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数学記号の誕生(日本人は明治までサルであった)

【日本人は明治までサルであった】

①当時の権力者を決めるのに、家系で決めるか、
お互い殺し合わなければ、決めれなかった。

これはサルと同じである。
家系と言うのは縄張りと考えればよい。
縄張りのボス同士の殺し合いである。
すなわち、明治まで民主主義を知らなかった。

日本には明治まで学問はなかった
https://kabukachan.exblog.jp/30406406/

歴史をやれば明治まで日本に学問がなかったことはわかる論
https://togetter.com/li/1262948

②アラビア数字による数学(西洋数学)が、
明治(1868年以降)になって、ようやく
入ってきた。

西洋人(ヨーロッパ人)がアラビア数字による数学を
考え始めたのは1200年頃である。
日本人が西洋数学を考え始めたのは
明治(1868年以降)である。
この差、1868-1200=668年は
日本人がサルであるがゆえに起こった。
すなわち、
日本人は西洋人(ヨーロッパ人)より、
数学的頭脳において、
668年遅れているんだぜ。
日本人の数学的頭脳が優れていると言うなら、
なぜ世界で最初に、パソコンやスマホを
日本人が作らなかったのかね?
なぜ、プログラミング言語を日本人が最初に
作らなかったのかね?
これを見てみろ。
   ☟
プログラミング言語と製作者の一覧
https://kabukachan.exblog.jp/29692400/

ヨーロッパ人たちは、1200年頃から、
アラビア数字によって書かれた数学を
マスターして、さらに自分たちで
文字式や記号を加えて、
さらに数学を考察して改良してきたんだぜ。
日本人で、西洋の数学に数学記号を新たに加えて
改良したり、新しい数学を作った人がいるかね?
現在のアラビア数字を使った数学の中で、
日本人が係わった記号や数学はひとつもない。
言い換えると、現在のアラビア数字と数学記号を
使った数学に関して、日本人はまったくの素人なんだぜ。
すなわち、西洋数学の前では、日本人はサルなんだぜ。
パソコンもスマホも西洋数学によって
作られているんだぜ。
日本の和算や古代ギリシアの数学じゃないんだぜ。
太平洋戦争のときに、
ゼロ戦に乗っているサルの絵があっただろ。
今なら、パソコンやスマホを使っている
サルの絵が描かれるぜ。


いいかね、日本人諸君、
諸君は今現在(2019年)、何気なく普通に、
パソコンやスマホで、
アラビア数字(0.1.2.3.4.5.6.7.8.9) を使っているだろ。
この「何気なく普通に」という言葉が重要である。
いいかね、1500年頃のヨーロッパ人も、
すでに今の日本人と同じように、
「何気なく普通に」アラビア数字を使っていたんだぜ。
日本で言えば、1467年が応仁の乱だろ。
世の中が乱れて、戦国時代が始まるころなんだぜ。
ここに気がついていないから、日本人はサルなんだぜ。(笑)

科学とは何か(海底ケーブルと通信技術)
https://kabukachan.exblog.jp/30426178/

ここで一句。
日本猿 数学音痴が 致命傷


こう書くと、コメントにすぐに、
「何~~~~!」って書き込むだろ。
その行為自体が、サルの行為なんだぜ。(笑)

ところで、日本のサル諸君、
おまけ!
September 11 -- The New Pearl Harbor (FULL)
https://www.youtube.com/watch?v=8DOnAn_PX6M

9/11: New! Overwhelming EXPLOSIVE Evidence-1500 EXPERTS SPEAK OUT!
https://www.youtube.com/watch?v=S7JCqlF24pI

トランプ大統領のスピーチは単純でわかりやすいぞ。
FULL RALLY: President Trump rallies in Tupelo, Mississippi
https://www.youtube.com/watch?v=gYSJljGCT-4

FULL NEWSER: Media asks impeachment questions during joint newser with Trump, president of Finland
https://www.youtube.com/watch?v=dZxEbevWpYA
このフィンランドの大統領は英語が巧いだろ。
しかし、フィンランド語は、他のヨーロッパの主要言語、
たとえば英語やスウェーデン語やノルウェー語とは
まったく違う言語なんだぜ。
文法が日本語に似ている。
トルコのエルドアン大統領も英語が巧いだろ。
しかし、トルコ語の文法も日本語に似ているんだぜ。
世界のトップの政治家で英語が話せないのは、
日本の安倍総理と中国の習近平だけじゃないのかね。

世界言語(世界共通語)とは何か
(トルコ語と日本語は語順が同じである)
https://kabukachan.exblog.jp/29502572/

フィンランド語とハンガリー語とトルコ語と
モンゴル語と朝鮮語と日本語は
語順が同じなんだぜ。
語順が同じと言うことは、
「後ろから前に訳す必要がない」
ということである。
すなわち、思考順序が同じと言うことである。



書 評
数学記号の誕生


ジョセフ・メイザー 著,松浦俊輔 訳 河出書房新社 (原著 Joseph Mazur 著, “Enlightening Symbols” “A Short History of Mathematical Notations and Its Hiddeen Powers”, Princeton University Press, 2014)

埼玉大学理工学研究科 酒井 文雄

『数学通信』の読者であれば,数学記号の誕生と普及の歴史には格別の関心がある のではないだろうか.余りにも当たり前に学ぶので,現在使っている数学記号はずっ と前からあったのだと思ってしまう.しかし,数学が記号によって記述されるように なったのは16世紀以降のことである.本書は数学記号の歴史に関する詳細な総合報 告であり,それぞれの記号に関するヴィヴィッドな描写と行き届いた解説は一読に値 する.また,登場する数学者のエピソードや研究史の経緯も興味深い.

本書で主に扱 われる数学記号は,1)数字,2)加減乗除や根号の記号,3)未知数と多項式など である.
数学記号史は,記号なしの時代はともかく,
いろいろな記号が併存したとき から,
勝ち組の記号が生き残る生存競争の歴史である.


