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【日本人は明治までサルであった】 埼玉大学理工学研究科 酒井 文雄 『数学通信』の読者であれば,数学記号の誕生と普及の歴史には格別の関心がある のではないだろうか.余りにも当たり前に学ぶので,現在使っている数学記号はずっ と前からあったのだと思ってしまう.しかし,数学が記号によって記述されるように なったのは16世紀以降のことである.本書は数学記号の歴史に関する詳細な総合報 告であり,それぞれの記号に関するヴィヴィッドな描写と行き届いた解説は一読に値 する.また,登場する数学者のエピソードや研究史の経緯も興味深い. レオナルド・フィボナッチ 目次 1.レオナルド・フィボナッチ
“ (山本義隆著「一六世紀文化革命 1」P318よりレオナルド・フィボナッチ著「”Liber abaci”算数の書」(1202年:未邦訳)冒頭の山本による邦訳を孫引き) だが、彼の理論はあまりにも早すぎた。『中世からルネサンス期にかけての知識人の世界では、数学への関心がもっぱら新プラトン主義を背景にした哲学的な、というよりむしろ神秘的なものであった』(山本P323)から、『アカデミズムの世界では実用数学・商業数学は(中略)そもそも学的対象とはみられていなかったのである』(山本P323)。ゆえに、『当時のアカデミズムの世界でのフィボナッチの評価は低く、大学ではほとんど無視されていた。』(山本P323) 彼の影響は、大学では無く実際の商取引・商人の育成の場に現われる。現存する史料のうちもっとも初期のものとして1290年に『フィボナッチの「算数の書」を下敷きにした算数書』(山本P329)が作られており、それ以後もテキストは『すべて、基本的にフィボナッチの書をひな形としている』(山本P329)およそ十五世紀末まで二世紀に渡り、フィボナッチの成果は、アラビア数字を浸透させ、商業技術の発達の基礎知識として広く根付き、十六世紀、一気に数学革命と呼ばれた数学史上特筆される飛躍的進歩をもたらすことになる。 フィボナッチの登場も、その理論がまず実際の商取引の場で採用されていったのも、十一世紀~十五世紀の地中海貿易の発展が背景にある。 イタリア商人の台頭と地中海貿易 十世紀頃まで地中海貿易の主導権を握っていたビザンツ商人・イスラム商人に代わって、十一世紀に入ると、十字軍遠征以降、十字軍への物資補給やビザンツ帝国への支援などで台頭したヴェネツィア、ピサ、ジェノヴァ、アマルフィといったイタリア港湾都市が地中海貿易において有利な地位を築いていく。 十三世紀に入るとイタリア商業は飛躍的発展を遂げる。1204年、第四回十字軍によってビザンツ帝国に代わってコンスタンティノープルに十字軍国家ラテン帝国が樹立されるとイタリア商人は黒海に進出を果たし、以後、モンゴル軍の襲来、ラテン帝国の崩壊、オスマン帝国の伸張の中で弱体化したビザンツ帝国においてヴェネツィア・ジェノヴァ商人が経済の実権を握り、東西商業の要衝としての黒海市場から利益を獲得し続ける。一方、レコンキスタの進展で拡大するイベリア半島諸国との関係を深め、十字軍の費用集めに奔走する教皇に取り入って教会の徴税人となるなど黒海沿岸から欧州に至る広い地域に進出、地中海一帯の商業交通を独占した。 これらの発展はシリア・エジプトなどイスラム世界やインドなど東方の様々な産物「胡椒・香辛料・絹織物」を取引するレヴァント貿易(東方貿易)によって支えられていた。その十三世紀後半のイタリア商業の特徴として、遍歴商業から定着商業への変化がある。 “ 複式簿記の誕生とアラビア数字の浸透 取引の複雑化・大規模化と会社組織の誕生は、商業数学の発展を促す。十三世紀後半、イタリアで現在まで企業会計の根幹である複式簿記が登場する。渡邉泉論文「単式簿記は複式簿記の萌芽なのか――会計の本質との関係について――」によると、複式簿記の誕生を促した生成要因は(1)信用[取引] (2)組合[企業](3)代理人[業務]であるという。すなわち、信用取引の誕生により後日の決済に向けた証拠書類の必要性、企業運営に際して利益分配のための企業損益計算の必要性、支店・代理人が本店に対して財務状況を報告する必要性から、複式簿記が生み出されたのだとされる。 “ “
