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日本の反日メディア(TBS・NHK・テレビ朝日)

なぜTBS・NHK・テレビ朝日は反日なのか?

ここで一句。

ニッポンの テレビが作る 猿文化

反日の メディアが作る 猿カルチャー

日本人 猿で良し良し テレビ局

バカ芸人 自分が猿だと 気づかない




水間政憲①【邪教朝日新聞】の日本つぶし
https://www.youtube.com/watch?v=P72omWQpypc


【新春特別対談】西尾幹二氏に聞く
https://www.youtube.com/watch?v=-azpywVwvrc

【新春特別対談】西尾幹二と大いに語る
https://www.youtube.com/watch?v=oHLYTkZcDXE



■反日マスコミが存在する理由


日本のマスコミのはずなのに、なぜ反日マスコミが存在するのか。その理由の一つは以下の動画を見れば分かります。一言で言えば、 中国が日本を支配するための情報工作です。 他にも 在日朝鮮人や左翼日本人による情報工作 などもあります。



中国日本省への道


◆ 日中記者交換協定

⇒1964年に日本と中国の間で取り交わされた、日中双方の記者を相互に常駐させる取り決めのこと。正式名は「日中双方の新聞記者交換に関するメモ」。

概要は以下の通り。

・日本政府は中国を敵視してはならない
・米国に追随して「二つの中国」をつくる陰謀を弄しない
・中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げない


すなわち、
・中国政府(中国共産党)に不利な言動を行なわない
・日中関係の妨げになる言動を行なわない
・台湾(中華民国)独立を肯定しないことが取り決められている。

違反すると記者が中国国内から追放される。これらの協定により、中国に対する正しい報道がなされていないと批判がある。

<ソース>東京大学東洋文化研究所(公式サイト) ・田中明彦研究室(公式サイト) ・ 周恩来中国首相の対日貿易3原則に関する談話(1960年8月27日) ←※上記3原則の内容
・ 連絡事務所の設置および新聞記者交換に関する高碕達之助,廖承志両事務所の会談メモ(1964年4月18日)
・日中覚書貿易会談コミュニケ(日本日中覚書貿易事務所代表・中国中日備忘録貿易弁事処代表の会談コミュニケ)(1968年3月6日)
・記者交換に関するメモ修正取決〔一九六四年四月十九日の新聞記者交換会談メモ修正に関する取りきめ事項〕(1968年3月6日)



ここ数年、日本と中国(中華人民共和国)の間で様々な問題が発生しています。

・靖国神社参拝問題
・反日デモ
・駐中国日本大使館破壊事件
・駐中国日本領事館車両破壊事件
・駐中国日本大使館員自殺事件
・東シナ海ガス田問題
・尖閣諸島領有問題
・沖ノ鳥島問題
・中国潜水艦領海侵犯問題
・歴史問題
・旧日本軍遺棄化学兵器問題
・中国人密入国
・中国人不法滞在
・中国人犯罪

すぐ思い当たる物だけでもこれだけあります。しかしこれだけ問題がありながら、何故か日本のマスコミは中国を強く糾弾する報道をすることができません。なんか変だと思いませんか? 実は、日本と中国の間には「日中記者交換協定」という協定があります。この協定のために日本のマスコミは中国に不利な報道ができないのです。「日中記者交換協定」とは一体何なのか? インターネット上のフリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」から「日中記者交換協定」に関するトピックを転載させて頂きます。

 

日中記者交換協定

日中記者交換協定(にっちゅうきしゃこうかんきょうてい)は、日本と中国の間で取り交わされた、日中双方の記者を相互に常駐させる取り決めのこと。

1964年の協定

1964年4月19日、当時LT貿易を扱っていた高碕達之助事務所と廖承志事務所は、その会談において、日中双方の新聞記者交換と、貿易連絡所の相互設置に関する事項を取り決めた。会談の代表者は、松村謙三・衆議院議員と廖承志・中日友好協会会長。この会談には、日本側から竹山祐太郎、岡崎嘉平太、古井喜実、大久保任晴が参加し、中国側から孫平化、王暁雲が参加した。記者交換に関する取り決めの内容は次の通り。

一 廖承志氏と松村謙三氏との会談の結果にもとづき、日中双方は新聞記者の交換を決定した。
二 記者交換に関する具体的な事務は、入国手続きを含めて廖承志事務所と高碕事務所を窓口として連絡し、処理する。
三 交換する新聞記者の人数は、それぞれ八人以内とし、一新聞社または通信社、放送局、テレビ局につき、一人の記者を派遣することを原則とする。必要な場合、双方は、各自の状況にもとづき、八人の枠の中で適切な訂正を加えることができる。
四 第一回の新聞記者の派遣は、一九六四年六月末に実現することをめどとする。
五 双方は、同時に新聞記者を交換する。
六 双方の新聞記者の相手国における一回の滞在期間は、一年以内とする。
七 双方は、相手方新聞記者の安全を保護するものとする。
八 双方は、相手側新聞記者の取材活動に便宜を与えるものとする。
九 双方の記者は駐在国の外国新聞記者に対する管理規定を順守するとともに、駐在国が外国新聞記者に与えるのと同じ待遇を受けるものとする。
十 双方は、相手側新聞記者の通信の自由を保障する。
十一 双方が本取り決めを実施する中で問題に出あった場合、廖承志事務所と高碕事務所が話し合いによって解決する。
十二 本会談メモは、中国文と日本文によって作成され、両国文は同等の効力をもつものとする。廖承志事務所と高碕事務所は、それぞれ中国文と日本文の本会談メモを一部ずつ保有する。

付属文書

かねて周首相と松村氏との間に意見一致をみた両国友好親善に関する基本五原則、すなわち両国は政治の体制を異にするけれども互いに相手の立ち場を尊重して、相侵さないという原則を松村・廖承志会談において確認し、この原則のもとに記者交換を行なうものである。

1968年の修正

1968年3月6日、「日中覚書貿易会談コミュニケ」(日本日中覚書貿易事務所代表・中国中日備忘録貿易弁事処代表の会談コミュニケ)が発表され、LT貿易に替わり覚書貿易が制度化された。この会談は、同年2月8日から3月6日までの間、松村謙三が派遣した日本日中覚書貿易事務所代表の古井喜実、岡崎嘉平太、田川誠一と中国中日備忘録貿易弁事処代表の劉希文、王暁雲、孫平化により、北京で行われた。コミュニケの内容は、次の通り。

 双方は、日中両国は近隣であり、両国国民の間には伝統的な友情があると考え、日中両国国民の友好関係を増進し、両国関係の正常化を促進することは、日中両国国民の共通の願望にかなっているばかりでなく、アジアと世界の平和を守ることにも有益であると認めた。
 中国側は、われわれの間の関係を含む中日関係に存在する障害は、アメリカ帝国主義と日本当局の推し進めている中国敵視政策によってもたらされたものであると指摘した。
 日本側は、中国側の立場に対して深い理解を示し、今後このような障害を排除し、日中関係の正常化を促進するために更に努力をはらうことを表明した。
 中国側は、中日関係における政治三原則と政治経済不可分の原則を堅持することを重ねて強調した。日本側は、これに同意した。双方は、政治経済不可分の原則とは、政治と経済は切りはなすことが出来ず、互いに関連し、促進しあうものであり、政治関係の改善こそ経済関係の発展に役立つものであるとの考えであることを認めた。
 双方は、政治三原則と政治経済不可分の原則は、日中関係において遵守されるべき原則であり、われわれの間の関係における政治的基礎であると一致して確認し、上記の原則を遵守し、この政治的基礎を確保するためにひとつづき努力をはらう旨の決意を表明した。
 双方は、一九六八年度覚書貿易事項について取りきめを行なった。

また、同日、先に交わされた記者交換に関する取り決めの修正も合意された。修正内容は次の通り。

 一 双方は、記者交換に関するメモにもとづいて行われた新聞記者の相互交換は双方が一九六八年三月六日に発表した会談コミュニケに示された原則を遵守し、日中両国民の相互理解と友好関係の増進に役立つべきものであると一致して確認した。

 二 双方は、記者交換に関する第三項に規定されている新聞記者交換の人数をそれぞれ八名以内からそれぞれ五名以内に改めることに一致して同意した。

 三 この取りきめ事項は記者交換に関するメモに対する補足と修正条項となるものとし、同等の効力を有する。

 四 この取りきめ事項は日本文、中国文によって作成され、両国文同等の効力を有する。日本日中覚書貿易事務所と中国中日備忘録貿易弁事処はそれぞれ日本文、中国文の本取りきめ事項を一部ずつ保有する。

この修正内容のうち、「会談コミュニケに示された原則」とは、会談コミュニケの中の「政治三原則と政治経済不可分の原則」を指す。「政治三原則」とは、1958年8月に訪中した社会党の佐多忠隆・参議院議員に対し、廖承志(当時、全国人民代表大会常務委員会委員)が周恩来・総理、陳毅・外交部長の代理として示した公式見解以来、中国側がたびたび主張してきた日中間の外交原則である。1960年8月27日に発表された「周恩来中国首相の対日貿易3原則に関する談話」によれば、「政治三原則」とは次のような内容である。

(前略)これまでわれわれがのべてきた政治三原則を堅持するもので三原則は決して日本政府に対する過酷な要求ではなく、非常に公正なものである。すなわち、第一に、日本政府は中国を敵視してはならないことである。なぜなら、中国政府は決して日本を敵視していないし、さらに、日本の存在を認めており、日本人民の発展をみてよろこんでいるからである。もし双方が話し合いをすすめるとすれば、当然日本政府を相手方とするものである。だが、日本政府は中国に対しこのような態度では臨んでいない。かれらは新中国の存在を認めず、これとは逆に、新中国を敵視し、台湾を承認し、台湾が中国を代表するとのべている。また日本政府は新中国政府を会談の相手方にしようとはしていない。第二は米国に追随して「二つの中国」をつくる陰謀を弄しないことである。米国で今後大統領が民主党から当選するにせよ、また共和党から当選するにせよ、すべて「二つの中国」をつくることをたくらむであろう。香港にある台湾系の新聞の報道によると、共和党の「二つの中国」をつくるたくらみは消極的で、待つて見ていようとするものであり、一方、民主党が政権をとれば、「二つの中国」をつくるたくらみが積極的であり、主動的であろうとのべている。これはある程度道理にかなっていると思う。米国がこのように行ない、日本がこれに追随すれば、われわれはもちろん反対である。第三は中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げないことである。(後略)

すなわち、

1. 日本政府は中国を敵視してはならない
2. 米国に追随して「二つの中国」をつくる陰謀を弄しない
3. 中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げない


の3点の遵守が取り決められた。

この政治三原則と政経不可分の原則に基づいて日中記者交換を維持しようとするもので、当時日本新聞協会と中国新聞工作者協会との間で交渉が進められているにも関わらず、対中関係を改善しようとする政府・自民党によって頭ごしに決められたという側面がある。日本側は記者を北京に派遣するにあたって、中国の意に反する報道を行わないことを約束したものであり、当時北京に常駐記者をおいていた朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、NHKなどや、今後北京に常駐を希望する報道各社にもこの文書を承認することが要求された。以上の条文を厳守しない場合は中国に支社を置き記者を常駐させることを禁じられた。

日中常駐記者交換に関する覚書

1972年9月29日、「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」(日中共同声明)が発表され、日中両国間の国交は正常化した。以後、日中関係は大きく進展する。1974年1月5日には両国政府間で日中貿易協定が結ばれ、同日には「日中常駐記者交換に関する覚書」(日中常駐記者交換覚書)も交わされた。

 
日本のマスコミはこの「日中記者交換協定」のために中国を糾弾する報道ができないのです。実に日本を馬鹿にした協定です。それにしても、こんな状態で公正な報道が出来るのでしょうか? 公正な報道が出来ないのに中国に支社を作ったり、中国に記者を常駐させる必要があるのでしょうか? 一方的に中国の要求を書き連ねただけの、こんな馬鹿げた協定は改正するか破棄して、公正な報道をして欲しいものです。
 





◆ 日本解放第二期工作要綱


⇒マスコミ工作、政治家工作、中国への親近感を与えながら日本を支配する方法が書かれている。

中央学院大学の西内雅教授(故人)が昭和47年にアジア諸国を歴訪した際に入手したとする秘密文書。真偽は未だに不明であるが、現在までこの要綱に沿った工作活動が実際に起きている。よくインターネットでも、当サイトのように反日勢力に対する正当な指摘をする者(一般的には「保守」「愛国」などという)に対し、「ネトウヨ」「右翼」などとレッテル貼りをする行為が見られるが、これも日本解放第二期工作要綱に書かれた工作活動の一つである。
<ソース>中国共産党 「日本解放第二期工作要綱」


■海外の反日マスコミと一心同体。業務提携・住所一致


日本の反日マスコミが、中国・韓国・アメリカの反日マスコミと癒着していることは日本支社が同じ所在地になっていることからも明らかです。いわばお仲間であり、記事の論調も驚くほど一致し、全て反日・左翼・リベラルです。これでまともな報道ができるわけはありません。

新聞社 住所(日本支社)

朝日新聞 朝日新聞東京本社 〒104-8011 東京都中央区築地5-3-2 (AFP、NYT)
東亜日報 東亜日報 〒104-0045 東京都中央区築地5-3-2
ニューヨーク・タイムズ ニューヨークタイムズ東京支局 〒104-8011 東京都中央区築地5-3-2

毎日新聞 毎日新聞東京本社〒100-8051東京都千代田区一ツ橋1-1-1
朝鮮日報 朝鮮日報 〒100-0003東京都千代田区一ツ橋1-1 4F

読売新聞 読売新聞東京本社〒100-8055東京都千代田区大手町1-7-1
韓国日報 韓国日報〒100-0004東京都千代田区大手町1-7-1 8F

日本放送協会 NHK放送センター〒150-8001 東京都渋谷区神南2-2-1
韓国放送公社 韓国放送公社(KBS) 〒150-0041 東京都渋谷区神南2-2-1NHK東館710-C

※日本の大新聞で唯一日中記者交換協定を結んでいないのは産経新聞のみ。


https://www35.atwiki.jp/kolia/pages/20.html#id_f1a26638より。



教えて!Gooから。


なぜTBS・NHK・テレビ朝日は反日なのか?


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質問者:anarogu198
質問日時:2008/06/21 17:18
回答数:17件
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よくネットでコノ民放3局は売国メディア・反日メディア・中国よりの報道と聞きます。
動画共有サイトでもNHKの番組で中国の「天安門事件で死者は1人もいなかった」という信じがたい放送がアップされています。
戦車で人がつぶされた写真など複数証拠があるにもかかわらず。
http://jp.youtube.com/watch?v=oouhR8g6ehg

ここで疑問なんですが日本人で日本のテレビで何のメリットがあって
コノ3局は反日報道をするんでしょうか?

新聞では朝日新聞や毎日とか・・


No.17

回答者: princelilac
回答日時:2014/01/01 08:43
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最大限に単純化すれば、その方が儲かるからです。

これが戦後日本の風潮で、その風潮を作り上げたのが言論界、教育界の人間で、広めたのがマスコミです。「日本は良い国だ」なんて発言をすると、とたんに「戦争賛美」のレッテルを貼って、よってたかって罵詈雑言を浴びせました。文筆家は日本を批判し、天皇の名を貶めて、自分の名を国内国外に売り出しました。それでノーベル賞を受け取った売国の輩がいます。右翼思想の人は戦後公職追放されましたので、その代わりに左翼思想が入ってきました。現在日本国内で中国韓国の味方に付く人は、この時代の思想にかぶれてしまったのです。

最近は徐々に変わってきましたが、随分と長い年月を要したものです。

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No.16

回答者: nobunaga001
回答日時:2013/10/02 20:52
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大東亜戦争の敗戦で行われた、東京裁判を経て、マッカサーによる、洗脳があると思います。
悲しいかな、ほとんどの日本人が、自虐的な考えを、知らず知らずのうちに植え込まれています。
朝日などのメディアは日本人の洗脳に利用されました。その考え方が脈々と受け継がれているのです。
だから、間違いなく反日(彼らが意識するとしないとに関係なく)です。

1948年11月(東京裁判の判決は10月)に出版された、アメリカ人ヘレン・ミアーズという方が執筆のアメリカの鏡、日本という本(アメリカ人の彼女がアメリカ人の立場で見た戦争感で非常に勉強になります)がありますが
これなど読まれたら、なぜの疑問が晴れると思います。
他にも真実を述べてる本がたくさんあります。

過去に遡及して検証しないと何故彼らが、反日なのかわからないと思います。

good 53件

No.15

回答者: princelilac
回答日時:2013/09/01 11:19
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マスコミは本能的に特ダネを欲しがります。しかし反面、特に大手のメディアは横一線に並びたがります。この二つの矛盾を解消し、自社に利益をもたらすのが反日報道、自虐史観なのです。

戦後GHQの指導により、学者や政治家で右翼的な思想の人は公職から追放されました。その代わりに人前に立ったのが、戦時中に冷や飯を食わされていた共産主義者です。戦後教育は太平洋戦争の責任を日本だけに押し付けて終わりました。その当時の連合国の言い分に乗っかって報道したのが、今の大手のメディアです。平和に復帰して60年が経ちましたが、いまだに戦争責任の影を作り上げ、影が薄くなるとキャンペーンをしてでも影を濃くしてきました。

>複数証拠があるにもかかわらず。…
これが中国の論法です。歴史に対して立場の違いによって「認識」が違うのは、当たり前のことなのです。しかしメディアは「認識」を議論する前に、「事実」を正確に把握し伝えなければなりません。メディアの責任は「誤報」ではなく、「捏造」に加担し。「隠蔽」したことです。数年前に中国で高速列車事故があった時、事故車両を埋めてしまいましたが、日本のメディアも同じような精神をもっていると思います。

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No.14

回答者: osiete9n
回答日時:2013/01/10 17:38
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 簡単な話です。中共と朝鮮から相当な工作資金が流れているんでしょう。北朝鮮資金は、日本のパチンコ屋の上納金が流れているんでしょう。
 新聞は斜陽産業です。それにもかかわらず、新聞社では高給が払われています。NHKだって、受信料不払いが激しいのに、社員の年収は眼が飛び出るほど高いです。かつて、日本共産党、日本社会党にソ連から多額の工作資金が流れていたことが、ソ連崩壊後に明らかになりました。南朝鮮は、米国議会に多額の国家予算を使って、ロビー活動をしていることは、秘密でもなんでもありません。中共、南朝鮮が、日本のマスコミに工作資金を送っていないと仮定する方が常識に反するのではないのではないでしょうか。
 中共や朝鮮からの資金が止まれば、そういう企業は直ちに倒産するから、必死だと思います。反日の程度こそ、中共や朝鮮から流れてきている資金額のバロメータと考えていいんじゃないですか。中共と朝鮮としては、日本に流す金は、もともと日本から送られたODAでしょうから、笑いが止まらんでしょう。

good 70件

No.13

回答者: bigbirdbb
回答日時:2010/04/18 21:44
.
TBSやNHKは、日本人ではない社員が沢山います。
日本人のような顔をして、祖国のために報道しているのです。
日本を貶めて!

good 140件




★本多勝一と朝日新聞社
http://kabukachan.exblog.jp/25644975/



★朝日新聞社=国賊新聞社=売国奴
http://kabukachan.exblog.jp/25697439/



★渡部昇一&水間政憲
http://www.dailymotion.com/video/x115f4x_%E6%B8%A1%E9%83%A8%E6%98%87%E4%B8%80-%E6%B0%B4%E9%96%93%E6%94%BF%E6%86%B2-2013-06-21_news



1/3【討論!】再び、反日メディアを暴く[桜H27/4/25]
https://www.youtube.com/watch?v=p4QdtoFC5vQ



2/3【討論!】再び、反日メディアを暴く[桜H27/4/25]
https://www.youtube.com/watch?v=t69y-Ee1j0E



3/3【討論!】再び、反日メディアを暴く[桜H27/4/25]
https://www.youtube.com/watch?v=OFLPXSckrgE



反日の在日朝鮮人を生んだのはGHQだった
https://www.youtube.com/watch?v=sA93tp9OMdE




日本のテレビと新聞の正体(復習)
http://kabukachan.exblog.jp/25001461/




桜井誠【魂のラスト演説!高画質完全版!】 東京都知事選挙最終日 秋葉原駅


28.7.30【桜井誠 候補・ノーカット】 東京都知事選 グランドフィナーレ 秋葉原駅 電気街口




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by kabu_kachan | 2016-07-31 00:09 | メディア | Comments(0)

ドナルド・トランプ 対 ヒラリー・クリントン(アメリカ大統領選挙)

アメリカ大統領選挙

【ドナルド・トランプ 対 ヒラリー・クリントン】


ドナルド・トランプ

★FULL SPEECH: Donald Trump Speaks at 2016 Republican National Convention, Accepts GOP Nomination
https://www.youtube.com/watch?v=o6tYJBxiRsg


★FULL SPEECH: Donald Trump at RNC. July 21, 2016. Republican National Convention. Cleveland, Ohio.
https://www.youtube.com/watch?v=F5XmFG3221s



ヒラリー・クリントン

★Hillary Clinton - Full Speech Democratic Convention 2016 - July 28
https://www.youtube.com/watch?v=cOunQw1ZPeY



★Hillary Clinton's Full Acceptance Speech At Democratic National Convention DNC
https://www.youtube.com/watch?v=yD_yYaFb_iY




日本国民よ、ポケモンGOをやってる場合か!

アメリカ国民の政治に対する関心の高さを見習え!

ここにアメリカの民主主義がある。

ただし、「人種平等の世界」を実現したのは日本である。
アメリカではない。


★大東亜戦争は「植民地解放」と「人種平等」を実現した戦いだった!
https://www.youtube.com/watch?v=U7AsnClmn-w&list=PLF01AwsVyw328JWxhGfxIh8OlCax9dGxz


★大東亜戦争【不屈の武士道精神】
https://www.youtube.com/watch?v=7QQzmAQ7wEc&list=PL9EWxmPflX-pfl7CGtvZ-aUiXBfe1PcOp&index=1



しかし、ヒラリーさん、科学を信じるなら
なぜ以下☟の科学を信じないのですか?

★911の謎
9/11: Explosive Evidence - Experts Speak Out | 日本語字幕 (Free 1-hour version)
https://www.youtube.com/watch?v=0d5L8gzIsT8&feature=youtu.be


「パール・ハーバー」とは何だったのか?

★日本は植民地解放のヒーローだ!
https://www.youtube.com/watch?v=KIeJfgYeMMY&nohtml5=False



★【東京裁判】自虐史観はこうしてつくられた【大東亜戦争は侵略戦争ではない】
https://www.youtube.com/watch?v=3Xk0eSG8L_Y&index=15&list=PLF01AwsVyw328JWxhGfxIh8OlCax9dGxz





ヒラリー・クリントンとは何者?

http://blog.zokkokuridatsu.com/201104/article_59.htmlより

ヒラリーの来日前後に震災復興を名目にした消費税増税とTPP参加を訴える声が再上昇しているのは、明らかにおかしい。ヒラリーにひれ伏す国賊どもがこれほど多いのか。ばばあへのご機嫌伺いの方が、国民生活よりも大切というわけなんだね。それほどの影響力を持つヒラリーという鬼婆をもう一度調べてみよう。もちろん、ヒラリーもCFRの会員だ。

★旦那のビル・クリントンはロックフェラーの隠し子
ディビッド・ロックフェラーのすぐ上の兄ウインスロップ・ロックフェラーの隠し子。

以下は、『世界権力者人物図鑑』(副島隆彦)より抜粋
★“世界皇帝”であるデイビッド・ロックフェラーの言うことをなんでも聞く。
★オバマは2011年中に退任し、次にヒラリーの政権ができる。共和党の大統領候補はサラ・ペイリンとの一騎打ちにヒラリーが勝ち、“ヒラリー・ファシズム”と呼ばれる金融統制体制を敷く。
★世界が大恐慌に突入する直前に統制経済にする。

PROFIILE
1947年 イリノイ州シカゴ出身。家族はメソジスト教派。
1969年 マサチューセッツ州の名門女子大ウエルズリー大学を卒業。
1973年 イェール大学ロースクールを卒業。在学中にビル・クリントンと出会う。
1974年 弁護士として下院司法委員会によるニクソン大統領の弾劾調査団に参加。
1975年 ビル・クリントンと結婚。
1978年 ビルがアーカンソー州知事に当選。
1979年 ローズ法律事務所の女性初のパートナー
1993年 ビルが大統領に就任。2001年までファーストレディ。
2001年 連邦上院議員
2008年 大統領選に出馬、敗北。
2009年 オバマ政権で国務長官に就任。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ヒラリー・クリントン
よりまとめた。

 また、リチャード・コシミズ氏は、ヒラリーを隠れユダヤ人としている。ロックフェラーとの深い関わりから判断しても間違いないだろう。


ヒラリー・クリントンは、隠れユダヤ
http://richardkoshimizu.at.webry.info/200801/article_15.html
「ヒラリーのミドルネーム、ロッダムは、ローゼンバーグのこと。もちろんユダヤ人の姓」について
太田竜先生ご翻訳のテックス・マーズ氏発言

ヒラリー・クリントンは、隠れユダヤである。
2007/1/3(水) ヒラリー・クリントンは、隠れユダヤである。
そしてそのことの意味についてのテックス・マーズの発言。

平成十八年(二〇〇六年)十二月三十日(土)(第一千九百十回)

○テックス・マーズのニューズレター「パワー・オブ・プロフェシー(預言の力)」二〇〇七年一月号に、

○ヒラリー・クリントン米上院議員についての記事がある。

○その要点は、以下の通り。
 (1)ヒラリー・クリントンは、隠れユダヤである。
 (2)ヒラリー・クリントンは、今や彼女自身がユダヤであるこ
    とを自認している。
 (3)彼女の祖母は、イーディッシュ語(東ヨーロッパのユダヤ
    人の言語)を話して居た。
 (4)ヒラリー・クリントン上院議員がアメリカの次期大統領に
    成るようにすべては、演出されて居る。
 (5)「キリスト教福音派」の中でのヒラリー・クリントンを支持
    する勢いが強まっている。
 (6)ビリー・グラハムでさえ、ヒラリーの大統領当選を支持し
    ている。
 (7)もしも彼女が、大統領に成ったとしたら、この無慈悲な女
    性は、ブッシュ大統領によって構築された警察国家体制を
    以て、反対派、アメリカの良識たる市民を強制収容所に狩
    り立てるであろう。
  以下省略。






★太平洋戦争の総括
http://kabukachan.exblog.jp/25588907/

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by kabu_kachan | 2016-07-30 04:23 | 政治 | Comments(2)

トランプと愛娘イヴァンカ(アメリカ大統領選挙)

ドナルド・トランプはアメリカ大統領になるか?
日本で言えば、田母神ってところか。
しかし、アメリカでは右翼が受ける。

★トランプの愛娘イヴァンカ・トランプの見事なスピーチ!