あるいは,忘れ去られた記号 の歴史でもある.古典的な数学記号史の研究書である「Florian Cajori: A History of Mathematical Notations, (originally published in 1929), Dover Publications」には膨 大なリストが載っている.現代においても,多くの研究者が論文中に新しい記号を導 入している.その記号が他の研究者に使ってもらえるかどうか,さらに,数学記号と して定着するかどうか,それはわからない. 著者のジョセフ・メイザー氏はM.I.T.において,代数幾何のマイケル・アルティン 教授の指導で学位を取得し,マールボロ大学で数学,数学史および数学哲学を教えた とのことである(http://www.josephmazur.com/, 現在は名誉教授).本人は,自分自 身を数学ジャーナリストだと考えているそうである.本書の中で,アルティン教授の 用いたアーベル多様体の記号が数学記号の一例として描写されている.実は,評者も 若い頃,ヨーロッパのどこかで,アルティン教授の講演を聴いた記憶があり,その長 身の風貌を懐かしく思い出した.著者の執筆した数多くの啓蒙書は多くの言語に翻訳 され世界各国で広く読まれている.
著者はいろいろな疑問を持って自問自答することにより,テーマを掘り下げるとい う手法を取っている.

古代ギリシャでは何故バビロニアの位取り記数法を
用いなかっ たのか?
昔の数学者は数学記号なしでどのようにして
成果を挙げることが出来たの か?
インド・アラビア数字
(本書ではヒンドュー・アラビア式数字と訳されている)
による近代的な算術をヨーロッパに普及させたのは誰か?
どんな数学記号が良い記 号か?

本書は三部構成である.
第1部は数字と記数法の歴史である.
すなわち,世界各国 における古代の数字の形態と
インド・アラビア数字が世界に普及していく経緯が
述べ られている.
第2部は代数記号の発展と関連した数学の話題である.
第3部では思考 における記号の役割に関する推論や考察が展開されている.


第1部と第2部の冒頭に は,読者の便宜のために,登場人物や項目の要約がまとめられている.また,巻末に は25ページに渡る「原注」があり,参考文献や注記が補われている. 第1部で扱われている項目は概略次のようなものである.

世界最古の数字,バビロ ニアの60進法,
古代の数字(エジプト,ギリシャ,ローマ,マヤ等),
古代中国の数 字と算木,古代インドの数字,計算盤,
ピサのレオナルド(フィボナッチ),
アル・フ アーリズミー,インド・アラビア数字の変遷.
インド・アラビア数字が世界標準になった道のりは長い.


石碑に残された数少ない 手がかりから,古代インド数字の跡をたどらなければならない.インド式の記数法が アラブ世界に伝わり,9世紀のアッバース朝バグダードのアル・フアーリズミーが算術 書「インドの数の計算法」を著し,12世紀にはそのラテン語訳が出た.字体は時代と 共に変化し,東アラビアと西アラビア(スペイン)ではかなり異なる字体になったとい う.現在の算用数字は西アラビアの字体に近い.しかし,中東の多くの国では,東ア ラビアの字体が現在でも用いられている.以前,私の指導していたエジプトからの留 学生に聞いたところ,エジプトの紙幣には算用数字と共にその字体の数字も使われて いるとのことであった.これは,日本でも,算用数字と漢数字を併用しているのと似 た事情かも知れない.ヨーロッパに算用数字が普及するのに貢献したのがピサのレオ ナルドの「リベル・アバチ(算盤の書)」(1202)であったのは間違いないようである. 本書には,「リベル・アバチ」以前の状況について,いくつかの説が紹介されている.

第2部に登場する主な数学者は,ディオファントス,アル・フアーリズミー,カル ダーノ,ボンベッリ,ヴィエト,デカルト,ライプニッツ,ニュートンである.特に, ディオファントスによる記号の萌芽的使用,ボンベッリによる指数表示,ヴィエトに よる文字の使用,デカルトによる代数記号の完成などが詳しく述べられている.

第2部の始めに,著者がユークリッドの「原論」の最古の写本をオックスフォード 大学のボドリアン図書館で閲覧した体験が報告されている.複雑な手続きの後で,閲覧者の署名欄にニュートンの署名を発見する件が印象的である.この写本がオンライ ン(Rarebookroom.org)で閲覧出来るという著者の指摘があり,私も写本の画像を眺 めて,インターネット時代の便利さを感じると共に,古代の写本を解読して研究する ことの大変さを実感した次第である. 個人的には,ボンベッリ,ヴィエト,デカルトの逸話を興味深く読んだ.通常は複 素数の導入で知られているボンベッリは多項式表示の先駆者でもあり,指数を威厳 (dignit`a)と呼んでいたのだという.引用されている「バリー・メイザー(水谷淳訳): 黄色いチューリップの数式,角川書店,2004」は読みやすい複素数の発見物語である. ヴィエトによる未知数と既知数の母音-子音による表記法(現在と逆)は16世紀末にお いては革命的だったのだという.代数を特定の数の係数ではなく一般的な係数(文字 係数)を扱うことが可能になったのである.いうまでもなく,デカルトになって,ほ ぼ現代の代数記号に到達した.逆に言えば,我々はデカルトの記号を使っているので ある.また,デカルト(独立に,フェルマーも)は座標系を導入した.著者によれば, デカルトは代数学のレンズを通して幾何学を見る方法を獲得したのだという.ところ で,デカルトは幾何の問題を方程式を用いて解いたのではあるが,その証明を幾何的 方法でも確認する必要があると考えていたのだそうである.面白いことである. 第3部の各章の題目は,頭の中のランデブー,良い記号,見えないゴリラ,結論で ある.ここでは,ホワイトヘッド,エルンスト・マッハ,アダマール,アインシュタ インなどの文章を引用して記号の力の根源に迫ろうとしている.最後に,著者は,「数 学の美しさは,大部分,巧妙で整った記号の,わかりやすくする能力によっているの である」と述べて本書を終えている. 日本人としては,和算にも記号代数があったことが述べられていないのは大変残念 である.関孝和の傍書法(点竄術)である.ただ,和算では括弧に相当する記号が導 入されなかったことで,因数分解の概念には到達しなかったようである(「村田全:日 本の数学,世界の数学,ちくま学芸文庫,2008」参照).このことは数学記号の役割に とって示唆的なことのように思われる. 参考文献を挙げておく.類書の「片野善一郎著:数学用語と記号ものがたり,裳華 房,2003」には数学記号に加えて,数学用語の由来が要領よく解説されている.この 本は和算の記号や用語も扱っている.算用数字の歴史については,名著「吉田洋一: 零の発見,数学の生い立ち,岩波新書,1939」がある.最近出版されたコンパクトな 数学史「中村滋,室井和男著:数学史,数学5000年の歩み,共立出版,2014」には本 書に関連する話題も簡潔にまとめられている.数学史の入門書「上垣渉:はじめて読 む数学の歴史,ベレ出版,2006」は平易で読みやすい.




