「ほっ」と。キャンペーン

<   2015年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

311地震・津波特集



↑放射能汚染した甲板を洗浄する空母ロナルド・レーガン乗組員。今、次々と発癌し亡くなっている。何人、生き残っていることか。


”福島第1原発事故は1500人の人命を奪った。だがその死因は放射能ではない。”



福島では被爆死ゼロ。最大で年間70ミリシーベルト以下の被ばく量。レントゲン1回分。

これで発癌するなら、毎年レントゲンやCTスキャンを受ける患者は全員、発癌するはず。

放射能コワイコワイ病蔓延ご担当者様は、御託を並べて「キケン、キケン」とキャンキャン吠えるが、だれも死んでいない。これから大量死が発生する?そんな深刻な事態なら、既に、たくさんの「初期症状」に苦しむ患者が発生していないとおかしい。そんな話は一切ない。

それよりも、震災直後、三陸沖(福島沖ではない。)にいた米空母のレーガン乗組員が1000人単位で発癌している事実に、なぜ、放射能コワイコワイ担当者さんは触れないのか?なぜ、メディアは報じないのか?

レーガン乗組員の被爆の原因は福島原発ではない。311人工地震に用いた海底核爆発が原因である。勿論、米海軍の仕業だ。福島原発とは何の関係もない。

311謀略が知られては困る。だから、放射能危機煽り隊の面々は、「空母レーガン」を素通りする。

福島原発の放射能汚染は、少なすぎるほど低い。「多少の量の放射線照射は実際にガン発病リスクを下げる働きがある」とNYTの記事にもあるが、その効果すらないほど低すぎる。人体の健康を増進するには足りぬ。

メルトダウン、メルトスルーが事実なら、東北どころか、東日本全体が住めないところになっている。福島原発の核汚染は、外部核爆発による小規模な汚染のみだ。311テロの黒幕、米国1%より外注された、イスラエルのマグナBSP社の仕業だ。

いまだに、放射能コワイコワイといっている無垢な人たちを憐れむ。低線量放射線は、恐れることはない。米国1%の放射能汚染偽装作戦は失敗した。積極的に線量の高いところに行くべきだ。健康増進になる。

情報感謝。


”福島第1原発事故は1500人の人命を奪った。だがその死因は放射能ではない。”

http://jp.sputniknews.com/japan/20150923/942915.html#ixzz3ma1QmEDp

福島第1原発の事故の結果、およそ1600人が死亡したが、この圧倒的大多数は避難がうまく行われなかったことやストレスが起因しており、放射能が死因ではない。ニューヨーク・タイムズ紙はこうした記事を掲載した。
NYタイムズ紙は「政府は単にパニックを起こした。市民の命を奪ったのは放射能の恐怖だった」とするモハン・ドッス博士の記事を掲載。モハン・ドッス氏は福島原発事故の影響を入念に調べている。博士は死亡者の中にいた高齢者や病人には緊急避難や放射能汚染の危険はあまりに過酷な試練となってしまい、中には自ら命を絶った例もあることを指摘している。

ところがドッス博士の計算では原発付近から避難した住民がもし、自分の家に留まった場合、受けただろう被爆量は平均でも年間わずか4ミリシーベルト。最高値でも年間70ミリシーベルトには達しない。これは医療用レントゲンからうける被爆量と同じ。つまり事故後、住民の健康には深刻なリスクがないことになる。

しかもNYタイムズ紙が、最近より多くの確証を得ているとして紹介している仮説では、多少の量の放射線照射は実際にガン発病リスクを下げる働きがあるという。だが、このセオリーは今のところ最終的には証明されていない。
福島第1原発の周囲20キロ以内に暮らしていた住民は全員避難させられた。その数は15万人に上る。現在、日本政府は以前は進入を禁止していた地区への帰宅を許可したが、多くの避難民は放射能の恐怖から帰宅を危ぶんでいる。

nishiizu


↓以下、RK過去記事です。

「空母レーガン乗組員の集団がん発生」もメディアが必死に報道を抑制しているニュース。
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201411/article_183.html

空母ロナルドレーガンの被爆の話がTBSで報道されました。
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201503/article_51.html




偽旗作戦➡911と311
(False Flag Operations)





https://www.youtube.com/watch?v=kMh-Gto3TVY

https://www.youtube.com/watch?v=YSU5bP12mH0

https://www.youtube.com/watch?v=isgUCIsHYwM

https://www.youtube.com/watch?v=isgUCIsHYwM

https://www.youtube.com/watch?v=HzMiKlCixRs

https://www.youtube.com/watch?v=e-3nhQQuHM8



海底核爆発による地震・津波を隠蔽するために偽装した。




まさにこの映像である。
http://www.youtube.com/watch?v=OiZmLqWnjgc


水素爆発(白煙)と核爆発(黒煙)の違い。
https://www.youtube.com/watch?v=VLJspb_mo-s


原子炉内に仕掛けたカメラの形状がなんと、イスラエルが開発している「銃型原爆」とそっくりの形なのです。以下を参照ください。

(Magna BSP社が原子炉に設置した原爆そっくりの形状の監視カメラ。左の2つは銃タイプ原爆の図、右の1つはMagna BSP社の監視カメラの写真)





図12.東北地方太平洋沖地震と兵庫県南部地震の地震波形
(データ:防災科研K-NET(気仙沼)および気象庁(神戸))

 ⇧これが自然地震の地震波形であろうか?

これが⇧ 自然地震の地震波形であろうか?
1~2秒間のずれで、核爆弾による人工地震の地震波形が重なっているように見えないかね?

奴らは、人工地震を起こすのに、核爆弾を1個だけ使ったりはしない。1個だと地震波形でばれるからである。
奴らは必ず複数の核爆弾を使って、自然地震の地震波形のように見せかけるのである。
子供でもわかることに早く気が付けよ!
バカじゃないんだから!
それとも、日本人は子供並みのバカ集団か?
テレビが日本人をバカ集団にしているだけじゃないか。

何事も疑ってかかること。
懐疑こそ進歩の始まりである。

 ⇩子供でもわかることである。


図1 阪神大震災・神戸海洋気象台NS波(JMA KOBE NS波)



★人工地震をまだ知らない人へ

http://kabukachan.exblog.jp/21203034





★人工地震をまだ知らない人へ


http://kabukachan.exblog.jp/21203034


★東日本大震災は人工地震<謎の企業ベクテル>(1)


http://kabukachan.exblog.jp/19231934/


★東日本大震災は人工地震である(2)


http://kabukachan.exblog.jp/19247202/


★東日本大震災は人工地震である(3)

http://kabukachan.exblog.jp/19247505/


★阪神大震災 と 東日本大震災


http://kabukachan.exblog.jp/21951785/


★人工地震と自然地震の違い


http://kabukachan.exblog.jp/22540847/


★311人工地震による津波<見ざる・言わざる・聞かざる>


http://kabukachan.exblog.jp/23655413/


★311人工地震・津波(なぜわからない?)