FULL VIDEO: Ivanka Trump Delivers IMPRESSIVE SPEECH at 2016 GOP Convention, Introduces Father Donald
https://www.youtube.com/watch?v=yzmrQKmwGfc


★FULL SPEECH: Donald Trump Speaks at 2016 Republican National Convention, Accepts GOP Nomination
https://www.youtube.com/watch?v=o6tYJBxiRsg


★Hillary Clinton - Full Speech Democratic Convention 2016 - July 28
https://www.youtube.com/watch?v=cOunQw1ZPeY



http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68435274.htmlより。

フライデー・ナイト・スペシャル / 大統領にたかる異邦人 (後編)

増殖するユダヤ人


  ユダヤ人は吸血鬼に似ている。人間が吸血鬼に噛みついても、ドラキュラ伯爵は人間に戻らないが、吸血鬼になった貴族が人間に噛みつけば、その犠牲者は吸血鬼になってしまう。ユダヤ信仰の有無は関係なく、ユダヤ人とセックスして身ごもった西歐女性は、ユダヤ人の子供を産むことになる。しかも、ユダヤ教徒は異教徒の配偶者に改宗を迫るから狡猾だ。ユダヤ教徒のジャレッド・クシュナーは、ドナルド・トランプの娘イヴァンカとデートを重ねたが、心配の種が一つあった。彼女が名目上であれキリスト教徒であるからだ。ジャレッドの父チャーリーは敬虔なユダヤ教徒で、ジャレッドがキリスト教徒になるなんて想像も出来ないし、絶対に許さない。チャーリーは兄のマレーが西欧文化に同化したユダヤ人女性リーを娶ったことでさえ気に入らなかったくらいだ。しかし、ジャレッドの心配は杞憂だった。大した信仰心も無いイヴァンカは、気軽に「OK !」と言ったかどうかは不明だが、すんなりとユダヤ教に改宗することを承諾したのである。善は急げとばかりに、彼女はラビのハスケル・ルックシュタイン(Haskel Lookstein)のもとに向かい、真面目にユダヤ教を勉強したそうだ。プレスビテリアン(長老派キリスト教徒)からユダヤ教徒に変身したイヴァンカには、ヤエル(Yael)というユダヤ名が与えらた。晴れて結婚した二人には、目出度く二人の子供が生まれ、娘はアラベラ・ローズと名づけられ、息子の方はジョセフ・フレデリックと命名されたそうだ。こうして、ドナルド・トランプは、真正なユダヤ教徒の孫を持つことで、ユダヤ社会の仲間入りが可能となった。娘の結婚式にはキッパ(ユダヤ教徒の帽子)を被って、祝福していたそうだ。


  ユダヤ教に改宗するアメリカ人は少ないが、有名人でユダヤ教徒になった者を、ここでちょっと紹介したい。日本人には意外かも知れないが、大女優のエリザベス・テイラー(Elizabeth Taylor)とマリリン・モンロー(Marilyn Monroe)はユダヤ教徒であった。しかし、両者とも敬虔な信徒とは思えない。モンローは結婚3回で、野球選手のジョー・ディマジオと一緒になったことは日本でも有名だ。一方、テイラーは7回の結婚歴があり、俳優リチャード・バートンとは2回結婚している。彼女は元クリスチャン・サイエンスの信徒であったが、27歳の頃思うところがあってユダヤ教徒になったようだ。ちなみに、「クリスチャン・サイエンス」といえば、新聞の「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙を思い浮かべるだろうが、この宗派はどちらかと言えば、「オカルト」信仰ないし「超能力現象」を基にした宗教と理解した方がいい。信仰によって病気を治すとか、異次元の霊と語るための集会を催したりと、怪しげな宗教組織であったから、メジャーなキリスト教会とは一線を画していた。誤解を恐れずに言えば、俳優のトム・クルーズが夢中になった「サイエントロジー」の類いと考えた方が分かりやすいかも。とにかく、テイラーがユダヤ教徒になったのは、結婚がキッカケではなかったようだ。彼女のユダヤ名はエリシバ・レイチェル(Elisheba Rachel)である。


  結婚でユダヤ教に改宗した女優といえば、ケイト・キャプショー(Kate Capshaw)とアン・ハザウェー(Ann Hathaway)だろう。映画『インディアナ・ジョーンズ』に出演したキャプショーは、離婚したけど、元スティーヴン・スピルバーグ夫人として知られている。一方、バットマン・シリーズの『ダーク・ナイト』で注目されたハザウェーは、元カトリック信徒で、幼い頃は修道女になりたかったほど熱心だった。ところが、兄のマイケルがゲイなので、兄弟思いのアンは同性愛を許さぬカトリック教会と訣別することにしたという。そんな彼女の前に、ユダヤ人のアダム・シュルマンが現れ、恋仲となった二人は結婚に至る。でもさぁ~、ユダヤ教も同性愛を否定しているはずなんだが。でも、心配ご無用。そんな時は、頭の良いラビが教義の解釈を何とか枉げて大目に見てしまう。ユダヤ人なら、こういう藝当は得意だ。不思議なのは、戒律が厳しいユダヤ教に入信すると、藝能活動に支障が生じるのに、それでもアンがユダヤ教徒になった点だ。まさに女優の精神構造は謎である。もっとも、戒律に縛られない改革派に入ればいいのかも。しかしなんだねぇ~、ユダヤ人に惚れた女はユダヤ教に改宗しやすいよなぁ。


  ユダヤ教に改宗した有名人と言えば、大ヒット映画『ハンガー・ゲーム』や『スパイダーマン』に出演したエリザベス・バンクス(Elizabeth Banks)が挙げられる。彼女も結婚を機にユダヤ教に改宗した女優だ。彼女はカトリック信徒だったが、マックス・ハンデルマン(Max Handelmaqn)と結婚したことでユダヤ教徒になった。もしかしたら、重役クラスのユダヤ人映画制作者に気に入って貰える、という計算があったのかも知れない。本人はそれでもいいが、家族の心情はどうなのか? ハリウッドにはユダヤ人がうようよしているので、娘が藝人になることを許した親は、子供の改宗はもとより、ユダヤ人の孫まで持つ覚悟をせねばならない。ちょうど、日本人の親が娘の藝能界入りを許すようなものだ。娘が朝鮮人を連れて結婚の報告に来る、という悪夢を予想せねばならないのと一緒。ヤクザまで横行する藝能界で、娘が朝鮮人の藝能関係者に輪姦されて、ボロ切れのように捨てられることだって考えられるのだ。しかし、起こりうる悲劇を覚悟している親は少ないだろう。黒人でユダヤ教に改宗する者は少ないが、タップダンスで名を馳せたサミー・デイヴィス・ジュニア(Sammy Davis, Jr.)は、例外的存在だ。それにサミーは白人女性と結婚する、というダブーまで犯している。昔のアメリカ社会を回想してみれば分かるだろう。もし1960年代のアメリカで、キリスト教徒の白人の娘が、黒人のユダヤ教徒を夫にする、なんて言ったら一大事である。サミーが結婚した相手はメイ・ブリット(May Britt)嬢だったが、彼女の両親はどんな気持ちだったのか。異人種結婚への嫌悪感が強かった当時、サミーの友人でさえ彼の結婚に反対したという。


  ユダヤ教に改宗したわけではないが、ユダヤ人として知られていないのはエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)である。もっとも、彼は生真面目なキリスト教徒であったが、母親のグラディス(Gladys)がユダヤ系なのだ。ユダヤ人という本性は、母親を通して継承される。祖母のオクタヴィア(本名マーサ・タケット/Martha Tacket)がユダヤ人であったから、エルヴィスは自動的にユダヤ人となっていた。ロックン・ロールの神様がユダヤ系キリスト教徒であるのは残念であるが、彼の遺伝子が損傷なく孫娘ライリーに継承されたことは喜ばしい。1967年、エルヴィスが美人モデルのプリシラ(Pricilla)と結婚したことは、ゴシップ雑誌でよく取り上げられていたから、ご存知の方も多いだろう。しかし、エルヴィスの幸せは長く続かなかった。1968年に生まれた娘のリサ・マリーは、1977年に父を失ってしまう。偉大なミュージシャンの娘は幼くして父を亡くし、継父と上手く行かず麻薬に溺れる人生を送った。あのマイケル・ジャクソンとの交際は大変な話題となったから、今でも世間の語り草になっている。。しかし、この大スターと結婚する前、彼女はミュージシャンのダニー・キーオと結婚していて、子供を二人もうけていた。その娘が女優となったダニエル・ライリー・キーオ(Daniell Riley Keough)である。


  いやぁー、良かったねぇ、ライリーがマイケル・ジャクソンとの混血児に生まれなくて。ジャクソン氏の父ジョセフは、息子の鼻を醜いと罵っていたから、マイケルはとても気にしていたそうだ。もし、マイケルが父親になっていたら、その鼻の形が娘に遺伝することだって充分考えられる。マイケルが鼻の整形手術を受けたのは父からの侮辱が原因かも知れない。晩年は鼻が崩れだして、端から見ていても気の毒であった。こうしたマイケルの人生を振り返れば、息子の外見を馬鹿にしたジョセフは残酷な父親である。ダニーを父に持ったライリーは美人に生まれて、女優やモデルになれた。祖母のプリシラ、母のリサ・マリー、孫娘のライリーを見たら、天国のエルヴィスも安心するんじゃないか。(そういえば、リサは三度目の結婚を京都で挙げたのは何故だろう? 夫のマイケル・ロックウッドが日本風結婚式を提案するわけないから、リサの思いつきだろう。ローリンクストーン誌の記事には理由が載っていなかったので、真相は不明なままだ。)


ちなみに、エルヴィスの大ファンであるニコラス・ケイジはリサ・マリーと結婚して直ぐ別れたけど、彼の魂胆は何だったのか。以前、パトリシア・アークエットと結婚していたニコラスは、リサと離婚した後、ロサンジェルスの日本レストランで女給をしていた朝鮮人アリス・キムと結婚したそうだ。朝鮮人と結婚すると運(ツキ)がなくなるみたい。最近は、ヒット映画に恵まれぬニコラスには、朝鮮人妻というバチが当たったのだろう。でも、中野にある「まんだらけ」のファンであるニコラスには好印象を持っているんだけど。日本のアニメ・コミック文化を好きなニコラスには復活してもらいたい。


おぞましい男色の州知事

  随分横道に逸れてしまったので、ここらで本題に戻る。不動産業でのし上がったチャーリー・クシュナーは、政治家にかなりの政治献金を行っていたという。なかでも地元ニュージャージー州の知事になったジェイムズ・マクグリーヴィー(James McGreevey)には大金を注ぎ込んでいた。彼には合計150万ドルくらい貢いでいたらしい。(Adam Dicker, Kushner's Fallout Unclear, The Jewish Week, July 23, 2004) しかも、そうした献金は家族ぐるみで行ったいたようだ。いくら何でも、チャーリーだけで民衆党に巨額の寄付をするわけにも行かないので、女房子供の名義でお金を渡していたのである。まだ21歳で大学生だったジャレッドが8万2千ドル、17歳だったジョシュアが4万4千ドル寄附したと思いきや、19歳になる姉のニコールは6万7千ドルも献上していたのだ。2000年には、ニコールが3万ドルの小切手、ジョシュアが2万ドルの小切手を民衆党に渡していたのである。ユダヤ人と民衆党との癒着は珍しくもないが、クシュナーとマクグリーヴァーの仲は濃厚だ。しかし、この蜜月関係も両者の没落で消えて行く。


  政治家にスキャンダルはつきものだ。島倉千代子じゃないけれど、人生色々、議員も様々。他人の不幸は蜜の味だから、隠し事を暴くのは楽しい。横領、脱税、不倫に暴力。政治家も人間だから誤りを犯す。しかし、同性愛のスキャンダルは致命的である。三年目の浮気は許せても、男同士の恋愛は許せない。なんてったって気持ち悪い。民衆党の人気者、マクグリーヴィー知事はゲイだった。驚くことに、二回とも女性と結婚した同性愛者で、それぞれの夫人との間に子供をもうけていた。最初の結婚は1991年になされたそうで、相手はカレン・ジョアン・シュルツ(Karen Joan Shultz)という女性である。マクグリーヴィ氏は彼女との間にモラグという娘をもうけたが、1997年に離婚となり夫人が娘を引き取ってカナダに移住。亭主がゲイじゃ離婚も当然だ。娘だって父親が男とキスでは嫌だろう。ところが、マクグリーヴィー氏は懲りなかった。2000年、彼はまたもや女と結婚。今度のお相手は、ポルトガル系移民の女性である。だが、2番目の妻となるディーナ・マトス(Dina Matos)夫人はくせ者だったった。(Michelle O'Donnell, The Governor Resigns: The Wives; with Discretion, Two Women Stand Bythe Governor in His Time of Tribution, The New York Times, August 14, 2004) 一見すると貞淑な妻に思えるディーナ夫人には意外な性癖があったのだ。これについては後で述べる。とにかく、ゲイの亭主は子作りには励んだらしい。彼らの間にはジャクリーヌという娘が生まれたのである。

  政治家を利用しようとするチャーリーにとって、州知事が真面目でも変態でも構わない。マクグリーヴィー知事には金融業界に勤めるマーク・オドンネル(Mark O'Donnell)という恋人がいた。チャーリーはオドンネルとある不動産取引をして、クシュナー社から不正な資金を流したらしい。その額は少なくとも30万ドルを下らなかったようだ。ところが、クシュナー社に出資していたウェストミンスター・バンクの頭取が、チャーリーの怪しい支出に目をつけて、彼をを訴えたという。知事の愛人との取引なら、ビジネスというより賄賂に近いんじゃないか? 何はともあれ、マクグリーヴィー知事が男好きなら、その性格を受け入れて御機嫌を取った方が悧巧だ。そこで、チャーリーはイスラエル国籍のゴラン・シペル(Golan Cipel)という人物を知事の隣に置いてやった。気配りの利くチャーリーは、シペル氏が米国で働けるよう、正式な労働許可を取ってあげたという。でも、この人物に与えられたポストがすごい。知事に仕える国家安全保障補佐官で、対テロリズム担当の要職に就いたそうだ。しかも、年俸11万ドル(日本円で1千260万円くらい)なんだって。(Ronald Smothers, Democratic Donor Receives Two-Year Prison Sentence, The New York Times, March 5, 2005) )


   ところが、シペル氏は国防政策や安全保障の知識なんて全く持ち合わせていないズブの素人だった。だって詩人だもん。「なにぃぃ~ぃ ! 詩人だって?」と驚くのは普通の常識人。いくらポエムの達人だって、テロリストからアメリカ国民を守るなんて無理だろう。しかし、男性に目の無い知事にはどうでもいい事だ。給料なんか所詮みんなから集めた税金じゃないか。誰にいくら呉れようが、お代官様の勝手である。ところが、男の尻を見て我慢できなくなったのか、マクグリーヴィー知事はシペル氏にセクハラをはたらいてしまった。親切なチャーリーが贈ってくれた"遊び相手"と勘違いしたのだろう。男から性的辱めを受けたシペル氏は、知事が数百万ドルの慰謝料を払わなければ、セクハラ訴訟を起こすぞと迫った。これに対し、マクグリーヴィー知事は彼の脅迫を明らかな強請(ゆすり)だ、と反論したそうだ。(Yael Kohen, McGreevey to Quit, Declears I'm A Gay American, The New York Times, August 13, 2004)

  シペル氏からの訴訟を恐れたマクグリーヴィー知事は、観念したのか突如辞任表明を行った。これには州の有権者もビックリ。記者会見ではディーナ夫人を隣に置いて、深刻な表情を見せる知事は口を開いた。「真実を申せば、私はゲイのアメリカ人です」と宣言。彼は続けて「恥ずかしいことですが、私は或る男性と大人の肉体関係を持ってしまいました。これは我々夫婦の絆を損なうものです。私がしたことは間違いであり、愚かで、言い訳が出来ぬものであります」、だって。でもさぁー、なぜ、アメリカの政治家は性的不祥事を起こすと、被害者の女房を側に置いて記者会見に臨むんだろう? 高級娼婦を買った元ニューヨーク州知事のエリオット・スピッツァーも事件が発覚した時、夫人を伴って記者会見に応じていたのだ。浮気をした亭主に附き添う女房は辛いよなぁ。マクグリーヴィー知事の場合は男との情事だったから、さぞかしディーナ夫人は恥ずかしかったに違いない。それに、娘のジャクリーヌは学校に通えないだろう。

  夫のゲイ宣言で辛い立場になったディーナ夫人だが、この辞任劇が契機となって、更なる破廉恥行為が明らかになってしまった。輝かしい地位に就いた亭主がゲイとなれば、面目を失ったディーナ夫人が離婚に踏み切っても当然だ。ここまでは我々だって納得できよう。ところが、この離婚訴訟でマクグリーヴィー夫妻の驚くべき過去が暴露されることになった。ディーナ夫人は法廷に於ける自分の証人として、選挙中の運転手だったテディー・ペダーセン(Teddy Pedersen)を召喚したのだ。彼はジェイムズ・マクグリーヴィーが、まだウッドブリッジ市長の頃に雇われた運転手であった。デディーとジェイムズ、そしてディーナは、いつも仲良し三人組だったという。そう、本当に仲が良かったらしい。ただし、三人とも裸の付き合いだが。何か嫌ゃ~な予感がした人は正解。彼ら三人はセックス・パートナーであった。(Jeane MacIntosh, I Was MCG and Wife's Three-Way Sex Stud: Ex-Driver, New York POst, March 17, 2008) やっぱり、きゃ~ぁ !!  

  三つ巴のセックスが始まったのは1990年代後半のことだった。当時はジェイムズとディーナがまだデート中で、結婚式を挙げる前だったという。 彼ら三人のセックスは、たいていお酒を引っ掛けてから始まった。それも、お酒でリラックスしたことろで、ハード・コア・ポルノ並の絡み合い、というパターンだったようだ。名づけて「フライデー・ナイト・スペシャル」だって。でも、土曜日にもセックスをしたんじゃないか? しかし、「サタデー・ナイト・スペシャル」じゃコンビニ強盗みたいだから、"金曜日のお楽しみ"と呼んだのであろう。ディーナはジェイムズとのセックス行為を、そばでテディーに見て貰うのが好きだったという。テディーは二人のセックスを見つめながら、ディーナの脚をさすったり愛撫したりしたんだって。そして、テディーがジェイムズと抱き合っているのをディーナが眺める。もう、異常だ。山崎拓さんしか分からぬ世界である。山崎元副総理は、愛人とそのお母さんとプレーするのが夢だったそうな。実現しなくて良かった。


  マクグリーヴィー知事は西歐キリスト教国に生まれて幸運だ。もし、イスラム教国に生まれていたら、今頃市中引き廻しの上、斬首刑になっていただろう。セクハラ訴訟を回避するために辞任した元知事は、意外なことにマンハッタンにある神学校に入った。子供の頃はカトリック信徒だったマクグリーヴィー氏は、同性愛が発覚したことでカトリック教会に居づらくなったのであろう。そこで、彼は英国系のエピスコパル(監督)教会に鞍替えしたそうだ。驚くなかれ。彼は同教会の司祭になりたいんだって。(Laura Craven, McGreevey seeking to become Episcopal priest, N.J.com, May 2, 2007) 日本人ならもう呆れてしまうだろう。ホモがバレて辞めた政治家が、今度は教会の牧師になりたいなんて、ふざけるにしても程がある。だが、マクグリーヴィー氏は本気だった。大阪府知事だった横山ノックだって、セクハラで辞職してからテレビ復帰せずに亡くなったたじゃないか。たとえ、ノックが反省して坊主になっても、厳しい世間は許さないだろう。アメリカ人の政治家には「恥」という概念が無いのかも知れない。

  橋本龍太郎が支那人工作員を情婦にしたまま、涼しい顔をして総理大臣を続けていたので、保守派国民が激怒したことがある。公職に就いていた者が不祥事を起こせば、蟄居して謹慎生活を送るのが普通だろう。しかし、マクグリーヴィー元知事は違った。彼はキーン大学(Kean Unicersity)で法学と倫理学を教えることにしたそうだ。(Lloyd Vries, Ex-N.J. Gov. McGreevey Noe Teaches Ethics, CBS News, April 19, 2007) 確かに、彼は知事の職にあった時、道徳の頽廃を嘆いていたが、その偽善がバレたのに、大学で若者に倫理を説教するなんて。彼を雇った大学もおかしいが、受講する大学生はどんな奴らなんだ? 元空き巣犯が防犯講師になることはあるが、男のペニスをしゃぶったゲイが教える倫理って何なんだ? まさか性別や国籍を超えた人類愛じゃないよな。まぁ、日本でも女装する東大教授の富永歩(とみながあゆむ)みたいなホモがいるから、アメリカの事をどうこう批判できないけど、学校の先生は立派で健康な常識人がいい。富永教授が教える「社会生態学」なんて、胡散臭い学問にしか思えてならない。乞食と大学教授は3日やったらやめられない、と言うから何でもアリなんだろう。


ユダヤ人をめぐる大統領選挙

  ドナルド・トランプについて述べるつもりが、チャールズ・クシュナーやジェイムズ・マクグリーヴィーの醜聞になってしまった。とにかく、アメリカの大統領選挙は異常である。民衆政治が金権政治に堕落し、政治家が一般国民をよそに、ユダヤ票の取り合いで夢中なのだ。合衆国大統領を決めるのはアメリカ国民なのに、数十ドルしか献金できない普通のアメリカ国民は蚊帳の外になっている。ヒスパニック移民を嫌う保守層はトランプ氏を熱心に支持しているが、彼の背後にはユダヤ人が控えているし、彼の野心はユダヤ人大富豪にかかっているのだ。トランプ氏はユダヤ人ビジネスマンのラリー・シュピワク(Larry Spiewak)の大ファンらしい。シュピワク氏は小間物を製造して財を成した有力者で、フラットブッシュにあるユダヤ人評議会(Council of Jewish Organization of Flatbush)の総裁である。彼はトランプ氏の娘が結婚式を挙げた時に同席していたという。


  また、トランプ氏にはユダヤ人の側近がついている。オバマ大統領に首席補佐官のラーム・エマニュエルが附いていたように、トランプ氏にもユダヤ人のマイケル・コーエン(MIchael Cohen)が影のように附いている。彼はフィリップス・ニッツァー(Phillips Nizer)という法律事務所の共同経営者を経て、トランプ・オーガニゼーションの副総裁になった人物だ。(Josh Nathan-Kazis, Meet Michael Cohen; Donald Trump's Jewish Enforcer, Haaretz, July 21, 2015) トランプ氏の忠犬(pit bull)と呼ばれたコーエン氏は、親分がマス・メディアに批判されれば即座に噛みつき、「お前が何か間違ったことをすれば、俺がお前の所に出向いて、テメエの首根っこを掴み、徹底的にとっちめるぞ」と凄む懐刀である。こんな風にドスを利かすコーエン氏だが、2008年の大統領選挙ではオバマに投票した民衆党支持者である。更に遡った1988年の大統領選挙では、マイケル・デュカキスの応援団に属していたのだ。彼はテッド・ケネディー上院議員と一緒に、ヨットで航海をしたこともある。コーエン氏は典型的な民衆党支持のユダヤ人であるが、親分のトランプ氏だって、ヒラリー・クリントンはおろか、マリオ・クウォモ知事やチャールズ・シューマー上院議員を支持していたのだから、部下の過去をあれこれ言えないだろう。


  今回の大統領選挙では、候補者の周囲にはやたらとユダヤ人が多い。対抗馬となるヒラリー・クリントンの娘チェルシー(Chelsea)は、元ゴールドマン・サックスの投資家でユダヤ人のマーク・メツヴィンスキーと結婚。マークの両親は共に下院議員を務めたことがある。母親のマジョリー(Majorie Margolie)は元テレビ・ジャーナリストでNBCのワイドショーである「トゥディ・ショー」に出演していた。(彼女が結婚でユダヤ教徒になったのかは不明。) ユダヤ教徒の夫のエドワード(Edward Mezvinsky)が、ペンシルヴァニア州の民衆党大会を仕切っていた時、彼らは出遭って結婚したらしい。そこで、彼女は同州から下院に出馬して当選。しかしその後、議員を辞めた彼女は離婚して、ペンシルヴァニア大学の教授に納まった。問題なのは亭主のエドワード。1970年代にアイオア州選出の下院議員になったが、その後金銭詐欺をはたらいてしまった。約1千万ドルもの大金をかすめ取ったという。彼は31件の容疑で有罪となり刑務所行き。しかし、精神病を理由に2008年釈放となった。元連邦下院議員のユダヤ人詐欺師なんて父親に持ちたくない。子供は両親と人種を選べないから不憫だ。呆れてしまうのはマークの父親だけじゃない。チェルシーの父親ビルは、兵役忌避者でマリファナを吸っていた浮気亭主。それだけでも酷いのに、ホワイト・ハウスでモニカ・ルウィンスキー嬢の口の中に、ペニスを入れていた破廉恥大統領ときている。その時ホワイト・ハウスに居た女房のヒラリーは、亭主の情事を知らなかったらしい。アメリカ国民は今頃になって、ヒラリーの外交手腕に疑問を投じているが、そんなの端っから分かっていたじゃないか。だいたい、亭主のチンチンが何処にあるかも分からなかったヒラリーが、国務長官になったからといって、世界中に潜伏するテロリストをあぶり出せるとでも思ったのか? ベンガジの一件だって真相は闇に葬られている。いずれにせよ、チェルシーもマークも、とんでもないオヤジを持っているというわけだ。