フィボナッチの登場と複式簿記の誕生が育む
十六世紀数学革命

The Story of Fibonacci
https://www.youtube.com/watch?v=O56gSg_wpYQ

Fibonacci Sequence Documentary - Golden Section Explained - Secret Teachings
https://www.youtube.com/watch?v=4ToUaU4vPks

レオナルド・フィボナッチ

目次

1.レオナルド・フィボナッチ
2.イタリア商人の台頭と地中海貿易
3.複式簿記の誕生とアラビア数字の浸透
4.十六世紀欧州の数学革命
5.参考書籍・論文


レオナルド・フィボナッチ


『インドの九つの数字は9、8、7、6、5、4、3、2、1である。
これら九つの数字とアラビアではzephiriumと
呼ばれる記号0でもって、以下に示すように、
任意の数字を表すことができる。』


(山本義隆著「一六世紀文化革命 1」P318よりレオナルド・フィボナッチ著「”Liber abaci”算数の書」(1202年:未邦訳)冒頭の山本による邦訳を孫引き)

この一節で始まる1202年の数学書
「”Liber abaci”算数の書」の発行が
世界史上の画期であることは
誰しもが認めるところだろう。

商人で数学者のフィボナッチことピサのレオナルドは、本書でアラビア数字のイタリアへの導入、同時にそれらを用いたイスラム社会の十進法での整数と分数の計算方法を解説、最初の回帰数列であるフィボナッチ数列の考案、歴史的には修辞代数に分類される代数学の提唱などをまとめ、当時の商業数学の集大成であると同時に革新的な、あまりにも革新的な数学書を書き上げた。後に1225年の著書「フロス」では三次方程式を解くには至らないまでも六十進法で解の近似値が求められ(三次方程式が解かれるのは三百年以上後のことになる)、同年の「平方の書」では商業数学とも当時の主流である形而上学的な数論とも無縁な「純粋数学」の道を切り開いたとされる。

だが、彼の理論はあまりにも早すぎた。『中世からルネサンス期にかけての知識人の世界では、数学への関心がもっぱら新プラトン主義を背景にした哲学的な、というよりむしろ神秘的なものであった』(山本P323)から、『アカデミズムの世界では実用数学・商業数学は(中略)そもそも学的対象とはみられていなかったのである』(山本P323)。ゆえに、『当時のアカデミズムの世界でのフィボナッチの評価は低く、大学ではほとんど無視されていた。』(山本P323)

彼の影響は、大学では無く実際の商取引・商人の育成の場に現われる。現存する史料のうちもっとも初期のものとして1290年に『フィボナッチの「算数の書」を下敷きにした算数書』(山本P329)が作られており、それ以後もテキストは『すべて、基本的にフィボナッチの書をひな形としている』(山本P329)およそ十五世紀末まで二世紀に渡り、フィボナッチの成果は、アラビア数字を浸透させ、商業技術の発達の基礎知識として広く根付き、十六世紀、一気に数学革命と呼ばれた数学史上特筆される飛躍的進歩をもたらすことになる。

フィボナッチの登場も、その理論がまず実際の商取引の場で採用されていったのも、十一世紀~十五世紀の地中海貿易の発展が背景にある。

イタリア商人の台頭と地中海貿易

十世紀頃まで地中海貿易の主導権を握っていたビザンツ商人・イスラム商人に代わって、十一世紀に入ると、十字軍遠征以降、十字軍への物資補給やビザンツ帝国への支援などで台頭したヴェネツィア、ピサ、ジェノヴァ、アマルフィといったイタリア港湾都市が地中海貿易において有利な地位を築いていく。

十三世紀に入るとイタリア商業は飛躍的発展を遂げる。1204年、第四回十字軍によってビザンツ帝国に代わってコンスタンティノープルに十字軍国家ラテン帝国が樹立されるとイタリア商人は黒海に進出を果たし、以後、モンゴル軍の襲来、ラテン帝国の崩壊、オスマン帝国の伸張の中で弱体化したビザンツ帝国においてヴェネツィア・ジェノヴァ商人が経済の実権を握り、東西商業の要衝としての黒海市場から利益を獲得し続ける。一方、レコンキスタの進展で拡大するイベリア半島諸国との関係を深め、十字軍の費用集めに奔走する教皇に取り入って教会の徴税人となるなど黒海沿岸から欧州に至る広い地域に進出、地中海一帯の商業交通を独占した。

これらの発展はシリア・エジプトなどイスラム世界やインドなど東方の様々な産物「胡椒・香辛料・絹織物」を取引するレヴァント貿易(東方貿易)によって支えられていた。その十三世紀後半のイタリア商業の特徴として、遍歴商業から定着商業への変化がある。


