して刷り込まれた。
  しかし、いったい『シオン長老の議定書』とはいかなるものなのか。「議定書偽書説」を言い立てる世界ユダヤ人陣営は、それではこの「偽書」を誰がでっちあげたとするのか。それは帝政ロシアの官憲だと言う。しかも単なる憶測や推定ではなくて、ロシア人女性の有力な証言があると言う。この“証人”なる人物のいかがわしさと、口からでまかせの嘘八百ぶりについては、四王天延孝著『猶太思想及運動』の中で詳述されている。

  1920年、「自動車王」ヘンリー・フォードが、国際ユダヤの陰謀に気づいて、ユダヤに対する綿密な調査に基づく批判を独自の新聞を通じて大々的に展開し始めた。この連載記事は『国際ユダヤ人』(全4巻)として1920年から22年にかけて続々と出版される。そしてこの中で、フォードは『シオン長老の議定書』も取り上げたのである。
  これによって「議定書」は一躍全世界の心ある有志の必読の参考文献ナンバーワンになったのである。フォードはその後、世界シオニスト・ユダヤ陣営の猛烈な包囲攻撃に耐えかねて、ユダヤ批判キャンペーンからやむなく撤退する。だが『国際ユダヤ人』は今でも米国内で流通している。
  「議定書偽書説」は敗戦後、ユダヤ米英イルミナティ世界権力の手先と化した日本人工作員によって無数にばらまかれているが、もっとも最近のものとしては「別冊歴史読本――世界に広がる『ユダヤ・聖書伝説』」(2004年3月)の「ユダヤ陰謀論を読む」などがある。しかし、この種の陳腐な論説を相手にしても始まらない。
  最近では「議定書」への反論もいろいろと工夫されている。その“傑作”の一つが、マイケル・ベイジェント他著『聖なる血と聖杯』(邦訳『レンヌ・ル・シャトーの謎』柏書房刊)である。それは、「議定書」の発行母体はユダヤではなく、メロヴィング王朝の血統を世界の王たらしめることを目的とする秘密結社「シオン修道院」である、とする説である。
  そして、そのメロヴィング王朝はなんとイエス・キリストの血統である、との説を展開している。こちらの方は実にスマートに、くるりと話を逆転させてしまう。ある種の手品、魔法である。

  「彼ら」の目的は、首尾よくゴイムを家畜人間として世界人間牧場に駆り立て、誘導していくことであるという。「彼ら」は、その秘密の行動計画(アジェンダ)を公衆の面前で暴露されることを好まない。それは「彼ら」の立場からすれば当然であろう。しかし、「彼ら」によって世界人間牧場にゾンビ人間として収容監禁されてしまうかもしれない我々非エリート一般大衆としては、座視しているべきではないだろう。
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by kabu_kachan | 2012-06-13 22:22 | Comments(0)

シオン長老の議定書(1)

解説 ―― 太田龍

  『シオン長老の議定書(プロトコール)』は、原文はフランス語とされているが、それを帝政ロシアの諜報機関が入手し、20世紀初頭(1901年)、セルジュス・ニールスによってロシア語に翻訳出版された。ニールスのこのロシア語版は1905年、ロンドンの大英博物館に収蔵されているが、原本のフランス語版は現存していないようである。
  1917年のロシア・ユダヤ共産革命事件によって、ニールス訳のこの本は一躍全世界の有志に注目されるところとなり、英語はもちろんのこと、広く各国語に翻訳出版された。日本への最初の紹介は大正8、9年を嚆矢とする。これは久保田栄吉氏のロシア語からの訳本であり、大正末から昭和初年にかけて広く流通し、一部の日本人に熱心に読まれた。

  『シオン長老の議定書』全24議定の根本思想は何か。それは、この著作に多用されている「ゴイ」「ゴイム」というヘブライ語の語源であろう(ゴイムはゴイの複数形)。数えてみると、実に合計110回出てくる。
  ヘブライ語では「非ユダヤ人」の意味。そしてタルムード的に「家畜人」「人間家畜」「獣」「動物」「野獣」との意味にも使われる。この語はGoy(Goyim)として英語の辞書にも入っている。

  日本の敗戦は、すなわち世界ユダヤの勝利、シオニスト・ユダヤによる完璧な日本占領と支配制圧である。米国シオニスト、ユダヤ・イルミナティ世界権力の日本占領軍は、敗戦前から日本民族の対ユダヤ・フリーメーソン心理思想戦争の業績の徹底的な破壊と抹殺を実行した。
  この米国シオニスト、ユダヤ・イルミナティ占領軍の手先と化した日本の国家権力と学者・マスコミなども、また大正末から昭和20年の敗戦までのユダヤ・フリーメーソン批判を跡形もないまでに抹殺し続けている。その結果、今や日本は、国家民族まるごと米英イスラエル・シオニストに売り渡されようとしているのである。
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by kabu_kachan | 2012-06-13 22:20 | Comments(0)

