ポグロムとユダヤ人のアメリカ移住

ポグロムとユダヤ人のアメリカ移住


ポグロムпогром パグローム)とは、ロシア語で「破滅・破壊」を意味する言葉である。特定の意味が派生する場合には、加害者の如何を問わず、ユダヤ人に対し行なわれる集団的迫害行為(殺戮・略奪・破壊・差別)を言う。チェコ語には同系のポフロマpohroma」という言葉があり、不時の災難を意味する。

歴史的にこの語は、ユダヤ人に対して、自発的計画的に広範囲に渡って行われる暴力行為と、同様な出来事について使われる。ポグロムは標的とされた人々に対する物理的な暴力と殺戮を伴っている。

13世紀のカリシュの法令によって権利および安全をシュラフタ(ポーランド貴族)およびポーランド王の庇護のもとに保障されたことから、ユダヤ人はポーランドに集まり生活していた。

1543年にプロテスタント運動の創始者の一人であるマルチン・ルターが著書『ユダヤ人と彼らの嘘について』においてユダヤ人への激しい迫害及び暴力を理論化し熱心に提唱した。

17世紀ウクライナ・コサックフメリニツキーの乱で起こったポグロムはその犠牲者の数で最悪のものとなった。

■■ウクライナ・コサックによるユダヤ人虐殺事件が発生


●1648年、まだウクライナがポーランド領であった頃、ウクライナ・コサックによるユダヤ人虐殺事件が発生した。いわゆる「フメリニツキーの乱」である。ボグダン・フメリニツキーのもとに集まったウクライナ・コサックは、ウクライナとポーランドの行く先々でユダヤ人を襲い、金品を略奪したあげく虐殺した。約50万ものユダヤ人が殺された。

●ボグダン・フメリニツキーは、ロシア史においては、コサックと農民の反乱指導者として、ウクライナをポーランドから解放し、ロシア支配に至らせたとして高く評価されている。しかしその反乱において、ユダヤ人を虐殺し、ユダヤ共同体を破壊したために、ユダヤ年代記では「邪悪なフメル」と記されている。虐殺は、ガリチア地方(西ウクライナ)を中心として、ベロルシア、さらにウクライナ南東部にも及んだ。この虐殺と破壊によって、ユダヤ人共同体は、崩壊的危機に立たされた。


1795年の第三次ポーランド分割によりポーランド・リトアニア共和国が完全に消滅してその東部(旧リトアニア公国領)がロシアに併合された。もはや消滅したポーランド国家による庇護を受けることができなくなったポーランドやリトアニアのユダヤ人はハプスブルク家に庇護を求めたが、ウクライナ人・ベラルーシ人には裏切り行為と受け取られた。

1819年ドイツヴュルツブルクでポグロムが発生すると瞬く間にドイツ文化圏の全域に大規模な反ユダヤ暴動が広まった(ヘプヘプ・ポグロム英語版)。1821年オデッサ・ポグロム英語版

19世紀後半になると、主に旧リトアニア公国の領域(ベラルーシウクライナモルドヴァ)で、ウクライナ人・ベラルーシ人農民、コサックなどの一揆の際にユダヤ人が襲撃の巻き添えとなった。1881年アレクサンドル2世が暗殺されると、ロシアで反ユダヤ主義のポグロム1881年-1884年)が起こった。後にはロシア帝国をはじめ各国でユダヤ人殺戮のポグロムが盛んに行われた。

1905年、ロシアのエカテリノスラフにおけるポグロムで犠牲になったユダヤ人の子供たち

帝政ロシア政府は社会的な不満の解決をユダヤ人排斥主義に誘導したので助長されることになった。1903年から1906年にかけての度重なるユダヤ人襲撃はユダヤ人の国外脱出の引きがねとなりシオニズム運動を招くことになった。第二次世界大戦でもポーランド東北部の村落を中心にユダヤ人がソ連および赤軍と密通しているとの疑いを掛けられ、時にはポーランド人やウクライナ人などナチス・ドイツ支配下に置かれた民族によってポグロムが起こされている。その代表的なものにイェドヴァブネ事件が挙げられ、数百人のユダヤ教徒の村人たちが近隣のキリスト教徒に殺された。ユダヤ教徒の住民の一部は実際にソ連側と密通していたとされているが、罪のない住民も同様の疑いを掛けられて巻き添えとなった。

このような暴動を起こす人物は「理性をなくした、へべれけに酔っ払った農民」[1]だという者もいるが、実際には計画的、組織的に徹底して行われた[2]