『遍歴商業では、商人は商人仲間と隊商をくみ、商品とともに目的市場まで旅行(遍歴)し、その販売代金で購入した商品を、今度は母市まで持ち帰る。定着商業では、商人は旅行せずに母市や特定市場にとどまり(定着)、各地に設けた代理人(ないし支店)に指示して、現地市場で自分にかわって取引してもらう』(北原敦編「イタリア史」P206)

この変化は様々なものを生み出した。まず海上保険が登場して海上運送のリスクヘッジがなされ、各地の代理人・支店と商人との間の商業通信が発展する。遍歴商業での企業組織は出資者が資本を商人に委ねて商業旅行の完結によって得られた利潤を分配することによって解散する。一方で定着商業になると『数人の会社仲間が資本をもちよって企業を設立し、役割を分担して経営にあたり、社員を雇用して労働させ、えた利潤を会社契約に従って分配』(北原P208)する企業組織「会社(コンパニーア)」が登場する。コンパニーアは一つの取引が終了しても解散せずさらなる出資を行ったり資金を借り入れるなどして永続的に組織を維持し会社規模の拡大へと向かった。

複式簿記の誕生とアラビア数字の浸透

取引の複雑化・大規模化と会社組織の誕生は、商業数学の発展を促す。十三世紀後半、イタリアで現在まで企業会計の根幹である複式簿記が登場する。渡邉泉論文「単式簿記は複式簿記の萌芽なのか――会計の本質との関係について――」によると、複式簿記の誕生を促した生成要因は(1)信用[取引] (2)組合[企業](3)代理人[業務]であるという。すなわち、信用取引の誕生により後日の決済に向けた証拠書類の必要性、企業運営に際して利益分配のための企業損益計算の必要性、支店・代理人が本店に対して財務状況を報告する必要性から、複式簿記が生み出されたのだとされる。


『信用取引は、トラブルが生じたときの文書証拠ないしは公正証書としての記録を発生させ、組合企業は、組合員相互間の利益分配の手段として作成されたビランチオ(引用者注:十三世紀イタリアで作成されていた棚卸に基づく利益処分目的の財産目録)を日々の取引記録によって証明するために損益計算機能を生み出し、代理人業務が受託者から委託者あるいはパートナーへの、後世になってからは、経営者から株主や債権者に代表される利害関係者への報告の義務を生じさせた。信用取引によって生じた記録は、仕訳帳を生み出し、期間組合の出現により損益計算の必要性が元帳への転記を余儀なくさせ、その成果報告のために初期においては集合損益勘定や決算残高勘定が、後になって損益計算書や貸借対照表が歴史の舞台に登場してくる。
これら三つの生成要因が出揃うのが13世紀のイタリアであり、ここに複式簿記が誕生したのである。』(渡邉同上論文)

複式簿記の誕生を促すほどに複雑化・高度化した商取引で、
ラテン数字(ローマ数字)にかわってアラビア数字が
使われるようになるのは必然であった。


『実際、ラテン数字による計算よりアラビア数字による計算は格段に早く、そのうえ算板による計算にくらべて手計算では計算と記録の作業が統合されているので検算が容易になるという大きな利点を有していた。』(山本P330)

十四、五世紀までに商業数学において
アラビア数字はラテン数字に取って代わり、
イタリア各都市や組合は商人育成の算数学校を
次々と作って商業数学や複式簿記を教授していた。
かの有名なレオナルド・ダヴィンチも子供の頃、
算数学校で学んでいる。


十六世紀欧州の数学革命

数学革命は1494年、ルカ・パチョリによる「算術、幾何学、比および比例大全」の発行により始まる。フィボナッチ以来三百年の様々な商業数学の発展の集大成となった本書は『「世界ではじめて複式簿記を詳述し、印刷し、出版した」書物として』、『商業簿記の普及に大きな影響を及ぼし』(P343)た。『パチョリは簿記の技法を近代科学に押し上げたのであり、その意味で「会計学の父」の名に値する』(山本P344)という。なお、その36年前、ベネデット・コトルリによって著された” Della mercatura e del mercante perfetto “という複式簿記に言及した書籍がある。

十六世紀に入ると、数学上の発見・進歩は加速度を増す。

パチョリに先んじること十年、1484年、フランス商業都市リヨンでニコラ・シュケーは著書「三部分」で省略記号を用いた。すなわち足し算(plus)をp、引き算(moins)をm、平方根をR2として表し、また方程式の係数および解に負数を認めた。1489年、ドイツのバンベルクで出版されたヨハン・ウィッドマン著「すべての商業のための手早くて巧みな計算法」において、『+(プラス)と-(マイナス)が――過剰と不足を表すものとして――はじめて使用され』(山本P357)る。

1535年から1545年にかけて、ヴェネツィアの数学技師タルターリア、医師ジローラモ・カルダーノとその弟子ロドヴィコ・フェラーリらの数学勝負を通して三次方程式の解が求められ、その証明を行ったカルダーノの著書「大技法ないし代数学の規則」をもって近代代数学が始まる。カルダーノはまた複素数を発見者としても名を残すが、カルダーノ自身は複素数解を認めていなかったという。ボローニャの建築技師ラファエロ・ボンペッリが1557年から60年にかけて執筆した「算術の主要部分としての三巻に分けられた代数学」(1572年刊)によって複素数を用い、『虚数にたいする演算規則を与えて、カルダーノの逢着した困難に一応の解決をもたらした。』(P378)すなわち、『商業数学として発展してきたイタリアの算数(abaco)とそこから生まれた代数学を我が物にし、かくして代数学を独立した数学の一分科として確立させた。』

1585年、オランダの水利技術者シモン・ステヴィンの著書「十分の一法」によって十進小数が提唱される。角度などで使われる六十進法に基づく小数に対比して考案されたもので例えば3.1415は3?1①4②1③5④というように表記された。彼は当時の様々な分野で使われる単位が二進法・三進法・五進法・十二進法・六十進法などバラバラであったものに対して十進小数を考案することで経済的合理性の観点から十進法への統一を提唱、『インド・アラビア数字導入以後の算術におけるもっとも重要な発展』(山本P386)と評価されている。