http://kabukachan.exblog.jp/23456801/


★株価と人工地震<彼らの計画地震>


http://kabukachan.exblog.jp/22353422/






[PR]
by kabu_kachan | 2015-09-25 10:54 | 地震 | Comments(0)

911テロ事件特集(本日911は、米国1%による対人類襲撃記念日です)

画像


本日911は、米国1%による対人類襲撃記念日です。

世界の民よ、911真犯人の素顔を知り、憤ってください。


142904161229483557180

彼らは、まさしく、悪魔です。この惑星から排除すべき邪悪な存在です。

★CFR抗議集会
https://www.youtube.com/watch?v=Usbb5t5YqB4



先日亡くなられた灰被り女性のインタビュー動画&記事です。

被災された日、その後の彼女の境遇や心境を思うと涙か溢れてきます。

経済的にも大変な困窮に陥っていたようです。

改めて、911を起こした外道連中への怒りが新たになりました。

Dust Has Not Settled On 9/11

http://www.veteranstoday.com/2015/09/10/dust-has-not-settled-on-911/


http://richardkoshimizu.at.webry.info/201509/article_95.htmlより



奴らは、既に米軍(ペンタゴン)と米金融、米メディア、米軍需産業の企業群団すべてを乗っ取っている。

NEW WORLD ORDER(新世界秩序)
わかりますか?

国家を超えた企業軍団によって国家を統治すること。




★911テロ捏造の決定的証拠となる二つのビデオ映像


http://kabukachan.exblog.jp/18956860/


★9・11テロは捏造である


http://kabukachan.exblog.jp/20226613/


★911事件の真相


http://kabukachan.exblog.jp/23097550/


★911ユダヤ内部犯行隠蔽に全面協力の米メディア


http://kabukachan.exblog.jp/24214577/


★アメリカのマスコミの『嘘』


http://kabukachan.exblog.jp/21748917/


★世界の真実を語る リチャード・コシミズ


http://kabukachan.exblog.jp/23188210/


★911テロ事件とロックフェラー


http://kabukachan.exblog.jp/22180017/


★911テロは100%捏造である


http://kabukachan.exblog.jp/19156240/


★911テロ・テレビ画像捏造の決定的証拠「航空機の影がない」


http://kabukachan.exblog.jp/18828865/


★ユダヤ米国 の <三大日本人虐殺>


http://kabukachan.exblog.jp/18798239


★ノーベル賞の本当の意味


http://kabukachan.exblog.jp/22773236


★アメリカ資本主義の正体


http://kabukachan.exblog.jp/24180021/



ある米国在住の女性から情報をいただきました。

アスベストスの専門家のご主人が「アスベストスは、10年間吸引し続けなければ癌にはならない。」といわれたそうで、911後遺症でがん患者が1000人単位で発生し、次々と死亡している原因ではないと認識しているそうです。

当たり前です。アスベストスの化学毒で発生する癌は、中皮腫。WTCの症例とは合致しない。WTC関連の癌患者の症例は、広島、長崎と同じ。多岐にわたる種類の癌です。つまり、被爆が原因です。

だがご主人には「911で米国政府が自作自演核攻撃をやった。」というのは受け入れがたい。ちょっと歪な「愛国心」にとらわれているようです。

「米国が建国以来1%、つまり、金融ユダヤ人に秘密裏に支配されている。」という厳然たる事実を受け入れるには、さらに高いハードルがあるようです。自分の信じている「米国像」が根底から崩れてしまう。

疑問は山積しているが、真実を知りたくない。受け入れたくない。真実を知るのが怖い。これが一般的な非ユダヤ系米国人のようです。知ってしまった方が、ずっと楽なのに。

これから、WTCで粉塵を吸ってしまった7万1000人が次々と癌で死にます。それでも、米国人は覚醒しないのか?メディアはいつまで真相を隠蔽し続けられるのか?限界があると思います。

「WTC癌症候群」が米国民を覚醒させ、米国1%の悪魔たちを追い詰めます。最後はチャウシェスク・ムッソリーニ型結末です。

金融ユダヤ人100万と全人類70億の戦いです。

2015/9/20 07:28

911核攻撃による癌を含む被害者7万人!? 輿水さんの努力、没落貧乏国家ダメリカも規制出来ないんでしょうね。

http://presstv.ir/detail/2014/04/21/359423/nuke-cancer-from-911-revealed/

川口

http://richardkoshimizu.at.webry.info/201509/article_140.htmlより



『究極の大陰謀』㊤㊦(デーヴィッド・アイク著)


目次 「911」の裏に「影の世界政府」--この世のミステリー

第1章 《9.11》に隠された真の狙い
・この「世界」は陰のネットワークによって巧妙に支配されている
・バビロン発イルミナティ血族が君臨する大英帝国
・重要な秘密結社すべてを統括する内部結社イルミナティ
・マスメディアはイルミナティの飼い犬
・犯罪的破産ーアメリカは公式破産し、すでに単なる民間企業に過ぎない 他

第2章 犯罪者一族、ブッシュ・ファミリー
・絶対に捕まらない麻薬シンジケートの一翼を担うブッシュ・ファミリー
・父ブッシュ、ベトナム人大量虐殺・「コカイン・クーデター」にも関与
・湾岸戦争は「戦争」ではなく大量殺戮だった!
・ブッシュ、フセイン共に「見返り」ニ兆五〇〇〇億ドルを受け取る
・「死のハイウエイ」虐殺は国際戦争犯罪法廷で有罪なるもブッシュらは無視 他

第3章 生まれる前から王になる運命の男
・ベトナム兵役逃れ、酒とコカインと女浸りの日々の「ボーイ・ジョージ」
・オサマ兄サレム・ビンラディンは、ブッシュのアルプスト社に投資もするビジネス・パートナー
・今も継続、父ブッシュ、カーライルを通じてビンラディン一族との深いおつき合い
・「テロリスト「とビジネスする者は許さない」、どの面下げてそんなことが言えるのか
・炭疽菌騒ぎで独占的に設けるブッシュ、ビンラディン一族出資の企業バイオポート 他

第4章 セックス狂の巨根男(ビッグ・ディック)・チェイニー
・やはり兵役逃れのチェイニー、湾岸大虐殺の国防長官で名を馳せる
・アメリカで五番目の大口契約企業、チェイニーは、まさに濡れ手に粟
・チェイニーとハリバートン、テロリスト独裁国家との取引で大儲け
・アゼルバイジャン、ウズベキスタン、バルカンーー恐怖との取引はプレジンスキー戦略
・見捨てられたタリバン、パイプラインはユノカルに、費用は納税者に 他

