本当の世界史を知れ!

久々に歴史記事の登場です。

【本当の世界史の勉強をすべし】

★イディッシュ語はドイツ語起源ではない
http://kabukachan.exblog.jp/25184891/

★ロシア系ユダヤ人(金髪白人)のハザール王国起源説

http://kabukachan.exblog.jp/25157464/

★米国の ユダヤが乗っ取る マスメディア
http://kabukachan.exblog.jp/24966612/

★「コロンブスのアメリカ大陸発見」の意味
http://kabukachan.exblog.jp/25106055


日露戦争は別名、第零次世界大戦と呼べるほどヨーロッパ列強の東アジアを巡る権益に各国毎に様々な思惑が有った。
イギリスが日英同盟を持ちかけてきたのは表の歴史では長州や薩摩藩との戦いで侍魂に惚れ込んだとなっているが、実際はロシアのシベリア鉄道開通による朝鮮半島での権益をイギリスが懸念しての措置で、戦艦三笠の他全ての艦船はイギリスがイタリア経由で改造を施した艦船であった。
また、これら多額の戦費を貸し付けたのはロスチャイルド系金融機関だった事は有名な話である。
実際、この戦争の勝利で先進国の仲間入りを果たしたと思われた日本だが、高金利の借金を背負うことになり、戦後、一気に経済が悪化した。
また、この幸運のツケを兵器、軍備の自国生産に切り替えた第二次世界大戦で嫌というほど払わされる事になる。
アメリカは日本が参戦しなければどうしようもない程の経済的八方塞がりの状態を作り出し、あらかじめオレンジ計画という対日作戦を練っていた。
そこへ計画通り参戦した日本だが、通商破壊戦で苦しみ、兵器、軍備の水準は欧米諸国の水準を下回り、軍部の暴走により原因と対策に基づいた正常な改良もままならず、改悪の方向に行くことが多く戦争末期では米国の水準を遥かに劣ったモノとなっていた。
また、情報、通信に対する認識も甘く、軽視しがちであったし、山本五十六やゾルゲに代表されるスパイにより情報も筒抜けとなっていた。
また、作戦も緻密な思考で物事を判断し、対策、実行という過程が必要なのだが、それも殆ど無く、いい所無く敗戦を迎え、その総括はおろか、責任を取るべき人間に取らさず、逆にその人物を米国のありとあらゆるもの同様に美化し、その弱みをにぎられている売国奴のおかげで意図的に情報後進国にさせられたまま、NHK等による洗脳教育を施され、戦後、正しい歴史の封印と自虐史観を植えつけられ、国民も気づく機会を与えられずに現在も政治、金融、経済を乗っ取られたままである。
この状態を陰謀論以外、なんと表現できるのか?

http://www.asyura2.com/11/bd60/msg/783.html



"第0次"世界大戦としての 日露戦争

日本海が起点となった「白人支配の終わりの始まり」

文=平間洋一(元防衛大学校教授)

日本とロシアによって戦われた日露戦争。 その結果としての日本の勝利は、西欧を中心とした白人国家に支配されていた有色人種に勇気を希望を与え、その後の独立戦争へとつながってゆく。その意味で日露戦争は単なる2カ国間戦争ではなく、まさに世界史的な意味を持つ重要な出来事であったのだ。


民族闘争に火を付けた 日本の勝利

 日露戦争は日露2カ国間の戦争ではあったが、その影響は一世紀の後まで及ぶ世界史的な戦争でもあった。日露戦争の最大の特徴は有色人種が白色人種に勝利したことであった。当時の有色人種は白色人種の支配下にあり、アフリカの黒人やアジアの諸民族は、奴隷か召使いとしてしか存在を認められず、さらにカリブ海やメキシコなどではインディオが、オーストラリアではアボリジニが、動物視され狩の対象とされていた。 しかし、アジアやアフリカには、西欧諸国に反撃できる有色人種の国は一国もなかった。このため、これらの有色人種は征服され併合されるか、植民地にされるか 以外に選択肢のなかった時代であった。 この西欧帝国主義の植民地化の波が、アジア大陸を越えて朝鮮半島に迫ってきた時に、有色人種の日本が立ち上がり、初めて白色人種を破って、有色人種が反撃に転じた。それが日露戦争であった。 さらに、ヨーロッパではロシアの圧制に苦しむフィンランドやポーランドに独立への夢を与え、民族解放闘争を激化させた。 一方、レーニンは「旅順の降伏はツァーリズムの降伏の序幕である。専制は弱められた。革命の始まりである」と書いたが、ロシアでは旅順陥落の直後に首都のサンクトペテルブルグで「血の日曜日」事件が起こり、この日を境に革命の波が全国に広がった。そして、17年後には世界で始めての共産主義国家を誕生させた。また、米国では 日本を激励する主張や報道が黒人の間に高まり、日本の勝利が黒人に自信を与え人権要求運動へと進ませ、それが第二次世界大戦後に花開いた。

