日露戦争の世界史的意義

★さくらじ#102、ひと目で分かる水間政憲のカウンター・プロパガンダ
https://www.youtube.com/watch?v=WEjUqOEuy5U


私の歴史観に大きな影響を与え続けてきた文章がある。以下は、渡部昇一上智大学名誉教授の著書『かくて歴史は始まる』からの一文章である。

★「コロンブス以来の大事件」

繰り返すが、日露戦争は指揮官が立派で、
兵隊が勇敢だったということだけで勝てたのではない。


海上では下瀬火薬が、陸上では秋山将軍の機関銃の導入が、
いずれも当時の欧米の軍事水準を超えていたからこそ、
最強の軍隊に勝てたのである。



https://www.youtube.com/watch?v=k0k62fK2_DY



なにしろロシア軍は近世になってから、本当の敗北を知らないという常勝軍だった。
ナポレオンにすら勝ち、また北アジア全域を支配して朝鮮にまで進出したのである。


そして、これは単にロシアに日本が勝ったというだけの戦争ではなかった。
この戦争の結果は、じつに絶大なる影響を世界中に及ぼしたのである。




それは、有色人種の国家が最強の白人国家を倒した…事実、
日露戦争の敗北から十二年後、ロシアの王朝は革命によって倒れた。

これも日本に負けなかったら、事情は変わっていたであろう…という事実であり、
世界史の大きな流れからすれば、コロンブス以来の歴史的大事件であった。

コロンブスの新大陸の発見が世界史上の大事件であったことを認めない人はいないであろう。

コロンブス以前の世界史では、それぞれの地域で起きた事件が別の地域に影響を与えるということは、ほとんどなかった。


アレキサンダー大王が現れても、それはアメリカ大陸には関係がないし、
また、漢の武帝の即位がアフリカに影響を及ぼすということはなかった。



ところが、二章でも述べたように、コロンブス以後、世界中はひとつになった。ヨーロッパで起きた事件でアジアが動くという時代が始まったのである。

そして、この歴史の分水嶺から400年間に、世界史で何が起きたかといえば、白人が有色人種の土地にやってきては、それを植民地にするという事実に尽きるのである。

これに比べれば、その他の事件、
たとえばアメリカの独立戦争(1775~83年)にしたところで、
それは小さな出来事に過ぎない。


アメリカが独立しようと、イギリスという国の植民地になろうと、
それはあくまで白人同士の内訌(ないこう)であって、
世界史全体からすれば、どちらに転んでもいい話である。
インディアンたちにとって、アメリカ大陸の支配者が誰であろうと、
白人であるかぎりは状況は変わらない。
白人の植民地支配のほうが、ずっと大きな問題だったのである。


フランス革命にしたところで、それは白人内部の問題であって、
インド人にもシナ人にも、ほとんど影響を与えなかった。
また、英仏間の戦争にしろ、当事者には大戦争であっても、
世界史の流れから見れば、どうということはない。
インドやカナダがイギリス領になるか、
フランス領になるかの違いにすぎないのである。




日露戦争がなかったら、あるいは日露戦争に日本が負けていたならば、
この白人優位の世界史の流れはずっと変わらず、
21世紀を迎えようとしている今日でも、
世界中は植民地と人種差別に満ちていたであろうということには、
豪毛の疑いもない。



ところが、日露戦争で日本が勝ったために、コロンブス以来400年ぶりに、世界の歴史の大きな流れが変わったのである。つまり、有色人種が白人の言いなりになりつづけるという時代に終止符が打たれた。それを日本が満天下に示したのであった。


そして、時間が経てば経つほど、誰の目にも日露戦争の世界史的意味は大きくなってくるのである。

ふたたび繰り返すが、ここ500年間の世界史の事件で、
コロンブスの新大陸発見に匹敵する大事件は、
日露戦争における日本の勝利しかない。


https://www.youtube.com/watch?v=ThokovrL1XM&list=PL6mu43UnNThAhNNLwejuQWyLAk0DGA17s&index=52



日露戦争前の国際情勢


一昔前には、ヨーロッパ人は有色人種(黄色人種を含む)は人間とはみなしていませんでした。猿とまではいかなかったが、猿と人間の中間の類猿人の部類とみなしていたのです。アフリカやアジアの地域を植民地にしたり、奴隷売買をしていたことで頷けることでしょう。特に日露戦争時のロシア皇帝は日本人を「東洋の猿」といってすっかり軽蔑していました。フランス人画家のビゴーが日本人を猿のように描いていたのは当時では当たり前のこととして通っていたのです。時代は下って、原爆投下も人種差別のたまものです。











★20世紀に入る頃の白人による植民地支配は、
 次のような状況になっていました。


南米大陸 (南アメリカ大陸)
  ポルトガル、スペインが支配

北米大陸 (北アメリカ大陸)
  イギリス、フランスが支配
  途中でアメリカが白人国家として独立

アフリカ大陸
イギリス、オランダ、フランス、ベルギー、ポルトガル、
スペイン、ドイツ、イタリアが支配

オーストラリア大陸
  イギリスが支配

中東アジア
  イギリスが支配

東南アジア
  インドネシアはオランダが支配
  マレーシアはイギリスが支配
  アメリカはフィリピン、ハワイを支配
  フランスはベトナムを支配
  イギリス、ドイツ、フランスでミクロネシア諸島を支配

極東アジア
  イギリス、フランスで中国を分割支配
  ロシアは満州を支配

上記の通り、地球上にある陸地は、ほぼ全てを白人が支配した状況になっていて、
最後の最後に残っていたのは、極東の日本と朝鮮半島だけでした。

日本を植民地にすれば、白人による世界支配は完了だったのです。






https://www.youtube.com/watch?v=7QQzmAQ7wEc&list=PL9EWxmPflX-pfl7CGtvZ-aUiXBfe1PcOp


https://www.youtube.com/watch?v=xrihV_GUQoc

https://www.youtube.com/watch?v=dSJxcPsY4B8


★「凛として愛」
https://www.youtube.com/watch?v=r2zwu_1bqIg&index=47&list=PL9EWxmPflX-pfl7CGtvZ-aUiXBfe1PcOp

★世界は日本をどう見ているか 
https://www.youtube.com/watch?v=Yi6t6r7FbjM


自己紹介〔↓〕

平瀬城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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平瀬城
長野県
平瀬城主郭部
平瀬城主郭部
城郭構造山城、居館
築城主平瀬氏
主な城主平瀬氏原虎胤
廃城年1553年
遺構曲輪、土塁
指定文化財なし

平瀬城(ひらせじょう)は、長野県松本市にあった日本の城

http://www.asahi-net.or.jp/~JU8T-HNM/Shiro/TokaiKoshin/Nagano/Hirase/index.htm

平瀬城は小笠原氏の家臣平瀬氏の城であった。小笠原長時天文19年(1550年)、武田晴信に攻められて本城である林城を捨ててこの平瀬城に撤退し、その後、村上義清を頼り葛尾城に落ちていった。砥石崩れにより武田氏は村上方に敗れたが、その機会に再び小笠原長時は村上義清の援助を得て平瀬城を奪還した。天文20年(1552年)平瀬城は武田晴信により落城し、城主の平瀬義兼は自刃した。晴信は平瀬城を改修し原虎胤に守らせた。天文22年(1553年)、筑摩郡は武田氏がほぼ平定したため、平瀬城は廃城となった。



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by kabu_kachan | 2012-12-29 08:59 | 歴史 | Comments(0)
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