第5章 ブッシュ政権に集う悪党ども
・クン・サーの麻薬密輸に関わるもう一人のディック、アーミテージ
・コンゴとタンザニア首相暗殺にパウエルの「師」カールーチの影
・「戦争の英雄」コリン・パウエルーー民間人大量虐殺に関わる本当の経歴
・ドナルド・ラムズフェルドー巨利を手に毒性甘味料アスパルテームを広めた男
・ひたすら超長期的人類奴隷化計画のために働く独裁者トニー・ブレア総統 他

第6章 《9.11》は同じテクニックの繰り返しだった
・《9.11》事件の「リハーサル」オクラホマ連邦ビル爆破事件
・マクヴェイのトラック爆弾ではビルは倒壊できない、なのに・・・・
・なぜか、重装備の爆発物処理班が事前に待機していた
・父ブッシュの手配で、元イラク軍将校が二〇〇〇人もオクラホマシティの住人となっていた
・真珠湾もオクラホマも《9.11》 も「知っている」のはCFRメンバー 他

第7章 検証PRSテクニック
・操縦士はハイジャック新語王を送らず、コクピットもロックせず、連絡は客室乗務員からだけ(!?)
・ユナイテッド航空一七五便ーーわずか90秒の間に、ハイジャックされコースを外れた(!?)
・テロ攻撃を聞いた直後、決然とヤギさんの話を聞いていたブッシュ大統領
・アフガニスタンで毎日繰り返されている計算された「月下の虐殺」
・自由の侵食を無条件で従え、さもなくば、お前はテロ支持者とみなす 他

第8章 狂人の館
・《9.11》が起こることを許した「陰の世界」の住人
・逃走ペイン・スチュアート機のときは緊急機敏に動いたFAAとNORAD
・「あの日は」異変に対応しないことにしていたNORAD
・ビッグ・ディック(チェイニー)の「重大な事実」を隠しそこねた小さな失言
・FAAの「警備」責任者は軍の元秘密(法を超越した記録に残らない)作戦司令官だった 他

第9章 そのとき彼らはどこにいた
・さまざまな国防総省発表の目的はただ一つ??単純な事実を隠すことにある
・その日ブッシュは、「事前に何が起こるか知っていた」驚かなかった!?
・WTCニ機目突入を知るも、ブッシュはペットのヤギさんの話を聞き続けていた!
・「次は大統領専用機が標的」という嘘は何のため?
・国防総省職員二万人、誰も避難させなかたのはなぜか。背後に「怠慢」以上のものが隠されている 他

第10章 「ハイジャック犯」たちの真実
・嘘だらけの公式発表も百万遍繰り返せば、「歴史」や「真実」となる
・ハイジャック犯にお遺体は一つも見つからず、たった一人の紙製パスポートだけが無傷で発見
・乗客リストに「ハイジャック犯」の名前がない。本当に乗っていたのか
・スポンサーはアメリカだったのかーー「ハイジャック犯」はアメリカ軍施設で訓練を受けた
・計画の規模と「恐るべき正確さ」は国家の情報組織による支援なければ不可能 他

第11章 事前情報
・ハイジャック計画を「ブッシュは事前に知っていた」
・一九九三年WTC爆発もFBI・モサドが関与、身代わり犯も用意
・ゴールドマン・サックス社、作家ラシュディ、オディゴ社、モサドなど、たくさんあった《9.11》事前情報
・直前にアメリカン航空、ユナイテッド航空、モルガン、メリルリンチなど"関連株"「プットオプション」大量買い
・《9.11》の被害者遺族がブッシュらを提訴、七十億ドル請求 他

第12章 迷路の探索ーー巧妙な嘘を使って
・大型航空機の沿革操作は四十年前以上にすでに実現されていた
・沿革操作で四機の制御権を奪いハイジャックし、WTCや国防総省に突入は可能
・「ボーイング七〇七型機の衝突にも耐えうる」設計なのにツインタワーの真下への崩落は人為的な破壊作業
・炭疽菌騒動の「エームズ株」は国防総省独占御用達もの。抗生物質「シプロ」製造は父ブッシュービンラディン関連企業
・《9.11》の公式ストーリーは、単なる部分的なでたらめではない。すべてでたらめなのだ 他

第13章 正気との戦い
・アーミテージの依頼でテロ・スポンサーISIが「テロとの戦い」に参加
・ビンラディンのテロ・ネットワーク資金源はオサマの親友の父ブッシュ
・CIAとサウジアラビアがアフガニスタンにアルカイダ、タリバン、ビンラディンの外部勢力を導入
・アメリカ、サウジアラビア、パキスタンの資金武器支援でタリバンがアフガニスタン全土を制圧
・「ビンラディンを差し出します」「いや、結構」ーー戦争なしのオサマ告発チャンスをあえて潰す 他

第14章 本当にビンラディンがやったのか
・アフガニスタン侵略の大衆的政治的支持を生み出すためには必要不可欠なビンラディン
・ビンラディンのテロ・ネットワーク資金源はオサマの親友の父ブッシュ
・「確かな証拠」などないが「やったのはビンラディンだ」ブレア首相の「調査文書」
・ぞくぞく現れる「ビンラディン登場ビデオ」、「テロ警告ビデオ」のたぐいーー嘘で大衆を誤道する狙い
・戦争に声援を送り、あるいは目を背け、あるいは耳を塞いでいる世界中の人々へ 他

第15章 「映画」の向こう側
・グローバル化、食品添加物、DNA操作、農薬、放射能、麻薬、金融システム等々ーー破壊者は「分割して統治せよ」の同じ顔
・あなたの知らされていない技術??精神・感情・肉体を自在に操る「パッチ」「電子標識」「ソニックノージア」
・ファシズムのグローバル化ーー中央集権的超国家へ
・国民が互いにスパイ、密告報奨、指紋スキャナー、監視カメラーーアメリカは独裁国家への道を歩む
・「大量破壊兵器が『信用の置けない国家』の手中に保有されるのを防ぐため」ーーそれはアメリカだろっ!」 他

第16章 地上より永遠に
・「五感という牢獄」出でよ、さらば無限の知識を得られん
・異次元ーー宇宙の九九・五パーセントを占めている暗黒物質。あなたに何が見えているか?
「老将軍集団」は最終的決定権となる
・アメリカーーそもそもの初めから、イルミナティのマインドコントロール実験場として設定された
・抑圧と支配を望むか、それとも「無限の自由」を望むかーー選択権を持っているのはあなた
・この世界を牢獄から楽園に変えるためには、自分を愛さなければならないのと同様に、彼らも愛さなくてはならない 他




[PR]
by kabu_kachan | 2015-09-11 17:54 | 911 | Comments(0)

日米戦争はなぜ起きたのか?