  黒人が大統領になれたから、いずれはユダヤ系かヒスパニック系アメリカ人が、大統領になれる日が来るだろう。民衆党代表を競っているヴァーモント州選出の上院議員バーニー・サンダース(Bernie Sanders)がユダヤ人であることはよく知られている。ユダヤ人が名実共にアメリカの支配者になる時代は、直ぐ近くにあるんじゃないか。しかし、問題なのはジェブ・ブッシユの方だ。ユダヤ人に対し不熱心だった父親のジョージ・ハーバートを反省したジェブは、ユダヤ人に殊のほか媚びている。彼の背後にはユダヤ人の大物が控えている。例えば、フレッド・ズィードマン(Fred Ziedman)はテキサス州ヒューストンを拠点としたユダヤ人で、セイテル社(Seitel, Inc.)の元会長。彼はインターシステム社のCEOも務めた人物で、ヒューストン・ヴェンチャー・キャピタルを創設したことでも知られている。ジョージ・ハーバート・ブッシュ大統領により、米国ホロコースト博物館評議会の会長に任命されたこともあるので、息子のジェブのために資金集めをしているという。フレッドの息子ジェイ(Jay Zeitman)は、ジェブの息子ジョージ・プレスコットと親しく、マーヴェリックPACの共同代表を務めながら、ブッシュ家のために尽くしているようだ。


  もう一人のユダヤ人支援者はメル・センブラー(Mel Sembler)である。彼は元々ニュージャージー州知事を務めたクリス・クリスティー(Chris Christie)の支援者だったが、どうやら勝ち目のあるジェブに乗り換えたようだ。センブラー社の創設者の経歴がこれまた凄い。彼は数々の銀行で重役を務めていたのだ。例えば、ナショナル・バンクやファースト・ユニオン・バンク、アメリカン・モニメンタム・バンクなどを経て、共和党全国委員会の共同代表になったという。しかも、彼はジョージ・ハーバート・ブッシュ大統領によって、駐イタリア大使に任命されたことがある。これならブッシュ家に仕えて当然だ。センブラー氏のほか、ジェブにはたくさんのユダヤ支援者がついている。例えば、大口献金者のポール・シンガー(Paul Singer)がそうだ。彼はユダヤ系雑誌『コメンタリー』の相談役だし、共和党ユダヤ連合(Republican Jewish Coalition)とか、ユダヤ国家安全保障研究所(Jewish Institute for National Security Affairs)で理事を務めていた。この他にも、中東メディア研究所(Middle East Media Research Institute)や安全保障政策センター(Center for Security Policy)、民衆政国家防衛財団(Foundation for Dedense Democracies)などを設立しているのだ。(Stphen Sniegoski, Jeb Bush, James Baker, and the Pro-Israel Mega-Donors, My Cabinet Seat, May 24, 2015) 最も注目すべきは、彼が作ったポール・シンガー財団から、ネオコンで有名なアメリカン・エンタープライズ研究所(American Enterprise Institute)に、資金が流れていたことである。ジェブの兄ジョージが、ネオコンのユダヤ人どもに取り囲まれていたことは有名だが、その偽装保守のユダヤ人に活動資金を提供していたのがポール・シンガーだった。この親玉は再びブッシュ家の息子を担いで、イスラエルのために合衆国の軍隊を動かすつもりなんだろう。


  合衆国大統領を目指なら赤いロバ(共和党のマスコット)と青いゾウ(民衆党のマスコット)は、ユダヤ人がぶら下げる人参に喰らいつく。オバマはヘッジ・ファンドの帝王ジョージ・ソロスから巨額の資金を貰っていた。ジェブも負けずにヘッジ・ファンド王のユダヤ人デイヴィッド・テッパー(David Tepper)をパトロンに持った。元ゴールドマン・サックスの投資家は、退社後自分の会社アパルーサ・マネージメントを設立し、数十億ドルの利益を上げている。特に有名なのは、リーマン・ショックの時下落した銀行株を買いあさって、最終的に70億ドルくらいの利益を得たことだ。こんなユダヤ人投資家がジェブにお金を注ぎ込んだら、何を見返りに求めるのか、容易に想像がつくだろう。ジェブには金融界の大御所だけではなく、政界の大物ユダヤ人が支援に回っている。あのエリック・カンター(Eric Cantor)だ。下院で共和党の多数派リーダーだったのに、共和党保守派の支援を受けたデイヴ・ブラット(Dave Brat)に予備選で敗れ、予想外の失脚に苦しんだ人物である。元下院議員のカンターは、ブッシュ陣営に加わることで復活を目指しているのだろう。資金集めが上手なカンターは、ジェブのためにその辣腕を振るい、当選の曉には閣僚ポストをねだるかも知れない。


  現在のアメリカ政治を眺めていると、合衆国大統領選挙はイスラエル統治領の総督選挙のように思えてしまう。どの候補者もユダヤ人有権者やイスラエル・ロビー、ユダヤ教指導者に媚びている。今のところトランプやジェブ・ブッシュ、ヒラリー・クリントンが有力視されているが、意外な本命はネタニアフ首相じゃないか、という冗談すらあるのだ。ネオコンのユダヤ人ビル・クリストル(William Kristol)は、自身が主宰する『ウィークリー・スタンダード』誌でこう述べた。「ベンジャミン・ネタニアフ首相は共和党員の求心力となっている。もし、外人でも出馬が合法となれば、ネタニアフ首相が共和党の指名を獲得するんじゃないか」と。こんなジョークを笑えるのは政治の素人くらいなものだろう。誰が大統領になっても、イスラエル首相の勅命に背けないから、ネタニアフ氏が大統領にならなくても問題はない。今やアメリカ人はユダヤ人の下僕(しもべ)である。気前よくユダヤ移民や難民を受け入れた代償は大きい。異質な民族が増殖したことで、イギリス系アメリカ人は主流から傍流国民へと転落してしまった。日本人はこうした惨状を直視して、移民問題を考えなくてはならない。保守派に好評な産経新聞を読んでいたって、移民の脅威は理解できない。青木伸行みたいに適当な記事を書いて、毎月給料を貰っている産経のアメリカ特派員ていいなぁ。

月々NHKに受信料を払い、そのうえ空っぽ記事を載せる新聞を購読している日本の保守派って何だろう?



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by kabu_kachan | 2016-07-24 21:57 | ユダヤ | Comments(1)

トランプとユダヤ人(アメリカ大統領選挙)

時事川柳

日本人 ポケモンGOで 猿になる

ポケモンGO 日本が作った 猿文化

スマホとは 猿が喜ぶ おもちゃなり

日本猿 車とスマホが おもちゃなり

日本人 ポケモンGOで 退化する

日本人 猿で良し良し テレビ局

バカ芸人 猿になって 金儲け

バカ芸人 自分が猿だと 気づかない

バカ芸人 世界に誇る 恥さらし

ニッポンの テレビが作る 猿文化

バカテレビ 放送するのは 犯罪だ

国民を 猿にするのは 犯罪だ

テレビ局 犯罪認識 まるでなし

ポケモンGO 猿も夢中の 猿ゲーム

    つまり・・・・・・これ!☟



★911の謎
9/11: Explosive Evidence - Experts Speak Out | 日本語字幕 (Free 1-hour version)
https://www.youtube.com/watch?v=0d5L8gzIsT8&feature=youtu.be
  ☟これが原版だ!
★9/11: New! Overwhelming EXPLOSIVE Evidence-1500 EXPERTS SPEAK OUT!
https://www.youtube.com/watch?v=S7JCqlF24pI




★日本の最高頭脳を自負している知識人よ、

CNNがわかるかね?
(猿みたいな顔して見るんじゃないぜw!)

   ☟
http://edition.cnn.com/
http://edition.cnn.com/specials/latest-news-videos

http://www.foxnews.com/

http://video.foxnews.com/

http://www.cbsnews.com/videos/

http://abcnews.go.com/video


http://www.nbcnews.com/video


【トランプとユダヤ人】

TRUMP IS THE SWAMP: Trump's Jewish Elite MAFIA and The 5 Dancing Israelis (2017)
https://www.youtube.com/watch?v=Vcd-yvudYSg

"100% PROOF TRUMP IS A MASON" HE IS A PART OF THE SYNAGOGUE OF SATAN
https://www.youtube.com/watch?v=exZx7SARgoc

IMPEACH & ARREST "9/11 INSIDER" PRESIDENT TRUMP, proof he knew about 9/11 before it happened!!!!
https://www.youtube.com/watch?v=qOaYZy47fcw

ここで一句。

★日本猿 わからんときは すぐ逃げる!
(☝これ!、☝これ!、猿の典型的な習性)




http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68434409.htmlより。

トランプの切り札はユダヤ人 / 大統領にたかる異邦人 (前編)

ヒスパニック排除ならOK !

  今やアメリカ合衆国の大統領は、イスラエルから任命されるアメリカ総督みたいだ。民衆党および共和党を問わず、大統領職を目指す候補者は、合衆国のユダヤ人有権者とイスラエルの指導者に媚びることが常識になっている。南部ではキリスト教徒に揉み手擦り手でおべっか使い。福音派教会の擁護者を気取るくせに、東部でふんぞり返るユダヤ人の前だと、自然と地べたにひれ伏す。シナゴーグ(ユダヤ教の会堂)参りをすれば、いかにユダヤ教に理解があるのかを示すことに熱心だ。どの有力候補も、米国内のユダヤ人を獲得しようと、イスラエル詣でを欠かさない。イエズス・キリストに唾を吐きかけるユダヤ教徒なのに、まるで親友のように交流するのだ。イスラエルはアメリカ人政治家の聖地である。ユダヤ教徒みたいに小さな帽子(キッパ/ヤムルカ)をちょこんと頭に被せて、嘆きの壁でお祈りをする。彼らには「破廉恥」という言葉が分からない。当選のためなら先祖代々の信仰すら、弊履の如く捨て去るのが現実直視の政治家である。支那人や朝鮮人の御機嫌を伺うために、北京やソウルを訪れる日本の売国議員と同じだ。


  中世のユダヤ人は高利貸しだったが、現在のユダヤ人はキング・メーカーである。民衆党の有力候補であるヒラリー・クリントンには大富豪のハイム・サバン(Haim Saban)がついているし、ジェブ・ブッシュにはニュー・ジャージー州のヘッジ・ファンド王であるデイヴィッド・テッパー(David Tepper)がついている。このテッパーというユダヤ人は、以前ニュー・ジャージ州知事のクリス・クリスティーが大切にしていた大口献金者だった。しかし、欲張りのジェブが彼を奪ったそうだ。(Jacob Kornbluh, Jeb Nabs Top Jewish Donor from Christie, Jewish Political News & Updates, July 10, 2015) 世界でも指折りのヘッジ・ファンド・マネージャーであるテッパーは、2013年だけでも35億ドル稼いだという。大統領を目指すクリスティーにとって、自分の領土(シマ)で長い付き合いの大富豪を攫われたのだから、憤懣やるかたない。一方、ヒラリーもニュー・ジャージー出身のミュージシャン、ジョン・ボン・ジョヴィをパーティーに招いて、50万ドルほど荒稼ぎしたそうだ。(Ken Kurson, Bush Lands David Tapper; NJ and NY Stops Show Strength in Christie Country, The New York Observer, July 8, 2015) まだ米国で売れない頃、日本に出稼ぎに来て、一生懸命頑張っていたボンジョヴィも、随分と出世したもんだ。しかしまぁ、どいつもこいつも、ユダヤ人に近づいてお金をせがんでいる。英国首相のロバート・ウォルポールが下院の政治家を指して、「こいつらには値札がついてるのさ」と語ったらしいが、アメリカの政治家にも値札がついているのだろう。


  今話題の大統領候補であるドナルド・トランプは、他の候補者とは違って選挙資金集めに苦労はしない。なぜなら、彼自身が大富豪だからである。しかし、大統領の椅子を目指すなら、ユダヤ人へのゴマすりを忘れてはならない。ユダヤ人がホワイト・ハウスへの鍵を握るからだ。日本人だって思い出せば分かるだろう。ビル・クリントンにはロバート・ルービンやラリー・サマーズといったゴールドマン・サックスの回し者がついていたし、ジョージ・W・ブッシュには、ネオ・コンのユダヤ人が控えていた。オバマはラーム・"イスラエル"・エマニュエル(Rahm Israel Emanuel)に連れられてユダヤ人有力者に紹介され、デイヴィッド・アクセルロッドの采配で大統領になれた。ちなみに、ラームの父親ベンジャミンは、元イルグン(Irgun)所属のイスラエル人である。イルグンは目的のためなら手段を選ばぬテロリスト部隊として悪名高い。こんな父親を持ったラームの忠誠心は、名前の通り「イスラエル」にあってアメリカ合衆国ではないだろう。アメリカのユダヤ人は財務省のみならず、国務省にも浸透しており、シオニストだらけの国務省は、いわばイスラエルのアメリカ支店のようになっている。

  こうした枠組みが出来ているからこそ、イスラエル政府が国務省の機密を入手できるのだ。ジョナサン・ポラードのような裏切り者は他にも居るだろう。ただ、忍者のように凡人を装っているから分からないだけだ。たとえ、怪しいユダヤ人職員を発見しても、軽率に捕まえるわけには行かない。イスラエルは「人権団体」を利用して仲間の救出に努力するからだ。今や、米国に於いてイスラエル・ロビーは天下無敵だ。公然とユダヤ人を批判する政治家なんかいないだろう。どの議員もジム・トラフィカント(Jim Traficant)元下院議員みたいに潰されたくないのだ。あのジェシー・ヘルムズ(Jesse Helms)上院議員だって、イスラエルの国益を損ねたから、落選間際まで追い詰められたのである。早期警戒管制機A-WACSをサウジ・アラビアに提供しようとして、イスラエルの逆鱗に触れてしまったのだ。「パワフル・セネター」と呼ばれた大物も、ユダヤ人組織によって散々痛めつけられ、最終的に屈服したのである。たとえ、大統領や連邦議員であっても、反イスラエルの方針を取れば、ユダヤ人は即座に全米各地に張り巡らせた組織を動かし、徹底的に謀反人を血祭りに上げてしまう。強固な票田を背景にしたイスラエルの代理人は、無言の圧力をちらつかせて、大統領さえも脅かすことができるのだ。最高司令官をイスラエルの執事にできれば、世界最強の陸海空軍を手にしたも同然。こうして、哀れなアメリカ人将兵はユダヤ人の私兵となるのだ。


  メキシコ人を始めとするヒスパニック系アメリカ人に対しては、毒舌を吐くトランプ氏でも、イスラエルのネタニアフ首相に対しては絶賛の言葉しか口にしない。曰く、「私はイスラエルを愛している。私はイスラエルのために100パーセント否、1000パーセント戦うつもりだ。しかも永遠にだ ! 」という。(Uriel Heilman, When It Goes to Jewish Connections, Trump Trumps His GOP Competitions, Haaretz, August 8, 2015) 2013年、トランプ氏は選挙を控えるネタニアフ首相のためにビデオ・メッセージまで作って支援していたのだ。トランプ氏が作成した30秒の宣伝はこうだ。「あなたがたはベンジャミン・ネタニアフの中に、偉大なる首相をまじまじと見であろう。彼は勝者であり、大いに尊敬され、みんなから高く評価されている。さあ、ベンジャミンに投票しよう。イスラエルにとって最高の、すごい奴、すごいリーダーに」、だって。歯の浮くようなお世辞じゃないか。さすが、やり手のビジネス・マンは違うねぇ~。お金持ちは世界の権力構造をよ~く理解している。ウォール街で稼ぐ彼らは「自由の女神」なんか相手にしない。カメラをぶら下げた日本人観光客とは違うんだ。アメリカの守銭奴はイスラエル首相の胸像を拝む。ネタニアフの提灯持ちに徹するトランプ氏は、生ぬるい中東政策を打ち出すオバマを「イスラエルにとって最悪の敵」と酷評する。ユダヤ人の神輿に乗ったオバマなのに、イスラエルへの奉仕が足りないと言うのだ。じゃあ、トランプ氏が大統領になった曉(あかつき)には、それ以上の"ご奉公"があるということだ。これじゃあ德川家に仕えた彦根藩の井伊家や会津藩の松平家も、三舎を避けるであろう。


  トランプ氏が親イスラエルになったのには他にも理由がある。実は、愛娘のイヴァンカ(Ivanka)がユダヤ人のジャレッド・クシュナー(Jared Kushner)と結婚し、それがキッカケでユダヤ教に改宗していたのだ。トランプ氏には3回の結婚歴があって、それぞれの夫人と子供をもうけている。まあ、ザクセン選帝侯で強健王(Mocny)と呼ばれたアウグスト1世(Friedrich August I / August II, der Starke)より精力絶倫とは思えないが、すくなくとも5人の子供をつくったのだから、少子化防止に貢献してんるんじゃないか。英雄色を好むじゃないけど、最初の妻イヴァナ・ゼリニチュコヴァ(Ivana Zelnickova)はチェコ人モデルだった。彼女との間には、ドナルド・ジュニアとイヴァンカ、そしてエリックが生まれてている。二番目はマーラ・メイプルズ(Marla Maples)という女優で、娘ティファニーが誕生。三番目の妻は、スロヴェニア出身のメラーニア(Melania Knauss)というモデルである。彼女との間にはバロン・ウィリアムという男の子をもうけた。お金持ちには女が集まるというが、ミス・ユニヴァース大会を主催するトランプ氏なら、地位と名声を求める美女が放っておくわけがない。そりゃそうだろう。トランプ氏は「100億ドルの資産を持つ」、と豪語していたのだ。実際は、40億ドル程度という推測もあるが、いずれにしても大金持ちであることには間違いない。格差社会のアメリカでは、昔はミリオネアー(数100万ドル)が金持ちだったが、今じゃビリオネアー(数10億どる)でなけりゃ、お金持ちとは言えない。女の話はともかく、大統領選挙に出馬したトランプ氏にとって、重要な存在となるのはイヴァンカが結婚したジャレッド・クシュナーである。


  アメリカの政治で多大な影響力を及ぼすユダヤ人を前にして、プレスビテリアン(長老派教会)のキリスト教徒であるトランプ氏が大いばりできたのは、娘のイヴァンカがユダヤ教徒になって、ユダヤ人の孫が二人もできたからである。元々、あまり敬虔とは言えないトランプ氏にとって、キリスト教信仰など世間に向けてのジェスチャーに過ぎない。いつだって捨てても構わない下駄と同じである。ニューヨークで不動産業を営むトランプ氏にとって、キリスト教を罵倒するユダヤ人の方が大切なのだ。聖ペトロは主を裏切る時に躊躇いを感じたが、風見鶏のトランプ氏はユダから金貨を貰うことに罪悪感は無い。米ドルは誰が持っていても緑の紙幣である。キリストが「天に宝を積め」と諭しても、トランプ氏なら、財産をケイマン諸島に隠すんじゃないか。キリストは「カエサルのものはカエサルに返せ」と言ったが、トランプ氏なら、カエサルでもワシントンでも、手にしたお金は返さない。いずれ自分の肖像画が、紙幣に印刷されるかも知れないんだから。中身の無いキリスト教徒にとって、主の言葉は坊主の念仏ていど。可愛い娘がイエズスを罵る宗教に鞍替えしたって平気なのだ。ユダヤ教徒の男と結婚するんだからしょうがない。


そもそも、イヴァンカが惚れたジャレッド・クシュナーとは、如何なる人物なのか?

  トランプ氏の婿殿ジャレッド・クシュナーは、有名な雑誌社を所有する経営者だが、まだ30代の若者である。彼の父親は不動産会社を営むチャーリー・クシュナー(Charles Kushner)で、ホロコースト難民の息子として頭角を現した。彼は地元ニュージャージー州でドン・コルリオーネ気取りだ。ついでに触れれば、名作『ゴッド・ファーザー』の印象が強烈なせいか、日本人はマフィアと言えばすぐイタリア人を思い浮かべる。しかし、マフィアといったら腕っ節は強いが頭は空っぽのイタリア人より、残酷で狡猾なユダヤ人を連想すべきだ。例えば、あの兇悪なマイヤー・ランスキーはロシアからやって来たポーランド系ユダヤ人で、本名はマイヤー・スコウランスキー(Meier Suchowlanski)である。また、映画にもなったバグシー・シーゲルもロシアから逃れてきたウクライナ系ユダヤ人で、ベンジャミン・シーゲル(Benjamin Siegel)というゴロツキであった。(ユダヤ人マフィアを述べると長くなるので省略する。日本では都合の悪い情報は封印されるので、ユダヤ人の暗い過去が消去されている。)


話を戻すと、チャールズ・クシュナーは猛烈に働いた末に"のし上がった"典型的ユダヤ成金である。彼は学問においては凡庸だったが、それでもホフストラ大学の法学院に進めたんだから大したものだ。彼はまた、ニューヨーク大学で経営修士号を取得したというから、大変なな努力家である。チャーリーには3歳上の兄マレー(Murray)がいて、ペンシルヴァニア大学を優秀な成績で卒業したそうだ。学問好きなマレーはそのまま大学院に進んで法律を学んだという。しかし、実社会では弟のチャーリーの方が優秀である。一方、彼らの父ジョセフは大工として一家の生計を立てていた。こうした苦労人の父親を敬う息子のチャーリーは、オヤジを誘ってクシュナー社を創設。晴れて親子で独立したのだ。しかし、9ヶ月後に父親は心筋梗塞で死去。父親を突然失ったチャーリーは、残された家族を率いて家長となる。彼は自分の帝國を築きながら、兄のマレーや妹のエスター(Esther)やリンダ(Linda)の面倒を見ていた。家族で団結するユダヤ人らしく、マレーも弟の不動産業を手伝い、兄弟で会社を経営していたのである。


  会社が軌道に乗って順調となれば、儲けたお金をどう使うかが問題となる。稼いだお金を全部キャバレーの姉ちゃんや高級スポーツ・カー、あるいは豪華な別荘に注ぎ込むのは馬鹿。チャーリーは慈善活動にお金を割いた。ユダヤ人の学校やシナゴーグ、病院などへ献金したのだ。敬虔なユダヤ教徒のチャーリーにとっては当然の行為のように思えるが、ユダヤ人はそう単純じゃない。彼は政治献金も怠っていなかった。1990年代半ばから民衆党に献金をし始め、ニュージャージー州知事のジェイムズ・マクグリーヴィー(James McGreevey)には合計で150万ドルほど貢いでいたという。(Gabriel Sherman, The Legacy, New York Magazine, July 12, 2009) ユダヤ人不動産王から政治献金をもらっていたマクグリーヴィーは、お礼にチャーリーをポート・オーソリティー(Port Authority)の役員に推薦てやった。このポート・オーソリティーとは、ニューヨーク州とニュージャージー州に跨がる港湾施設や交通インフラを管理する港湾公社である。この公社を委託された役員12名は両州の知事から任命され、ハドソン河の港や橋ばかりではなく、JFK国際空港やラガーディアとかニューアークといった空港も管理し、様々なインフラ整備を任されているのだ。順調に進めば、チャーリーはこの組織の長になる予定であった。

  親族経営の会社は結束の固さが長所になる一方で、感情的な問題を引き起こしやすいという短所を有する。学校の勉強では兄マレーが秀でていた。しかし、ビジネスでは弟の方が優秀である。不動産取引では、持って生まれた勘の鋭いチャーリーが兄を凌駕していたらしい。やり手のチャーリーにとって、段々と兄は足手まといのような存在になっていた。仲の良かった兄弟も、次第に口数が減り始め、両者とも心の奥に不満を溜めるようになっていたという。やはり、自然に蓄積されたマグマを押さえ込むのは不自然だ。クシュナー家は2000年に爆発の瞬間を迎えた。彼らがマイアミのパームビーチで、ユダヤ教の「過ぎ越し祭」を迎えた時だった。チャーリーがある不動産取引の件でマレーに怒りをぶつけ、もう一緒に仕事をしないからな、と癇癪を起こしたらしい。それを受けてマレーは、「もしパートナーじゃなければ、俺たちは兄弟でもないぞ」とやり返した。火に油を注ぐように、側に居たマレーの妻リー(Lee)は、夫の肩を持ってチャリーを怒らせてしまった。カッとなったチャーリーは、今まで言えなかった本音をぶちまける。「お前は息子が自力でペンシルヴァニア大学に入れた、とでも思っているのか ? 」「いいか、俺が入れてやったんだ ! 」と暴露するチャーリー。もしかしたら、本当に大学へ寄附をして、甥の入学を頼んだのかも知れない。侮辱されたリーは反駁しようとしたが、マレーに制止されてその場を立ち去った。翌年の祝日にマレー夫婦の姿はなかったという。

  チャーリーが兄マレーに怒号を浴びせかけると、妹のエスターはマレーの味方についた。激怒したチャーリーは、過ぎ越し祭を祝うためにその場にいた40名ほどのゲストを忘れている。来客が居るにもかかわらず、チャーリーは妹のエスターやその夫ビリー・シュルダー(Billy Schulder)を罵った。ビリーはチャーリーのビジネス・パートナーとしてクシュナー社で働いていたが、それは妹の亭主だから獲得できた地位である。実は前々から、チャーリーは彼を嫌っていた。というのも、ビリーが会社の女性社員に手を出していたからだ。チャーリーはビリーの息子ジェイコブとみんながいる前で、「君は敬虔だよな。ほらビリー、君が如何に敬虔な信者かを子供たちに話してやれよ」と白々しく話しかけたという。その場に居合わせた誰もがビリーの浮気を知っていたのだ。エスターは亭主に向かって「もう何も言わないで」と訴えかけた。「このアホんだらどもめ」と怒り狂うチャーリーをよそに、エスターと娘のジェシーは部屋を飛び出してしまった。一旦問題がこじれると、ファミリー・ビジネスには深い亀裂が生じるから、滅多なことでは修復できない。こうしてクシュナー家はバラバラになった。

  数ヶ月が過ぎた頃、マレーはチャーリーが怪しい不動産取引で会社のカネを横領したと騒ぎ立てた。あろうことか彼は弟を相手に訴訟を起こしたのである。この裁判は示談で片が付いたが、チャーリーの身辺にはまだ危険な火種が尽きない。ちょうどジェイムズ・マクグリーヴィーの選挙が近づいた頃だ。2002年、クシュナー社の会計係であるボブ・ヨンテフ(Bob Yontef)が、チャーリーの不正な政治献金について訴訟を起こした。マクグリーヴィーの選挙が上手く行けば、チャーリーは港湾公社の総裁になれるはずだった。ところが、裏切者は親族から出ていた。マレーとエスターがFBIの捜査に協力していたのだ。チャーリーはマレーをチクリ屋(moser)と呼んでいた。彼は兄マレーのみならず、妹や夫のビリーまでもが警察側に寝返っていたのだ。そこで彼は一計を案じる。陰謀を企むチャーリーは、退職間際のジミー・オトゥール(Jimmy O'Toole)というアイリス系カトリックの警官を雇い、計画の全貌を打ち明けた。エスターの夫ビリーが女に弱いことを熟知したチャーリーは、エスターの口を封じるため、亭主を罠に嵌めようとしたのである。