以上のような十六世紀欧州の一連の数学の革新は、十七世紀、デカルト、ガリレオ、ケプラー、ニュートンらによる様々な発見による近代科学の成立を大きく促す土台となった。


# by kabu_kachan | 2019-11-08 00:42 | 科学 | Comments(23)

インドとイスラム世界の数学史(日本人は元来サル民族であった)

インドとアラビア世界の数学史(年表)

日本人諸君、
いい加減に、「日本人は優れている」と言う
神話づくりはやめようぜ。
そもそも、聖徳太子が「和を以て貴しとなす」と
言っておきながら、なぜ源平合戦や戦国時代や
幕末の動乱に、日本人同士で殺し合いをやったのかね?
もともとサルだからじゃないのかね。
サルは争いを好むんだぜ。
しかも日本人は明治まで、頭がまったく
進化していなかったんだぜ。(笑)
日本人の頭が進化しなかった原因は、
中国のアホ文明にある。
インド数学やアラビア数学の伝播が、中国の
アホ文明によって遮断されたからである。
ヨーロッパはアラビア世界と地続きだから、
自然とアラビア数学が伝わったんだぜ。
だからヨーロッパ人は、世界で最初にアラビア数学が
いちばん優れていることを発見したのである。
このアラビア数学をヨーロッパ人はさらに改良して、
世界最強の数学をつくって、その数学に基づく
世界最強の科学文明を作り上げたんだぜ。
なぜ世界最強の数学を発明したアラブ人やインド人が
その後、遅れを取ったかと言うと、アラブ人やインド人は
数学を自然科学に応用できなかったのである。
すなわち、ヨーロッパ人は、たとえばニュートンは
物体の運動を数式で表して運動力学を
つくっただろ。
ボイルは熱現象を数式で表して熱力学をつくっただろ。
ファラデーは電磁気現象を数式で表して
電磁気学をつくっただろ。
アラブ人やインド人にはこの才能が
欠けていたと言える。
だからと言って、我々日本人には偉そうなことは言えない。
日本人にはすべてが欠けている。(笑)
すなわち、
日本人は、数学的才能も科学的才能も0ゼロである。
インド人から言わせれば、
日本人の才能が0ゼロであっても、
存在価値はあるのかもしれない。(0ゼロの概念)(笑)
このヨーロッパ人がつくった数学と科学が
中国のアホ文明より優れていることに、
日本人は幕末に気がついて、明治になって一気に
ヨーロッパの数学と科学に切り替えたのである。
すなわち、中国文明から西洋文明に
リセットしたのであるが、「時すでに遅し」であった。
いいかね、
欧米人(ヨーロッパ人)の数学と科学文明の長さは
2019-1200=819年、
日本人の数学と科学文明の長さは
2019-1868=151年。
しかも、日本人の数学と科学は
ほとんどが猿真似である。


これは小学校の授業だぜ。
      
The Hindu-Arabic number system | Elementary Mathematics (K-6) Explained 4 | NJ Wildberger
https://www.youtube.com/watch?v=y6oS7zE71Dw

ここで一句。
損社長 名前の通り 損をする

おい、損社長は諸君のスマホ代を
ギャンブルで使って大損したんだぞ。
そんなスマホ持っていると損するぞ。(笑)




紀元前4世紀 ー インドの数学書で0の概念を意味する
サンスクリット語の単語「Shunya」が使用される。

紀元前300年頃 ー ブラーフミー数字
(現代一般的に使用されている10進法の基礎
 となる記数法)がインドで普及する。

紀元前300年頃 ー インドの数学者ピンガラが
「Chhandah-shastra」を著し、人類で初めて
0を数記法に取り入れる(当時は0を点で表していた)。
また、二進法の記述を行い、フィボナッチ数や
パスカルの三角形も人類で初めて使用する。

紀元前50年 ー ブラーフミー数字の後継記数法としての
インド数字
(10進法で初めて位取り記数法を使用した記数法)
がインドで発展を始める。

300年 ー インド数学において、
10進法の計量数としての
0の初期の導入が行われる。

550年 ー ヒンドゥー教の数学者が位取り記数法
において0に数的表現を与える。

628年 ー ブラーマグプタが
ブラーマ・スプタ・シッダーンタを著す。
この書籍では0の概念が明確に説明されており、
現代の位取り記数法を用いたインドの数記法が
完全に整備された。
また、この書籍では正の数と負の数を扱う規則や
平方根の値を求める方法、
一次方程式や二次方程式の解を求める方法、
級数の和に関する規則、ブラーマグプタの二平方恒等式、
ブラーマグプタの定理に関しても取り上げている。