先ず、なぜ日中戦争から、太平洋・東アジア全域にまたがる全面戦争に拡大してしまったのか!その背景から述べなければなりません。

十九世紀の中頃から、欧米列強、特にロシアが、満州・チャイナ・朝鮮・日本を植民地にしようと虎視眈々と窺っていました。――日本の近現代史がずいぶん混乱しているので、多くの人々は、明治維新が終わったときには、西欧列強のアジアにおける植民地支配は完了していたかのように思い込んでいるようですが、それはそうではありません。

日本が、自由民権だとか国会開設などと騒いでいた明治初期には、欧米の植民地化はまだ着々と進行中という状態だったのです。アメリカがハワイの王朝を潰し、ドイツはチャイナから青島を奪い植民地化し、フランスはチャイナからベトナムを奪い、イギリスはインドを経てビルマを併合し、さらにチベットを勢力下に収めるなどという状況が進行中でした。

イギリスは、明治18年にビルマの王と王妃をセイロン島に島流しにし、王子は皆殺しにし、王女はイギリスの兵隊にくれて、ビルマを併合してしまったわけです。ーーその後も列強の侵略は続いて、マレー半島が完全に植民地として完成されたのは、じつに1909年(明治42年)のことでした。

―― その当時、

日本にとって特に脅威だったのは、ロシアの動きです。ロシアは、旅順や北朝鮮の港を占拠し、全朝鮮半島を支配する構えをみせていたのでした。

今から振り返ると、周辺の国々が次々と欧米の植民地になっていく中で、よくぞ日本だけが無事だったものと不思議な気がします。今ですら、そうのような感じがするわけですから、当時の日本としてはもう必死だったことでしょう。いつベトナムのようなことになるのか、ビルマのようにされるのか、ハワイのようにされるのか、といったことで戦々恐々としていたわけです。

南アジアの大国であったインドも、また、清国の一部も植民地とされ、老いたる官僚国家である朝鮮はとても頼りない感じでした。――ロシアは今の北朝鮮あたりまで既に南下を果たしていたわけですから、日本も、もう既に射程距離に入っていたようなものでした。

イギリスやフランスがチャイナの分割を終えてから朝鮮半島へと進攻してくれば、これまた次は日本へという図式になります。アメリカだって、西へ西へと原住民(アメリカインディアン)を征服しながら西進し、太平洋に出てハワイを平らげ、そして遂にフィリピンまでも手に入れたわけですから、これまた次は日本をということになります。

当時、清国や朝鮮は科挙制度が完備していて、筆記試験をパスした成績優秀な官僚が実質的に支配する官僚国家であったわけですが、日本はまがりなりにも武家社会でした。そのためでしょうか、日本は朝鮮と違って、欧米やロシアの武力の脅威というものをかなり正確に読んでいました。

そうした、まことに危機的な状況があったればこそ、日清・日露戦争が戦われたわけです。日本の防衛、白人の世界支配への抵抗運動としての日清・日露という側面を抜きに、これらの戦争の本質は語れません。

それは、第二次世界大戦についても同様です。欧米、わけてもアメリカを敵として戦うなど、よほどのことがない限りどの国だってやりたくはありません。日清・日露から第二次大戦までの日本の戦争は、広義の意味での自衛戦争だったのです。――自衛ということが基調となっていた戦争だったのです。

では日本は、いったい何から自衛しなければならなかったのかというと、それはまずは欧米とロシアの植民地支配です。当時としては、それは単なる脅威論の域を越えていて、今日明日に迫る現実的な課題でした。

結局わが国は大東亜戦争に敗れたわけですが、このときの主要な敵国のすべては、大東亜戦争以前にわが国が脅威の対象と直観していた国々でした。

アメリカは昭和5年(1930年)に、イギリスは昭和7年(1932)にブロック経済体制に入りました。後にオランダもこれに同調しました。ソ連も閉ざされた国です。これらの国々はいずれも近代産業を支える天然資源を自給自足できる国です。これらの国々が日本に天然資源を売らないことにしたらどうなるか。とくに石油はどうなるか..これが日本の直面した恐怖でありました。

―― それとともに、

大東亜戦争にはもうひとつ大きな、世界的対立の側面がありました。それは、ホワイト対カラード(白人対有色人種)という対立の構図です。人種の中では、白人が一番優秀で、その次が黄色人種で、いちばん劣っているのが黒人であるという暗黙の序列のようなものがあります。これは、決して公にはされませんが、本音の部分で、欧米人の間では現在でも根深く残っているといえるでしょう。

日本は、第一次世界大戦のあとで「人種平等」ということを国際連盟規約に入れるように要求しますが、これはあっさり拒否されてしまいました。そもそもあの時に、第二次世界大戦後の国連のように、人種平等ということを国際連盟が受け入れていれば大東亜戦争は回避できたのではないでしょうか。


★世界史上、初めて『日本が人種平等を主張』

http://kabukachan.exblog.jp/22400185/

日本は、対ロシア政策として、朝鮮の近代化を切実に願っていました。しかし当時の朝鮮の宗主国であった大清帝国が邪魔をします。そして、協定に反して清国は朝鮮に軍隊を入れました。ーーかくして日清戦争が起こったわけです。これによって日本は、有色「カラード」人種国の代表みたいになってしまいました。

カラードの国である日本が、まずもって世界をアッ!といわせたのは日露戦争でした。カラードの国である日本が、白人の超大国であるロシアと戦って勝ったということで世界中がビックリしたわけです。


その驚きは、白人に限った事ではありません。中東のトルコなどでも、大変な驚きと希望とをもって受け止められました。アメリカでも、とくに黒人などは息をのんでこの勝利を見守りました。植民地にされていたアジアの諸地域も同様です。(諸国ではありません..当時、独立国だったのはタイ王国だけでした。ただし、タイは英仏の衝突を避けるための緩衝地帯として置かれていたのであって、自力で独立を保っていたわけではありません。)


第二次世界大戦後には世界中で民族運動が起き、独立が相次ぎましたが、その根っこのところには、カラードの国である日本が善戦したということが大きく影響していたのです。


―― 話を元に戻しますと、

十九世紀の半ばに、既にイギリスの侵略を許していた中国大陸は、日清戦争の敗戦を機に、欧米帝国主義の利権漁りがいっそう激化し、英仏独露日などによる事実上の分断統治が為されており、主権などは無いに等しい状態でした。当時のアジア地域で、かろうじて独立国として存続していたのは、日本とタイ王国ぐらいのものだったのです。

アジアは、こうした、つい最近まで欧米帝国主義諸国に牛耳られていた歴史を忘却してはなりません。この歴史的事実ひとつをとっても、日本の中国進出を----被害者である中国から責められるのはある程度仕方ないとしても----欧米諸国から責められる謂れ(いわれ)などは毫(ごう)もないのです。まず責められなければならないのは、我欲剥き出しで武力をもって先にアジアを侵略した欧米列強のほうなのです。

日本が中国や朝鮮半島へと進出しなければならなかったのは、欧米露など帝国主義国家のアジア侵略があった為です。欧米列強のアジアでの傍若無人な振る舞いは先にも述べた通りです。ーー残された中国大陸の一部・朝鮮半島・日本を、各国が植民地支配せんと手薬煉(てぐすね)ひいている状態だったのです。