 

日露戦争後に日本が歩んだ1世紀

 日露戦争で日本が勝つとアジアやアラブから独立を夢見て多数の独立運動家が来日した。明治・大正・昭和の先人たちは、これら亡命者を受け入れ庇護し支援した。そして、日本はパリ平和会議では人種平等条項を国際連盟の規約に盛り込むことを提案した。この動議は門前払いの形で拒否されたが、この提案が有色人種に希望を与えアジアやアラブ、アフリカでは人種平等や独立を求める反植民地闘争が開始された。しかし、強力な西欧諸国の力の前にことごとく弾圧され、これら植民地が西欧の白色人種の支配から脱することはできなかった。 これを打破したのが太平洋戦争であっ た。東南アジアの民衆は昨日まで君臨していた白色人種の主人が、日本軍のたったの一撃でもろくも敗れ去ったのを眼前に見てしまった。この戦争初期の日本軍の快勝は、日露戦争の時と異なり、知識人だけでなく一般民衆にも独立への自信を与えた。また日本の唱えた「アジア人のアジア」のスローガンが独立への夢を与えたが、日本は3年8カ月後に敗退してしまっ た。しかし、かつての植民地に西欧帝国主義諸国が再び復帰することはできなかった。日本軍が育成した義勇軍や、日本軍が 教育した南方特別留学生や興亜訓練所などの青年が、各地で一斉に民族独立の戦いに立ち上がったのである。  
第2次世界大戦後の15年の間に、西欧の植民地はほとんどが独立し、1965年までに国連は117カ国に膨れあがった。国連における有色人種の国家の増大が有色人種の発言権を高め、国連では事務総長などの主要職員も有色人種から選抜されるようになり、また、有色人種をあれほど差別していた米国では黒人の大統領が誕生したが、日系人からもミネタ商務長官やシンセキ退役軍人相(元陸軍参謀長)が任命されるまでに変わった。このように見てみると、西欧の史書はフランス革命が民族国家を成立させたとしているが、民族国家独立への夢をアジア やアラブ、アフリカの国々に与えたのが日露戦争であり、その夢を実現させために立ち上がらせる衝撃を与え、民族国家を建国させたのが、マッカーサーによって名称の使用を禁止された「大東亜戦争」ではなかったのだろうか。



(1) 日露戦争の歴史的意義

日露戦争は、1904年~1905年にかけて、新興の大日本帝国と、老大国ロシア帝国が、中国東北部(満州)を主戦場として戦った、帝国主義の領土獲得戦争です。
この激戦は、アメリカが仲介する形で終結するのですが、その結果は、日本の勝利となりました。「判定勝ち」だったとはいえ、日本は、その戦争目的を完全に達成しましたから、完勝と言っても差し支えないと思います。
この戦争の結果、既に衰勢が明らかであったロシア帝国は、没落への一途を辿り、1917年のロシア革命で壊滅、崩壊します。
逆に、大日本帝国は世界の「五大国」に成り上がり、東アジアで大いに覇を唱えるに至るのですが、その突出振りがアメリカやイギリスの逆鱗に触れ、1941年~1945年の太平洋戦争に敗れることで、アジアの覇権国家の地位を失うに至るのです。
日露戦争は、勝者である日本にとっても、敗者であるロシアにとっても、まさに運命の転機と言える政治的大事件でした。
いや、それ以上に、後世の政治史に重要な影響を及ぼしました。
日露戦争は、「有色人種が白色人種に勝利した、人類史上はじめての近代戦争」だったのです。
この当時の世界は、地球の陸地面積のほとんどを白人が支配しており、大多数の黄色人種や黒人(つまり有色人種)は、白人に植民地支配され、奴隷のような境遇に甘んじていたのです。この当時、有色人種の完全な主権国家は、全世界で日本、トルコ、タイ、エチオピアの4国だけでした(中米や南米は、白人と有色人種との混血に支配されていたので、純粋な有色人種の国家とは見なしません)。そのことからも、当時の状況の過酷さが良く分かると思います。そして、白人の有識者は、この状況を「当然」だと思っていました。彼らは、「有色人種など、ブタや馬と同じなのだから、我々に飼育されているのが当然だし、その方がかえって幸せなのだ」などと公言していたのです。