  アメリカにはエスコート・サーヴィスとかコール・ガールとかの名称で、色々な娼婦が存在する。昔、DCマダムと呼ばれた高級娼婦を仕切る女主人が逮捕された。もちろん、女を買った政治家や裁判官は真っ青になって動揺を隠せない。だが、裏社会の掟は厳しかった。口封じの指令が下ったのだろう。どこからともなく刺客が現れて、彼女はあえなく抹殺されてしまった。有力者の性的行為を暴露するとは、郭(くるわ)の女主人にしては愚かである。チャーリーは警備員として雇ったオトゥールに、「スザンナ」という東欧なまりの強い女を紹介した。すらりとした美脚を持つ金髪の女性だったようで、ビリーを誘惑するのに適役であった。オトゥールは弟のトミーを呼んで、ビリーを嵌める仕掛けに取りかかった。トミーはルート22号線沿いにあるレッド・ブル・インというモーテルで部屋を借り、時計に隠しカメラを取り付けたそうである。罠とも知らずにビリー・シュルダーは、仕事場の近くにある食堂で昼飯を食っていた。そこへ金髪美女が現れて、何気なくビリーに近づく。彼女は仕事の面接で街を訪れたけど、クルマのタイヤがパンクして困っている、とビリーに泣きついたらしい。"親切な"ビリーは彼女をクルマに乗せてやり、モーテルまで送ってやったが、その日は彼女の誘いを断り、電話番号だけを貰って帰ったという。しかし、翌日ビリーは彼女と肉体関係を持ってしまった。そりゃそうだ。浮気性の亭主が、若い美人から誘われて断るなんてあり得ない。オトゥールから連絡を受けたチャーリーは、妻シェリル(Seryl)の兄弟でビジネス・パートナーのリチャードをオフィスに呼び、届いたばかりの盗撮映像を鑑賞することにした。画面に映し出されたビリーは快楽の絶頂である。まさか録画されているとは思っていないビリーは、東欧美女から受けた懇切丁寧なフェラチオに大満足。ペニスをしゃぶられたビリーは思わず、「映画のようだ」と叫んでいたらしい。これにはチャーリーたち仕掛け人が大爆笑。満足したチャーリーは早速、トミーにコピーを作るよう命じたのである。

  チャーリーは匿名で録画テープと写真を、妹のエスターや彼女の息子ジェイコブに送ることにした。しかし、オトゥールはジェイコブに包みを送らぬよう諭したらしい。父親の破廉恥行為を知ることとなるジェイコブは、恋人との婚約を数日後に控えていたのだ。後にチャーリーはこの件を否定し、オトゥールたちの仕業にしていたが、とにかく送られてしまった。婚約の3日前に小包を受け取ったエスターは顔面蒼白。白黒写真を手にしたエスターは、すぐさま兄マレーに電話を掛け、「家に帰らないで。チャーリーに殺されるわよ」と警告したという。心配になったマレーは元警官の護衛をつけた。妻のリーは放火でもされるんじゃないかと怯えていたそうだ。しかし、素人の奸計はすぐバレる。FBIの捜査が進んでチャーリーの犯罪が明るみになるのは時間の問題であった。しかも、オトゥールまでもがFBIの捜査に協力していたのだ。チャーリーは脱税や違法献金、司法妨害などの罪で服役することに。刑務所送りとなったチャーリーにとって、希望の光は息子のジャードただ一人であった。


不動産王の娘婿はメディア王に


  若くして脚光を浴びるビジネスマンには裏がある。ジョン・F・ケネディーには、禁酒法時代にぼろ儲けした父親ジョセフがいたように、ユダヤ版ケネディーを目指すクシュナー家には、野心家のチャーリーがいた。彼が自慢する息子のジャレッドは、長身で一流大学卒の好青年である。見た目には西欧系アメリカ人と変わらない。しかし、彼は普通のアメリカ青年と違っていた。このユダヤ人の若者は、20代でメディア経営者になったのだ。「えっ ! 」と驚いちゃいけない。ユダヤ人は13歳で成人となるんだから。とはいっても高等教育は大切で、チャーリーも大学の価値を痛いほど分かっている。だから息子の学歴に箔をつけてあげなきゃ、と意気込んでしまう。それには、やはりハーバード大学だ。アメリカは実力社会だと言われるけれど、今じゃ階級のはしごを昇るためには学歴が重要となる。上流社会の子弟が競ってアイヴィー・リーグを目指すのは、学問を究めるためではなく人脈を築くことが目的なのだ。「入学許可の値段(The Price of Admission)」を著したダニエル・ゴールデンによれば、1998年、お金持ちになったユダヤ人の不動産王は、ハーバード大学に250万ドルの寄附をした。えっっ、日本円に換算すれば、約2億5千万円じゃないか ! こんな大金を投げつけられたら、顰(しか)めっ面のハーバード大学長だって、思わず顔が緩むだろう。


  しかも、用意周到なチャーリーは地元ニュージャージー州選出のフランク・ローテンバーグ(Frank Lautenberg)上院議員に手を回していたのだ。このユダヤ人議員は、ソ連のユダヤ難民を米国へと手引きした張本人である。まったくユダヤ人は、ロクでもないことを次々と行うからタチが悪い。チャーリーの名代となったローテンバーグは、マサチューセッツ州の有力者テッド・ケネディー上院議員に働きかけ、要請を受けたケネディーはハーバードの入試担当責任者であるウィリアム・フィッツシモンズ(William Fitzsimmons)に「よろしくね」と言ったのだ。リベラル派を気取る奴ほど、裏で何をしているのか分かったもんじゃない。まぁ、裏口入学なんていう口利きは、民衆党の大御所たるケネディーにとって造作もないことだ。父親のお膳立てでハーバード大学に入門できたジャードは、名門クラブの「ザ・フライ(The Fly)」に加入した。アメリカの大学にはギリシア文字を冠したクラブがあって、そこで親睦を深めたメンバーは兄弟のような絆を作り、卒業しても一生固く結ばれた仲間になる。上流階級の子供が一流大学に入るのは、こうしたクラブで人脈を築くことに目的があるのだ。ジャレッドが入ったクラブの歴代メンバーを見てみれば納得できる。まず、ハーバード大学の名物学長であったチャールズ・ウィリアム・エリオット(Charles William Eliot)がいるし、セオドア・ローズヴェルトとフランクリン・ローズヴェルトといった大統領もいた。それに、世界を牛耳るアメリカ貴族のジェイ・ロックフェラー上院議員やクリントン政権で国家安全保障担当補佐官だったアンソニー・レイク(Anthony Lake)もいるのだ。こうしたインナー・サークル(内輪)に入れたジャレッドを見れば、父親のチャーリーは250万ドルの投資も無駄ではなかった、と思えるだろう。 


  チャーリーは刑務所に閉じ込められたからといって、息子の教育を怠るような親ではない。名門大学に蝶ネクタイをして通う息子も、それを充分承知していた。成金の父親はジャレッドに財務表などの書類を送り、息子に評価させるといった訓練を施していたのだ。しかし、理論だけではダメである。そこで、チャーリーは息子に初の売買をさせることにした。ビジネスの実習として、ジャレッドはマサチューセッツ州サマーヴィルにある物件を買うことにした。資金の半分はチャーリーが用立て、残りの半分はジャードがチャーリーの友達から借りてきたという。こうしてチャーリーの実践教育が始まり、ジャレッドは他の物件も買うようになった。チャーリーはニューヨーク大学に300万ドル寄附し、後に大学の理事会メンバーとなる。一方、2003年ジャードはニューヨーク大学のロー・スクールに進学し、自分が所有するパック・ビルディングの3フロアーを大学側に貸すことになった。ただし、通常の賃貸料金よりも安くしたらしい。教育機関に恩を売るという魂胆だろう。ジャードは学生のくせにもう一端のビジネスマンになっていたわけだ。それに比べて日本の大学院生ときたら、助手になれるかどうかさえ分からず、不安な日々を送るのが普通。巨額な資金を使って不動産物件を扱っている奴なんていない。小切手帳を持って大金を動かす学生なんているのか? 大学院生が就ける職業なんて、せいぜいコンビニのバイト生か塾の講師くらいだろう。


  大学院課程を修了したジャレッドは、メディア業界に食指を動かした。彼はマンハッタンの地方検事ロバート・モーゲンソーの法律事務所で見習いをしていたが、「ニュー・ヨーク・オブザーバー(New York Observer)」誌に目をつける。ちょうどその頃、オーナーのアーサー・カーター(Arthur Carter)は赤字が続く週刊誌を売却する相手を探しているところだった。しかし、カーターは半年かけて面会に漕ぎ着けたジャレッドからの提案を蹴ってしまった。カーターは「なぁ、ジャレッド。君はいい青年だが、まだ25歳じゃないか」と言ってあしらったらしい。実はその時、オブザーバー誌を買いたいと申し込んでいた相手がいたのだ。ロバート・デ・ニーロなどが運営するトリビカ・フィルム・フェスティバルが買収先に決まりかけていたという。しかし、カーターは彼らが買収した曉には、愛着のあるオブザーバー誌を閉鎖するんじゃないか、と懸念していた。そこで、再びジャレッドに会うことにしたらしい。カーターは娘のマリーを連れて会合に現れた。ジャレッドはテーブルの上で小切手に金額を書き、それをカーターに差し出したという。そして、彼はオブザーバー誌にお金を注ぎ込んでウエッブ版を創設し、最終的には利益を出すビジネスにしたいという旨を語った。これを聞いて腹を決めたカーターは、ジャレッドに雑誌社を売却することにしたという。翌日、ジャレッドは法律事務所のボスを訪ね、「雑誌社を買ったので辞めます」と言ったらしい。すげーなぁ~。これが大学出たての小僧がすることか? 何か映画『白昼の死角』で金貸しを営んだ鶴岡七郎を思い出す。(これは夏八木勲が主役を務めた角川映画で、「光クラブ」事件を題材にした小説が基になっている。今思うと、夏八木氏の演技には迫力があったなぁ。) まったく、ユダヤ人ってのは商売上手だ。これじゃあ、アングロ・サクソン人の青年は適わない。

  父親譲りのビジネス手腕を発揮するジャレッドは、父と相談の上、マンハッタンにあるフィフス・アヴェニュー(5th Avenue)666のオフィス・ビルを買収することに決めた。彼は記録破りの値段18億ドルを払って、53番街に聳える41階建てのビルを手にしたのである。庶民なら「ひぇ~」と叫んで、仰天してしまうだろう。勢いに乗った息子は獄中の父に保有資産の売却を持ちかけた。2007年、ジャレッドはバブルが弾ける前に、クシュナー家のポート・フォリオをあの大手AIGに売ってしまったのだ。彼が手にした金額は約10億ドル。「すごい」の一言に尽きる。これが26歳の若造が行った商取引である。しかし、高価なビルを手にしてもその維持・運営は容易でない。それでも何とか乗り切るのがユダヤ人。「犬も歩けば棒に当たる」というが、ユダヤ人がブラブラ歩けば、ユダヤ人に巡り逢う。ジャレッドはFOXテレビを率いる総帥のルパート・マードック(Rupert Mardoch)を師匠と仰ぐ。雑誌社を入手したのも、権力へのアクセスを握ることが重要である、と認識していたからだ。単なる不動産屋では権力者にすんなり会うことはできない。しかし、メディア経営者となれば容易に様々な有力者に会うことができる。だから、ユダヤ人はメディア業界に押し寄せるのだ。ジャレッドはメディア王マードックと一緒にヴァカンスを取っていた時、グーグルの創設者セルゲイ・ブリン(Sergey Miklailovoch Brin)とも一緒に過ごしていたという。皆様ご存じのブリンはロシア系ユダヤ人。メディア界やIT業界って本当にユダヤ人が多い。フェイスブックの創設者マーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)もユダヤ人だ。しかし、ジャレッドにとって更に重要だったのは、将来の妻イヴァンカと出遭ったことである。


  ちなみに、FOXテレビで放送されていたドラマ『フリンジ(Fringe)』に出演していたアンナ・トーヴ(AnnaTorv)は、マードックと縁がある。彼の別れた妻はアンナ・マードック・トーヴ(Anna Mardoch Torv)という名前から分かる通り、トーヴ家の出身だ。彼女は女優アンナの父方の叔母に当たり、そんな関係もあってか、FOXドラマでオリヴィア・ダナム役に抜擢されたのである。高額な予算を注ぎ込んだドラマで主役を射止めたのだから、アンナにとっては大女優への一歩であった。まるでコネ採用みたいだが、総帥の親類ならドラマの制作者だってちょっとは考えるだろう。いいよなぁ、やっぱり有力者の親戚って。そういえば、『フリンジ』の監督は今や人気のJ.J.エイブラムズ(Jeffrey Jacob Abrams)であった。『スタートレック』や『ミッション・インポシブル』を手掛けた引っ張りだこのユダヤ人監督で、今年は彼の『スター・ウォーズ』も公開される予定だ。しかし、キャスティングが多民族主義で魅力は半減。ユダヤ人は世界中の観客からゼニを取ろうとするから、色々な人種を役者に用いて、名作をメチャクチャにしてしまう。ユダヤ人って本当に嫌な種族である。それでも、世界規模の市場で配給するから、ハリウッドは大繁盛。アメリカ白人が演じて、ユダヤ人が製作する映画を、日本人がお金を払って観る。しかも、日本人なら高価な関連グッズも買ってくれるから、有り難いお得意様。実によくできた仕組みである。映画業界のカルテルを築いたユダヤ人は笑いが止まらない。


  ユダヤ人は政治の表舞台に立たず、裏方で権力を揮う方を好む。確かに、上院議員や大統領は魅力的だ。しかし、大衆の注目が注がれる公職を目指すと、色々と困ることが出てくる。なかでも資産公開はイヤだ。やましい方法で貯め込んだ財産はなるべく隠したい。だから、自分の代理人に投資をして、実利だけを手にしたいと考える。民衆政国家では一般人の嫉妬心が強いから、賢いユダヤ人はなるべく目立たぬよう心掛ける。昔、フォード政権で副大統領になったネルソン・ロックフェラーは、個人資産を詮索されて困った。彼は1970年の時点で所得税を一銭も払っていなかったのだ。石油で大帝国を築いたロックフェラー家の御曹司が税金を払っていなかったとは。アメリカ国民は唖然とした。ロックフェラー家の資産を管理していたリチャード・ディルワース(J. Richard Dilworth)によれば、このアメリカ貴族は様々な財団や信託組織を作って財産を分散していたのだ。(ディルワースは元クーン・ローブ社のパートナーであったから、帳簿や納税の操作に長けていた。)

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ロックフェラー家は、納税回避のために200以上もの財団を作って、家族がその役員になり、財団を実質的に支配していたのだ。その他、スタンダード・オイルはもとより、IBM、テキサス・インストルメント、イーストマン・コダック、チェース・マンハッタン銀行、ミネソタ鉱山などの会社に投資をしたり、資産を移したりして、国税庁の追求を躱(かわ)していた。当時、ロックフェラー家の84名が持つ財産を集めても、たった10億3千3百万ドルくらいしかなかったのも、こうしたカラクリがあったからである。ロックフェラーはユダヤ系ではないが、やり口はユダヤ人と変わらないのだ。ユダヤ人はお金に飢えた西歐人を子飼いにして政界で働かせる。自分が政治家になるとリスクが大きいから、他人を利用するのだ。仮に政治家となっても、庶民の猜疑心を招くような真似はしない。例えば、ジェイ・ロックフェラー4世(John Davison Rockefeller IV)元上院議員は、人種対立や健康保険といった目立つ国内問題を避け、庶民の関心が薄い軍事・外交面で要職に就いた。上院諜報委員会(Senate Intelligence Committee)の席に着けば、世界中の極秘情報にアクセスできる。これではロックフェラー家が、CIAやNSA、DIAといった諜報機関を私物化したのも同然だ。民間のビジネスマンがどんなに優秀でも、超大国が集めた機密情報は手に入らない。ロックフェラー家は地球儀を掴んで、どこに旨い話があり、どんな投資リスクがあるのか一目で分かる。日本の政治家が抱える弱みや日本企業の社内秘密なんかガラス張りだろう。

  西欧系アメリカ人から嫌われてきたユダヤ人は、自分のポスターを街中に貼って選挙に出ることはしない。当選すれば嬉しいが、もし落選したら不名誉になる。ギャンブルならラスベガスに行っていくらでもできるのに、わざわざ自分の面子を賭けて選挙に挑むのは愚かだ。汚いことなら手下の白人にやらせた方が悧巧である。スキャンダルになれば、さっさと切り捨てればいい。競馬で考えてみれば分かるじゃないか。サラブレッドの代わりに馬主が走ることはないだろう。馬鹿と白人は使いようである。したがって、一枚も二枚も上手(うわて)のユダヤ人は、何百億ドルもの政治献金を呉れてやっても惜しくはない。投資額を上回る配当が確実に入ってくるからだ。しかも、大統領を操って戦争を起こせば、戦争特需で多大な利益が期待できる。前もって戦争が分かっているから、株式相場の動きだって予想できるし、軍需企業の株を買ってしまえばいい。それに、戦場への補給で儲けた連中は、戦後処理を請け負って、更に儲けることも可能である。ユダヤ人投資家にとって、合衆国大統領はサンタクロースか福の神といった存在になるのだ。

  少々長くなったので、チャーリー・クシュナーとドナルド・トランプについては、また後編で述べたい。




★トランプと愛娘イヴァンカ(アメリカ大統領選挙)
http://kabukachan.exblog.jp/25840132/


★ジャレッド・クシュナーはユダヤ人
http://kabukachan.exblog.jp/26198293/




日本人は猿である
http://kabukachan.exblog.jp/24109195/



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by kabu_kachan | 2016-07-23 13:31 | 政治 | Comments(0)

「ネオコン 」とは何か?

「ネオコン 」とは何か?

★アメリカのネオコンは元々トロツキスト
(ロシア系ユダヤ人) 
https://www.youtube.com/watch?v=fKY7YAYynUU


1981年 ロナルド・レーガンが米国大統領になると、ネオコンが政権内に入り込み、その影響力が強まる。

 ネオコントはNeo conservatism、つまり新保守主義者という意味だが、これまでの保守主義が経済政策は産業保護、社会政策は伝統主義だったのに対して、経済政策は自由主義、社会政策は伝統主義というのが新保守主義と言われる。

 このネオコンは軍産複合体と結託して、攻撃的・好戦的なタカ派を形成していく。

 アメリカ新世紀プロジェクトは、1997年に結成されたシンクタンクで、次のような基本提案に専心すると宣言している。

・米国が指導力を発揮することは、米国にも世界にも良い。
・このリーダーシップには、軍事力、外交、エネルギーおよび道徳原理への関心が必要とされている。
・今日の政治的指導者のほとんどは国際的指導力を主張していない。
・それゆえ、米国政府は、軍事力を含めて使えるすべての手段によって、揺るがない優勢を獲得するために、その軍事優位および経済優位を十分に利用すべきだ。

 PNACは、9・11事件の1年前、2000年9月にアメリカ防衛再建計画というものを公表している。そこには「アメリカの防衛体制は新しい真珠湾攻撃のような破滅的な出来事抜きには、その再建のプロセスは長期間を要するものになるであろう」と書かれていた。

 PNACのメンバーを見てみる。役職は当時のもの。

・アービング・クリストル(アメリカン・エンタープライズ研究所創設者)
・リチャード・チェイニー副大統領
・ドナルド・ラムズフェルド国防長官
・ポール・ウォルフォウィッツ国防副長官
・リチャード・アーミテージ国務副長官
・ジョン・ボルトン国務次官
・ダグラス・ファイス国防次官
・エリオット・エイブラムズ国家安全保障会議上級部長
・リチャード・パール前国防政策委員会委員長
・ルイス・リビー副大統領首席補佐官
・デーヴィッド・フラム(大統領のスピーチライター)
・アリ・フライシャー(ホワイトハウス報道官)
・ジェブ・ブッシュ(ブッシュ大統領の弟)他多数

 アービング・クリストルはネオコンのゴッド・ファザーと呼ばれる人物で元トロツキストである。トロツキストとはトロツキーの永続革命論を信奉する国際共産主義者だが、思想転換してネオコンになったといわれている。クリストルはネオコンの牙城といわれるシンクタンク「アメリカン・エンタープライズ研究所」の創設者で、この設立に資金提供したのがロスチャイルド社のアーウィン・ステルザーである(『アメリカの保守本流』による)。

 リチャード・チェイニーは実質的なブッシュ政権の支配者で、奥さんもアメリカン・エンタープライズ研究所の幹部を務めている。

 その他、ブッシュ政権を動かす錚々たるメンバーが名を連ねている。

 強硬派シオニストのうち、在米の集団がネオコン、在イスラエルの集団が右派政権リクードであるとも考えられる。したがって、ネオコンも根っこはファシストでありテロリストと言っても過言ではないであろう。

 イスラエル右派の在米ロビー団体であるアメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)が圧力をかけ、ネオコンを政権に送り込んだ。

 AIPACは、今一番影響力を持っていると言われるイスラエル・ロビーで、各議員の投票行動を子細に監視し、反イスラエル的と思われる議員を、次の選挙で対抗馬をぶつけ落選させたり、スキャンダルをマスコミにリークして追い詰めたりなどして議員をコントロールしている。

 9・11事件とともにネオコン的な戦略がブッシュ政権内で圧倒的な主流となり、イスラエルの脅威となるイラクとイランを武力で潰すネオコンの「中東民主化戦略」が展開され出した。

 このネオコン的な戦略を理解する上で重要なのが、ネオコンの思想的源流と呼ばれる政治哲学者のレオ・シュトラウスである。
 ドイツ生まれで、ナチスの迫害を逃れるためアメリカへ逃げてきたシュトラウスは、シカゴ大学で20年間にわたり政治哲学の講義を行って来た。
 シュトラウスは、「大衆は物分かりが悪いので、真実は饒舌な嘘をつける一部のエリートによって管理されるべきものだ。民主主義は、脆いながらも無知な一般人の愛国心と信仰心によって守られている。軍事国家だけが人の中にある攻撃性を抑制することができる。国民の多くが自己陶酔し、快楽主義者になっている今、国民を変える方法としては"自分の国のために死んでもいい"と思わせる事が最良の方法である。こうした愛国心は、外部からの脅威にさらされる必要があり、もしないならば作り出せばいい。言うことを聞かせやすい国民を維持するため、宗教をツールとして利用せよ。」
というようなことを説いてきた。

 この考え方はロスチャイルドの世界革命行動計画④と通じるものがあると思われる。
〈④最終目的に到達するためには、ありとあらゆる手段を正当化できる。率直さや正直さといった国民としての立派な資質は政治に支障をきたすから、支配者となろうとする者は狡賢さ、欺瞞に訴えなければならない〉


世界を不幸にする経済政策

 ネオコンの経済政策である新自由主義を提唱してきたのが、シュトラウスと同じシカゴ大学の教授ミルトン・フリードマンである。
 ノーベル経済学賞受賞者であるミルトン・フリードマンは「自由主義の元祖」とか「構造改革の元祖」と呼ばれてきた。そのフリードマンが1962年に出版した『資本主義と自由』という本には、廃止すべき政策として次のものが挙げられている。
・農産品の政府による買取り保証価格制度
・輸入関税または輸出制限
・産出規制
・家賃統制、全面的な物価・賃金統制
・法定の最低賃金や価格上限
・細部にわたる産業規制
・連邦通信委員会によるラジオとテレビの規制
・現行の社会保障制度
・特定事業・職業の免許制度
・公営住宅
・平時の徴兵制
・国立公園
・営利目的での郵便事業の法的廃止
・公営の有料道路

 シュトラウスが政治学のシカゴ学派、フリードマンが経済学のシカゴ学派ですが、現在、世界を振り回している理論が両方ともロックフェラーのシカゴ大学から出ているというのは、どうも偶然としては出来過ぎな感じがぬぐい去れない。


https://sites.google.com/site/uranenpyou/home/neo-conservatismより。



■ジェイコブ・シフが小国日本を救った理由

 1874年1月、ドイツ系ユダヤ人としてフランクフルトに生ま
れたジェイコブ・シフは18歳の時にニューヨークに渡り、ブルッ
クリンやマンハッタンで古着の屋台店を開いて小金を貯え、やがて
クーン・ローブの娘と結婚、38歳でクーン・ローブの代表となっ
た。このジェイコブ・シフが日本を支援したのは、エドワード・H
・ハリマンと共にユーラシア大陸横断鉄道に進出することによる鉄
道の世界制覇に向けた野望以外に理由があった。

 日本への金融協力には、クーン・ローブ・グループ以外に英国の
ロスチャイルド家、ドイツのウォーバーグ家、フランスの銀行家ア
ルベール・カーンなども関わっているが、これら欧米金融界のエス
タブリッシュメント達が、商売上のこととはいえ日本を手助けした
のは、彼らがいずれもユダヤ系であり、ユダヤ人を迫害していた帝
政ロシアに対する強い反発があったからだ。そして、ジェイコブ・
シフも当時米ユダヤ人会の会長を務めていた。彼らは、果敢にもユ
ダヤ人を迫害するロシアに立ち向かった小国日本を助けることで、
一矢を報いることができると思ったのである。

 また同時に英国は、英皇室のロシア皇室との縁戚関係や有色人種
支持ともとられかねない外交上の問題から、米国のクーン・ローブ
・グループを参加させたいとの狙いもあった。

■ネオコンとジャクソン・バニク条項とロシア系ユダヤ移民

 実はこのロシアのユダヤ人政策はイラク戦争にも深く関わってい
る。1974年に米国はユダヤ人などの移民の出国を制限している
共産国家への最恵国待遇や政府信用供与などを制限したジャクソン
・バニク条項を制定している。これはソ連がイスラエルへ移住しよ
うとするユダヤ人に対して、事実上出国を禁止したことに対する制
裁措置として、民主党のヘンリー・スクープ・ジャクソン上院議員
とチャールズ・バニク下院議員が提案したものだが、このヘンリー
・ジャクソンを支持し、ジャクソン・バニク条項の草案づくりに関
わった人物こそが、イラク戦争を主導したネオコンのリチャード・
パールである。

 このジャクソン・バニク条項は大きな成果を上げ、ソ連から57
万人以上のユダヤ人、エヴァンジェリカル・クリスチャン、カトリ
ック教徒が米国へ移住し、約100万人のユダヤ人がイスラエルに
移住した。その多くがブッシュ共和党政権、そしてイスラエルのア
リエル・ブルドーザー・シャロン首相率いるリクードや極右政党の
支持者となっている。

