真のユダヤ史(ユースタス・マリンズ著)(2)

戦後、ダグラス・マッカーサー将軍が日本占領連合軍最高司令官となったとき、新たな経済の絶対支配者としてウィリアム・ドレイパー将軍を帯同しました。ドレイパーはウォール街の銀行ディロン・リード社の共同経営者であり、同社は1924年に1億2000万ドルの債券を発行することによりドイツを再軍備へと踏み出させ、第二次世界大戦への道を避けられないものとしました。
ドレイパーの会社ディロン・リードを率いていたのはクラレンス・ラポウスキーでしたが、彼は自分の名前をディロンと改名したのです。ディロンはテキサス出身のユダヤ人で、その息子、C・ダグラス・ディロンはケネディ大統領の財務長官となりました。C・ダグラス・ディロンの娘は結婚してヨーロッパの貴族となっています。
第二次世界大戦後、ドレイパー将軍の指揮のもとで日本経済は、ドレイパーのほんとうの主人ロスチャイルド家が策定した路線に沿って再編されました。
当時、イギリスのジャーナリストのコンプトン・ペイカナムは「ニューズウィーク誌」の通信員をしていました。ペイカナムはまた天皇ヒロヒトの親友の一人でもありました。私はペイカナムを訪ねたことがあります。彼が私に語ってくれたのは、「天皇はユダヤ陰謀家たちの悪辣さを絶対に理解できない。なぜなら天皇は即位以来まったく信義というもの持たない人間と接触したことが一度もないからだ」ということでした。
日本民族は、ユダヤ人の持つ血への欲望ゆえに、第二次世界大戦中、信じがたいほどの残虐非道、すなわち東京大規模爆撃、広島・長崎への原爆攻撃などを耐え忍びました。これらの大量殺人は軍事的には何らの影響もともなわず、ただただ、あらゆる歴史においてもっともおぞましい大量惨殺にすぎなかったのです。
日本がユダヤによって原子爆弾の標的として選ばれたのは、原子爆弾のユダヤ人開発者らがユダヤの地獄爆弾を非白人系の民族にテストしてみたかったからにほかなりません。
ハリー・トルーマン大統領は原爆の使用については疑念を抱いていたのですが、サンヘドリンのもっとも邪悪な使用人の一人ジェームズ・ブライアント・コナントが原爆の使用を熱心に説き、とうとう説得させられてしまいました。コナントはハーバード大学総長になった化学者ですが、ウィンストン・チャーチルに依託されて、ドイツに対して使用するための炭疽爆弾を開発しました。
この爆弾は、ドイツに生存するすべての生物を殺戮し、長期間にわたってそこには誰も住むことができないようにするはずでした。しかしコナントが開発したときには、すでにドイツに使用する時期を失していました。彼は炭疽爆弾を日本に使用するように求めたのですが、ユダヤ陰謀家たちは日本に対して彼らの地獄爆弾をテストすることを決めたのです。
私は公式の法廷記録のなかで、ジェームズ・ブライアント・コナントこそが「第二次世界大戦の最大の戦争犯罪人」であると繰り返し述べてきました。彼はのちに敗戦国ドイツの高等弁務官となり、1955年にドイツ語に翻訳された連邦準備制度の歴史に関する私の著作の焚書を命じました。
コナントの補佐官はベンジャミン・ブッテンワイザーで、西半球におけるロスチャイルド権益の秘密アメリカ代理人であるクーン・ロエブ商会の共同経営者でした。ブッテンワイザーの妻、レーマン銀行一族のヘレン・レーマンは、アルジャー・ヒスの名高いスパイ事件(本書274ページ参照)の裁判で被告の弁護人を務めていました。ブッテンワイザーは、アルジャー・ヒスが刑務所に収監されていた期間、ヒスの息子のトニーを100万ドル相当のマンハッタンの邸宅で養育しました。
この情報をお伝えすることによって日本の皆さまが、ユダヤが日本民族に対して負わせてきた極悪陰険な国際的勢力についてのよりよき理解を得る一助にされることを私は心から希望します。

  1994年10月25日   ユースタス・マリンズ
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by kabu_kachan | 2012-10-30 16:32 | 歴史 | Comments(0)
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