強国ロシアとの戦いに勝利を収め、満州の南部はなんとか確保できたものの、この戦争によって十万人もの日本人兵士が犠牲になりました。しかし、講和でロシアから得たものは南満州の鉄道経営権だけで、賠償金などはゼロでした。

しかも、この戦勝によってロシアの脅威が消えたわけではなく、むしろ、日露戦争によってロシアの南進意図はよりいっそう強固なものとなりました。やがてはロシアが、朝鮮を足がかかりに日本へと触手を伸ばしてくることは時間の問題だったのです。ーー日本の危機感はつのるばかりでした。

中国大陸でも、蒋介石の国民党政府が着々と力を蓄え、これまた日本にとっては大きな脅威になりつつありました。

対する日本政府は、日露戦争の勝利で得た南満州の鉄道経営の権利を足がかりにして満州に積極的に乗り出していき、満州国を建国し、さらには朝鮮併合へと進んでいきました。いってみれば、日本にとっての満州建国・朝鮮併合が自国の防衛にとっては止むを得ない進路だったという側面を見逃してはならないと思います。

しかし、そうして中国大陸に楔を打ち込んだ日本を、苦々しい思いで眺めていたのは欧米列強です。自分たちがクイモノにしようと狙っていた中国に、新たに乗り込んできた日本が、欧米列強にとっては邪魔者以外の何ものでもありませんでした。とりわけ日本を目の上のタンコブと感じたのは、虎視眈々と大陸の利権を狙っていたアメリカです。


日露戦争当時、日米両国の関係はおおむね良好でした。ロシアとの講和の中介をとったのもセオドア・ルーズベルト(アメリカ)大統領です。ところが、日露戦争終結と共に風向きは一変します。まず、南満州の鉄道経営権を巡ってギクシャクがはじまります。


日露戦争中に日本を支援し、莫大な戦費を貸付たアメリカの実業家にハリマンがいます。彼は鉄道会社の経営者で、日本に南満州鉄道の共同経営を持ちかけてきました。日本政府は、いったんこの申し出を受諾し、仮契約までこぎつけますが、小村寿太郎外相が国益上の理由から断固反対し、仮契約を反故にしてしまいました。

またアメリカ政府も、次第に勢力を伸ばしつつある日本に脅威を感じはじめ、満州の利権を独り占めにしようとする日本を食い止めようと必死になります。ーーこうして、アメリカは一気に反日へと傾いていったのです。


いってみれば日米対立の構図は、互いの権益を守る為の対立だったわけです。

以後アメリカは、日本をあの手この手で揺さぶり、国際社会から孤立させていきます。日本を封じ込めるためにまずアメリカが採ったのは、蒋介石へのあからさまな援助です。中国大陸へと歩を進めた日本は、蒋介石政権を相手に日事変に突入、戦線が拡大し泥沼の戦い続けていました。これが欧米諸国の(在中国)権益との紛糾の種になり、アメリカは蒋介石政権をバックアップすることで日本を牽制しようとしたのです。


この日米の確執が本格的に表面化したのは、昭和14年のことです。

この年の7月、アメリカは日米通商航海条約の破棄を日本政府に通告し、12月には、アメリカ大使が条約の締結を拒否、翌年1月には、日米通商航海条約は失効します。

当時、アメリカはビルマと仏印(フランス領インドシナ=現ベトナム・ラオス・カンボジア)を通じて軍需物資を蒋介石政権支配地域に輸送していました。そこで当時の近衛内閣は、フランス政府と協定を結び、援蒋ルートを遮断しようとします。しかしこの時点でも、日本政府は、急激に悪化しつつあった日米関係を何とかして緩和しようと努めていました。


にも関わらずアメリカは、イギリス・中国・オランダと交渉し、共同戦線による経済封鎖、いわゆるABCD包囲網を強化し、昭和15年には、軍需物資はもちろん、生活必需品の対日禁輸まで仕掛けてきました。

そして昭和16年には、日本人の在米資産の凍結が断行され、イギリス、オランダもこれに追従します。こうした一連の対日禁輸措置は、日本に世界中との貿易を断念せよというのに等しく、貿易立国の日本にとっては危急存亡ともいえる程の危機でした。


昭和16年8月、アメリカは日本に対し石油の全面禁輸を実施します。

当時の日本は、石油はアメリカと、オランダ領だったインドネシアからの輸入に頼っていました。石油が一切入ってこなくなれば、国内に備蓄してある少量の石油だけで当面はしのげたとしても、備蓄が尽きれば全ての産業が停止に追い込まれることになる訳で、まさに死活問題です。

日本は、日米交渉が決裂すれば、資産確保のためには日米開戦もやむなしという瀬戸際へと追い込まれていきます。

このとき、東京のジョセフ・グルー駐日大使は、日記に次のように書き込んで
います。「報復と、それに対する反撃行為との悪循環が始まった。地獄への道をたどるのはたやすい。最早、なんらかの抜本的な異常な事情が起らない限り、坂道を落ちてゆくような今日の事態の惰性をいかにして食い止め、またはいかにしてこの事態の発展の行方を突き止めえようか。明白な結論は戦争が不可避であるということだ」

エネルギーの供給源を断たれた国が、それを求めて戦争への道を歩んでいく。

これは国際社会では当然の成り行きです。--今回のイラク戦争がいい例です。中東の石油を安定的に確保するため、いうことを聞かぬサダム・フセインを、ありもしない幻の大量破壊兵器を口実に攻撃し逮捕し、そのため、アメリカも莫大な戦費と戦死者を出しているのは世界周知の事実です。

経済封鎖と石油の禁輸措置で、のっぴきならない事態に追い込まれた日本は、やむなく日米開戦を決意、9月6日の御前会議で「帝国は、自存自衛を全うするため、対米・英・蘭戦争を辞せざる決意のもとに、概ね10月下旬を目処し戦争準備を完遂す」と決定します。

https://www.youtube.com/watch?v=U0UyNMiN7UU


――太平洋戦争の遠因は人種問題でした。

アメリカが、日本人を一人も入れないというような絶対的排日法案を可決し、実行しなければ、あのような反米感情は起こらなかったでしょう。

――そして近因、つまり直接の引き金は石油の禁輸です。

日本の連合艦隊が、石油がなくて動けなくなり、一戦もしないで白旗を掲げるなどという事はありえなかったからです。



★アメリカ歴史学の権威チャールズ・ビアード博士は、終戦間もない1948年、アメリカの公式資料に基づいて「ルーズベルト大統領と日米戦争」の著書を発表した。この中で、博士は、日米戦は好戦大統領の周到な準備で日本を挑発し、仕掛けた謀略、つまりアメリカの一方的侵略戦争であったことを痛烈に批判した。
この本によっても、ルーズベルトがアメリカ国民自身と日本国民とを同時に騙して、無謀な戦争に突入したことが明らかになった。

戦後アメリカの詩人コーエン氏は、このビアードの本を大学の図書館で読んで仰天した。アメリカが戦争を仕組み、無実の日本の指導者を処刑したことに、心から詫びたい気持ちでいっぱいになり、わざわざ来日して、巣鴨処刑場跡の記念碑の前で次の詩を書き遺した。

ああ、アメリカよ、汝は法を曲げ、正義を踏みにじった。ジョージ・ワシントン、アブラハム・リンカーン、今黄泉にて汝の非道に涙す



[PR]
by kabu_kachan | 2015-09-07 05:38 | 歴史 | Comments(0)

満州事変は侵略だったのか?