  • 紀元前4世紀 — インドの数学書で0の概念を意味するサンスクリット語の単語「Shunya」が使用される。
  • 紀元前370年 — エウドクソス面積を決定する方法として取り尽くし法について述べる。
  • 紀元前350年 — アリストテレスオルガノンにおいて論理的な理由について議論する。
  • 紀元前330年 — 中国幾何学の初期の書籍であるMo Jingが編纂される。
  • 紀元前300年 — インドのジャイナ教数学者が「バーガバティ・スートラ」を著す。この書籍には組合せに関する初期の情報が含まれている。
  • 紀元前300年 — エウクレイデス(ユークリッド)が原論の中で幾何学を公理系として研究、素数が無限に存在することを証明しユークリッドの互除法を発見する。ユークリッドは「反射光」における反射の様子を述べ、算術の基本定理素因数分解の一意性)を証明した。
  • 紀元前300年頃 — ブラーフミー数字(現代一般的に使用されている10進法の基礎となる記数法)がインドで普及する。
  • 紀元前300年 — メソポタミア文明において、バビロニア人が初期の計算機であるアバカス(中東地域のそろばん)を発明する。
  • 紀元前300年頃 — インドの数学者ピンガラが「Chhandah-shastra」を著し、人類で初めて0を数記法に取り入れる(当時は0を点で表していた)。また、二進法の記述を行い、フィボナッチ数パスカルの三角形も人類で初めて使用する。
  • 紀元前202年~紀元前186年 — 中国のの時代に算術書籍である算数書が編纂される。
  • 紀元前260年 — アルキメデス円周率Πの値が3 + 1/7(約3.1429)と3 + 10/71(約3.1408)の間にあることを証明する。円の半径の2乗に円周率Πを乗じた値が円の面積に等しいこと、放物線と直線で囲まれる面積がその交点2点と直線と平行な接線が接触する1点を頂点とする三角形の面積の4/3倍になることを証明した。アルキメデスは3の平方根に対しても非常に正確な値を与えている。
  • 紀元前250年頃 — 後期オルメカ文明が新世界において、プトレマイオスに先立つこと数世紀前に0の概念(shell glyph)の使用を始めていた。0を参照のこと。
  • 紀元前240年 — エラトステネスエラトステネスの篩を発見する。
  • 紀元前225年 — ペルガのアポロニウスが「円錐曲線」を著し、楕円放物線双曲線に名称をつける。
  • 紀元前206年~紀元後8年 — 算木が中国で発明される。
  • 紀元前150年 — インドのジャイナ教の数学者が「シュタナンガ・スートラ」を著す。この書籍では数論の定理、数学の解法、幾何学、分数、一次方程式、二次方程式三次方程式の解法と、置換の組み合わせについて扱っていた。
  • 紀元前150年 — ガウスの消去法が中国の書籍九章算術に世界で初めて現れる。
  • 紀元前150年 — ホーナー法が中国の書籍九章算術に世界で初めて現れる。
  • 紀元前150年 — 負の数が中国の書籍九章算術に世界で初めて現れる。
  • 紀元前140年 — ヒッパルコス三角法の基礎を作る。
  • 紀元前50年 — ブラーフミー数字の後継記数法としてのインド数字10進法で初めて位取り記数法を使用した記数法)がインドで発展を始める。
  • 紀元前1世紀 — インドの天文学者ラガダが「Vedanga Jyotisha」を著す。この書籍は天文学について取り扱っており、太陽と月の運行に関するルールについて記述している他、天文学の記述に際し幾何学と三角法を使用している。
  • 1~10世紀[編集]


    • # by kabu_kachan | 2019-11-03 22:14 | 科学 | Comments(11)

      数学史の年表(12世紀~17世紀)・頭の進化とは何か

      数学史の年表(12世紀~17世紀)
      インド数学からアラビア数学、
      そしてヨーロッパ数学へと変遷していった。
      このヨーロッパ数学が日本に入って来たのが、
      19世紀の明治(1868年以降)なんだぜ! 日本のサル諸君。
      英語もわからん? 数学もわからん?
      サルそのものじゃないのかね?(笑)

      A hands-on introduction to Python for beginning programmers
      https://www.youtube.com/watch?v=rkx5_MRAV3A

      「オ、オレはサルなのかぁ~~~~~~!?」

      12世紀 ーインド数字がアラブの数学者により洗練化され、
      現代のアラビア数字による記数法
      (現代の世界で一般的に使用されている数記法)
      が整備される。

      12世紀 ーアラビア数字による数記法が
      アラブ地域を通じてヨーロッパへと到達する。

      おい、12世紀と言うのは、日本で言えば、
      日本のサル諸君が、源平合戦をやっている時なんだぜ。
      このアホ猿民族め!

      1202年 ー レオナルド・フィボナッチが自著
      『算盤の書』においてアラビア数字の使用法を
      実演してみせる。

      Top 10 Greatest Mathematicians
      https://www.youtube.com/watch?v=A9yH-g3rMq4

      Documentary : Top 10 equations that changed the world | 1080p
      https://www.youtube.com/watch?v=0K-t090uvL4

      The History of Mathematics and Its Applications
      https://www.youtube.com/watch?v=2No_CMrxBe8

      The History of Physics and Its Applications
      https://www.youtube.com/watch?v=J6qtNLZIWd0



    • 12世紀 — インド数字がアラブの数学者により洗練化され、現代のアラビア数字による記数法(現代の世界で一般的に使用されている数記法)が整備される。

    • 12世紀 — アラビア数字による数記法がアラブ地域を通じてヨーロッパへと到達する。

    • 12世紀 — バースカラ2世リーラーヴァティ算術)を著す。この書籍では定義、算術用語、利子計算、算術級数と幾何級数、平面幾何学、立体幾何学、日時計の影、不定方程式の解法、組合せといった内容を扱っている。

    • 12世紀 — バースカラ2世ビージャガニタ (代数学)を著す。これは正の数が2つの2乗根を持つことについて触れた世界初の書籍である。

    • 12世紀 — バースカラ2世が微分法を考案し、さらにロルの定理ペル方程式ピタゴラスの定理の証明を発見、さらに0で割った数は無限であることを証明する。また、円周率Πを10進法5桁まで求め、地球の公転周期を10進法で9桁まで求めている。

    • 1130年 — アル=サマワール英語版が代数の定義を与える。「算術家が既知の数を使用して問題を解く様に、代数はあらゆる算術法を用い未知数を駆使して問題を解く学問である。」[10]

    • 1135年 — シャラフ・アッディーン・アル・トゥースィー英語版がイブン・アル・ハイサムに続いて代数学の幾何学への適用を行い、3次方程式の解法を記す。これは方程式を用いて曲線を研究する目的で別の代数への本質的な貢献をしており、代数幾何学の創始となった[10]