数学革命は1494年、ルカ・パチョリによる「算術、幾何学、比および比例大全」の発行により始まる。フィボナッチ以来三百年の様々な商業数学の発展の集大成となった本書は『「世界ではじめて複式簿記を詳述し、印刷し、出版した」書物として』、『商業簿記の普及に大きな影響を及ぼし』(P343)た。『パチョリは簿記の技法を近代科学に押し上げたのであり、その意味で「会計学の父」の名に値する』(山本P344)という。なお、その36年前、ベネデット・コトルリによって著された” Della mercatura e del mercante perfetto “という複式簿記に言及した書籍がある。 十六世紀に入ると、数学上の発見・進歩は加速度を増す。 パチョリに先んじること十年、1484年、フランス商業都市リヨンでニコラ・シュケーは著書「三部分」で省略記号を用いた。すなわち足し算(plus)をp、引き算(moins)をm、平方根をR2として表し、また方程式の係数および解に負数を認めた。1489年、ドイツのバンベルクで出版されたヨハン・ウィッドマン著「すべての商業のための手早くて巧みな計算法」において、『+(プラス)と-(マイナス)が――過剰と不足を表すものとして――はじめて使用され』(山本P357)る。 1535年から1545年にかけて、ヴェネツィアの数学技師タルターリア、医師ジローラモ・カルダーノとその弟子ロドヴィコ・フェラーリらの数学勝負を通して三次方程式の解が求められ、その証明を行ったカルダーノの著書「大技法ないし代数学の規則」をもって近代代数学が始まる。カルダーノはまた複素数を発見者としても名を残すが、カルダーノ自身は複素数解を認めていなかったという。ボローニャの建築技師ラファエロ・ボンペッリが1557年から60年にかけて執筆した「算術の主要部分としての三巻に分けられた代数学」(1572年刊)によって複素数を用い、『虚数にたいする演算規則を与えて、カルダーノの逢着した困難に一応の解決をもたらした。』(P378)すなわち、『商業数学として発展してきたイタリアの算数(abaco)とそこから生まれた代数学を我が物にし、かくして代数学を独立した数学の一分科として確立させた。』 1585年、オランダの水利技術者シモン・ステヴィンの著書「十分の一法」によって十進小数が提唱される。角度などで使われる六十進法に基づく小数に対比して考案されたもので例えば3.1415は3?1①4②1③5④というように表記された。彼は当時の様々な分野で使われる単位が二進法・三進法・五進法・十二進法・六十進法などバラバラであったものに対して十進小数を考案することで経済的合理性の観点から十進法への統一を提唱、『インド・アラビア数字導入以後の算術におけるもっとも重要な発展』(山本P386)と評価されている。 以上のような十六世紀欧州の一連の数学の革新は、十七世紀、デカルト、ガリレオ、ケプラー、ニュートンらによる様々な発見による近代科学の成立を大きく促す土台となった。 #
by kabu_kachan
| 2019-11-08 00:42
| 科学
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インドとアラビア世界の数学史(年表)
日本人諸君、 いい加減に、「日本人は優れている」と言う 神話づくりはやめようぜ。 そもそも、聖徳太子が「和を以て貴しとなす」と 言っておきながら、なぜ源平合戦や戦国時代や 幕末の動乱に、日本人同士で殺し合いをやったのかね? もともとサルだからじゃないのかね。 サルは争いを好むんだぜ。 しかも日本人は明治まで、頭がまったく 進化していなかったんだぜ。(笑) 日本人の頭が進化しなかった原因は、 中国のアホ文明にある。 インド数学やアラビア数学の伝播が、中国の アホ文明によって遮断されたからである。 ヨーロッパはアラビア世界と地続きだから、 自然とアラビア数学が伝わったんだぜ。 だからヨーロッパ人は、世界で最初にアラビア数学が いちばん優れていることを発見したのである。 このアラビア数学をヨーロッパ人はさらに改良して、 世界最強の数学をつくって、その数学に基づく 世界最強の科学文明を作り上げたんだぜ。 なぜ世界最強の数学を発明したアラブ人やインド人が その後、遅れを取ったかと言うと、アラブ人やインド人は 数学を自然科学に応用できなかったのである。 すなわち、ヨーロッパ人は、たとえばニュートンは 物体の運動を数式で表して運動力学を つくっただろ。 ボイルは熱現象を数式で表して熱力学をつくっただろ。 ファラデーは電磁気現象を数式で表して 電磁気学をつくっただろ。 アラブ人やインド人にはこの才能が 欠けていたと言える。 だからと言って、我々日本人には偉そうなことは言えない。 日本人にはすべてが欠けている。(笑) すなわち、 日本人は、数学的才能も科学的才能も0ゼロである。 インド人から言わせれば、 日本人の才能が0ゼロであっても、 存在価値はあるのかもしれない。(0ゼロの概念)(笑) このヨーロッパ人がつくった数学と科学が 中国のアホ文明より優れていることに、 日本人は幕末に気がついて、明治になって一気に ヨーロッパの数学と科学に切り替えたのである。 