フランシスコ・ザビエル

太田 私は、フランシスコ・ザビエル(1506~1552)が1549年に日本に来て以降、一貫してユダヤ・イルミナティの日本に対する戦争は継続していると考えています。フランシスコ・ザビエルというのはイエズス会の創立メンバーの一人で、イグナティウス・デ・ロヨラ(1491~1556)につぐナンバー・ツーです。ザビエルとロヨラが2人で相談して、ヨーロッパとアフリカと新大陸はロヨラが、インド以東アジアはザビエルが布教するというふうに協定したのです。
  日本人はザビエルという人物の正体というか重要性にまったく気づいていません。ザビエルはインドからマラッカ経由で日本に来ました。ザビエルの役割は単なるキリスト教の伝道師ということだけではありません。彼はイルミナティの世界支配の将校、斥候というか将軍くらいの役割を持って日本に来たのです。
  日本に4年足らずいて、たちまち信者をつくっていったのですが、そんなことが目的ではなく、日本の値踏みをするというか、日本を徹底的に調べ尽くして、どのように処分するかという戦略を立てて、彼らの根拠地を日本につくることにありました。ザビエルは1年半かそこらでイエズス会の本部に報告書を出しています。
  「日本はヨーロッパと対等か、もしかするとはるかに優れた水準の文明をつくっている。しかもまったく付け込む隙のないような強力な軍隊を持っている、民族として団結している」という報告をしています。
  だから彼らにとって、日本は危険な存在だと見抜いたのです。そこで、日本人全部をキリスト教に改宗させ、精神的に彼らの奴隷にするか、それができなければ殺すしかないという選択に迫られたわけです。日本を最終的に奴隷にするか、キリスト教徒にするには、南米とかアフリカでは部族を全部征服して、部族ごとキリスト教に改宗させることを強要し、集団洗脳しました。日本人は読書する能力もあり、そういうことはできなかったのです。
  そこで、文章による教育、布教が必要だと認識しました。そのため、宣教師は日本語を勉強して洋書のポルトガル語辞典をつくったりし、早い時期からさまざまな日本語を翻訳したりしています。このような文章による布教により、日本人の精神を洗脳するという戦略を行使したわけです。
  中国に対しては、日本よりはるかに大きな世界最大の国家ですから、これをどのように処分するかについて、ザビエルは中国にしばらく滞在して方針を立てて、報告書をローマ本部に送っています。
  そのとき以降、彼らの日本に対する方針は一貫しています。つまり、精神的に日本を日本人でないようにするための方針、アジアに対しては武力による侵略を行使するという方針を立てます。最終的に、米軍が日本を占領して原爆を投下して、恐怖に陥れるわけです。アメリカや西洋の文化を押し付け、日本の歴史を否定し、頭脳を変えてしまいました。
  いまでもこの方針は続いています。精神的に心理的に、習慣・風俗・食べ物などすべてにわたって日本的なものを全部変えてしまうわけです。そして抵抗するものは排除します。そういうふうにして日本に対する一貫した工作が行なわれているということを、日本人は知らなければならないと思うのです。
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by kabu_kachan | 2012-06-02 20:35 | Comments(0)

西郷隆盛

太田 西郷軍のなかには西洋のことをよく知っている人が何人もいたのです。だから、長州藩の背後にいたイルミナティやフリーメーソン、英国の諜報機関や外交機関などの勢力は、西郷を潰さなければいけないという狙いをつけていたのです。それで西南戦争に動員された政府の軍隊の規模は莫大なものでした。莫大な西洋式軍隊をつくった資金はサッスーン財閥を通じて、東京の政権に対してあらゆる援助を与えたのです。だから西郷軍が戦ったのは東京の政権というより、背後にいる英国と西洋の軍隊だったのです。
  鹿児島ではこのような事情が、意識的か無意識的かは別として何らかの形で浸透しているのではないでしょうか。いまでも西郷さんは代表的薩摩人、鹿児島人であり、大久保利通のほうはまったく振り向きもされず、問題外なのです。
  しかし、長州と大久保一派がっくった歴史ではまったく逆になっています。「征韓論」
論争がそれです。明治6年(1873年)に西郷が韓国を征服するという「征韓論」が出てきて、まず国内を固めることが先だという大久保一派と論争をして、西郷のほうが敗れたという具合に、今でも教科書に書かれています。日本人はそういうふうに教えられていますが事実はそうではありません。
  大久保と木戸と岩倉などが欧米を回覧してきた「岩倉使節団」が同年(1873年)9月に帰国した後、西郷の征韓論を批判しました。なぜ大久保と木戸の一派が強硬に西郷を韓国に派遣することを阻止したかというと、単に彼らの考えではなく、背後に英国・フリーメーソンの支配と指示があったからなのです。
  つまり、フリーメーソン・イルミナティの東アジアに対する基本的政策は、数百年来、中国と日本と韓国の3つの国を、絶対団結させてはならないという基本方針があったからなのです。これはいまに至るまで変更されていません。西洋に対して、この3カ国をそれぞれ分裂させてお互いに争わせ、殺し合いさせ、憎しみを掻き立てる、そういうふうに分断するというのが基本方針です。
  この方針を知っていた西郷隆盛は、「自分は韓国に行ってよく話し合って、一緒に西洋
と戦おう」と言いに行こうとしたのです。それができたら次は北京に行って、清国の政府とも話し合いたいと公言しています。
  そんなことは絶対許さないはずです。フリーメーソン・イルミナティからすれば、西郷隆盛はその当時におけるアジアのもっとも危険な人物だったのです。「あらゆる力を行使して、西郷を潰せ」という彼らの命令を実行したのが大久保利通と長州勢だったのです。残念ながら、そういうことが鹿児島の人たちにはいまもってわからないのです。
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by kabu_kachan | 2012-06-02 20:27 | Comments(0)