★『凛として愛』
https://www.youtube.com/watch?v=r2zwu_1bqIg&index=47&list=PL9EWxmPflX-pfl7CGtvZ-aUiXBfe1PcOp


満州事変(1931年)は、何故起きたのでしょうか?


今日、この事変は、世界恐慌で経済が行き詰まった日本が、その経済的行き詰まりを打開する為に行なった「侵略行為」として語られる事が多いと思はれます。


私自身、そう思ひ込んで居ましたが、真実は、本当に、そんな単純な物だったのでしょうか?


物事には、前史が有ります。1931年9月18日の柳条湖事件だけを取り上げて見れば、その様に思はれても仕方の無い面は確かに有ります。しかし、今日、その前史が何故これほど語られないのか?中国で、反日デモが広がる中で、満州事変の前史を振り返る事は、無意味ではないに違い有りません。


   * * * * * * * * * *


そもそも、満州は、歴史的には、漢民族(中国人)の土地ではありませんでした。


皆さんは、中学や高校の世界史で、歴史地図と言ふ物を見た事が有ると思ひます。もし、家に歴史地図が有ったら、是非見て下さい。殷や周の時代から、隋、唐、宋の時代でも、満州が漢民族の王朝によって支配された事は一度も有りません。満州に在ったのは、常に漢民族以外の民族の国家ばかりで、高句麗、渤海、切丹、元(モンゴル)、清、など、中国人(漢民族)がこの地域を支配、統治した時代は、20世紀以前には無かった事を、先ずは、思ひ出さなければなりません。


満州が、中国人(漢民族)の支配に入ったのは、1911年の辛亥革命以後の事です。つまり、北海道が日本の領土に成ったのよりずっと新しい事なのですが、その辛亥革命後、満州が中国人の支配に置かれた経緯には、大きな問題が有ったのです。


辛亥革命(1911年)は、満州族の王朝であった清を中国人(漢民族)達が打倒し、中華民国を建国した革命でした。満州族による漢民族(中国人)支配に対して中国人が不満を抱き、新しい国家を打ち立てた事自体は理解出来ます。しかし、問題は、その過程で、中国人(漢民族)の土地ではなかった満州までもが、中国人の支配を受ける様に成ってしまった事でした。即ち、漢民族(中国人)が、満州族(清)の支配に反抗して立ち上がった事自体は正当であったにせよ、その漢民族が、今度は、満州族を逆支配し、中国人の土地ではなかった満州までをも支配する様に成った事が、新しい摩擦を引き起こして居たのです。


辛亥革命後、満州を支配したのは、日露戦争中日本のスパイであった馬族の頭目、張作霖でした。辛亥革命後、打倒された清の領土は分裂状態に陥り、中華民国と言ふ新国家の全国統治は名ばかりでしたが、そんな分裂状態の中でも、国民党は満州を新国家の領土であると主張して居ました。例えて言へば、アフガニスタンで、カブール周辺しか支配して居ないカルザイ政権が、建前ではアフガニスタン北部も統治して居るとしながら、実際には全く統治して居ないのと同じです。南京で誕生した新国家中華民国の政府は、満州を実効支配した事は一度も無く、満州は、辛亥革命後、名目上は中華民国の一部と成りましたが、その中華民国政府は何ら満州を統治しておらず、実際には、地方軍閥である張作霖とその息子張学良が、満州を私物化し、君臨して居たのです。


その張作霖とその息子張学良は、満州に軍政を敷き、満州の住民を苦しめて居ました。特に、彼らは軍票の乱発によって満州をインフレに陥らせ、このインフレは、現地の住民を過酷な状態に置いて居ました。今の北朝鮮の様な親子による支配と経済破綻に加えて、満州の治安は悪化し、例えば万宝山事件と言ふ満州に移住した朝鮮人が現地人の襲撃を受けて虐殺される様な事件も発生して居たのです。


それに加えて、日本にとって重大だったのは、この張作霖・張学良親子の支配下で、日本が清と結んで居た条約が守られなく成り、日本が経営権を持って居た南満州鉄道について、条約で約束されて居た平行線建設の禁止が守られなく成った事でした。張学良は、イギリス資本を導入して南満州鉄道と競合する鉄道を建設し、これによって日本は、日露戦争後、条約で権利を保障されて居た南満州鉄道の経営悪化と言ふ問題に直面して居ました。


その上、張学良は、満州の住民に反日運動を扇動し、満州に在住する日本人は、南満州鉄道の経営悪化のみならず、治安の悪化による危険にさらされる状況に追ひ込まれて居たのです。


つまり、辛亥革命後、満州は、責任ある国家の統治下に無く、そこを支配して居ると主張する中華民国政府は、現実には何ら現地の治安にも条約の継続にも責任を果たして居ませんでした。まさに、当時のアフガニスタンだった訳で、責任有る政府は無く、ただ軍人親子が暴政を続ける真空地帯と化して居たのです。


こうした状況を一気に解決したのが、満州事変だったのです。


確かに、南満州鉄道を自分で爆破してそれを理由に満州を一気に占領したやり方は問題です。しかし、この満州占領の結果、暴君であった張学良は満州から追放され、現地では治安の回復とインフレの終息が実現しました。


その結果、満州事変後の満州に、中国から多くの中国人が流入した事は、その方法はともかく、満州事変が、満州に治安と経済的安定を実現した事の証明と言って間違い有りません。


更に、満州事変後、建国された満州国は、1945年に終焉を迎えるまでの短期間に、戦後の日本の経済成長を彷彿とさせる様な経済発展を遂げ、満州の民生を向上させて居ます。


柳条湖事件だけを取れば、確かに、「侵略」と言はれて仕方の無い面が有った事を私は否定しません。しかし、アメリカがイラク戦争を開始した際の経緯と比較しても分かる通り、この程度の謀略は、国際政治の中で何度も繰り返されて来た事です。そして、結果に注目するなら、アメリカのイラク統治等とは較べ物に成らない治安と経済発展が、満州では実現されて居ます。


こうした事を総合的に考える時、そもそも歴史的に中国人の土地ではなかった満州に居座った張作霖・張学良親子の支配を排除して満州を満州族の手に戻し、日本の影響下に在ったとは言へ、満州族中心の国家を建設して、治安の回復と急速な経済発展を実現した満州事変を、ただ単に「侵略」呼ぶ事は、本当に正しい事なのでしょうか?