すなわち、中国文明から西洋文明に リセットしたのであるが、「時すでに遅し」であった。 いいかね、 欧米人(ヨーロッパ人)の数学と科学文明の長さは 2019-1200=819年、 日本人の数学と科学文明の長さは 2019-1868=151年。 しかも、日本人の数学と科学は ほとんどが猿真似である。 これは小学校の授業だぜ。 ☟ The Hindu-Arabic number system | Elementary Mathematics (K-6) Explained 4 | NJ Wildberger https://www.youtube.com/watch?v=y6oS7zE71Dw ここで一句。 損社長 名前の通り 損をする おい、損社長は諸君のスマホ代を ギャンブルで使って大損したんだぞ。 そんなスマホ持っていると損するぞ。(笑) 紀元前4世紀 ー インドの数学書で0の概念を意味する サンスクリット語の単語「Shunya」が使用される。 紀元前300年頃 ー ブラーフミー数字 (現代一般的に使用されている10進法の基礎 となる記数法)がインドで普及する。 紀元前300年頃 ー インドの数学者ピンガラが 「Chhandah-shastra」を著し、人類で初めて 0を数記法に取り入れる(当時は0を点で表していた)。 また、二進法の記述を行い、フィボナッチ数や パスカルの三角形も人類で初めて使用する。 紀元前50年 ー ブラーフミー数字の後継記数法としての インド数字 (10進法で初めて位取り記数法を使用した記数法) がインドで発展を始める。 300年 ー インド数学において、 10進法の計量数としての 0の初期の導入が行われる。 550年 ー ヒンドゥー教の数学者が位取り記数法 において0に数的表現を与える。 628年 ー ブラーマグプタが ブラーマ・スプタ・シッダーンタを著す。 この書籍では0の概念が明確に説明されており、 現代の位取り記数法を用いたインドの数記法が 完全に整備された。 また、この書籍では正の数と負の数を扱う規則や 平方根の値を求める方法、 一次方程式や二次方程式の解を求める方法、 級数の和に関する規則、ブラーマグプタの二平方恒等式、 ブラーマグプタの定理に関しても取り上げている。 1~10世紀[編集]
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by kabu_kachan
| 2019-11-03 22:14
| 科学
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数学史の年表(12世紀~17世紀)
インド数学からアラビア数学、 そしてヨーロッパ数学へと変遷していった。 このヨーロッパ数学が日本に入って来たのが、 19世紀の明治(1868年以降)なんだぜ! 日本のサル諸君。 英語もわからん? 数学もわからん? サルそのものじゃないのかね?(笑) A hands-on introduction to Python for beginning programmers https://www.youtube.com/watch?v=rkx5_MRAV3A 「オ、オレはサルなのかぁ~~~~~~!?」 12世紀 ーインド数字がアラブの数学者により洗練化され、 現代のアラビア数字による記数法 (現代の世界で一般的に使用されている数記法) が整備される。 12世紀 ーアラビア数字による数記法が アラブ地域を通じてヨーロッパへと到達する。 おい、12世紀と言うのは、日本で言えば、 日本のサル諸君が、源平合戦をやっている時なんだぜ。 このアホ猿民族め! 1202年 ー レオナルド・フィボナッチが自著 『算盤の書』においてアラビア数字の使用法を 実演してみせる。 Top 10 Greatest Mathematicians https://www.youtube.com/watch?v=A9yH-g3rMq4 Documentary : Top 10 equations that changed the world | 1080p https://www.youtube.com/watch?v=0K-t090uvL4 The History of Mathematics and Its Applications https://www.youtube.com/watch?v=2No_CMrxBe8 The History of Physics and Its Applications https://www.youtube.com/watch?v=J6qtNLZIWd0 近代[編集]16世紀[編集]
17世紀[編集]
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by kabu_kachan