19世紀前半に始まったユダヤ人のアメリカ合衆国移住  


1882年のロシアのポグロムによりアメリカ合衆国を移住先と選んだロシアのユダヤ人たち、そして他の東欧からアメリカへの移住が進んだ結果、日本ではアメリカへのユダヤ人の移住は19世紀末とされることが一般的である。しかし、実際にはドイツ系ユダヤ人たちが19世紀前半、サウスカロライナ州チャールストンで改革派神殿の典礼と似た礼拝が行われるようになった。ニューヨークでは、1842年までに3つのドイツ系シナゴーグが建てられ、さらに1845年、マンハッタンの中心地の一つ5番街に巨大な改革派神殿「イマニュエル・テンプル」が建立され、改革派の典礼が行われるようになった。


ニューヨーク市5番街にあるエマニュエル・テンプル:現在のシナゴーグは1928-29年に建てられたもの。もとのシナゴーグは1845年に創建をされ、アメリカのユダヤ教の中心の一つとして機能をして今に至っている。


イマニュエル・テンプルの内部:キリスト教の礼拝所と似ています。

フィラデルフィアでは1869年に第1回アメリカ・ラビ会議が行われており、この会議の結果、常設のラビ組織であるアメリカ・ヘブライ会衆連合が創設された。

Union for Reform Jedaismは、現在も全米で活発な活動を展開をしている。

西部開拓の中心の一つであったオハイオ州では、1875年シンシナティにおいて、アメリカで最初のラビ神学校ヘブライ・ユニオン・カレッジが誕生している。


創建頃(1875)のヘブライ・ユニオン・カレッジ(ラビ、指導者の育成が行われた。現在、ニューヨーク、ロサンゼルス、エルサレムにも姉妹校がある。

1880年ごろ、アメリカのユダヤ人人口は約25万人であり安定をしていたが、ラビ連合とヘブライ・ユニオン・カレッジが以降のアメリカにおけるユダヤ教発展の礎となった。

しかし、最初に指摘をしたように19世紀末に東欧からのユダヤ人移民が急増をしたのだが、彼らはドイツ系ユダヤ人の簡略化した改革派典礼では満足ができなかった。伝統主義に則ったラビの育成のためのユダヤ神学校がニューヨークに設立され、保守派ユダヤ教徒の中心組織となった。さらに国外ユダヤ人問題に関して、合衆国政府にロビー活動を行う団体として名高いアメリカ・ユダヤ委員会(現在はアメリカ・イスラエル広報委員会)も設立をされた。2世代もすると「豊かなドイツ系ユダヤ人と貧しいロシア系移民」という区別はなくなった。両グループ間の婚姻も増加しながら「アメリカ人」となっていった。

American Israel Public Affairs Committee はアメリカのロビー団体、最強の圧力を持つと言われている。

第2次世界大戦後まで、アメリカ名門大学や医学校にはユダヤ人学生の受け入れが制限をされていたし、特定の地区ではユダヤ人への住宅販売ができない「紳士協定」が行われていた。これに対して、ユダヤ人社会は、子供たちに高水準の教育を受け、アメリカ・アクセントで英語を話、多数派文化に溶け込むことを強く望んだ。実際、政治・経済・科学・文学・芸術の分野で成功する者が続出をし、ハリウッドの映画産業は実質的にユダヤ人産業であった。

★ハリウッドの歴史
http://kabukachan.exblog.jp/21116852

現在のアメリカではユダヤ人に対する社会上の制限は撤廃をされ、ユダヤ人コミュニティーはアメリカでもっとも成功をしたグループとして認められるまでになっている。

しかし、ユダヤ教徒の間での宗教上の差異は現在も残されており、保守派と改革派は周囲の環境に順応することを心掛けている。

現在のアメリカにおけるユダヤ人の最大問題は、同化問題と異教徒との結婚である。次世代のユダヤ教徒が少なくなる傾向にどのように対処するのか、ということである。


http://blue.ap.teacup.com/qmss/2697.htmlより。



★Insight - Hollywoodism: The Ideology that has Devoured Western Culture
https://www.youtube.com/watch?v=cwgLczzn5gk


★The Jews of Khazaria Jewish Biography as History Dr. Henry Abramson
https://www.youtube.com/watch?v=wWXCLQ3DBqw


18世紀には、東欧ユダヤ人(アシュケナジー)たちは黒い太線で囲まれた区域に住んでいた。


ロシアと中央アジアから流入した、ポーランドを中心とした地域に住んでいた東欧ユダヤ人(アシュケナジー)たちは、西と東の両方からの迫害を逃れるために、集団でアメリカに渡った。その数300万人である。その大半がニューヨークに移住した。アメリカにロシア系ユダヤ人(白人)が多い理由がこれで分かるというものだ。


★米国の ユダヤが乗っ取る マスメディア
http://kabukachan.exblog.jp/24966612/


★イディッシュ語はドイツ語起源ではない
http://kabukachan.exblog.jp/25184891/


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by kabu_kachan | 2016-03-26 09:20 | ユダヤ | Comments(0)
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