皆さんの御意見をお聞かせ下さい。


平成22年9月21日(火)



                西岡昌紀


(この日記に対する中国の方たちの御意見、御批判を歓迎します。)


(関連するミクシイ日記)
     ↓
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1585932427&owner_id=6445842


[PR]
by kabu_kachan | 2015-09-04 10:27 | 歴史 | Comments(0)

<日露戦争~太平洋戦争>と米国黒人社会

■1.われわれ黒人は日本に最大の敬意を払う■

 全米1200万の黒人が息を飲んで、会議の成り行きを
見守っている。

 1919年、パリ講和会議。第一次大戦の惨禍を再び繰り返すこ
とのないよう、国際連盟創設のための議論が進められていた。
米国の黒人たちが注目していたのは、国際連盟規約に「人種平
等の原則」を入れるという提案を掲げて参加した日本であった。

 日本の全権使節団がパリに向かう途中、ニューヨークに立ち
寄った時には、「ボストン・ガーディアン」紙の編集長モンロ
ー・トロッターなど、黒人社会の指導者4人が、「世界中のあ
らゆる人種差別と偏見をなくす」ことに尽力してほしい、と嘆
願書を出した。自国のウィルソン大統領が講和会議の議長役を
するというのに、それをさしおいて、わざわざ日本の使節団に
嘆願したのである。

 われわれ(米国の)黒人は講和会議の席上で「人種問
題」について激しい議論を戦わせている日本に、最大の敬
意を払うものである。

 全米黒人新聞協会が発表したコメントである。人種差別に苦
しむアメリカ黒人社会は、有色人種でありながら世界の大国の
仲間入りした日本を、人種平等への旗手と見なしていた。
[1,p71-76]

 しかし、本誌52号[a]で紹介したように、日本の提案は16
カ国中、11カ国の賛成票を得たが、議長であった米国大統領
ウィルソンの「全会一致でない」という詭弁によって退けられ
た。ウィルソンは、人種平等を盛り込んだ連盟規約が、米国南
部や西部の議員たちの反対で、批准されるはずのない事を知っ
ていたのだ。

★世界史上、初めて『日本が人種平等を主張』


http://kabukachan.exblog.jp/22400185/

 アメリカの黒人は、自国の政府の措置に怒り、全米で数万人
もの負傷者を出すほどの大規模な暴動が続発した。

■2.茶色い男たちのパンチが白人を打ちのめし続けている■

 アメリカの黒人社会が、日本に期待をかけるようになったの
は、日露戦争の時であった。白人の大国に、有色人種の小国が
独立をかけて、果敢な戦いを挑んでいる、と彼らは見た。

 米国黒人として最初の博士号をハーバード大学でとった黒人
解放運動の指導者W・E・B・デュボイスは、ヨーロッパに
よる支配から有色人種を解放してくれる可能性のもっも高い国
として、日本を支持した。

 日本が勝てば、やがて「アジア人のためのアジア」を声高に
叫ぶ日が来るだろう。それは、彼らの母なる大地アフリカに同
じような声がこだまする前兆となる、と米国黒人の指導者たち
は考えた。黒人紙「インディアナポリス・フリーマン」は次の
ような社説を掲載した。

 東洋のリングで、茶色い男たちのパンチが白人を打ちの
めし続けている。事実、ロシアは繰り返し何度も、日本人
にこっぴどくやられて、セコンドは今にもタオルを投げ入
れようとしている。有色人種がこの試合をものにするのは、
もう時間の問題だ。長く続いた白人優位の神話が、ついに
今突き崩されようとしている。

 日露戦争は、有色人種は白色人種に決して勝てない、という
ヨーロッパ人による世界侵略の近代史で生まれた神話を事実と
して否定してみせたのである。[1,p53-66]

日露戦争の世界史的意義


http://kabukachan.exblog.jp/19062401/

■3.黒人と日系移民の「連帯意識と共感的理解」■

 1920年代に本格化したアメリカへの日系移民に対して、黒人
たちは温かく接した。「フィラデルフィア・トリビューン」紙
は、次のように述べた。黒人たちは日本人を心から尊敬してい
る。同じ『抑圧された民族』であるのもかかわらず、「自分た
ちのために一生懸命努力する」日本人の態度は見習うべきもの
である、と。

 カリフォルニアのオークランドでは、黒人発行の新聞に日系
人がよく広告を出した。「ミカド・クリーニング」、「大阪シ
ルク工業」等々。逆に日系人の新聞には、黒人への差別やリン
チを非難する記事がたびたび登場した。

 ロサンゼルスの日系病院の医師のうち、二人が黒人だったこ
とについて、「カリフォルニア・イーグルス」紙は次のように
述べている。

 ほとんどの病院が黒人に固く戸を閉ざしている昨今、日
系人の病院がどの人種にも、門戸を開放していることは本
当に喜ばしい限りである。同じ人種の医者に診てもらうこ
とができる安心を患者は得ることができるのだから。

 黒人を差別しない日本人というイメージは、このようなメデ
ィアを通じて、またたく間に西海岸に広まった。「連帯意識と
共感的理解」、この言葉が両者のつながりを示すのによく用い
られた。[1,p82-89]

■4.日本人を救え■

 1923年の関東大震災の報に接したある黒人は「シカゴ・ディ
フェンダー」紙に「アメリカの有色人種、つまりわれわれ黒人
こそが、同じ有色人種の日本人を救えるのではないか」と投書
し、それを受けて同紙はすぐに日本人救済キャンペーンを始め
た。

 たしかに我々は貧しい。しかし、今、お金を出さなくて
いつ出すというのか。

 同紙の熱心な呼びかけは、多くの黒人の間に浸透していった。
万国黒人地位改善協会は、「同じ有色人種の友人」である天皇
に深い同情を表す電報を送り、また日本に多額の寄付を行った。

 「シカゴ・ディフェンダー」紙のコラムニスト、A・L・ジ
ャクソンは、長い間白人たちの専売特許だった科学や商業、工
業、軍事において、飛躍的な発展を遂げようとしていた日本が、
震災で大きな打撃を受けたことにより、黒人もまた精神的な打
撃を受けた、と分析した。日本人は「それまでの白人優位の神
話を崩した生き証人」だったからだという。[1,p82-86]

■5.日本のエチオピア支援■

 1936年のイタリアによるエチオピア侵略に対して、アメリカ
の黒人たちは、アフリカ唯一の黒人独立国を「最後の砦」とし
て支援しようとした。アメリカ政府の消極的な姿勢に比べて、
日本が国際連盟以上にエチオピア支援を訴えた事は、アメリカ
の黒人たちの心を動かした。

 「シカゴ・ディフェンダー」紙は、日本の宇垣一成大将が、
「イタリアとエチオピアの争いでは、日本は中立になるわけに
はいかない」「エチオピアの同胞を助けるためには、いつでも
何千という日本人がアフリカに飛んでいくだろう」と明言した
ことを伝えている。