 つまり、リチャード・パールらネオコンがソ連からの大量のユダ
ヤ移民票を米国とイスラエルに振り分け、当時にブッシュ政権とシ
ャロン政権をつなげる役割をも担っている。そして、このネオコン
のユダヤ戦略の賛否をめぐってユダヤ系の金融機関や名門一族が大
きく割れる結果となっている。

 また、ロシア系ユダヤ人を引き入れることがエゼキエル書に基づ
くロシアの参戦を意味することから、ハルマゲドンとしての世界最
終戦争を演出し、かつ煽りながら、ブッシュ政権とキリスト教右派
を一体化させているのである。

■高橋是清と森有礼とスウェーデンボルグ主義

 ここで高橋是清とキリスト教との関係も触れておきたい。

 高橋是清を見出し、キリスト教思想の影響を与えたのが日本初の
文部大臣となる薩摩出身の森有礼である。森は英国留学中にスウェ
ーデンボルグ主義の教団のカリスマ的指導者であったトーマス・レ
イク・ハリスに出会いクリスチャンとなっている。

 批判的な意味合いも込めてキリスト教神秘主義と称されてきたス
ウェーデンボルグは、スピリチュアリティ(霊性)という言葉が頻
繁に登場するようになった今、「ニューエイジの父」として再び注
目を集めつつある。

 スウェーデンボルグ研究の高橋和夫によれば、『スウェーデンボ
ルグは、最終戦争(ハルマゲドン)も人類の滅亡もないと説く。そ
れどころか、人類の宗教的自立を意味する「新しい教会(宗教)の
時代」が訪れると予測し、新しい時代には、個々の宗教や教会は普
遍的な宗教原理--つまり彼の有名な言葉「あらゆる宗教は生命に
関係し、宗教の生命は善を行うことにある」で要約される原理--
のもとに、その形式や教義・信条の差異を超えて共生し続ける(1
995年4月30日付産経朝刊)。』としている。

 ハリスは、この「新しい教会(宗教)の時代」の「新しい地上の
エルサレム」がアフリカのどこかか、日本に生まれることを確信し、
日本の神道に大きな関心を寄せていた。そして、ハリスの影響から
使命感を抱いて帰国した森は、後に文部大臣としてキリスト教の賛
美歌をもとにして作られた「蛍の光」「庭の千草」「隅田川」など
の唱歌を日本に導入しながら「新しいキリストの道」を目指したの
である。



 日米など世界のメディアの多くは、ネオコンを「アメリカは民主主義を世界に広げることを国家としての目標にすべきで、世界を民主化するためにアメリカの圧倒的な軍事力を活用すべきだ」と主張する「理想主義者」の集団であるとしている。ネオコンの主張によると、従来のアメリカは世界の安定を重視するあまり、世界各地の独裁政権に対して甘い態度を採る「現実主義者」(中道派)が主導してきたが、その結果、フセインや金正日といった危険な政権がのさばる状態になっている。この悪しき現実を改めて、イラク侵攻を皮切りに世界を民主化するのだ、というのがネオコンの考えで、ブッシュ大統領はこれに感化されてイラク侵攻に踏み切った、とされている。

 私がネオコンの主張を鵜呑みにできないと感じた理由の一つは、彼らが「イラクを民主化する」と言いながら、その準備をほとんど何もしていなかったことだ。ネオコンの筆頭格であるウォルフォウィッツ国防副長官は「米軍がフセイン政権を倒せば、その後は自然にイラク人の手で順調に新しい民主政権ができるはずだ」と予測していた。この予測について「実際にフセイン政権が倒れた後になって、ウォルフォウィッツは自分が甘かったことに気づいた」という分析記事を見た覚えがあるが、それは多分間違いである。

 ウォルフォウィッツは1981年にレーガン政権で中東担当者として国防総省に入って以来、1993年に大統領がパパブッシュからクリントンに交代するまで、ずっと政権内で中東の安全保障戦略を練り続けていた。国防次官補だった湾岸戦争時には、当時のチェイニー国防長官のもとで、イラクに対する戦争のやり方を研究していた。そんな専門家であるウォルフォウィッツが、複雑な多民族・多部族国家であるイラクが込み入った調整なしに民主主義体制に移行できると思っていたはずがない。

▼イラクを民主化するのではなく混乱させるのが目的?

 今回のイラク戦争に際し、国防総省の高位を占めるウォルフォウィッツ(ナンバー2)やダグラス・フェイス(ナンバー3)、リチャード・パール(特別顧問格)といったネオコンの人々は、911の直後から「サダムとアルカイダは関係ない」と分析していたCIAを「信用できない」と非難し「特殊計画室」(Office of Special Plans、OSP)と呼ばれる独自の諜報分析機関を作った。

 そこでは、CIAやイギリスのMI6、イスラエルのモサドなどの諜報機関が集めてきた諜報の膨大な生データの中から「イラクが大量破壊兵器を持っている」「アルカイダととつながっている」という主張を裏付けられそうなものだけを取り出してつなげ、開戦に慎重なCIAとは違う分析結果を出し、イラクに侵攻できる開戦事由を「作る」作業が行われた。(関連記事)

 特殊計画室は「イラクはアフリカから核兵器の原料となるウランを購入していた」「イラクの諜報部員が911実行犯とチェコで会っていた」「イラクは化学兵器製造設備をトラックに乗せて常に移動させ、隠している」などという「開戦事由」を作った。そのほとんどは間違いだったが、CIAが「その情報は信憑性が低いです」と警告しても無視され、結局イラク侵攻が実現した。

 ネオコンによるこれらの行動を見ると、彼らはイラクを民主化する気などなく、単に米軍を動かしてイラクの政権を潰し、混乱させることが目的だったのではないかと感じられる。しかし、それは何のためだったのか。それが分からない以上、ネオコンを理解したことにならないと私には感じられた。

▼家族関係で結束しているネオコン

 私がネオコンの本質を理解するためにやったことは、彼らがたどってきた歴史を調べることだった。ネオコンと呼ばれる人々には、思想面以外の共通点がいくつかある。その一つは、ニューヨークなどアメリカ東海岸に住むユダヤ系で、学者肌の家系にいる人が多いということである。

 ウォルフォウィッツの父親は1920年にポーランドから移民してきた数学者で、ユダヤ人差別が激しくなった東欧を逃れ、コーネル大学の教授に招かれた。ダグラス・フェイスの父親(Dalck Feith)もポーランドからの移住者で、シオニズム(イスラエル建国運動)の闘士だった。フェイス親子は、シオニズムに対する貢献を讃えられ、イスラエルの政府系団体から表彰されている。

 ネオコンの多くは東欧出身のユダヤ系(アシュケナジ)だというだけでなく、中心的なメンバーの間には相互に血縁関係がある。血縁関係のある人々に、政策的・学術的な経験を積ませ、次世代のネオコンとして育てている感がある。

 ネオコンの元祖といわれる人物は、アービング・クリストル(Irving Kristol、1920年生まれ)とノーマン・ポドレツ(Norman Podhoretz、1930年生まれ)という長老の2人の言論人だが、クリストルの息子であるウィリアム・クリストル(William Kristol)はネオコン系コラムニストの筆頭格になっているし、ポドレツの娘は、現在大統領補佐官をしているネオコンのエリオット・アブラムス(Elliott Abrams)と結婚している。(父クリストルやポドレツをネオコン1世、パールやウォルフォウィッツをネオコン2世と呼ぶことができるかもしれない)


▼脅威を誇張して儲ける「軍産複合体」

 ネオコンの多くは1970年ごろ、民主党の上院議員だったヘンリー・ジャクソン(Henry Jackson)の事務所で政策秘書として一緒に働き出し、それが彼らの政界での人生の始まりだった。ジャクソンは、ソ連に対して強い反感を持ち、米ソ間の軍縮に反対するタカ派で、1950年代にはマッカーシー上院議員らと組んで、政府や軍内にいる「共産主義容認派」を追放する「赤狩り」のキャンペーンをやったりした。

 ジャクソンのもう一つの特徴は軍事産業と深いつながりがあったことで、核兵器の開発と、原子力の発電への利用促進政策を主張した。1952年に下院から上院に転じる選挙で当選できたのは、軍事・原子力産業からの支持の結果だった。ジャクソンは、ベトナムをソ連の脅威から守るためにアメリカが介入すべきだと主張し、事態をベトナム戦争に駆り立てた。(関連記事)

 1948年ごろから始まった米ソの冷戦は、1953年の朝鮮戦争停戦やスターリン死去の後、いったんは緊張緩和に向かった。だが軍事産業や、それとつながりの深いジャクソンのようなタカ派の政治家や研究者などは、緊張緩和によって軍事費が減ることを阻止しようとした。彼らは「ソ連はアメリカまで飛行して核爆弾を落とせる新型爆撃機(バイソン型爆撃機)を無数に持っている」という分析結果をまとめて政府に提出した。

 だが、当時のアイゼンハワー大統領は元将軍で、この分析結果が推量や噂に基づいたもので、裏づけに乏しいことに気づいた。そのためアイゼンハワーは、ソ連上空をレーダーに関知されない超高度で飛び、ソ連がバイソン型爆撃機を何機持っているか撮影できる偵察機「U2」を急いで開発することを軍とCIAに命じた。U2は1956年にソ連のミンスク市上空を飛び、その結果、実はソ連の新型爆撃機はアメリカの脅威になっておらず、米国内の軍事産業系の勢力が出してきた報告書は、脅威を誇張していることが判明した。(関連記事)

 この後、アイゼンハワーはソ連の脅威を誇張する軍事産業・政治家・軍事専門家などの集合体を「軍産複合体」と呼び、アメリカにとって危険な存在であると警告した。

 しかし、その後も「軍産複合体」の勢力は「ソ連はアメリカの2倍以上のミサイルを持っている」「ベトナムでのソ連の影響力拡大を阻止しないとアジアの親米国がどんどん共産化してしまうだろう(ドミノ理論)」「アメリカには、ソ連のミサイルを撃ち落とすミサイル防衛体制が必要だ」といったような、軍事費を急増させるための誇張した報告書や分析書を政府に提出したり、新聞にリークする行動を続けた。アイゼンハワーの次の大統領となったケネディは、誇張に引っかかってベトナム戦争を拡大させた。ジャクソンはそうした軍産複合体の一角を担う政治家だった。

▼軍産複合体に弟子入りしたシオニスト青年たち

 パールやウォルフォウィッツらネオコン青年がジャクソンの事務所で働くようになったのは、軍産複合体系の学者だったアルバート・ウォールステッター(Albert Wohlstetter)という核兵器戦略を専門とするシカゴ大学の教授のすすめだった。パールもウォルフォウィッツも彼の教え子だった。パールはウォールステッターの娘と結婚しており、ここでも「血の結束」が感じられる。

 ウォールステッターはネオコン青年たちをジャクソンの事務所に送り込んだ後、ジャクソンとともにソ連の脅威を煽るキャンペーンを開始し、ネオコン青年たちはその作業を手伝った。イスラエルを強く支持するネオコンの青年たちが、軍産複合体の一角を占めるジャクソンの事務所に弟子入りした背景には、アラブ諸国との激しい対立を続けていたイスラエルが、自らの軍事力を強め、アメリカの外交政策をイスラエル寄りにしておこうとする戦略があったのではないかと思われる。

 1960年代は、イスラエルとアメリカの関係が好転していく時代だった。スエズ運河を国有化したエジプトを、英仏とイスラエルが組んで攻撃した1956年の第2次中東戦争(スエズ動乱)ではアメリカはイスラエルを非難したが、その後エジプトとシリアというイスラエルの仇敵だった2国が社会主義の方向に傾いたため、1967年の第3次中東戦争では、アメリカはイスラエルに味方した。反共主義者のジャクソンも、この流れの中でイスラエルを支持するようになった。

 彼は1974年には、ソ連に対する経済制裁法として歴史に名を残す「ジャクソン・バニク修正法」を議会に通しているが、この法律はもともと、ソ連からイスラエルに移民しようとするユダヤ人に対し、ソ連政府が多額の課税を行って事実上出国を禁止したことに対する制裁措置として考案されたものだった。

 わずか6日間の戦争でイスラエルがアラブ諸国に圧勝した第3次中東戦争(六日戦争)は、アメリカのユダヤ系の人々に「イスラエルは強いんだ」と思わせる効果があった。アメリカ東海岸を中心とするユダヤ系コミュニティではシオニストが力をつけ、イスラエルへの移住運動や支援活動が盛んになった。当時まだ感受性が強い20歳代だったネオコンの青年たちも、この流れの中でイスラエルを強く支持するようになったのだと思われる(彼ら自身はこのあたりの経緯について何も語っていない)。

▼冷戦を煽った「Bチーム」

 軍産複合体の中で貢献し始めたシオニスト青年たちは、やがて頭角を現すようになった。当時アメリカの中枢は、ソ連に対して宥和策と強硬策のどちらを採るべきかをめぐり、激論と政治闘争が続いていた。1969-74年の共和党ニクソン政権では、ソ連との宥和策が採られたが、ニクソンがウォーターゲート事件で辞任した後に副大統領から昇格したフォードの政権では、しだいに強硬派が強くなった。そしてフォード政権の政策を強硬派に転じさせる動きを演出したのが、ジャクソンやウォールステッターたちだった。

 彼らは1973年にジャクソンの事務所内に「民主的多数派のための連合」(Coalition for a Democratic Majority、CDM)などいくつかの組織を作り、そこを拠点に「ソ連はアメリカよりもたくさんのミサイルや核兵器を持っているのに、CIAは宥和策を裏付ける政治目的のため、ソ連の脅威を低めに見積もっている」という主張を開始した。そして、CIAが持っているソ連の核兵器に関するスパイ情報を自分たちにも見せて、CIAの分析が正しいかどうか確認させろ、と政府に要求した。政権内外にいるタカ派(「軍産複合体」系)の政治家やマスコミ、評論家はこぞってCDMの主張を支持した。

 1976年の大統領選挙が近づいており、共和党ではタカ派のレーガンが優勢になっていた。フォード政権はタカ派をなだめるため、CIAが持っているソ連関係の機密情報をCDMにも見せることにした。CIAが持っている機密情報を、CIA自身(Aチーム)とCDM(Bチーム)というAB2つのチームが別々に分析し、ソ連の脅威を測定して報告書を作っているという意味を込めて、CDMは自らを「Bチーム」と呼んだ。Bチームが作った報告書(Team B reports)は、ソ連は経済生産(GNP)のすべてを軍事開発に振り向けている前提で書かれ、ソ連の軍事力を実際よりもはるかに大きく見積もっていた。その後の数年間で、この報告書のほとんど全体が間違いであることが判明した。(関連記事)

 Bチームの主要メンバーの中には、ネオコンのウォルフォウィッツが含まれていたほか、ポール・ニッツェ(Paul Nitze)やリチャード・パイプス(Richard Pipes)といった冷戦に対するアメリカの軍事政策を練った中心人物だった著名なタカ派の長老学者たちが名を連ねていた。当時のCIA長官はパパブッシュ、国防長官はラムズフェルドで、この2人はチームB報告書を支持した。半面、国務長官だったキッシンジャーは、この報告書の歪曲性を指摘した。ソ連との和解を模索し続けたキッシンジャーら均衡戦略派(中道派)と、ソ連との対立を拡大したがったタカ派との対立は、すでにかなり激しくなっていた。

「CIAの分析は間違っている」「敵はもっと手強いはずだ。もっと軍事費の積み増しが必要だ」と主張する軍産複合体(タカ派)は、その後も折に触れて「Bチーム」の手法をとった。最も最近の例は昨年、ネオコンが何とかしてイラク戦争を始めるために都合の良い諜報データだけをつなげる作業をした「特殊計画室」である。ネオコンやタカ派は、冷戦時代から現在まで、危機を誇張することによってアメリカの外交政策を強硬的な方向に動かし続けており、その手法は一貫していた。




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by kabu_kachan | 2016-07-22 00:47 | 軍事 | Comments(0)

「ロシア系ユダヤ人のアメリカ移住」の研究論文(3)

第二節 ドイツ系ユダヤ移民との比較


ここで社会的成功要因を述べる前にロシア系ユダヤ人とドイツ系ユダヤ移民との比較を しておきたい。ドイツ系ユダヤ移民はおおよそ 17 万人、ロシア系ユダヤ人は 250 万人近 くが移住している。


1.居住と職業

ドイツ系ユダヤ移民は、国中に散らばったことでアメリカ文化に融けこむことが容易に なった。ドイツ系ユダヤ移民が移住した時期は 1820 年代からでアメリカが地理的にも経 済的にも拡張期にあった時だった。彼らは拡張ルートに従い、東部、中西部、極西部さらに南部を、行商人として扇形に広がっていった。行商には資本や技術もいらなかったが、郵送販売が発明されるまで行商は都会の商品を地方に普及させる主要な方法であり、重要な経済的需要を満たしていた。しかし、行商生活の不安定さや孤立感、肉体労働の苦しさは否めず、チャンスがあり次第一定の場所に定住して店を出すか、他のビジネス、例えば衣料産業、投資銀行家、大手の小売商などを確立することが彼らの目標であった。ジョセフ・セリグマン、マーカス・ゴールドマン、ソロモン・ロエブなどがドイツ系ユダヤ移民として挙げられる。あらゆる大きさの都市や町において商業ビジネスを打ち立てたドイツ 系ユダヤ移民のため、1860 年代までに 160 を下らないユダヤ人コミュニティが存在する ようになった(40)。 一方、ロシア系ユダヤ移民は 1900 年代前後の都市化と産業化が頂点に達した時に移住 してきた。彼らは行商人になるにも貧しすぎた。1900 年に到着した移民全体について一人 当たり 15 ドルを所持していたことと比較すれば、ロシア系ユダヤ移民は平均 9 ドルしか 持っていなかったのだ(41)。そこで彼らは衣料工場などに飛びついたが、人口過密なユダヤ 貧民街を大都市に作り出していったのだった。


2.宗教

ドイツ系ユダヤ移民は居住をよりよい地区、アッパーイーストサイドなどへ移っていくにつれてシナゴーグと呼ばれるユダヤ教会にもお金をかけて建築するようになった。と同時に祈祷文と礼拝形式にも急激な変化が起こった。礼拝の長さは極端に縮められ、エルサレム神殿の復興、ダビデ王時代のような王政復古への伝統的な祈りは放棄された。オルガン音楽が導入され、祈祷の主要語としてヘブライ語の代わりに英語が用いられるようになった。そして、家族席で男女共に座れるように差別が取り払われ、男性礼拝者がショールと帽子を身に付けることを禁じる規則が作られたのだ。この点は伝統との最終的な訣別を意味し、最も意味の深いことであった。なぜならそれは、ユダヤ教とプロテスタント礼拝の目に見える不要な相違を取り除いたからである。ドイツ系ユダヤ移民はアメリカ社会に受け入れられようと同化への意欲が高いことを示している。反対にロシア系ユダヤ人は正 統派ユダヤ教であり、アメリカに移住してからも伝統を貫いていった。 ロシア系ユダヤ人はユダヤ教会に限らず、ユダヤ食用のコシェー肉、公衆浴場、イディッシュ語新聞の発行など移住前の生活やユダヤの伝統を崩すことなくその地域にユダヤ社会をつくり上げたといえる。ユダヤ人街は異国風の活気と強烈さに溢れていた。アメリカに社会に同化したドイツ系ユダヤ移民にとってはロシア系ユダヤ移民の強烈な信心深さ、貧しさ、急進主義は反ユダヤ主義を起こさせるのではないかと震え上がらせた。しかし、ロシア系ユダヤ移民の支援をいち早く開始したのもドイツ系ユダヤ移民であった。移民住宅、無利子ローン貸付会、孤児収容所など衣食住の面倒を見、多岐に渡ってロシア系ユダ ヤ移民を"向上"させ、アメリカ社会への定着を試みたのだった。


第四章

社会的成功の原動力

これまで見てきたようにロシア系ユダヤ移民はドイツ系ユダヤ移民より極貧の生活にも関わらず、急速なスピードで中産階級入りを果たし、地位を上昇させていった。この社会的地位上昇の原動力、要因は何なのだろうか。ロシア系ユダヤ移民についての要因を第一節で挙げ、続く第二節でドイツ系も含めたユダヤ移民全体についていえる要因について述べていきたい。以下に挙げる要因①~⑦はユダヤ人の適性、歴史、環境、宗教といった視 点で分類できる。


第一節 ロシア系ユダヤ移民における原動力

① 天職の不動産業 ―機会の利用―

ロシア系ユダヤ移民が社会的上昇の階段を登る一番の要因・原動力になったのがこの不動産業との出会いだと思われる。ロシア系ユダヤ移民は手近にある機会を何であれ利用することに長い習練を積んでいた。生計を立てるためには麻薬売買などの犯罪すらもやってのけたし、数種にまたがって仕事をする器用さも持ち合わせていた。アメリカの都市化と工業化は、ユダヤ人が長期にわたって持っていた小売業と卸売業を拡大させた。住宅の需要増加と都市の住民、なかでもユダヤ人の居住地から居住地への頻繁な移転が、大工や電 気工、不動産関係者に仕事の機会を創り出していた。20 世紀初めの土地需要の増加によっ てロワーイーストサイドからブラウンズビルにかかる土地価格は一区画の値段を二年間に 50 ドルから 3000 ドルに高騰した(42)。1920 年までにニューヨーク市の建設業者や開発業 者の 40%がロシア系ユダヤ移民になっていたが、大工やペンキ屋、あるいは店主や衣料品 製造業者出身であり、少ない資本金で一軒の家屋を買うことから始め、徐々に増やしていき、自前の建設業者へとなったのだった。資本金を貯める方法は前述したが、自宅に下宿 人を置くことであった。1911 年の調査では、ニューヨーク市内のロシア系ユダヤ移民世帯 の 56%が少なくとも一人の下宿人を置いていた。あるロシア系ユダヤ移民主婦は下宿人を 家におくと、彼女の料理が評判になり、その評判を聞いて人が集まってくるのでレストランを経営すると繁盛した。彼女は産婆としても働き、夫も衣服工場に仕事を持っていたの で毎週いくらか貯金できた。ニューヨーク到着後 8 年経った 1911 年、夫は小さな貯金で ビルを買うことを提案した。そして小さな不動産物件を次々に買っていき、1920 年までに その夫婦は裕福になっていた、ということが実際に起きていたのである。 不動産業はロシア系ユダヤ移民にとって理想の天職であった。理由として主に二つ挙げよう。

第一に、不動産業はロシアで長い間禁止されてきた土地所有への欲求を満たしてくれるからだ。土地を所有することは蔑まれてきた自分たちが「自由の国アメリカ」で「尊敬に値する市民」になったことを宣言する行為であり、同時に流浪の歴史に終止符を打ち、アメリカを安住の地として定めたことの決意表明に他ならなかった。ただし、感情的愛着だけで土地を求めたのではなく、権力者によって容易に奪われてしまう土地そのものに本質的な価値があるのではなく、土地が生み出す利潤こそに価値があるという認識をロシア 系ユダヤ移民は体得していた。この点の認識は他の移民とは異なるところだった。1915 年の研究で、ハーバード大学と MIT 大学の学者たちは、「ユダヤ人は不動産所得に異常に 飢えている」と報告している(43)。移住前は不動産を持つことができた時でさえ、ロシア系ユダヤ移民はそれをせず、なんらかの固定資産に投資することは差し控えていた。彼らの世界では、どんな時でも逃げ出せるように資本をできるだけ流動的なものにしておきたがったのである。資本の流動性への要求は強いものであり、現在も専門職を好むように、ユダヤ人の行動を規定しているとされる。

第二に、不動産業のいくつかの特殊性はロシア系ユダヤ移民にとって魅力的であったのだ。製造業とは違い、多額の設備投資は必要なく、卸売業のように仕入れた商品の在庫を常に抱え込むリスクを負う必要もなかった。知的専門職のように高い学費を払いながら何年も高等教育機関で学ぶ必要もなかった。さらに、通常、借入金で仕事に着手するため、自己資金もわずかで済んだのだ。何よりもエリート度の高い産業に存在したようなユダヤ人を排除する社会的障壁が、この業界には存在しなかったのである。サンフランシスコの不動産開発業者ウォルター・ショレンスタインがいうように「不動産の仕事は会社組織としては成り立ちにくいので」、完全に開かれていたのである。事実それは興行性のある活動 であり、大きなリスクと同時に大きな報酬を伴う仕事である(44)。ショレンスタインの公式によれば「個人こそが鍵を握っている」のであり、さらに「ユダヤ人は自分に賭けるのが好き」なのである。不動産業は貧しいユダヤの移民家庭に育った野心的な若者にとって文 字通り理想的な天職となった。1920 年までにニューヨーク市内の不動産開発業者、建設業 者の実に 4 割までを彼らが占めるようになっていた(45)。 ビジネス雑誌『フォーブス』が毎年 10 月に特集として掲載している「全米資産家最上 位 400 人の長者番付」の 2000 年版では 400 人中 64 人、16%がユダヤ人であった(46)。対照的に黒人、ヒスパニック系、イタリア系、東欧系のキリスト教徒はほとんど登場しないのだ。この 16%という数値はユダヤ人がその人口比、全米総人口の 2%強を大幅に上回る 経済力の持ち主であることを示す証拠といえる。2000 年度では 1990 年から 1993 年の深刻な不動産不況に遭い、後退しているものの 1985 年度版をみるとわかるようにユダヤ系資産家最上位 20 組のうち、10 組までを不動産業が占めている(47)。1985 年の長者番付 400 人中ユダヤ人は 26%を占めており、これがピークの年とされている。不動産業ではシカゴ のプリッカー家、ロサンゼルスのイーライ・ブロード、同じくドナルド・ブレンが有名である。プリッカー家は複合企業「マーモン・グループ」の社主でハイアットホテル・チェ ーンなど 100 以上のホテルを所有し、個人資産額は 55 億ドルとされる。イーライ・ブロ ードは短期企業貸付の「サン・アメリカ」の会長であり、住宅建設の「カウフマン&ブロ ード」の社主でもある。個人資産額は 52 億ドルである。ドナルド・ブレンは太平洋岸諸 州で不動産経営管理を行う「アービン・アパートメント・コミュニティーズ」の社主であ り、カリフォルニア州オレンジ郡最大の土地所有者でもある。個人資産額は 40 億ドルと される。残り 10 組のうち 5 組が渡米前に行っていたエスニック・ビジネス(被服の製造 と小売、穀物取引、蒸留酒製造など)で資産を築き、さらに 4 組は化粧品やマスメディア、 残りの 1 組が古くから WASP に支配されていた「伝統的基幹産業」である石油業であった (48)。以上よりユダヤ人大富豪のうち半数が不動産の開発・投資により資産を形成していた ことがわかる。不動産業は 19 世紀末から 1980 年代に至るまでアメリカ・ユダヤ人最大の 蓄財源であったのだった。 ② 帰国率の低さ 1908 年から 1925 年の帰国率は、イタリア系移民は 55.8%、ルーマニア系移民は 67%、 日系移民は 40%に達している(49)。一方のロシア系ユダヤ移民は 5.2%であった。他の移民 は出稼ぎ的意識が強く、結婚資金や故郷で農地を手に入れるための金稼ぎができると帰国してしまったのに対し、ロシア系ユダヤ移民は法的差別を受け、賤民だった本国に戻る気は毛頭なかったのである。新天地アメリカで成功するという不退転の決意を胸に秘めてい
たのであった。移民は、くつろげる我が家にいる立場から軽蔑される外国人になるという、多数派から少数派への苦しい移行を経験しなくてはならなかったが、イタリア人やポーランド人に比べて、アメリカ社会への調整の過程でさほど傷つかずに済んだともいえる。本国にいても主流に入れなかったロシア系ユダヤ移民にとってアメリカへ来ることは地位の上昇でこそあれ、下落ではなかった。生活が事実いかに困難であろうと以前より自由であ り、将来にも楽天的であった。 ③ 都市的・商工業的背景 第二章第二節の2でも触れたようにロシア系ユダヤ移民は 82%が都市型集落に居住し、 3 分の 2 のユダヤ人は仕立工や靴職人、大工など何らかの職を身に付けて商工業の技術を 蓄積してきた(50)。とくにロシア帝国内における衣服製造業には 25 万人、ユダヤ人製造業 従事者の 47%を占めており(51)、もともと高度な技術を擁していたのだった。このことは 20 世紀のアメリカで急速に発展した都市化・産業化の流れにユダヤ人が適応することを可 能にさせたのである。都市化により自給自足の農場とは異なり、人々は生産者から消費者へと変化し、産業化はコストを大幅に下げ、急成長下の消費物資の需要を満たすことを容易にした。そこで、ロシア系ユダヤ移民はロシア帝国でも従事していた衣服製造の術をアメリカでも活かしていき、他移民との差別化を図ったのである。対照的に、イタリア系移 民の 4 分の 3 は、農民出身の手に職のない労働者であり、都市的生活環境への適応力をロ シア系ユダヤ移民ほどには持たなかったのである(52)。