| 2019-11-01 11:13
| 科学
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【日本人がノーベル賞を取れない本当の理由】
ノーベル賞とは何か(日本人はアホ民族である・その4) https://kabukachan.exblog.jp/30442305/ いいかね、日本人諸君、 日本民族が長い間、お手本としてきた 中国文明はアホ文明だったんだぜ。 世界四大文明と言うのがあるだろ。 エジプトとメソポタミアとインダスと 中国である。 この4つのうちで、中国文明だけが 地理的に東の方に離れていて、エジプトと メソポタミアとインダス文明は近いだろ。 この3つの文明は、地理的に近いがゆえに 盛んに文化的交流を行なってきたが、 中国だけは孤立していたのである。 だから、バビロニアで 0ゼロを表す記号が 使われて、インドで0ゼロの概念が生まれて、 インド人がこのバビロニアの記号を 0という文字に置き換えて インド数字を発明したわけだ。 このインド数字をアラブ人が導入して、 アラビア世界(今の中東)で、 古代ギリシア文明も含めた 世界最強の数学が生み出されたわけだ。 このとき、中国文明だけが知らなかったんだぜ。 すなわち、インド数学もアラビア数学も 中国には伝わらなかったのである。 この中国人が、インド数学もアラビア数学も 知らなかったことが、日本人の悲劇の始まりなんだぜ。 いいかね、日本人諸君、 世界史上で初めて、ヨーロッパ人が アラビア数学が世界最強の数学であることに 気がついたんだぜ。(1200年頃~) だから、アラビア語文献を盛んに翻訳したわけだ。 これは、日本の江戸時代の蘭学に似ているが、 ヨーロッパ人の翻訳は、蘭学よりはるかに規模が大きい。 古代ギリシアの文献も翻訳している。 そしてヨーロッパ人は400年かかって、 アラビア数学をマスターして改良したんだぜ。 しかし、1500年頃には、ヨーロッパ人は アラビア数字を何気なく普通に使っていたんだぜ。 今の日本人が何気なく普通に使うように、 1500年頃のヨーロッパ人はアラビア数字を 使っていたんだぜ。 日本人がアラビア数字を使い始めたのは 明治だろ。(1868年以降) この差、1868-1200=668年とは 一体何なんだ。 日本人がサル民族である証拠なんだぜ。(笑) いいかね、日本人諸君、 諸君は、今現在、日本人はアラビア数字を使って 欧米人と同じように数学を考えているのだから、 ヨーロッパ人と同じではないかと思っているだろ。 じつはそうではない。 アラビア数字を使った数学の咀嚼期間が違う。 いいかね、 ヨーロッパ人の場合は、現在を2019年とすると、 2019ー1200=819年 日本人の場合は、 2019-1868=151年となる。 819-151=668年となる。 欧米人(白人)の方が日本人より アラビア数学の咀嚼期間が 668年も長いんだぜ! ここに気がつけよ! おまけ! President Trump Announces ISIS Leader Killed in US Military Raid https://www.youtube.com/watch?v=ewCSNOyl2Ds How the US military raid that killed Abu Bakr al-Baghdadi unfolded https://www.youtube.com/watch?v=GcqprlWqX1U See dog who helped chase down world's top terrorist https://www.youtube.com/watch?v=CRTf8hcunV8 CNN town hall in wake of Florida school shooting https://www.youtube.com/watch?v=ZaLh74eXTDo #
by kabu_kachan
| 2019-10-29 11:07
| 科学
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「古代の宇宙人」特集
いいかね、ヨーロッパ人たちは、1200年頃から アラビア数学が優れていることに気がつき、 アラビア世界から数学と科学を学んで、 400年間かかってマスターしたんだぜ。 インド数学の影響[編集]0を用いる記数法や算術がイスラーム世界に伝わり、 #
by kabu_kachan
| 2019-10-19 17:32
| 科学
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