 「ピッツバーグ・クリア」紙は、エチオピアに特派員を送り、
エチオピア兵が日本でパイロット訓練を受けたこと、戦闘機の
提供まで日本が示唆していたことを特ダネとして報じた。

 そして何よりも黒人たちを感激させたのは、エチオピアのハ
イレ・セラシェ皇帝の甥、アライア・アババ皇太子と日本の皇
族・黒田雅子女史の結婚の計画であった。これは実現には至ら
なかったが、日本がエチオピアとの同盟関係に関心を寄せてい
た証拠であった。シカゴ・ディフェンダー紙は「海を越えた二
人の恋は、ムッソリーニによって引き裂かれた」と報じた。
[1,p96-103]

■6.日本での「忘れがたい経験」■

 1936年、黒人運動の指導者デュボイスは、満洲に1週間、中
国に10日間、日本に2週間滞在して、「ピッツバーグ・クリ
ア」紙に「忘れがたい経験」と題したコラムを連載した。

 デュボイスが東京の帝国ホテルで勘定を払っている時に、
「いかにも典型的なアメリカ白人女性」が、さも当然であるか
のように、彼の前に割り込んだ。

 ホテルのフロント係は、女性の方を見向きもせずに、デュボ
イスへの対応を続けた。勘定がすべて終わると、彼はデュボイ
スに向かって深々とお辞儀をし、それからやっと、その厚かま
しいアメリカ女性の方を向いたのだった。フロント係の毅然と
した態度は、これまでの白人支配の世界とは違った、新しい世
界の幕開けを予感させた。

「母国アメリカではけっして歓迎されることのない」一個
人を、日本人は心から歓び、迎え入れてくれた。日本人は、
われわれ1200万人のアメリカ黒人が「同じ有色人種で
あり、同じ苦しみを味わい、同じ運命を背負っている」こ
とを、心から理解してくれているのだ。[1,p109-118]

 さらに、この旅で、デュボイスは日本人と中国人との違いを
悟った。上海での出来事だった。デュボイスの目の前で4歳く
らいの白人の子どもが、中国人の大人3人に向かって、どくよ
うに言った。すると、大人たちはみな、あわてて道をあけた。
これはまさにアメリカ南部の光景と同じではないか。

 上海、この「世界一大きな国の世界一立派な都市は、なぜか
白人の国によって支配され、統治されている。」それに対して、
日本は、「有色人種による、有色人種の、有色人種のための
国」である。

■7.日本人と戦う理由はない■

 日米戦争が始まると、黒人社会の世論は割れた。「人種問題
はひとまず置いておいて母国のために戦おう」という意見から、
「勝利に貢献して公民権を勝ち取ろう」、さらには「黒人を差
別するアメリカのために戦うなんて、馬鹿げている」という意
見まで。

 デュボイスは、人種戦争という観点から捉え、「アメリカが
日本人の権利を認めてさえいれば、戦争は起こらなかったはず
だ」とした。

 黒人たちは、白人が日本人を「イエロー・バスタード(黄色
い嫌な奴)」、「イエロー・モンキー(黄色い猿)」「リト
ル・イエロー・デビル(小さな黄色い悪魔)」などと蔑称をさ
かんに使うことに、ますます人種戦争のにおいをかぎつけた。

 アメリカは日本兵の残虐行為を理由に、「未開人」という日
本人イメージを広めようとやっきになっていた。それに対して、
「ピッツバーグ・クリア」紙は、ビスマーク沖での海戦で、ア
メリカ軍は多数の日本の艦船を沈めた後、波間に漂っていた多
くの日本兵をマシンガンで皆殺しにした、本土爆撃ではわざわ
ざ人の多く住んでいる場所を選んで、大人から赤ん坊まで無差
別に殺した、さらに「広島と長崎に原爆が落とされた時、何万
という人間が一瞬にして殺された。これを残忍と言わずして、
何を残忍と言おう」と主張した。

 軍隊の中でさえ差別に苦しめられていた黒人兵たちにとって、
白人のために、同じ有色人種である日本人と戦わなければなら
ない理由は見いだせなかった。ある黒人部隊の白人指揮官は、
隊の95%は戦う気力がまったくない、と判断を下した。黒人
兵の間では、やりきれない気持ちがこんなジョークを生んだ。

 墓石にはこう刻んでくれ。

白人を守ろうと、
黄色人種と
戦って命を落とした黒人、
ここに眠ると。
[1,p120-140]


★『凛として愛』
https://www.youtube.com/watch?v=r2zwu_1bqIg&index=47&list=PL9EWxmPflX-pfl7CGtvZ-aUiXBfe1PcOp


大東亜戦争の世界史的意義


http://kabukachan.exblog.jp/19094794/


■8.日系人強制収容を黙って見過ごすのか?■

 大戦中、日系移民は、米国の市民権を持っている人々までも、
強制収容所に入れられた。米国の黒人は大きな衝撃を受けた。

 第一に、日系アメリカ人だけが収容され、ドイツ系もイタリ
ア系も収容されなかったのは、あきらかに人種偏見のせいでは
ないか、という点。第二に、アメリカの市民権を持っている日
系人さえもが強制収容されるなら、黒人にも同じ事が起こる可
能性がある、という点であった。

 11万5千人もの人々(日系人)が、一度にアメリカ人
としての自由を奪われるのを、われわれ黒人は黙って見過
ごすというのか。

 ロサンゼルス・トリビューン紙のコラムニストが全米黒人向
上協会に呼びかけ、協会の代表はそれを受けて、次のような決
議文を提出した。

 われわれは人種や肌の色によって差別され、アメリカ人
としての当然の権利を侵害されることには断固として反対
していかねばならない。

 戦後、黒人社会は、収容所から解放されて戻ってきた日系人
を歓迎し、温かく迎えた。彼らは、日系人のために仕事を探し
たり、教会に招いたりしてくれた。[1,p140-152]

■9.歴史上、日本人が持ち得たもっとも、親しい友人■

 [1]の著者、レジナルド・カーニー博士(黒人史専攻)は次
のように我々日本人に呼びかけている。

 歴史上、日本人が持ち得たもっとも親しい友人、それが
アメリカ黒人だった。・・・この本を読んでいただければ、
日本の政治家や知識人たちが黒人を差別する発言を繰り返
したときに、なぜ黒人があれほどまでに怒り悲しんだかを、
心から理解してもらえるはずである。

 かつて、黒人から同じ有色人種として敬われていた日本
人。そんな日本人が、今ふたたび、その尊厳と親愛の念を
取り戻せることを、私は心から祈って止まない。おごりの
ない、謙虚な日本人-それが私の願いである。[1,p26]

★白人による黒人奴隷貿易とアメリカの奴隷制度


http://kabukachan.exblog.jp/20941342/


http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h12/jog132.htmlより



[PR]
by kabu_kachan | 2015-09-01 00:08 | 歴史 | Comments(0)