第二節 ユダヤ移民の原動力


次に、ドイツ系、ロシア系含めたアメリカのユダヤ移民全体についていえる環境とユダ ヤ教観による原動力について述べる。 ④ 周辺性 ユダヤ人は伝統的なユダヤ人の社会から離れたものの、キリスト教徒の世界では完全に受け入れられなかったからこそ、一つの文化に固執する先入観や懐疑的な敵意からも解放 されて創造力の源になったという周辺性の考えがある(53)。しかし、ロシア系ユダヤ移民はもともと熱心なユダヤ教正統派であり、ユダヤ教の伝統を遵守した生活を送っているのでユダヤ人社会から離れた存在とは言えないだろう。イギリス系ユダヤ人の政治哲学者で歴 史家であるサー・イザイア・ベルリンが述べているように(54)、ユダヤ人の周辺性の結果はそのための疎外ではなく、その先にある社会の受容への強烈な欲求であり、ユダヤ人はそのために隣人を執念と言えるほどの注意深さで研究したのであると示唆している。習慣のわからない部族のなかに居を構えた一群の旅人にロシア系ユダヤ移民を例えると旅人には自分が歓迎されているかわからないのでホストの考え方や行動の仕方をすべて学ぼうとする。その過程において、ユダヤ人の異邦人たちはその部族の権威になる。彼らはその言語や習慣を分類し、その部族の辞典や百科事典を編纂し、その社会を外部から解釈するのである。ここから時流を探知し、変化する個人や社会情勢の持つニュアンスの違いに早く注目する力が発達するのだ。批評力、分析力、観察・分類・解釈の能力をこうして身につけ
ていった。

具体例を2つ挙げる。一つ目は、映画産業初期の大御所の一人、かつては衣服産業で働いていた東欧系ユダヤ人サミュエル・ゴールドウィンだ。彼は映画館の前列に座り、映画を見るよりも観衆の反応を見るためにスクリーンに背を向けて座ったという。大 衆をつぶさに観察し、時流を嗅ぎわけ、社会情勢のニュアンスを見分けていたのだった。

二つ目の例は 1980 年代のウォール街で企業乗っ取り屋として恐れられたロシア系ユダヤ移民アーウィン・ジェイコブズ(1941 年~)である。彼は少年時代、ミネアポリスで中 古の麻袋の売買に携わった父を手伝っていた。穀物が一度穀物エレベーターの中に収納されると袋は不要となる。アーウィンはこの使用済み袋を安く買い求め、破れ目につぎ当てを施した後に、新品の袋よりも安い値段で飼料業者へ売り歩いたのであった。これは、ロシア系ユダヤ移民のエスニック・ビジネス、廃品回収業の一形態である。彼は、他の同業者が捨てた袋の中に価値を見出したのである。アーウィンはこの父の商売から「他人が見 落としたところに価値を見出す術を学んだ」と述懐している(55)。 ⑤ 教育・節約 教育を重視する宗教的・歴史的伝統が挙げられる。幾多の迫害に遭い、その度に逃避行を繰り返してきたユダヤ民族は身ぐるみを奪われるような迫害を受けたとしても、頭の中の知識だけは人が生きている限り、誰にも奪われることはない。その知識をもとに頭脳を使ったニュービジネスを考案して生き延びていくことができると歴史的に考えるようになった。宗教的には、ユダヤ教徒にとって無学なことは恥とされ、ユダヤ教の聖典を読めないことは罪とみなされ、来世では永遠の罰が定められていると信じられていたのである。

そのため識字率は高く、ヘブライ語、イディッシュ語、ロシア語、ポーランド語などの読み書きもできる者が多かった。ロシア系ユダヤ移民は識字率だけではなく、教育水準・勉 学への傾倒も比類ないものであった。

ただし、ニューヨークにおける 1908 年の調査では、 ドイツ系移民の子供たちは最も成績がよく、次にアメリカ生まれの子供たち、そしてロシア生まれのユダヤ人、その次にアイルランド系、イタリア系移民の子供たちという順になっていたのでロシア系ユダヤ移民学童が他の諸民族の学童に比べて飛びぬけて優秀だった というわけではない(56)。一つロシア系ユダヤ移民学童の特徴として言えるのは、多くが非常に勉強熱心であり、その理想主義、知識の渇望が教師たちを魅了したことである。欠点としては肉体を犠牲にしての精神の過剰な発達、極度にラディカルな思考、過剰な感受性、 体育への無関心が挙げられている。 子供たちが専門職を得るために必要な長期の学問への費用を捻出するため、節約を欠かさなかった。ユダヤ人は未来に焦点をあてているのであり、現在よりも未来を期待している度合いが他の移民よりも高い。この視点の置き方は、メシヤ到来に重きをおき、贖いは歴史の外でよりも歴史の中で起こるという信念を持つユダヤ教の世界観に補強されている (57)。他の移民集団の若干を特徴付けていた運命主義と対照的に、ユダヤ人はつねに世界を人間の統制の受けやすいものと考えてきた。神と人は創造行為においてパートナーであるとみなしているのだ。この思考により、教育や節約に重点を置くのであろう。未来は自分 次第なのである。 教育と節約の結果、1915 年のロードアイランド州プロビデンスにおいてロシア系ユダヤ 人男子の中に占める高卒者の占める割合が、既に 21.9%に達していた。他の移民集団全体 の平均値 11.9%、アメリカ生まれの白人の平均値 13.8%を上回る数値であった(58)。ロシ ア系ユダヤ移民の教育水準の高さは社会的地位上昇において土台になったことは言うまで もない。現在でもユダヤ人の 60%以上が大卒で、非スペイン語系白人の 3 倍に達している。 高校男女を対象にした進路調査でも全体では 50%が大学進学希望でうち 20%が専門職の 資格取得あるいは大学院への進学を希望していたが、ユダヤ人の 83%が大学進学希望、そ の半数以上が専門職の資格取得あるいは大学院への進学を希望している(59)。進学への意識 が高いといえよう。 ⑥ 親子関係 ⑤に挙げたような未来に期待する考えは一方で、子供の将来のために自分の快楽や幸福 を犠牲にさせるようになる。ユダヤ人の親は伝統的に、子供を従属物はおろか、別の存在 というよりも自分の分身と考えてきた。ロシア系ユダヤ移民の公式に従えば、子供たちは両親のナハス(60)である。子供の成功と功績は両親の成功と功績になる―子供の失敗は親の失敗になる。とくに息子は幼少の頃から家庭生活の中心になる傾向がある。子供たちは思春期が終わるまでは壊れやすい、保護を必要とする生き物とみなされるので外部の人間には、ユダヤ人の両親は子供を甘やかすと見えた。アングロアメリカの伝統に基づいて育てられたキリスト教徒は子供にさほど依存しないために、子供の要求にもそれほど動かされなかったのでユダヤ人の許容度を甘やかしと見たのだが、ロシア系ユダヤ移民の親たちは子供が望むようなやり方で業績を上げるよう褒美をあげていたのである。子供たちが溺愛されていたのは確かであり、それは反対に、高度の期待と一番以外は受け入れられないという厳しい基準が伴っていたことを意味する。親たちが子供にかける野心には謙虚さは微塵もなかったのである。自営業の父親は子供に跡を継がせたかったが、大抵母親は医者や弁護士の専門職になることで出世するのを望んでおり、高度の教育こそが身を立てる方法だと考え、母親の意見が通ることが多かった。しかし、子供全員が母親からの愛情と期待を受けていてもトップをとれたわけではない。期待に応えられず、子供の精神が病んでし まうことはなかったのであろうか。5 つの大都市圏内での精神衛生や精神病の研究による とユダヤ人はプロテスタントやカソリックよりも"軽度"または"中ぐらい"の神経症の 率がやや高めであるといえ、重大な機能不全の精神病者の率は相当に低いという(61)。実は子供たちにとっては、これは逆にプラスに働いているのである。愛情や世話の行き過ぎがもたらすリスクは、それらが少なすぎる場合に比べてはるかに小さい。息子たちの若干が母親の献身でつぶされるとしても大部分は学校やキャリアで成功するのに必要な強力なエゴを発達させるのだ。事実、ユダヤ人学生はクリスチャン学生より自信が強く、リーダーシップ、学術能力、オリジナリティで自分を平均以上と位置づける学生が多い。こうしてロシア系ユダヤ移民の子供たちは親の愛情と期待を背負って熱心に専門職への道を歩んだ のである。 ⑦ ユダヤ人社会ネットワーク 新たに事業を立ち上げようとするものにとり、資金調達は極めて切実な問題である。この点に関して、小口の事業資金を無利子で貸付ける制度がユダヤ人社会の中に存在した。 その代表が 18 世紀のヨーロッパに起源を持ち、19 世紀末、ロシア系ユダヤ移民が移住す ると共に続々と全米各地に設立された「ヘブライ人無利子貸付協会(Hebrew Free Loan Society )」であった。商才に長けた日系や中国系は母国から無尽や互助会といった同胞同 士の資金調達システムを持っていたが有利子であり、出資者も借り手と同じく貧しい移民であるのに対して、「ヘブライ人無利子貸付協会」は無利子で、出資者は借り手と異なり、アメリカですでに成功を収めていた比較的裕福なドイツ系ユダヤ移民などであった。さらに、日系の宗教色を持たない団体と違ってこの協会はユダヤ教の教えに乗っ取って設立さ れた宗教的慈善団体であった。1927 年時に全米で 509 存在した「ヘブライ人無利子貸付 協会」のうち、実に 427 までがユダヤ教会堂の中に設置されていた事実からも明らかであ る。協会設立背景には、貧しい同胞に無利子で金を貸すことを宗教的義務と定めたユダヤ教律法の規定、そして同胞が貧困の悪循環を断ち切り、商売で身を立てられるよう援助す ることこそ最高の慈善行為と称えた中世のユダヤ教賢者マイモニデス(1135~1204 年) の教えがあったのである。1892 年に設立された「ヘブライ人無利子貸付協会」のニューヨ ーク支部が創設以来、1 世紀の間に数十万人の借り手に対して総額 1 億 800 万ドルもの貸 付を行い続けてきた事実からも明らかである。貧者救済に加えて雇用斡旋部と職業訓練学 校をも運営し、小事業を発足させようとする者を援助していた(62)。 とくにロシア系ユダヤ移民コミュニティは家族生活の上に立脚していたのであり、家族を最小単位としつつ、移民たちはランズマンシャフトと呼ばれた同郷集団の網の目を打ちたて、多くの種類の諸組織を作り出していった。宗教的にはシナゴーグと宗教学校、慈善・相互扶助団体、教育機関、労働団体が設立され、活気に満ちたエスニック・コミュニティが成立した。具体的には老齢者を保護した「ヤコブの娘たちの家」、孤児を収容した「ヘブライ孤児院協会」、「ヘブライ収容保護協会」、身体障害者を受け入れた「聾唖者教育協会」、 到着するユダヤ移民の援助をするための「ヘブライ移民協会」、などが挙げられる。 「ヘブライ人無利子貸付協会」の他にもう一つ移民に密着していたのは故国の同じ町や地域からきた移民たちからなる団体、ランズマンシャフトだった。ユダヤ人は国としてのロシアやポーランドに対して強い忠誠心を感じることは稀だったが、かつて住んだ小さな土地に対しては強烈な愛着をよせ、ノスタルジーにかられて同郷者団体を作り上げていた。 1914 年にニューヨーク市内には 534 のランズマンシャフトがあった。機能としては、病 気や死亡、失業に対する相互扶助組織だった。第二の機能はユダヤ人墓地の一区画を購入することだった。生活の必要に迫られて異邦人のあいだで過ごすとしても、ユダヤ人はユダヤ人のあいだで永遠を過ごすことを望んだのである。第三の機能として、非公式的な雇用斡旋機関としても役に立ったのである。ボスは自分の企業に同郷者を雇おうとしたからである。こういったネットワークはロシア系ユダヤ移民にとって苦しみを分かち合える憩いの場であり、ドイツ系ユダヤ移民なども含めてユダヤ移民全体で社会的上昇を目指して いける支え、原動力だったのである。 以上①~③が、特にロシア系ユダヤ移民について、④~⑦がユダヤ移民全体について言 えるアメリカ社会で地位を上昇していくことのできた要因であると考える。


終章

現在のアメリカにおけるユダヤ人の社会的影響力がどのようにして得られていったのか を探るため、今日のアメリカ・ユダヤ人 9 割を占める 1900 年代前後に移住したロシア系 ユダヤ移民を通して検証してきた。

ロシア系ユダヤ移民が移住当初の窮乏した生活から中産階級へと上昇を遂げていき、アメリカ社会のメイン・ストリームまで上り詰めた原動力、 要因は何だったのかという論文の目的の答えとして 7 点を列挙した。①天職の不動産業と の出会い、②帰国率の低さ、③都市的・商工業的背景、④周辺性による視点、⑤教育・節 約、⑥親子関係、⑦ユダヤ人社会ネットワーク、の 7 点である。

この中で、ロシア系ユダヤ移民にとくに限って言えるのは①~③の要因だろう。数字の扱いに長けたユダヤ人の不 動産業における適性も関係するが、3 点ともロシアでの土地所有を認められず、土地獲得 への情熱が強かったことや賎民扱いを受けていたことなど移住前の生活や歴史が大きく関 係している。行商人として全国に散らばったドイツ系ユダヤ移民とは背景が異なっている。 第二節で挙げた④~⑦の要因は 2000 年以上の長い迫害・流浪の歴史からくるユダヤ人 の宿命、周辺性といった環境要因と教育・親子関係などのユダヤ教観によるものである。
これらは第一、第二の波でアメリカに移住したセファルディやアシュケナジィのユダヤ移民にも共通していえることである。ロシア系ユダヤ移民を成功させた原動力は①~⑦の順 に重要度が高い順であるとの見方もできる。 夏にアメリカを旅行した際、黒くて長い帽子を被って正装に身を包んでいたユダヤ教徒を見かけ、強烈な印象と共に興味を抱いた。どこの国・社会に行っても流されることなく、ユダヤ教を遵守し、迫害を恐れて自ら多く語らないユダヤ人はベールに包まれた存在となりやすい。そしてアメリカ・ユダヤ人の経済力のみが誇張され、ねたましさを生んでしまったのだろう。アメリカのユダヤ人は成功者であり、果ては世界制服まで狙っているのだ とユダヤ人陰謀説を説く本すら出版されている。日本でもとりわけ 1987 年以後、アメリ カ国内のユダヤ人団体から抗議が相次ぐなか、反ユダヤ主義的出版物のブームが、日米摩擦の火種にもなった。しかし、この論文でも触れたようにロシア系ユダヤ移民は最初からアメリカで富を掴んでいたわけではなかった。衣服産業労働者という立場で貧困に耐えつつ、上昇していったのだった。自分の身と財産の安全を保障するために努力していたのである。ユダヤ人のアメリカでの進出が目覚しかったために「サクセス・ストーリー」と特別視してしまうが、その土台には少数者に対しても競争と共存の機会を等しく提供したアメリカの自由な土壌があって初めて可能であったといえよう。ユダヤ移民の社会的成功要因には挙げなかったが、規制の少ない自由競争社会であることと実利重視の拝金主義的風 土というアメリカ的特質(63)がユダヤ移民に合っていたことも前提としていえる。『アメリカの民主主義』を執筆したアレクシス・ド・トクヴィルもこのアメリカ的特質に合ったユ ダヤ人は水を得た魚のようにアメリカで生き生きと暮らしていると述べている。 多くの移民の中でも成功例として語られるアメリカ・ユダヤ人は、中産階級になった現在でも一方では常に再び迫害や虐殺の歴史がアメリカでも繰り返されてしまうのではという緊張状態に置かれている。中産階級以上のアメリカ・ユダヤ人でも、毎日ユダヤ人迫害の記事が載っていないことを朝刊で確認し、安心することが日課だという。ユダヤ移民に限っても他の人種に対する不信感はまだ拭えず、アメリカ文化への同化の枠にはまっていないことを考慮するとヒスパニック、黒人、日系人、など益々移民が増えているアメリカで多人種が共存していくにはアメリカ人としての自覚・信念を持たせる国歌斉唱や国への 祈り、そして移民それぞれの歴史・文化・宗教を踏まえた相互理解が必要だと強く感じた。


<注釈> (1)佐藤唯行 「アメリカ・ユダヤ人の政治力」PHP 研究新書 2000 年 p48 (2)同上 p48 (3)現ニューヨーク (4)丸山直起 「アメリカのユダヤ人社会―ユダヤ・パワーの実像と反ユダヤ主義―」 ジャパン タイムズ 1990 年 p20 (5)丸山直起 「アメリカのユダヤ人社会―ユダヤ・パワーの実像と反ユダヤ主義―」 ジャパン タイムズ 1990 年 p24 (6)佐藤唯行著「アメリカ経済のユダヤ・パワー」ダイヤモンド社 2001 年 p208 (7)野村達朗「ユダヤ移民のニューヨーク ―移民の生活と労働の世界― 」 山川出版社 1995 年 p20 (8)同上 p22 (9)滝川義人「ユダヤを知る事典」東京堂出版 1994 年 p88 (10)リトアニア (11) 滝川義人「ユダヤを知る事典」東京堂出版 1994 年 p89 (12) 野村達朗「ユダヤ移民のニューヨーク ―移民の生活と労働の世界― 」 山川出版社 1995 年 p33 (13) 同上 (14) 同上 p42 (15) 滝川義人「ユダヤを知る事典」東京堂出版 1994 年 p91 (16)同上 (17)同上 p92 (18)野村達朗「ユダヤ移民のニューヨーク ―移民の生活と労働の世界― 」 山川出版社 1995 年 p37 (19)同上 (20)同上 p39 (21)同上 (22)同上 p40 (23) 同上 p42 (24) 同上 p46 (25)同上 p45 (26)同上 p49 (27)シーモア・M・リプセット著 上坂昇、金重紘訳 「アメリカ例外論」明石書店 1999 年 p234 (28)野村達朗「ユダヤ移民のニューヨーク ―移民の生活と労働の世界― 」 山川出版社 1995 年 p91




最後にもう一度、映画鑑賞会です。

★Insight - Hollywoodism: The Ideology that has Devoured Western Culture
https://www.youtube.com/watch?v=cwgLczzn5gk



★「アメリカのユダヤ人」の研究
http://kabukachan.exblog.jp/25292635/


★米国の ユダヤが乗っ取る マスメディア
http://kabukachan.exblog.jp/24966612/


★イディッシュ語はドイツ語起源ではない
http://kabukachan.exblog.jp/25184891/


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by kabu_kachan | 2016-07-18 09:10 | ユダヤ | Comments(0)

「ロシア系ユダヤ人のアメリカ移住」の研究論文(2)


第二章 アメリカでのロシア系ユダヤ移民

アメリカに行くために、密出国を助ける非合法のネットワークに頼り、伝染病の有無を調べる医療検査と列車、船を乗り継いだ長旅とを経験したロシア系ユダヤ移民はアメリカに到着してどのような生活を送ったのであろうか。移民生活当初の居住地、職業などから ロシア系ユダヤ移民の暮らしぶりをはかる。

第一節 ロシア系ユダヤ移民の特徴

ロシア系ユダヤ移民は先に渡米していたドイツ系ユダヤ移民とは著しく異なっていた。
ドイツ系ユダヤ移民は中産階級化し、改革派ユダヤ教を奉じ、英語を習得して急速なアメリカ化を遂げ、アッパーイーストサイドなどの優雅なアパートメントに住んだ。これに対してロシア系ユダヤ移民はイディッシュ語を話す正統派のユダヤ教徒で、極貧であった。 2 つの種類のユダヤ人はそれぞれ「アップタウン・ジュー」、「ダウンタウン・ジュー」と 呼ばれるようになっていた。ただし、ロシア系ユダヤ移民が居住したロワーイーストサイドにはイタリア人、シリア人、スロヴァキア人、アイルランド人など他の移民族も混合して住んでいた。ロシア系ユダヤ移民は個人単位の移住ではなく、家族単位の移民であった。
成年男子が最初に渡来し、しばらく働いたあと妻や子供たちの渡航費を送金することもあったが、多くは家族一緒だった。移民委員会の調査によれば、ニューヨーク市衣服労働者 のあいだで夫が妻を故郷に残している者の割合は、ロシア系ユダヤ移民の場合、滞米 5 年 以下の者は 43%だったのに対し、5~9 年の者は 6.1%、10 年以上の者は 1.4%にすぎなか った(28)。ほぼ 5 年間で故国から妻を呼び寄せ、家族生活を再建したのである。こういった 家族の絆が深いのも特徴である。リベラルの人は少なく、極端に正統派的な者や急進主義 の革命志向者に分かれていた。

第二節 アメリカでの生活

1.居住地 ―テネメント―

行商人として米国中に広がっていたドイツ系ユダヤ移民と異なり、窮乏の底をついていたロシア系ユダヤ移民は東部・および中西部の大都会に定着した。ニューヨークでは、ロワーイーストサイドに集中して居住した。マンハッタン島の南東部を占め、北はヒュース トン街および東 10 番街、西はバワリー、東と東南はイースト・リヴァーに囲まれた地域 である。ユダヤ人地区が成立したのは、ドイツ系ユダヤ移民がロワーイーストサイドに卸売り商店を開き、衣服工場を建てたときに始まったとされる。そしてロシア系ユダヤ移民 が 1882 年に同地区に引き付けられ、以後彼らの居住区が膨張していったのだった。ドイ ツ系ユダヤ移民は北方に移住していった。ロワーイーストサイドは典型的なスラム状況を呈した。最大の特徴は人口過密にあった。当時、そこはインドのボンベイを除けば最も人口密度の高い都市空間であったといわれる。1910 年の統計によれば一エーカー当たり、 730 人の住民がひしめいていた計算となる(29)。 ロシア系ユダヤ移民労働者がニューヨークで住んだのは、ほとんどがテネメントと呼ばれる共同賃貸住宅であった。相互に独立に生活し、かつ家屋内で炊事する三家族以上の住居として賃貸され、廊下、階段、裏庭、トイレなどについて共同の権利を分有するような 家屋と定義される。家賃は世帯の平均月額 13 ドルに対して、ロシア系移民の住んだテネ メントは 17 ドルと高かった(30)。密集した劣悪な地区において高い家賃にも苦しんだのだ。 低賃金と頻繁な失業のために家賃滞納による追い立てがしきりに起こった。そのためロシ ア系ユダヤ移民の世帯では 48%が下宿人をおいて家賃の重圧を軽減しようとしたのであ る。彼らが下水溝も整備されておらず、悪臭が漂い、過密で不潔な住居に耐えてニューヨーク市の中心部に近い同地区に住み続けた理由は、雇用の確保であった。移民たちの主な職場は大都市中心部に集中しており、公共市街交通が未整備かつ高料金であった当時にあっては、職場へ徒歩で通える距離に居住する必要があったからだ。テネメントの多くが住 居でもあり、家内仕事の場として利用されていた。


2.職業

1905 年のニューヨーク州センサス原票に基づいて、ロワーイーストサイドの 3711 軒の ユダヤ人世帯(住民数 2 万 1406 人)を調査したガットマンによると(31)、20 歳以上の男性 有業者 5990 人の中では労働者が 73.2%を占めた。内訳は不熟練労働者 7.1%、衣服労働 者 45.2%、熟練労働者 20.9%だった。1900 年代初頭のロシア系ユダヤ移民は労働者、と くにロシア帝国でも従事していた衣服労働者として生計を立てていた。ユダヤ人コミュニティが拡大するにつれて労使ともユダヤ人から構成される「ユダヤ人職」が発展した。これには二つのタイプがある。一つめのタイプは、ユダヤ人だけに奉仕する職業である。宗教上のコウシャーといわれる清浄肉のための屠殺業、ユダヤ・パンの製造などはユダヤ人によってされる必要があった。ヘブライ語、イディッシュ語の出版需要のために、ユダヤ人熟練印刷工の職も増大した。二つめのタイプは、市場に向かって開かれている産業であり、衣服産業を典型としてタバコ製造、建築、金属加工などがあり、ユダヤ人雇主がユダ ヤ人労働者を雇う場合が多かった。 こうしてユダヤ人コミュニティは一つの経済圏を形成した。多くのユダヤ人労働者が「ユダヤ人経済」の内部にあり、ユダヤ人が必要とする物品の多くはその「経済」内部で購入することができた。ロシア系ユダヤ移民は他移民とは違い、労使関係において宗教、文化、 歴史をともに分かち合うユダヤ人同士であることが多かったのである。


