東京大空襲 <世界史上最大の大虐殺>

1945年3月10日 [東京大空襲 死者約10万人]

カーチス・ルメイの指揮する米軍のB29爆撃機325機が東京を空襲。午前0時7分、東京湾上すれすれの低空から江東地域の爆撃が開始され、午前0時20分には浅草地区でも爆撃が開始された。まず人口密集地帯の周囲を火の壁で包囲し、逃げ道を失った人々の頭上に、連続波状攻撃をかけた。

投下された爆弾は、高性能焼夷弾など約38万発、総計約1700トンであった。5、6時間で26万戸の家屋が焼失し、死者約10万人、重軽傷者約11万人、罹災者の数は89万人にのぼり、その多くが非戦闘員だった。

★世界戦史上、わずか数時間で10万人が戦死したという記録は他にない。
130回にも及んだ東京への空襲の中でも、1945年3月10日に行なわれたものは、その被害の甚大さから言って、人類史上にも残るホロコースト(大量虐殺)でした。

米軍は325機のB29爆撃機を動員して約38万発の焼夷弾を東京・下町の密集地帯に投下し、荒れ狂う炎はあっという間に町中を覆い尽くし、老若男女を問わず、わずか2時間半で10万人以上が犠牲になったのです。米軍はまず、街を囲む円を描くように焼夷弾を投下し、炎の壁を作って逃げられないようにした上で、中にいた人々を焼き尽くしたと言われています。

この日、3月10日は1999年に空襲犠牲者を追悼し、平和を願うことを目的として「東京都平和の日」に定められ、永遠に記憶に留める日となった。
筆舌に尽くし難い、一般市民を狙い撃ちにした、許す事のできないアメリカによる戦争犯罪の日である。死者のほとんどが女性、子供、老人で非戦闘員だった。アメリカが言う、産業基盤を破壊し、戦意を喪失させるための作戦であれ、許す事の出来ない無差別の民間人殺戮である。

この後、東京は6回の攻撃を受け、名古屋、大阪、神戸という大都市への攻撃へと移り、その後、北海道から沖縄の離島までの地方がこの焼夷弾による絨毯爆撃を受け、殺戮された一般市民は30万人以上に及んだ。そのとどめとして広島、長崎への原子爆弾投下へとつながっていく。なんと言う無謀、許す事の出来ない、明らかな戦争犯罪だ。

この市民殺戮を指揮したのはカーチス・E・ルメイで、後にアメリカの検証で、彼は決してモラルの高い人間ではなかった、と言われている。つまり、殺人が趣味のような人間なのだ。彼自身も、もしアメリカが戦争に負けていたなら、私は戦争犯罪者になったであろうと言っている。

★その殺人確信犯に対して、佐藤栄作首相は1964年、勲一等旭日大綬章を贈っている。


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日本人よ、昭和20年を知ってるか!
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by kabu_kachan | 2014-03-08 20:06 | 歴史 | Comments(0)
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