    • 1202年 — レオナルド・フィボナッチが自著算盤の書においてアラビア数字の使用法を実演してみせる。

    • 1247年 — 南宋の数学者秦九韶数書九章を出版する。
    • 1260年 — カマール・アッディーン・アル=ファーリスィー英語版がサービト・イブン・クッラの定理に関する新たな証明を与え、因数分解組合せ数学に関する重要な新たな方法を導入した。彼はまた、友愛数である17296と18416の組を与え、サービト・イブン・クッラとともにピエール・ド・フェルマーの業績に貢献を残した[11]
    • 1250年頃 — ナスィールッディーン・トゥースィー非ユークリッド幾何学の定義整備を試みる。
    • 1303年 — 朱世傑四元玉鑑中国語版を出版する。この書籍では三角形における二項係数を求める古典的方法を取り扱っている。
    • 14世紀 — インドの数学者マーダヴァ(サンガマグラーマのマーダヴァ、ケーララ学派の創始者)が解析学の父と考えられている。彼は円周率や正弦関数、余弦関数に対する冪級数に関して業績を残し、他のケーララ学派の数学者とともに微分積分学の重要な概念を生み出した。
    • 14世紀 — ケーララ学派の数学者パラメーシュヴァラ英語版テイラー級数展開に相当する正弦関数の級数展開を発見し、微分法の平均値の定理について述べた、また、彼は四角形の外接円の半径を与えた世界初の数学者となった。
    • 1400年 — マーダヴァが逆正接関数の級数展開、及び逆正接関数と正弦関数の無限級数を発見し、円の円周を計算する多くの方法を発明する。これらを用いて、円周率Πの値を11桁まで求める。
    • 1400年頃 — アル=カーシー代数的数だけでなく、円周率Πのような実数をも近似する10進小数の開発に貢献する。10進小数に対する彼の貢献は非常に大きいため、長年に渡り彼は10進小数の発明者と考えられていた。10進小数の発明者ではなかったものの、アル=カーシーは数世紀後にパオロ・ルフィニウィリアム・ジョージ・ホーナーにより与えられる事となる冪根を計算する方法の特別な場合について、計算するためのアルゴリズムを与えた。また、彼は算術アラビア数字を用いた記数法において、小数点を初めて導入した。彼の作品の中には「計算の鍵、数学における発見、小数点」や「0の効用」がある。「0の効用」の内容は序章に続いて、「数の算術」、「分数の算術」、「星の運行」、「面積」、「未知数の解法」の5つの分野にわかれている。彼は、「正弦関数と弦」や「1次の正弦の値を求める方法」と言った著作も残した。
    • 15世紀 — イブン・アル=バンナ英語版アル=カラサーディー英語版が代数学、さらには数学に対し一般的な数学記号を導入した[10]
    • 15世紀 — ケーララ学派の数学者ニーラカンタ・ソーマヤージ英語版が「アールヤバティーヤ注解」を著す。この中には無限級数展開、代数学の問題、球面幾何学に関する業績が含まれている。
    • 1424年 — アル=カーシーが円に内接、外接する多角形を用いて円周率Πを小数第16位まで求める。
    • 1427年 — アル=カーシーが「計算法の鍵」を完成させる。この書籍は10進小数について深い考察を含んでおり、複数の幾何学の問題を含む様々な問題の解法に対する演算的、代数学的方法を示している。
    • 1478年 — トレヴィーゾ・アリスメティクが書かれる。(作者不詳)
    • 1494年 — ルカ・パチョーリが「スムマ(Summa de arithmetica, geometria, proportioni et proportionalità)」を著す。この書籍では、不明な数にco(cosa)を当てた原始的な記号代数が導入されている。
    • 近代[編集]

      16世紀[編集]
      17世紀[編集]


      おまけ!

      FULL RALLY: President Trump rallies in Tupelo, Mississippi
      https://www.youtube.com/watch?v=gYSJljGCT-4


      ここで一句。

      サルは皆 数学わからず カッカする

      数学が わからないのを サル自慢

      日本猿 数学音痴が 致命傷




      # by kabu_kachan | 2019-11-01 11:13 | 科学 | Comments(23)

      日本人の悲劇(中国文明はアホ文明であった)

      【日本人がノーベル賞を取れない本当の理由】

      ノーベル賞とは何か(日本人はアホ民族である・その4)
      https://kabukachan.exblog.jp/30442305/


      いいかね、日本人諸君、
      日本民族が長い間、お手本としてきた
      中国文明はアホ文明だったんだぜ。
      世界四大文明と言うのがあるだろ。
      エジプトとメソポタミアとインダスと
      中国である。
      この4つのうちで、中国文明だけが
      地理的に東の方に離れていて、エジプトと
      メソポタミアとインダス文明は近いだろ。
      この3つの文明は、地理的に近いがゆえに
      盛んに文化的交流を行なってきたが、
      中国だけは孤立していたのである。
      だから、バビロニアで 0ゼロを表す記号が
      使われて、インドで0ゼロの概念が生まれて、
      インド人がこのバビロニアの記号を
      0という文字に置き換えて
      インド数字を発明したわけだ。
      このインド数字をアラブ人が導入して、
      アラビア世界(今の中東)で、
      古代ギリシア文明も含めた
      世界最強の数学が生み出されたわけだ。
      このとき、中国文明だけが知らなかったんだぜ。
      すなわち、インド数学もアラビア数学も
      中国には伝わらなかったのである。
      この中国人が、インド数学もアラビア数学も
      知らなかったことが、日本人の悲劇の始まりなんだぜ。

      いいかね、日本人諸君、
      世界史上で初めて、ヨーロッパ人が
      アラビア数学が世界最強の数学であることに
      気がついたんだぜ。(1200年頃~)
      だから、アラビア語文献を盛んに翻訳したわけだ。
      これは、日本の江戸時代の蘭学に似ているが、
      ヨーロッパ人の翻訳は、蘭学よりはるかに規模が大きい。
      古代ギリシアの文献も翻訳している。
      そしてヨーロッパ人は400年かかって、
      アラビア数学をマスターして改良したんだぜ。
      しかし、1500年頃には、ヨーロッパ人は
      アラビア数字を何気なく普通に使っていたんだぜ。
      今の日本人が何気なく普通に使うように、
      1500年頃のヨーロッパ人はアラビア数字を
      使っていたんだぜ。
      日本人がアラビア数字を使い始めたのは
      明治だろ。(1868年以降)
      この差、1868-1200=668年とは
      一体何なんだ。
      日本人がサル民族である証拠なんだぜ。(笑)