3.衣服産業の構造と状態

ロシア系ユダヤ移民の生活を詳しく知るため、「ユダヤ人経済」の中核を構成し、ロシア 系ユダヤ人労働者の半分を雇用した衣服産業の構造と状態について述べたい。20 世紀初頭 ニューヨーク市の衣服産業は、全国既製服の約半分、婦人服の場合は 4 分の 3 を占めた大産業であり、1910 年マンハッタンでは 41 万 4000 人の工業労働者のうちの 21 万 4000 人(52%)を占めていた(32)。さらにほぼ 9 割がユダヤ人の手中にあり、労働者の 70~80% もユダヤ人によって占められていた。ユダヤ人労働者は悪名高いスウェットショップ状況に苦しんだ。スウェットショップは「汗をたらして働く仕事場」という意味で、低賃金、長時間労働、不衛生な状態での仕事場を意味する。工場とは区別された小仕事場であり、これは下請け制度に関連していた。衣料材料が配分され、加工をするような零細仕事場の状況がスウェットショップであった。分業によるタスク制度が導入されると競争はますます激しくなり、労働時間は無制限になった。忙しいシーズンには深夜まで働いて職場の服 地束の上で仮眠をとることもあった。朝 5 時から夜 9 時まで 1 日 15~16 時間の労働はざ らであったのだ。作業は季節的変動が大きく、雇用は不規則であり、労働者は周期的な失業に苦しんだ。経費を切り下げて季節的変動に対応するために下請け業者は家庭の内職に仕事を出したりもした。下請け制度は次第に工場制度に道を譲ったが、「大量生産方式」により生産量の増加、コストの低下が生じ、一部の熟練工の賃金は上昇したものの、過半数の労働者の賃金には低下が生じた。ロシア系ユダヤ移民が高い比率で衣服産業にはいって きた第一の理由は、彼らの職業的伝統にあった。1899 年~1909 年に入国したロシア系ユ ダヤ移民の場合、衣服製造労働者は 50%近くに及んだ。ロシアとアメリカとのあいだに職 業的伝統が継続していたのである。第二の理由は、農場労働を主とすることが稀だったロシア系ユダヤ移民は他の民族に比較して肉体的労働の経験に乏しかった。他の移民は鉄道・道路・トンネルなどの建設労働、鉱山労働に従事したが、彼らは強度の肉体的重労働を必要としない衣服産業についたのだった。第三の理由は、故国でシュテットルの職人だった彼らにとって「自分自身のボス」でいられるスウェットショップ制が伝統や志向に合致していたのだった。そして最後の理由は、ユダヤ人雇主のもとで働くことでユダヤ教の土曜日の安息日と祭日を遵守することができたからだった。ユダヤ人の共同体的絆がやはり大事にされていたのだ。厳しい仕事ではあったが、同人種の「家庭的」な雰囲気が下請 け業者や小製造業者の職場には存在していた。


第三章 アメリカ社会のメイン・ストリームへ

これまで見てきたようにロシア系ユダヤ移民はアメリカへ希望を求めて移住したものの、移住初期はスウェットショップで朝から夜まで働き、賃金は低く、高い家賃のために下宿人を何人も住まわせるなど厳しい生活を強いられていた。それにも関わらず、ロシア系ユダヤ移民は一世代で労働者階級を脱し、急速な社会的上昇を遂げていったのである。1900 年に連邦委員会が報告したように、「これら赤貧のユダヤ人の経済的な向上は、驚くべき速 さでやってくる」。1899 年~1905 年の間にアメリカへ入国した移民たちの入国時における 平均所持金額は 22.78 ドル、これに対してロシア系ユダヤ移民のそれは 20.43 ドルであっ たことが判明している(33)。しかし、ニューヨークでは 15~25 年以内に半数以上の者が中 産階級入りしている。 アメリカ社会のメイン・ストリームに入ったと言えるロシア系ユダヤ移民のデータを示すと共に、なぜ同時期に来住した他移民と違って上昇していくことができたのだろうか、
似通った境遇からなぜ彼らは今日のアメリカで裕福なエスニック集団として成功を収める ことができたのであろうか、考察していきたい。

第一節 社会的地位上昇のデータ

ユダヤ人は全員が裕福な暮らしをしているわけではないが、他の人種的宗教集団よりは 平均してよい生活をしているといえよう。19 世紀後半から移住してきて一世代で労働者階 級を抜け出し、中産階級化していった。合衆国移民委員会はニューヨーク市の衣服産業労働者について、アメリカ滞在期間と週賃金との関係を調査し、滞米期間が長くなれば賃金 も高くなることを示した。週 12.5 ドル以上の者は滞米年数 5 年以下の者では 30%にすぎ ないのに、5~9 年の者では 57%、10 年以上の者では 68.6%となっている(34)。滞米 5~9 年になると熟練のある程度の上昇、雇用序列上の昇進が生じ、それと共に住居・食事の改善、半耐久消費財購入の形で彼らの消費支出は上昇傾向を示した。妻や子供の稼ぎに頼る割合も減少し、文化的・教育的活動や娯楽への支出が増大していった。ヒスパニックなどの新しい移民の流入もロシア系ユダヤ移民の地位を押し上げていた。最近のデータでは 1984 年にアメリカのユダヤ人家庭で年収 2 万ドルを超えないものは 6 戸のうち 1 戸に満 たない、すなわち 16%ほどである(35)。一方、非スペイン語系の白人家庭では、2 戸に 1 戸、50%も占めている。収入ピラミッドの高い方ではユダヤ人家庭の 41%が 5 万ドル以 上の収入を得ており、非スペイン語系白人家庭の 10%に比べて 4 倍の比率である。 このような中産階級入りを果たした全体的な上昇だけではなく、経済的成功を収める企 業家も続々と現れた。

『フォーブス』が提供している「全米で最も富裕な 400 人の長者番 付」には 23~26%のユダヤ系移民が毎年載っており(36)、具体的には、後に RCA(Radio Corporation of America)の総帥となるデービッド・サーノフ(1891 年~1971 年)や 11 歳から被服産業で働き始めたウィリアム・フォックス、20 世紀フォックス社の創業者など 多数いる(37)。医者や弁護士といった専門職でのユダヤ移民の割合も 40%と高い(38)。 知的・文化的な領域においてもトップに立っている。

1975 年にアメリカの全大学でユダ ヤ人は教職員の 10%、同時にエリート大学の教鞭者の 20%を占めており、24%の聖公会 派、17%のカソリック教授たちに比べて 50%近くのユダヤ人教授がトップランクの諸大学 で教鞭をとっていた。ユダヤ人は非ユダヤ人教授の同僚に比べると学術ジャーナルなどに 論文を発表することがかなり多い。20 以上の論文を発表した学術エリートの 24%に上っ ている。


ジャーナリズムの世界でも 1936 年には WASP が圧倒的に優勢であったが、1970 年頃のアメリカには 1748 紙の日刊紙が存在し、そのうちの 3.1%をユダヤ人の社主が所有 していた。これを総発行部数でみると、全体の 8%をユダヤ人所有の新聞が占めていたこ とになる(39)。ちなみに 8%のうち半分以上を占めていたニューハウス社の創業者は新聞王 と呼ばれたサミュエル・J・ニューハウス(1895~1979 年)で、ロシア系ユダヤ移民の移 民二世としてニュージャージー州、ベイヨンで育っている。他にナショナル・レヴュー誌のウィリアム・バックレー、アトランティック誌のウィリアム・ウィットワースなどの例外はあるにせよ大部分の教養雑誌はユダヤ人の手で編纂されている。


ディセント誌のアービング・ハウィ、ニューヨーカー誌のウィリアム・ショーン、パブリック・インタレスト誌のアービング・クリストルおよびネイサン・グレイザーなどが挙げられる。アメリカの ノーベル科学賞受賞者の 30%、全米科学アカデミーの会員としても 30~40%を占めている。極貧生活からアメリカ社会への目覚しい進出である。



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by kabu_kachan | 2016-07-18 05:16 | ユダヤ | Comments(0)

「ロシア系ユダヤ人のアメリカ移住」の研究論文(1)

★The Illuminati, Freemasonry and the New World Order
jewish bankers behind all wars and revolutions of 20th century
Evan Sadler
https://www.youtube.com/watch?v=zdw5_J17V9o



「ロシア系ユダヤ人のアメリカ移住」の研究論文

柳沼 久美子 さんの研究論文を紹介します。

その前に映画鑑賞会。
★Insight - Hollywoodism: The Ideology that has Devoured Western Culture
https://www.youtube.com/watch?v=cwgLczzn5gk



アメリカにおけるロシア系ユダヤ移民 ―社会的成功の原動力は何か―
法学部政治学科 4 年K組
久保文明研究会 12 期生 柳沼 久美子


目次
序章

第一章 ロシア帝国のユダヤ人

第一節 ロシアでの歴史
第二節 ロシアでの生活
1.居住地 ―シュテットル―
2.職業
第三節 アメリカへの移住要因
1.ツァーリズムとポグロム
2.社会経済的要因

第二章 アメリカでのロシア系ユダヤ移民
第一節 ロシア系ユダヤ移民の特徴
第二節 アメリカでの生活
1.居住地 ―テネメント―
2.職業
3.衣服産業の構造と状態

第三章 アメリカ社会のメイン・ストリームへ
第一節 社会的地位上昇のデータ
第二節 ドイツ系ユダヤ移民との比較

第四章 社会的成功の原動力
第一節 ロシア系ユダヤ移民における原動力
第二節 ユダヤ移民の原動力

終章


序章

今日、世界にはおよそ 1290 万人のユダヤ人が存在する。その実に 43%、550 万人がア メリカに集中している(1)。アメリカは「ユダヤ人の国」イスラエルをしのぐ世界最大のユダヤ人口を擁する国なのである。彼らはこの国の文化、学問、経済、芸術の各分野にあまたの優れた人材を輩出し続け、アメリカの発展に多大な貢献を果たしてきた。1995 年に出 版されたSeymour Martin Lipset and Earl Raabらによる "Jews and the New American Scene"によれば、過去 30 年間のあいだにユダヤ人は全米のトップクラスの知識人 200 人 のうち 50%を、ニューヨーク市とワシントン特別区の一流大手法律事務所共同出資経営者 の 40%を占めている。1990 年度においては全米トップ 30 の大学において教授陣の 30% を占めている(2)。創造的活力に溢れた彼らの存在を抜きにしてアメリカは語れないのであ る。 しかし、そのユダヤ人も移民としてアメリカに移住してきており、他の移民と同様、ゼロからのスタートだったはずだ。それが、なぜ同時期の他移民よりも速いスピードでユダヤ移民が社会的地位上昇を遂げ、現在のような社会的影響力を持つに至ったのだろうか。
一体何が彼らの原動力になっているのだろうか。以上の点について明らかにするのが、この論文の目的である。

ユダヤ移民と一口に言っても、三つの移民の波があった。第一の波は、セファルディと呼ばれるスペイン・ポルトガル・地中海系のユダヤ人である。アメリカへの組織的移民が 行われたのは 1654 年のことで、ブラジルから渡った 23 人のセファルディ系ユダヤ人がニュー・アムステルダム(3)に到着し、最初の入植を行ったとされている。アメリカ・ユダヤ人社会の歴史はこのときに始まった。その後 1776 年までにアメリカのユダヤ人口は 1000 ~2500 人に達した(4)。続く第二の波は、1820 年代で主にドイツからのアシュケナジィ系 ユダヤ教徒が登場する。ドイツから大量の移民が到着した結果、アメリカのユダヤ人口は 1880 年には 25 万人と増加した。そして第三の波が、19 世紀末に移住してきたロシア系ユ ダヤ人であり、1928 年には、ユダヤ人口は 420 万に上っていた(5)。 ここでは、二つの理由からロシア系ユダヤ移民を取り上げる。
第一に、ロシア系ユダヤ 移民は三つの移民の波の中で最も多い250万人以上がアメリカに移住しており、現在 2003 年におけるアメリカ・ユダヤ人を構成する割合は 9 割と言われる(6)。よってロシア系ユダヤ移民を通して全体的な今日のユダヤ人を検証することが可能になると考えた。
第二に、三つの波の中で一番極貧の生活を経験し、まさにアメリカでのゼロからの上昇を遂げたグループであるからだ。 先行研究としてユダヤ人に関する本は多く出版されているが、その経済的成功についての本は少ない。これまでユダヤ人たちは自分たちが成し遂げた経済的成功と蓄積した富について、学問的な論議を行い、その成果を公表することを回避してきたのだった。そうした行為が現実のアメリカ社会に潜むユダヤ人への偏見を目覚めさせることを恐れたからである。危惧を抱き続けたのは実業界の指導者ばかりではない。学者、ジャーナリストも根強い恐れを抱き続けたのである。ユダヤ人大富豪の家族史を描いたベストセラー本の著者が、比較的最近まで非ユダヤ人のジャーナリストによって占められてきた事実は、そのことを如実に物語っている。ユダヤ人の歴史家、ジャーナリストのほとんどは、近年までアメリカ・ユダヤ人の大富豪が果たした歴史的役割について、慈善事業家としての側面を除き、全く無視するか、あるいは低い評価しか与えてこなかった。そうした中、チャールズ・ E・シルバーマンによる『アメリカのユダヤ人』は筆者自身がロシア系ユダヤ人であり、 18 世紀~19 世紀にかけてのヨーロッパにおけるユダヤ人の歴史やアメリカ社会におけるユ ダヤ人の地位変遷を自分の経験やユダヤ人の日記、手紙などの膨大な過去の資料から綴っ ている。1979 年に大企業デュポン社の会長兼代表取締役になったアービング・S・シャピロを具体例として取り上げ、ユダヤ人の経済的成功への野心と原因について述べている。
その原因として不動産、教育や節約といったユダヤ教観を挙げているが、経験や心理面の視点から述べているため、具体的数字によるデータは少ない。さらにユダヤ人、と一括しているためドイツ系とロシア系といった区別がされていない。Seymour Martin Lipset and Earl Raab らによる "Jews and the New American Scene"ではアメリカ・ユダヤ人の 移住の歴史を振り返り、成功要因について教育を重視するユダヤ教について触れている。 Marc Lee Raphael の"Profiles in American Judaism"では、1810 年~1885 年、1885 年 ~1937 年、1937 年~1983 年の三つの時代に分け、それぞれのユダヤ人移住と社会建設の 歴史、イデオロギーやユダヤ人組織について 1886 年から 1983 年に至るまで詳細に記して いる。経済的成功よりも歴史の事実に照準があり、ユダヤ人を知る土台となる文献だ。また日本人による文献では、佐藤唯行氏の『アメリカ・ユダヤ人の経済力』、『アメリカ経済のユダヤ・パワー』等がある。金融界・百貨店・メディア・不動産業などの各界におけるユダヤ人の活躍ぶりについて具体的事例を挙げて検証している。成功要因よりも今日のアメリカ・ユダヤ人の経済的成功の事実を主に述べており、ユダヤ人も一括されている。 以上の点からこの論文のオリジナリティとして、三点挙げたい。第一点目は、今まであまり触れられてこなかったユダヤ人のアメリカ社会における成功の原動力について取り上げること、第二点目は、中でも第三の波で移住したロシア系ユダヤ移民に絞ること、そして第三点目は、ドイツ系ユダヤ移民との比較を交えること、の三点だ。極貧であったロシア系ユダヤ移民が社会的地位を上昇させていった原動力は何だったのか、明らかにしてい きたい。 第一章では、ロシア系ユダヤ人の移民前のロシア帝国における歴史、生活、アメリカへの移住に至った要因について、第二章ではロシア系移民の特徴と移住当初のアメリカでの生活を、第三章では、社会的上昇を遂げたデータとドイツ系ユダヤ移民との比較、そして第四章では、ロシア系ユダヤ移民とユダヤ人全体における社会的成功の原動力を適性・歴 史・環境・宗教といった観点から分析していく。


第一章 ロシア帝国のユダヤ人


今日 600 万人に及ぶ合衆国のユダヤ人の圧倒的多数は、1880 年代~1910 年代の 40 年 間に洪水のように押し寄せたロシア・東欧系のユダヤ移民の子孫である。1881 年~1920 年の間に 205 万人以上のユダヤ移民が入国した。その結果、アメリカのユダヤ人口は 25 万人から 350 万人へと 1300%もの増加を見せた。1880 年代に総移民数の 3.7%だったユ ダヤ移民は、1890 年代には 10.7%、1900 年代には 11.1%を占め、1910 年代にも 8.6%を 占めた。1881 年~1910 年の 30 年間についてみると、ユダヤ移民の出身国はロシア帝国 112 万人(71.6%)、オーストリア・ハンガリー帝国約 28 万人(18%)、ルーマニア 6 万 7 千人(4.3%)となっている(7)。9 割以上がロシア・東欧系ユダヤ移民であったのだ。ロシア帝国内における 1897 年の最初の包括的国勢調査で、帝国内ユダヤ人総数は 521 万 5805 人とされている。その前後 33 年間(1881~1914 年)にユダヤ人国外移住者は約 200 万人 であり、うち 75~81%にあたる 156 万人が合衆国へ渡ったのであった。ロシア系ユダヤ 移民全体の 3 分の 1 以上が出国したのであり、まさに「民族大移動」の時期であったと言 える(8)。では一体なぜこの時期にロシアからアメリカへ渡るユダヤ移民が激増したのだろうか。ロシアでの歴史を踏まえつつ、アメリカ移住の要因をこの章では探ってみたい。

第一節 ロシアでの歴史

ロシアのユダヤ人居住史は古く、紀元二世紀にはクリミア半島東端パンティカペリム、タマン半島東のアナパ、ドニエプル河口のオルビアにユダヤ人社会がつくられていたとされる(9)。紀元 300 年頃、キリスト教の布教活動がこの地にも及び、紀元 989 年、キエフ公 国のウラジミル大公は、ロシア初のキリスト教徒となり、ギリシャ正教を導入した。
その後キエフ公国はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒など異教徒が住んでいたハザール王国を滅ぼし、住民の多くをキリスト教へと改宗させたのだった。十字軍の第二次遠征 が始まる 12 世紀中頃になると、ロシアのユダヤ人社会は西側のユダヤ人社会と接触する ようになり、1240 年のモンゴルのロシア征服によって交流は促進した。 ロシアのユダヤ人口は、この国がウクライナ地方、小ポーランド(10)などを併合するたびに増えていった。その最たるものが、プロシア、オーストリアと分けたポーランド分割である。1772 年の第一回に始まる三度の割譲で、ロシアは 90 万人のユダヤ人を取り込み、 世界の半数近いユダヤ人を支配下に置くようになったのである(11)。キリスト教徒とは異質の存在であるユダヤ人は厄介者扱いを受け、1753 年までにロシアはユダヤ人 3 万 5 千 人を追放し、隔離地に囲い込む政策をとった。それは居留地(ペール・オブ・セツルメン ト)と称されたが、ポーランドの第一次分割と同じ 1791 年に設定され、第一次大戦まで 続いた。1801 年~1825 年に即位したアレクサンドル一世は、1804 年にユダヤ人の権利の 章典を発布したが、反ユダヤ勢力に押されて取り消してしまった。次のニコラウス一世時代もロシアの民族的純潔を考え、ユダヤ人に厳しい政策をとった。ユダヤ人が「有害な要素であり、統制されるべき疫病である」という前提がツァーリズムの政策の基礎にあるの だった。


第二節 ロシアでの生活


1.居住地 ―シュテットル―

ロシアでユダヤ人は帝国内の通常の臣民としてではなく、最下層の「異族人」の身分 に属するものとされ、「賤民」であった。課せられた制限のうち特徴的なものは、隔離地、ペール・オブ・セツルメントの存在である。そこは、ポーランド分割以前にユダヤ人が居住していた地域を主要部分としてバルト海から東南ヘアゾフ海にいたる線の西側に当たっており、リトアニア 3 県、ベラルーシ 3 県、ウクライナの南西ロシア 5 県と南ロシアの 4 県がロシア・ペール、これにロシア領ポーランド 10 県が含まれていた。これは、全ロシア帝国面積の 4%に当たる(12)。ペールの東方に広がる内陸諸県への移動を禁止されていた だけではなく、ペール内部においてもキエフ、ニコラエフ、セヴァストポリなどの都市の居住は禁止され、農村地域の居住も制限されていた。帝政政府はユダヤ人の宗教生活、共同体生活、経済活動、財産権、教育などに制限を課し、12 歳以上のユダヤ人少年を 25 年 の兵役につかせる徴兵制度や特別税を課すことも行った。20 世紀初頭には 1000 か条以上 のユダヤ人に対する特別立法が存在したのだった(13)。ユダヤ人はシュテットルにかたまって生活を営んでいた。シュテットルとはイディッシュ語で「小さな都市」を意味し、都市という行政上の区画外の郡部にある都市型集落で、住民の大部分がユダヤ人からなり、農民を中心とする周辺の非ユダヤ人を相手に商工業を営んだユダヤ人の小さな町であった。

2.職業

1907 年に刊行されたアイザック・ルビノウによる分析『ロシアにおけるユダヤ人の経済 的状態』(14)によると 1897 年のペールにおけるユダヤ人有業人口 133 万人中の職業構成は、 製造業従事者 38%、商業従事者32%、農業従事者 3%となっている。63%が農業従事者である非ユダヤ人に囲まれて、ユダヤ人は著しく商工業化した特異な存在だったのである。
中には富を蓄積できた商人もいたが、大部分は貧しい零細商人であった。ユダヤ人の製造 業従事者はペール内で 50 万人を超え、家族まで含めると 175 万人が製造業で生活していた。ロシア帝国内でユダヤ人は最も工業化が進展した民族集団だったのであり、中でも衣服製造業従事者は 25 万人、すなわちユダヤ人製造業従事者の 47%を占めていたことが注目される。


第三節 アメリカへの移住要因

1881 年~1910 年の 30 年間にアメリカへのユダヤ移民がなぜ急増したのだろうか。こ れまでのロシア系ユダヤ人の歴史、生活等を踏まえてその要因について検証していく。

1.ツァーリズムとポグロム

★ポグロムとユダヤ人のアメリカ移住
http://kabukachan.exblog.jp/25450166/

帝政が崩壊に向かい、社会混乱が増すにつれてユダヤ人社会を囲む環境は悪化の一途を辿った。それはポグロムとなって爆発する。ポグロムとはロシア語で暴行・掠奪・殺人などを伴う攻撃を意味するが、とくにユダヤ人に対する集団的な掠奪・破壊・虐殺を意味する言葉である。社会不安を反映してユダヤ人が身代わりになり、あるいはフラストレーシ ョンのはけ口にされ、1880 年代から 1920 年代までに三度大きいポグロムが発生した。そのうちの一つ、第一番目のポグロムが 1881 年から 1884 年にかけてウクライナで発生したものである。革命集団ナロドナヤ・ボルヤによるアレクサンドル二世暗殺事件にユダヤ人女性ハシャ・ヘルフマンが関与していたことが引き金となった。アレクサンドル二世は農奴解放を始め改革政治を展開し、ユダヤ人にも少年兵制度の廃止、都市や自治機関への参加、ペール以外の地域への居住を許す例外規定の設置などを行っていた。しかし、この事 件はロシア政治に反動への逆転をもたらしたのだった。皇帝は同年 3 月 13 日に死亡した が、4月 27 日の復活祭のとき、ウクライナのエリザベツグラードでポグロムが発生し、 キエフ、オデッサなどへと波及、1884 年まで断続的に各地で起きた。襲われた地域は 100 ヶ所を越えたという(15)。次のアレクサンドル三世(1881~1894 年)は、自分の家庭教師 ポビエドノスツエフを東方教会の最高会議議長に任命した。議長は西ヨーロッパの議会制民主主義よりロシア型独裁を指向する人物で、ロシア正教会を核とした宗教上の統一をスローガンとしたので、ユダヤ人にとっては改宗か追放あるいは死のいずれかを選択しなけ ればならない苦しい状況に陥った。 ポグロムに追い討ちをかけるようにして、1882 年 5 月にユダヤ人の公職と経済活動を 制限する臨時法、『 五月法』が導入された。これによってユダヤ人は都市やシュテットル外部の農村地区に新たに居住することを禁止され、農村での土地の取得や賃貸、管理が禁止
され、日曜日やキリスト教祭日における商取引も禁止された。モスクワはユダヤ人居留地 ではなかったが、専門技術を身につけているため居住を許されていたユダヤ人職人 14000 人が追放された(16)。ノブゴロド、ヤルタなどでも同じ処置が講じられ、多数の人々が路頭に迷うこととなった。ツァーリズムの厳しい政策が進むと同時に、ポグロムはガリチア、 ルーマニアにも広がり、90 年代末までにロシアを含む 3 地域からユダヤ人 100 万人が難 民となって流出していた(17)。ポグロムの最高潮は 1903 年~1906 年キシニョフで起きたも ので 1905 年 10 月には 101 の都市で 3000 人の死者、一万人以上の負傷者が出ている(18)。 ロシア系ユダヤ移民の大量移住の原因としてツァーリズムによる抑圧政策の強化とポグロムが重大であったことは以上から言えよう。生命と財産が危険にさらされていたのである。実際、ロシア系ユダヤ移民のアメリカ移住の年々の変動は、抑圧とポグロムの変動を 反映していた。1882 年の移民数の小ピークは 1881 年に始まるポグロムを、1887 年のピ ークは五月法の施行につづく追放や制限措置を、1892 年のピークはモスクワ追放事件を、 1890 年代末からの増大はロシア国内で高まる社会的緊張に関連しており、1903 年~1906 年の急上昇はキシニョフ・ポグロムに始まって第一次ロシア革命中に高まったポグロムの 大波を反映していた(19)。


