「南京大虐殺」捏造の歴史

「本物の写真」と「ニセモノの写真」の見分け方

「本物の写真」とは、「いつ・どこで・だれが」撮った写真かという条件が満たされていないといけない。

この条件が満たされていない写真はすべて「ニセモノの写真」と言うことになる。

報道写真として価値のない「ニセモノ写真」と付き合ってはいけない。


【日いづる国より】水間政憲、「眞相箱」の真相はかうだった!
https://www.youtube.com/watch?v=P08BE6Pru9M


「南京問題に完全決着をつける英文・中文新作計画他」
https://www.youtube.com/watch?v=d7_wlbSYk08


★さくらじ#102、ひと目で分かる水間政憲のカウンター・プロパガンダ
https://www.youtube.com/watch?v=WEjUqOEuy5U



「南京大虐殺」捏造の歴史



2016.3.25 15:16更新

【別冊正論「南京」斬り】
日中共鳴で肥大化させた「南京大虐殺」 その捏造の歴史を概観する

http://www.sankei.com/premium/news/160325/prm1603250009-n1.htmlより。


「南京(大)虐殺」とは、日本軍が中国の当時の首都・南京を占領した昭和12年12月から翌年初めにかけて、多くの中国軍捕虜や市民を虐殺した-と宣伝された事件を指す。実際にはそうした意味での虐殺はなかったにもかかわらず、どのような勢力が関わり、いかにして事件がでっち上げられたのか。捏造の歴史を概観する。(月刊正論編集部)


■エージェント記者らの証言

 南京攻略戦が行われている最中から、中国国民党政府は党の顧問でもあった外国人記者などを動員し、組織的な宣伝工作を開始した。国民党中央宣伝部高官は「われわれは目下の国際宣伝において(中略)国際友人を探し出してわれわれの代弁者となってもらうことを話し合った」と書き残している。マンチェスター・ガーディアンの記者だったティンパーリや、南京金陵大教授だったベイツらが中立を装って「南京虐殺」を精力的に対外発信したが、後に両名とも国民党の顧問になっていたことが判明している。

昭和13年2月には国際連盟理事会で、中国国民党政府の顧維鈞代表が「南京で2万人の虐殺と数千の女性への暴行があった」と演説し、国際連盟の行動を求めている。当時、日本はすでに連盟を脱退しており不利な状況にあったが、この日本非難の決議案は採択されなかった。国際連盟の場では「2万人の虐殺」すらも否定されていたわけだ。そもそも日本軍の南京攻略戦に際しては、元外交官で法学博士の斎藤良衛が国際法顧問として帯同しており、松井石根司令官は国際法違反のないよう、ことあるごとに博士と協議していたという。

 なお、南京戦の2年前にモスクワで開かれたコミンテルン世界大会でスターリンは日本を中華民国と戦わせるよう演説。最終的には戦争に敗れた日本を共産主義陣営に取り込むことを想定していた。そうした構想のもと、ソ連は蒋介石に対して莫大な軍事援助を提供し、日本を中華民国との全面戦争に引きずり込むことを画策していた。


 また当時、ドイツは南京戦の前年に日独防共協定を結んだものの、中華民国には膨大な武器を輸出していたことも見逃せない。「ラーベの日記」で知られるジョン・ラーベは、独シーメンス社の駐在員だった。


■毛沢東は生涯にわたり「南京虐殺」に言及せず

 戦後になって東京裁判(極東国際軍事裁判)で「20万人」、南京での軍事裁判では「30万人」といった死者数が一方的に持ち出された。ちなみに東京裁判で証言したことに対し、ベイツは中華民国政府から勲章を授けられている。「南京虐殺」を何としても捏造したかった戦勝国側の事情が垣間見える事実だ。


このころまでは「南京虐殺」のプロパガンダを主導していたのは中国国民党だったといえる。一方の中国共産党はといえば、中華人民共和国建国の父・毛沢東が生涯にわたって「南京虐殺」には言及していないなど、この時期は目立った活動をしていなかった。

 毛沢東は南京戦の5カ月後に当時、中国共産党の本拠地だった延安で「持久戦論」の講義をした際、南京戦に触れているが「日本軍は包囲は多いが殲滅が少ない」と、むしろ日本軍は生ぬるいという趣旨で批判していた。その後、20年ほどは南京事件は国際的にほとんど問題とはされなかった。

 日本でも戦後しばらくは「南京虐殺」が問題視されていなかったことは、辞書の記述からも読み取れる。『広辞苑』をひもとくと、昭和30年刊行の第1版、44年の第2版では「南京事件」の説明は「・1927年3月中華民国革命軍の南京入城にさいし、反帝国主義の革命軍の一部が日、英、米などの領事館に対して暴行したことによって惹起した事件 ・1937年12月、日中戦争中の日本軍が南京攻略の際に行なった暴行事件」とされており、日中戦争で起きたことよりも10年前の中華民国革命軍による事件のほうが重要視されていたことが分かる。