      いいかね、日本人諸君、
      諸君は、今現在、日本人はアラビア数字を使って
      欧米人と同じように数学を考えているのだから、
      ヨーロッパ人と同じではないかと思っているだろ。
      じつはそうではない。
      アラビア数字を使った数学の咀嚼期間が違う。
      いいかね、
      ヨーロッパ人の場合は、現在を2019年とすると、
      2019ー1200=819年

      日本人の場合は、
      2019-1868=151年となる。

      819-151=668年となる。

      欧米人(白人)の方が日本人より
      アラビア数学の咀嚼期間が
      668年も長いんだぜ!
      ここに気がつけよ!


      おまけ!

      President Trump Announces ISIS Leader Killed in US Military Raid
      https://www.youtube.com/watch?v=ewCSNOyl2Ds

      How the US military raid that killed Abu Bakr al-Baghdadi unfolded
      https://www.youtube.com/watch?v=GcqprlWqX1U

      See dog who helped chase down world's top terrorist
      https://www.youtube.com/watch?v=CRTf8hcunV8

      CNN town hall in wake of Florida school shooting
      https://www.youtube.com/watch?v=ZaLh74eXTDo



      # by kabu_kachan | 2019-10-29 11:07 | 科学 | Comments(7)

      Ancient Aliens 「古代の宇宙人」特集

      「古代の宇宙人」特集

      いいかね、ヨーロッパ人たちは、1200年頃から
      アラビア数学が優れていることに気がつき、
      アラビア世界から数学と科学を学んで、
      400年間かかってマスターしたんだぜ。

      インド数学の影響[編集]

      0を用いる記数法や算術がイスラーム世界に伝わり、
      アラビア数学に影響を与えた。フワーリズミーの著作
      インドの数の計算法』で紹介され、後にラテン語
      翻訳され中世ヨーロッパの大学の教科書に
      なったといわれている。

      そしてアイザック・ニュートンを先頭に、
      地球上の自然現象を数式化していったわけだ。
      このあと、アルバート・アインシュタインが
      現れて、宇宙空間まで数式化し始めたわけだ。
      この限りなく数式化していこうと言う精神が
      ヨーロッパ人にはある。数学の精神である。
      日本人にはこの精神はない。
      そもそも日本人には、
      計算ができるとか計算が早いということと、
      数学を考えることの区別がわからない。
      たとえば、有理数と無理数の区別とか、
      正の数と負の数の区別とか、実数と虚数の区別とか
      わからないだろ。
      中国や日本の数学では起こらなかった発想である。
      いいかね、日本人諸君、
      そろばんや暗算がはやくできることと、
      数学ができることは、まったく別物なんだぜ。
      日本のサル諸君にはここがわからない。
      日本文化とは、中国のアホ文明の下で
      花開いたサル文化なんだぜ。
      だから明治になって、あわてて西洋文明を
      取り入れたんだぜ。(笑)

      日本の右翼諸君、天皇陛下を奉るのもいいが、
      数学の神様を奉ってみろ。
      日本には、数学の神様はいないだろ。(笑)
      この低能サル右翼め。

      「古代の宇宙人」で、何度もアインシュタインの
      相対性理論が出てくるだろ。
      宇宙空間を数式化しようとする精神の現れである。

      イスラム数学とインド数学
      (アラブ人とインド人は偉大である)
      https://kabukachan.exblog.jp/30471484/

      G.O.D.S | Ancient Aliens 2019 Documentary with Erich Von Daniken
      https://www.youtube.com/watch?v=_rUJcB0oKs0

      Ancient Aliens: The Atlantis Stone (Season 12) | Exclusive | History
      https://www.youtube.com/watch?v=gdC658DN6NU&list=PLob1mZcVWOaiVxrCiEyYXcAbmx7UY8ggW

      In Search Of History - Ancient Aliens (History Channel Documentary)
      https://www.youtube.com/watch?v=1kRYG4Ax7KA

      Ancient Aliens-Declassified September 06. 2019
      https://www.youtube.com/watch?v=7UHcfa82VP0

      The Book Of Enoch | Ancient Aliens - The Watchers and the Nephilim | Documentary 2019
      https://www.youtube.com/watch?v=o7hlBU7WbRc

      Alien Files Unsealed (UFO) 5h 30m series edited together
      https://www.youtube.com/watch?v=KW-i_EnY8as

      Ancient Aliens Debunked - (full movie) HD
      https://www.youtube.com/watch?v=j9w-i5oZqaQ


      ヒストリーチャンネルの「歴史列伝」で
      福沢諭吉特集をやってただろ。
      福沢諭吉がオランダ語から英語に切り替えて
      英語をマスターしたと言ってたが、
      これはウソだろ。
      福沢諭吉には、私のブログに載せている
      英語の動画はひとつもわからんだろ。(笑)
      慶応義塾大学の学生諸君、どう思うかね?


      福沢諭吉にわかるかなぁ~~~?

      Trump Lashes Out After G7 Controversy, Mulvaney’s Ukraine Confession: A Closer Look
      https://www.youtube.com/watch?v=_yB-dahkbPA

      Mick Mulvaney walks back quid pro quo comments
      https://www.youtube.com/watch?v=I4Zjtcml7lU

      Language Expert: Donald Trump's Way Of Speaking Is 'Oddly Adolescent' | The 11th Hour | MSNBC
      https://www.youtube.com/watch?v=phsU1vVHOQI

      Joseph and Leitch after Japan go out of Rugby World Cup 2019
      https://www.youtube.com/watch?v=tPX2dnGZRvg


      # by kabu_kachan | 2019-10-19 17:32 | 科学 | Comments(24)