★白人による黒人奴隷貿易とアメリカの奴隷制度

http://kabukachan.exblog.jp/20941342/

しかし、純粋な有色人種の国家である日本が、白人国家ロシアに挑戦し、これを見事に打ち負かした事実は、白人たちを瞠目させ、そして彼らの支配に苦しんでいた有色人種たちに勇気を与えました。
「俺たちだって、やれば出来るんだ!日本を見習え!」
こうして、全世界の植民地で独立運動が巻き起こり、自由の風が世界を覆う結末を迎えたのです。
日露戦争は、全人類の歩みを永遠に正しい方向に変えた、画期的な事件だったと言えるでしょう。
日本人は、もっと誇りを持って良いのです。
 


(2) 本当は、日本の負けだった?

しばしば耳にする議論に、「日露戦争は、本当は日本の負けだった」というのがあります。学校の歴史の授業で、教師が生徒にそう教えているのだそうです。
私見を言うなら、この議論は完全な間違いです。
そもそも、「本当は負けだった」という言葉が論理的に変です。戦争の結果には、「勝ち」か「負け」か「引き分け」の3種類しか無いのです。その中に、「本当」や「嘘」が入る余地はありません。
学校教師が口にする「本当は負け」というのは、こういう意味で言っているのだそうです。
「日本は、短期で戦争が終わったから勝ったのだ。もしも長期化していれば、兵員数に勝るロシアが勝っていたはずなのだ。だから、本当は負けなのだ」
この説明は、論理的に間違っています。
実際の戦争は、確かに短期に終わったのですが、それは日本の戦争指導者たちが、短期に終わるよう努力したからそうなったのです。つまり、この戦争が短期に終わったのは、日本の作戦勝ちということです。ゆえに、「日本の勝利」という事実に変わりはなく、「本当」も「嘘」も無いのです。
また、一部の論者は、兵員の損耗数を根拠に「本当は日本の負け」と主張しているようです。確かに、捕虜を含めない兵隊の死傷者数では、日本の方が多かったかもしれない。
しかし、この主張も、論理的に間違っています。
戦争の勝ち負けというのは、兵員の損耗の多寡で決まるのではありません。戦争の勝敗は、「戦争目的が達成できたか否か」で決まるのです。日露戦争で、戦争目的を達成したのは日本の方でした。だから、あれは問題なく「日本の勝利」だったのです。異論を差し挟む余地などありません。
そもそも、損耗の多さで勝敗が決まるというのなら、長篠の戦いは武田騎馬軍団の勝利ということになるし、ノモンハン事変や硫黄島の戦いは日本軍の勝利ということになっちゃいませんか?(それぞれ、織田徳川連合軍、ソ連軍、アメリカ軍の方が、死傷者数が多かったのです)。
ところで、どうして日本の学校教師や識者は、「日露戦争を日本の負け」にしたがるのでしょうか? それは、戦後日本に蔓延したいわゆる「自虐史観」の仕業です。左翼思想に偏向した日教組は、戦前の大日本帝国の業績を、全て否定するような教育を展開したのです。今日、多くの日本人が愛国心を失っているのは、そのためです。
でも、我々の生きている社会には、『絶対悪』なんて存在しません。大日本帝国は、確かに悪事もしたでしょうが、良い事だってしているのです。その全てを否定的に教える日教組の方針は、教育というより「洗脳」ではないかと思います。
ともあれ、日本の若者の多くは、日露戦争に対して否定的な考えを持たされている。
そして、この小論の最大の目的は、洗脳の呪縛から若者たちを解放することにあります。 


http://www.geocities.jp/widetown/japan_den/japan_den112.htmより抜粋。



近代世界史の虹から見た大東亜戦争


近世世界史をコロンブスのアメリカ大陸到達(1492年)の15世紀末から、香港返還(1997年)、長野オリンピック(1998)の20世紀末までの500年で大観すると、人類の歩んだ歴史の虹がはっきりと浮かび上がってくる。歴史の時間的スパンを500年くらいの長さで見、さらに地理的空間を地球規模のグローバルな視点で観察すると、人類史の真実が手に取るように見えてくる。この虹の橋の上に、日本の存在や日露戦争、大東亜戦争を位置づけると、その意義の重大さがはっきりと描き出されてくる。

500年にわたる白人の世界侵略史

この5世紀間、虹の橋の上で活躍したのはスペイン、ポルトガルをはじめ、オランダ、英、仏、米、露など、すべてヨーロッパ出身の白人のみで、その間、東南アジアや、アフリカ大陸、アメリカ大陸の原住民らは、奴隷か植民地民族として呻吟していたのである。