2.社会経済的要因

実はロシア帝国内で多くのユダヤ移民を出したのはポグロムの激しかった南ロシアではなく、経済的に最も貧しかった北西ロシアであった。アレクサンドル二世のもとで改革がなされ、資本主義化が急速な前進を開始し、ロシアは工業発展期を迎えていた。このロシア帝国の近代化の波のなかで、ロシア系ユダヤ人の間で変化が三つ生じた。第一の変化は、 人口の増加である。1897 年の国勢調査ではロシア帝国内ユダヤ人口は 521 万 5805 人、ロシア帝国全人口の 4%にあたっていた。ジェイコブ・レスチンスキーの推定ではロシア帝 国内ユダヤ人口は 1825 年では 160 万人、1850 年では 235 万人、そして 1880 年 398 万人 となっており、70 年あまりで 3 倍以上に増えたことがわかる(20)。人口増加はペール内の 限られた地域のユダヤ人人口の過密を招き、出移民増加への圧力となったのである。 第二の変化は、都市化の発展である。19 世紀末のユダヤ人は農村的な多数派人口の中で 都市・小都市に居住する特異な存在であった。1897 年ペールでは 49%が都市(ゴロド) に、33%がシュテットルに、計 82%が都市型集落に居住していた(21)。19 世紀前半は一万 人以上のユダヤ人人口をもったのは、三都市にすぎなかったが、その 50 年後、19 世紀後 半にはペール内の農村地域やペール外の諸都市から追放されたこともあってオデッサで 14 万人、ヴィリニュスで 6 万人、キシニョフで 5 万人、など 10 倍以上の大都市へと発展 し、ユダヤ人は高度に都市化した集団へと変容していった(22)。1881 年~1897 年における ユダヤ人増加率の推定は北西ロシア、南西ロシアとも 10%なのに対し、南ロシアは 61% という高率を示している。国外移住の前提条件として南ロシアやポーランドといった工業 地帯への国内移住が増大しつつあったことを示している(23)。 第三の変化は、ロシア系ユダヤ人におけるプロレタリア化の進行である。農業的職業からの排除によって商業従事者が増加し、ペールには平均ユダヤ人1人に対して非ユダヤ人 が 9 人しかいないため非ユダヤ人顧客に対するユダヤ人商人の比率が高くなり、競争が激 化してユダヤ人商人の状況は全般的に悪化していった(24)。多くが工業的職業に転化するこ とを余儀なくされ、19 世紀末には工業的な民族に転換し、ユダヤ人の「勤労者化」、「生産 者化」の現象が進行したのである。手工業の場合、1898 年彼らは親方 52%、職人 28%、 徒弟 20%から構成されており、ルビノウはこのうち職人と徒弟の合計約 24 万人(48%) を「賃金労働者」に規定している(25)。1888 年のユダヤ人問題調査委員会は「ユダヤ人の 90%が貧困と劣悪な状況のなかにある大衆」とし、彼らをプロレタリアートと呼んだのだった。 19 世紀後期のペールにおいては、資本主義化進行のなかで人口増加、都市部への集中によってユダヤ人の経済活動の伝統的構造である商業が崩れ、工業地域への国内移住が見られるようになり、「勤労者化」を通じて製造業者が増大し、賃金労働者化も進行した。そしてこのような過程の先端にあった職業グループが高いアメリカへの移住性向を示していたのである。アメリカに到着したユダヤ移民の職業統計(1901~1906 年)をみるとロシア系ユダヤ人の間で 38%を占めていた製造業従事者がユダヤ移民の間では 63%をも占めた (26)。商業従事者は 8%、農業従事者は 1.3%と低い移住性向を示している。大半が製造業 従事者であった理由は、腕に技能をもつ彼らはアメリカでも製造業において働ける場合が多かったからである。 以上ロシア国内における二つの要因からアメリカを選んだと言えるが、アメリカが国と してユダヤ人を支援している点も重要だ。1881 年、アメリカのジェームズ・ガーフィール ド大統領はユダヤ人虐殺を非難する中で、ロシアのユダヤ人の扱い方について一連の抗議の口火を切った(27)。それから第一次世界大戦までの間は、アメリカ政府は頻繁にロシアのユダヤ人に同情を示し、ロシア政府への批判を鮮明にしたのだった。アメリカの外交姿勢 がユダヤ人に魅力的であったのは言うまでもない。



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by kabu_kachan | 2016-07-17 23:06 | ユダヤ | Comments(0)

ロシアの歴史

★The Illuminati, Freemasonry and the New World Order
jewish bankers behind all wars and revolutions of 20th century
Evan Sadler
https://www.youtube.com/watch?v=zdw5_J17V9o



http://ameblo.jp/don1110/entry-11540194907.htmlより


プーチンはイスラエルから世界を救うか?

ロシアはイスラエルから世界を救うか?

◆5月27日

ユダヤ人の世界支配、ということが長らく言われてきている。結局それの達成は金の力で成されるという点から見れば、世界の中央銀行に持つユダヤ系銀行の影響力からすれば、世界支配も夢ではないであろう。

★NOT for the immature! Zionist Antichrist will rule the NWO
https://www.youtube.com/watch?v=oq0_n7ZBX_c


そのユダヤ人の野望に立ち向かう勢力にロシアとその精神を体現したヴラジミール・プーチンの存在がある。ロシアとユダヤ人との歴史はカスピ海沿岸にハザール帝国と言うものが存在していた頃からややこしいものになっていた。

このハザール帝国の住民が国家を挙げてユダヤ教に改宗して、しかも彼らの帝国が崩壊後にロシアに流れ込んできてからが問題となったのだ。あのピョートル大帝もこのハザール系ユダヤ人にほとほと手を焼いたようだ。

しかもロシアはあの1917年のロシア革命で優秀なギリシャ正教徒数千万人をユダヤ系ボルシェビーキに革命の名の下に虐殺された経験を持つ国であり、二度目は「民営化」という詐欺でロシア国家の半分の財産をやはりユダヤ系欺師にのっとられた経験から立ち直った国なのだ。それはプーチンが果たした。従ってユダヤ人にとってプーチンは今や天敵となっている。

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●我ら全員が今やロシア人だ
プーチンはイスラエルから世界を救うか? -その1-

http://www.darkmoon.me/2013/we-are-all-russians-now-by-an-unknown-author/
【5月25日 Montecristo+Lasha Darkmoon】

プーチンが2000年の大統領選挙で選出された少し後、暗殺されたニコライ2世の家族が列福された。つい最近までユダヤ権力中枢部の者たちは、血塗られたソビエトのシステムの理想化された記憶をロシア人の中に維持しようと願ったが、それが虚しいことであることがはっきりとした。

ボルシェヴィズムはその形成から実施までユダヤ人が行ったものなので、彼らの権力中枢部はクレムリン内部にユダヤ的なロビーの影響力を組み込み連結させようという儚い望みを持っていたのだ。こういった儚い望みはプーチンによって打ち砕かれた。

2008年の終わりまでに、ロシア人は二つのイデオロギー・システムのどちらかを選択するようになっていた:スターリンと彼の狂信的な血塗られたユダヤ・チェカによって代表される共産主義か、保守と伝統的価値の旧態的ツァーリズムのどちらかである。

つい最近まで、スターリンの人気はニコライ2世の人気より高かった。「しかし、ツァーは不思議にもその人気がスターリンより高まった」(ディー・ヴェルト2008年7月17日号)

その後、その選択は翻らないままだ。

ユダヤ系ロビーは勿論、ツァーへの信仰が再び蘇ることのないことを願っていた。ツァーはユダヤ系ボルシェヴィーキにとっては大いなる敵であったから、ユダヤ系ロビーはツァーの人気を貶める為にあらゆることを行った。しかし今となっては、ロシア人は、丁度キリストのように、ニコライ2世皇帝をユダヤ人を敵として殉教の道を行った、一種の救い主のように見ているのだ。

「十字架につけよ!十字架に付けよ!」(ルカ伝23章21節)
「彼の血を我らと我らの子孫に降りかからせよ」(マタイ伝27章25節)

これらの重要で不吉な語句を読んで、パウロ6世はそれらの語句を完全に無視し2000年にわたったキリスト教の教義を否認したのだ。1965年10月28日、ノストラ・アエタテ(我らの時代に)の発行で、法王はイエス・キリスト殺害の集団的罪からユダヤ人を解放したことで、多くの保守的信者の意見では、カトリック教会を、ユダヤ教会堂の従僕にしたのである。

このカトリック教会の神学的大転換の少し後になって、ユダヤ人のコメディアンであるサラ・シルバーマンは世界に向かって、法王の歴史的Uターンについて:「ユダヤ人がキリストを殺害することを望むわ!わたしは秒速でやっちゃうわよ!」と語ったのだ。

キリストが殺害された同じやり方で、そして後日非難の矛先をポンテオ・ピラトに向けたように、彼らユダヤ人はニコライ2世と彼の家族全員を殺害し、自分達は全く預かり知らぬ事、としたのだ。この件についてユダヤ人の罪を認めたものを発見する事はできないだろう。学校の歴史教科書でも、主流メディアでも。

幸いにも、我々はこの歴史的犯罪に関わった六人のユダヤ人暗殺者らの詳細を知っている。この作戦の請負人はユダヤ人のスベルドロフだ。彼には五人のユダヤ人の子分がいた。ユーロフスキー、ゴロシュチェキン、シロモロトフ、サファロフ、ヴォイコフだ。こいつは実際の殺害に加わっただけでなく、ツァーの四人の美しい娘達を性的に犯した者だ。文書化された証拠で我々が知っている大量殺人は、レーニンの命令で行われた。彼は少なくとも4分の1はユダヤ人だ。この事実は今まで注意深く隠されてきた。チャーチルでさえ言葉巧みに騙されて、レーニンは非ユダヤ人だと信じ込まされてきたのだ。

http://rockway.blog.shinobi.jp/%E6%88%A6%E7%95%A5/%E3%83%97%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%B3%E3%81%AF%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%81%8B%E3%82%89%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%92%E6%95%91%E3%81%86%E3%81%8B%EF%BC%9F%E3%80%80%E3%80%80%E3%80%80%EF%BC%8D%E3%81%9D%E3%81%AE%EF%BC%91%EF%BC%8D


ロシア革命時、ユダヤ人ボルシェビーキに殺害されたニコライ2世家族

◆5月28日

ロシアの「民営化」の際、ユダヤ人たちが寄ってたかってロシアの富を強奪した時、それをそうさせたのがボリス・エリツィンである。その彼が隠れユダヤ人であったという。このような、隠れユダヤ人と言う存在が世界のさまざまな分野で、暗躍している。

このユダヤ人たちが強奪したロシアの富を取り戻した人物がヴラジミール・プーチンだから、彼に対するロシア人の人気が根強いものである事は当然のことなのだ。それをユダヤ系の世界の通信社や主流メディアがこれまた寄ってたかってプーチンを貶める為のあらゆる工作をしてきたのである。それでも、彼の人気は衰えることは無かった。

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●我ら全員が今やロシア人だ
プーチンはイスラエルから世界を救うか? -その2-

http://www.darkmoon.me/2013/we-are-all-russians-now-by-an-unknown-author/
【5月25日 Montecristo+Lasha Darkmoon】

ソ連邦が崩壊する流れの中で、世界的ユダヤ・ロビーはボリス・エリツィンをクレムリンに据えることができた。彼らはひとたびロシアの天然資源を掌握できれば、あるいは少なくともアメリカ軍の保護のもとで動いていれば、永遠に支配できると考えた。彼らはアメリカ軍を警察犬のように使用して問題となるいかなる国に対してもその犬を解き放ってきた;彼らはまたロシアのエネルギー資源を搾取することで地球全体を彼らの奴隷にしようと図ってロシアをも自由にしてきた。エリツィンはロシア軍の解体を慎重にすばやく進めた。

1990年代初頭、アラブのメディアがエリツィンに関する調査を行った。この堕落した酒飲み男をユダヤ・ロビーは彼らの傀儡としてクレムリンに据えたのだ。びっくりする新事実が分かった。彼らはエリツィンはクリプト・ジュー(隠れユダヤ人)だったというのだ。彼の本当の名前は、ジェルツマンだった。

1992年10月28日、ロンドンで発行されているアル・アラブ紙は、以下のような発表を行った。「この名前の変更は、第20回党大会時に決められた。エリツィンはユダヤ人である。フォルクスユニオンのメンバーであるリセロフは、エリツィン大統領の姓はジェルツマンだと明らかにした。ドイツ系ユダヤ人の名前だ。この第20回党大会では、名前をボリス・ジェルツマンからエリツィンに変更する事が決められた。この変更の理由として、ロシア人はベリアの下で彼の祖父のジェルツマンが何千人ものロシア人を殺害したので、その名前を恐れるかもしれないということからだ。

ボルシェビキ革命の後で何千人ものロシアのキリスト教徒を殺害したこのチェカのユダヤ人の孫が、非ユダヤ人を装いながら、突然クレムリンの頂点に立つ犬になったということは驚くべきことだ。

一切がユダヤ・ロビーにとってはうまく行っているように見えた。そして、ここに青天の霹靂のようにヴラジミール・プーチンのクーデターが起きたのだ。彼はこのどうしようもないジェルツマン・エリツィンを退けた。今日では、エリツィンのユダヤ人の出自について主流メディアでさえ議論できるようになっている。そこでは彼は、「キリスト教徒に改宗した」とされている。

1918年7月17日の夜、エカテリンブルグのエンジニアのイパトジェフの家でツァーの家族を彼らが無慈悲に殺害した時、ボルシェビーキは知らずに、「90年後になってもまだかつてのように強力なカルト」(ディー・ヴェルト2008年7月17日)を設立したのだ。ジェルツマンが彼の権力でツァーの記憶をロシア人の意識から消却しようとあらゆることをしたのだが、そうなのだ。「ボリス・エリツィンはイパトジェフの家を取り壊したのだが、ツァーに対する好意が増大することをロシアで止めることはできなかった」(ディー・ヴェルト2008年7月17日)。


http://rockway.blog.shinobi.jp/%E6%88%A6%E7%95%A5/20130528

やはり、プーチンは、金融ユダヤ=ハザール人の子孫たちからロシアを一生懸命に守っているんですね。
プーチンには、いろいろと攻撃がありますが、ほとんどが金融ユダヤが裏側から手を引いているものばかりです。
レーニンも、マルクスも、エンゲルスもスターリンも、エリツィンもゴルバチョフもすべてユダヤ人であり金融ユダヤの下僕ですね。こういったことが分かれば、このもの達がホロコーストを行ってきたことが明るみのどんどんと出て、改ざんされていた歴史の教科書が新しくなり、陰謀論の一言で世界の大衆から隠されていた偽ユダヤ人=ハザールの事が知れ渡るということです。
アウシュビッツのガス室事件、アンネの日記、など金融ユダヤ人達が、自分達がドイツという国から多額の賠償金をせしめるために行ったねつ造事件であったことは、多くの方々が執筆されております。
陰謀論なんていっていたら、自分がそのために大変な思いをする時代に突入していることが現在です。彼らは、偽総理にエリツィン、ゴルバチョフを据えたように、日本ではトリモロス安倍を据えて金融ユダヤ志向の政治を行っています。ロシアだからそういうことが起きた?とんでもない!まさしく日本、この国でそれが起きているということです。直近では、それも戦後ずっとです。田中角栄、竹下登などそれに立ち向かった者達は、志半ばでハザールの毒矢に倒れました。

日本にもプーチンのような、アンチシオニズムの強力な指導者が必要な時であると思います。世界の二重構造を打破しない限り、真の平和はやってまいりません。毎日金融ユダヤ劇場が起こす洗脳教育、経済変動、テロ、戦争の連続、頭にマイクロチップを埋め込まれとニューワールドオーダーの階段を駆け上ることを手伝っていいのでしょうか?「無関心、無気力」は金融ユダヤにとっては一番おいしい餌となっていることに、早く気がつきましょう。




★世界史と国際情勢を理解するカギは、「ロシアとアメリカという世界の二大大国に、ロシア系ユダヤ人が分かれて住んでいて絶大な影響力を持っているということである。」


★伊藤貫 アメリカのネオコンは元々トロツキスト ロシア系ユダヤ人
https://www.youtube.com/watch?v=fKY7YAYynUU

★伊藤貫 アメリカと世界はどうなる
https://www.youtube.com/watch?v=0NjhNWc_p-E


このことが分かっている日本人が何人いるのであろうか?


Kiyomaro2669

裸亀貝のように、国家という殻を持たずに流浪の旅を続けてきたユダヤ民族。ナチスドイツの絶滅収容所を持ち出すまでもなく、彼らはそれ故たびたび憎悪の対象となり迫害を受けてきた。その彼らが民族の生存を懸けて生み出したものが二つある、一つがグローバリズムで、もう一つがコミュニズムだ。いずれも世界のユダヤ化であり、ユダヤ民族の土俵に世界を載せる戦略だ。これがしばしばユダヤ陰謀論となって流布されているものの正体だろう。しかし共同共謀正犯のように彼らが示し合わせて世界のユダヤ化を計っているわけではあるまい。彼らは本能的にそうしているというのが真実ではなかろうか。長い迫害の記憶は他民族への徹底した不信感と敵意を生み出し、それが彼らの悲しい性となったとしても不思議では無い。彼らが金融の世界に活路を見出したのも偶然ではない、お金は正直で裏切らない。似たような境遇の華僑も同様にお金に信を置く。自由、平等、博愛を建国の理念に掲げるアメリカ合衆国は、ある意味ユダヤ民族にとって理想の世界といえるだろう。伊藤氏の慧眼は、アメリカが、その建国の理念を世界に布教しようとする裏にユダヤ民族の悲願が隠されていることを見抜いている。今や実質的にアメリカを支配しているのは彼らユダヤ民族なのだ。我々も蒙を啓いて大和民族の生き残りを賭けた戦いに勝利しなければならないだろう。そうしなければ我々が裸亀貝にさせられる。


★Insight - Hollywoodism: The Ideology that has Devoured Western Culture
https://www.youtube.com/watch?v=cwgLczzn5gk


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by kabu_kachan | 2016-07-15 21:18 | 歴史 | Comments(0)

ダラス警察、銃撃犯をロボットで爆殺

ダラス警察、銃撃犯をロボットで爆殺「白人を殺したかった」

左巻き諸君必見!
http://www.nicovideo.jp/watch/1463210369?ref=search_tag_video

「ひと目でわかる『日の丸で歓迎されていた』日本軍」
https://www.youtube.com/watch?v=IJv_2rlLe_U

渡部昇一氏に聞く、グローバリストと東京裁判史観
https://www.youtube.com/watch?v=ZP4DYLPK6ng

★自由、平等、博愛 の本当の意味
http://kabukachan.exblog.jp/23872677/

①ユダヤ・フリーメイソン=コミンテルン=共産主義者=カール・マルクス=ユダヤ人=フランクリン・ルーズベルト

②フランス革命はユダヤ・フリーメイソンが起こした。
フランス革命の憲章はフリーメイソンがつくった。

③ロシア革命はユダヤ人が起こした。
共産主義思想はカール・マルクス(ユダヤ人)がつくった。

以上の三点は常識。



http://www.afpbb.com/articles/-/3093402

2016年07月09日 07:45 発信地:ダラス/米国

【7月9日 AFP】米テキサス(Texas)州ダラス(Dallas)で、警官の暴力に対する抗議デモ中に発生し警官に5人の死者と7人の負傷者が出た銃撃事件の容疑者は、投降説得を試みた交渉人に対し、犯行の目的は白人警官殺害だと述べていた。同市警察のデービッド・ブラウン(David Brown)署長が8日公表した。

 ダラスでは7日夜の事件当時、今週初頭に起こった警察による黒人男性2人の殺害に対する抗議デモが行われていた。同様のデモは米国の他の都市でも行われた。事件では一般市民2人も銃撃を受けて負傷したという。

 同国メディアは、銃撃事件の容疑者が、昨年まで米陸軍予備役だった同市在住のマイカ・ジョンソン(Micah Johnson)(25)と報道した。報道によるとジョンソン容疑者は犯罪歴や過激派組織との関連はないという。

 バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領は、狙撃スタイルで警官を狙い撃ちした今回の銃撃事件は「警察に対する卑劣で計画的な犯罪だ」と述べ、実行犯は法による裁きを受けると述べて国民の団結を呼びかけた。

 人口約120万人のダラスで行われたデモでは、銃撃が始まると参加していた数百人が散り散りに逃げ惑った。今回の事件現場は、1963年に当時のジョン・F・ケネディ(John F. Kennedy)大統領が暗殺された現場からも遠くない。

 警察の公表によると、ジョンソン容疑者は立てこもった駐車場ビルで警察と銃撃戦を繰り広げ、数時間の交渉を経た後、警察が仕掛けたロボット爆弾により爆殺された。

 ダラスのマイク・ローリングス(Mike Rawlings)市長は、黒人女性1人を含む数人が拘束されたものの「捜査にあまり協力的ではない」と述べた。警察は先に3人が拘束されたと公表していた。

 2001年9月11日の米同時多発攻撃以来、最も多くの警官が命を落とした今回の銃撃事件で、米国内で既に問題となっている人種間の緊張が今後エスカレートする可能性が高い。

■「彼は白人を殺害したかった」

 米ニュース局CNNは、整えられた短い髭を生やし、アフリカ風のチュニックを着て拳を振りかざす黒人の男の写真を容疑者として報道した。

 ブラウン署長は、「容疑者は、最近の警官による(黒人に対する)銃撃事件について憤っていると話した。白人に対して怒りを感じており、白人、特に白人警官を殺害したかったと話した」と述べ、

警察が「男」としてしか公表していない容疑者が殺害される前、交渉人に対して犯行の動機をうかがわせる内容の話をしていたと明らかにした。また、容疑者はどの組織にも属していないと述べたという。

 ローリングス市長は、警察が立てこもりを終結させる最善の方法はロボット爆弾を送り込むことだと判断したと述べ、「容疑者は皆を殺すと話していた。また、爆発物を仕掛けたと発言したため、(ロボット爆弾が)解決するための最も安全な方法だと判断した」と付け加えた。

 ダラス警察は後に、付近の捜索が行われた結果、爆発物は発見されなかったと短文投稿サイト「ツイッター(Twitter)」で明らかにした。(c)AFP/Laura Buckman, with Olivia Hampton in Washington



米警官狙撃、容疑者が黒人射殺の報復ほのめかす

http://www.yomiuri.co.jp/world/20160709-OYT1T50032.html?from=ytop_main7

2016年07月09日 12時30分

【ダラス(米南部テキサス州)=田原徳容、ワルシャワ=大木聖馬】警官による黒人射殺事件に対する抗議デモ中に、警備中の警官が狙撃され5人が死亡した米南部テキサス州ダラスの事件で、ダラス市警は8日、狙撃犯とみられるアフリカ系の男の身元について、ダラス近郊に住む元軍人マイカ・ジョンソン容疑者(25)と公表した。
ジョンソン容疑者は事件の動機について、警察側の交渉人に対し、米国内で相次いだ警官による黒人射殺事件がきっかけで「白人、特に白人の警官を殺したかった」と語り、事件への報復だとほのめかしたという。

 ジョンソン容疑者は、米連邦捜査局(FBI)など当局の監視対象にも入っていなかった。




★世界史上の近代に燦然と輝く

 『白人たちの悪行』

★白人による黒人奴隷貿易とアメリカの奴隷制度
http://kabukachan.exblog.jp/20941342/


★目覚めよ! 人類を支配する "情報帝国主義"!
https://www.youtube.com/watch?v=3Swq63sbPLo

★白人の世界侵略史
https://www.youtube.com/watch?v=XPqV4Q1f4t8

★slave-Trailer history video
https://www.youtube.com/watch?v=TbVPbjj3pn8

★ROOTS
https://www.youtube.com/watch?v=zRtPRhG5gxE

★アメリカ史 黒人奴隷(日本語)
https://www.youtube.com/watch?v=zgzFxvPKT18






↑甲板に連れ出された黒人奴隷たち

ending the Atlantic slave trade





■奴隷貿易船

1人分のスペースが、80センチ×18センチ。こんな棺桶(かんおけ)みたいな空間に閉じこめられ、3ヶ月から9ヶ月も航海するのである。しかも、航海中の死亡率は8~34パーセント。つまり、3人に1人は死ぬ。これが、アフリカとアメリカを結ぶ奴隷貿易の実態であった。

この時代、大西洋を横断するのは命がけで、コストも高くついた。儲けを増やすには、1回の航海で、できるだけ多くの奴隷を運ぶしかない。奴隷たちは、身動きできないほど詰め込まれ、一寸のムダもなく、整然と並べられた。まるで食器棚の食器のように。こうして、奴隷貿易船は生き地獄と化した。しかも、その先に待っているのは、さらなる地獄 ・・・ 奴隷市場。

たった100トンの船に414人の奴隷を載せたという記録もある。当時、奴隷貿易に使われたのはガレオン船で、100トンクラスなら、全長30mほど。運動場で長さ30mの直線を引き、そこに400人を詰め込んだ様子を想像してほしい。しかも、航海中、黒人奴隷はロープにつながれたままだった。こんな劣悪な環境で、ろくな食事も水も与えられず、9ヶ月間も過ごす ・・・ 身も心もおかしくなって当然だ。実際、多くの黒人奴隷が、熱病やチフスで死んでいった。

たとえ、この過酷な航海を生き残っても、行き先が奴隷市場では救われない。悲嘆にくれ、船から飛び降り自殺する者もいた。1回の航海で、150人中100人が死亡した記録もある。生き残るのは3人に1人。

★The Atlantic Slave Trade
https://www.youtube.com/watch?v=znwRJ5K85XI



黒人奴隷が首を数珠(じゅず)状につながれ、裸で歩かされている絵がある。絵の中央には女奴隷もいる。母親と思われる女奴隷は哀しそうに下を向き、それを子供が不安そうに見上げている。小さな子供には、この行進が何を意味するか理解できないだろうが、その先に待っているのは地獄の奴隷船である。行軍を指揮するのは、奴隷商人の手先で、得意げにムチをふるっている。その表情は、優越感、さげすみ、そして怒り ・・・ 粗末な絵だが、これだけの情報が伝わってくる。


★人類の起源(古代宇宙人説よりアフリカ起源説)

http://kabukachan.exblog.jp/24881639/




★ここにこんな写真がある。


(1943年5月号ライフ誌掲載:米兵が恋人に贈った日本兵の頭蓋骨)


これは1943年の「ライフ」誌に載っていた、南太平洋戦線で戦った米兵が婚約者に送った日本人の頭蓋骨である。

https://www.youtube.com/watch?v=7IVxslZeZoU

https://www.youtube.com/watch?v=rUfVFORNfHM

https://www.youtube.com/watch?v=9M1ZeTix3lI

https://www.youtube.com/watch?v=z22i-iUa6k0

https://www.youtube.com/watch?v=xHfi3odCiTA

https://www.youtube.com/watch?v=WWYTvmrcCNI

https://www.youtube.com/watch?v=ZEyrfewyhQs




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by kabu_kachan | 2016-07-09 15:15 | 国際事件 | Comments(0)