この時代は、一口に言って、白人による世界植民地侵略制覇の時代と断言できる。彼らは繰り返し、世界中を荒らし回った。彼らは文明とキリスト教の宣教の名をかかげながら、異民族に一片の憐憫の情をも示すことなく、早いもの勝ち、手当たり次第に奪いつくし、殺しつくしていったのである。この時代、白人以外は「人にあらず」で、人間としてまともに扱われることはなかった。

ところがここに奇跡が起こった。この白人侵略の世界史の虹の中に彗星のごとく忽然と現れたのが日本だった。有色人種は、科学技術という文明で武装した白人にはとうていかなうはずがないとあきらめきっていたのに、長い間国を鎖していた名もない日本が、独り忽然と白人侵略に立ち向かったのである。

力には力で対抗するしかない世界の帝国主義の時代に、日本も強大な軍事力を蓄えて彼らの侵略を阻止するために立ち上がったのは、日露戦争(1905年)から大東亜戦争(1945年)にいたる僅か40年余りであった。それは世界侵略史500年の歴史の虹のわずか十分の一にすぎない一瞬の出来事であった。

この虹の上に刻印された日本の存在と決断と犠牲とが、その後の世界史上、白人侵略の停止、植民地解放、人種差別撤廃の動機となり、世界地図を塗り替えるほどの人類史上最大の革命をもたらしたことは、何人も疑うことのできない事実である。(P42~P45)

今こそ白人の暗黒の歴史を白日のもとに

西欧500年の発展、繁栄の基礎になっていたものはなんであったのだろう。それは世界史上例を見ないほどの悪逆非道の非白人支配と略奪の上に築かれたものであった。西洋文明の発展、西欧人の栄耀栄華の陰に、その何百倍もの非白人の苦痛、苦難の犠牲があったのである。五世紀にわたって白人の文明と繁栄を支えるために、どれほどの不正と搾取、虐待と殺戮があったことか、今こそ、この白人の触れたがらない暗黒の歴史を白日の下に晒す時が来たのである。これなくして21世紀の平和は語れない。この過去の世界史を総括して反省しない限り、21世紀の真の歴史は生まれないと知るべきだ。(P54)

★目覚めよ! 人類を支配する "情報帝国主義"!

https://www.youtube.com/watch?v=3Swq63sbPLo

https://www.youtube.com/watch?v=GsrOhPTQSPE


(コメント)
過去500年間に白人が世界で一体何をしてきたのか? 白人が蓋をしたがる暗黒の歴史がここに存在している。戦前の日本を評してよく軍国主義と言われるが、日本が弱ければあっという間に欧米の植民地になっていたに違いない。国力十倍以上の帝国主義国家に囲まれ、資源の乏しい小国日本が生き延びるためには、軍国化するより他に手段がなかったのが現実である。

アフリカ大陸やアメリカ大陸、東南アジアでは、問答無用で凄まじい侵略や詐取が行われ、白人達はそれが自分達の当然の権利だと考えていたのである。数十年やそこらの話ではなく、500年という長きに渡って、である。アメリカ大陸に労働力として黒人奴隷が運ばれたのは、白人が原住民のインディオを虐殺し過ぎて、インディオの人口が激減したからであり、しかも黒人奴隷を1人運ぶのに、劣悪な輸送環境によって5人の黒人奴隷が犠牲になったと伝えられている。

アフリカやアメリカの原住民は文字を持たず、彼らの苦難と苦痛に満ちた歴史は白人側の資料でしか推察出来ないが、それでも天文学的な数の犠牲者が推測されている。非白人にとっては永劫に等しい苦悶の歴史にピリオドを打ったのが大日本帝国であり、日本軍だったのである。

戦後の洗脳によって、大日本帝国といえば悪いイメージしか浮かばないようになってしまったが、それは白人国家の歴史観を未だに日本人が押し付けられているからであり、500年スパンで世界史を検証すれば、大日本帝国の功績が不動のものであることを理解出来るに違いない。なぜ特攻をしてまで日本人は戦わなくてはならなかったのか、それは大東亜戦争が有色人種解放の戦いであると同時に、白人侵略国家との民族の存亡を掛けた戦いだったからである。

http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-date-20090225.htmlより。



★祖先の目指したもの
https://www.youtube.com/watch?v=wT3xdKAhcqI


★日本人よ、涙せよ!


http://kabukachan.exblog.jp/24939240


★大東亜戦争(太平洋戦争)とは何だったのか?
http://kabukachan.exblog.jp/24554821/


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by kabu_kachan | 2015-12-21 00:26 | 歴史 | Comments(0)
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