■蒸し返したのは日本人だった


【日いづる国より】水間政憲、「眞相箱」の真相はかうだった!
https://www.youtube.com/watch?v=P08BE6Pru9M


「南京問題に完全決着をつける英文・中文新作計画他」
https://www.youtube.com/watch?v=d7_wlbSYk08

 「南京で虐殺があった」ことが日本国内で蒸し返されたのは昭和40年代になってからだ。朝日新聞記者だった本多勝一氏の『中国の旅』(昭和47年刊行)に代表される虐殺肯定派の日本人による著書刊行が相次いだことで、再び南京戦が注目されるようになった。

『広辞苑』も昭和57年の第3版になると、先の「暴行事件」が「大虐殺事件」という表現に変えられる。さらに平成3年の第4版に至って新たに「南京大虐殺」の項目が登場し、「日中戦争で南京が占領された1937年12月前後に南京城内外で、日本軍が中国軍の投降兵・捕虜および一般市民を大量に虐殺し、あわせて放火・略奪・強姦などの非行を加えた事件」と記述が格段にエスカレートしている。いわゆる「南京大虐殺」は後年になって、主に自虐的な日本人によって創作されたことがみえてくる。

 日本での動きに呼応して中国側でも大々的に「南京大虐殺」を強調した反日教育が展開されるようになっていく。中国で1979(昭和54)年に発行された中学用歴史教科書には南京大虐殺の記述はなかった。


 ところが、81年の教科書で「日本軍は南京を占領すると狂ったように大規模な殺戮を展開した」「殺害された者は30万人を下らなかった」といった記述が登場した。


■実証的に反論する動きも

 こうした日本をおとしめる動きに対し、実証的に反論する動きも出てきた。昭和48年に鈴木明氏の『「南京大虐殺」のまぼろし』が刊行されたのを皮切りに南京事件の虚構が明らかにされていく。

 かつては日本の中学用歴史教科書に、中国の主張そのままに南京での犠牲者が「30万人」だったとする記述もあったが、実証的な研究の進展により、現在は「多数の犠牲者」などと数字を入れない表記が増え、「南京大虐殺」との表現も影をひそめている。

 ただ外務省はウェブサイトで「日本政府としては、日本軍の南京入城後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています」との見解を掲げており、心もとない状態だ。いまなお「南京で虐殺があったことは日中両国で事実と確認されている」(河野洋平元衆院議長)などと主張する日本人もおり、中国側を利している。


 中国側は今も犠牲者数30万人を主張し「南京大虐殺記念館」は英語と日本語のウェブサイトも開設してプロパガンダ活動を展開中だ。


★水間政憲講演会「南京事件ユネスコ登録と松井大将の名誉回復」
https://www.youtube.com/watch?v=2Mgru31pRXw


★虐殺されたはずの南京市民
https://www.youtube.com/watch?v=W-Erp_T3kjI&nohtml5=False




■「南京大虐殺」肯定派の主な著書■

・洞富雄『南京事件』(昭和47年)

・本多勝一『中国の旅』(昭和47年)

・藤原彰『南京大虐殺』(昭和60年)

・吉田裕『天皇の軍隊と南京事件』(昭和61年)

・笠原十九司『南京事件』(平成9年)

■「南京大虐殺」を検証した主な著書■

・鈴木明『「南京大虐殺」のまぼろし』(昭和48年)

・田中正明『"南京虐殺"の虚構』(昭和59年)

・阿羅健一『聞き書 南京事件』(『南京事件 日本人48人の証言』と改題 昭和62年)

・北村稔『「南京事件」の探求』(平成13年)

・冨澤繁信『南京事件の核心』(平成15年)

・東中野修道『再現 南京戦』(平成19年)

・早坂隆『松井石根と南京事件の真実』(平成23年)

※この記事は『別冊正論26「南京」斬り』から転載しました。

■●(=□)■別冊正論26「南京」斬り 主な記事■●(=□)■

・79年目の『南京のハロウィン』 黒鉄ヒロシ

・南京攻略戦とはどんな戦いだったか 原剛

・悲劇の司令官・松井石根の無念 早坂隆

・城門陥落後のシナ兵処刑をどう見るか 東中野修道


・そうだ「南京」しよう! はすみとしこ

・東京裁判の欺瞞と七士遺骨奪還の義憤 三文字正平

・遺書「百人斬りは断じてない」 野田毅、向井敏明

・日本軍の「残虐」は中国自身の「翻訳版」 石平

・中国に洗脳された中帰連の宣伝と協力者 田辺敏雄

・日本は蒋介石中国に莫大な賠償を行った 岸本昌也

・蒋介石の視点からみた「南京」 家近亮子

・蒋介石の住民虐殺に浮かぶ支那の心性 黄文雄

・「南京事件」と戦時国際法 佐藤和男

・米中プロパガンダとしての「南京事件」 有馬哲夫

・「南京」遺産登録に見える中国の病理 北村稔

・大虐殺は「中華のファンタジー」 山田順

・左傾マスコミはなぜ「虐殺」を創るのか 柿谷勲夫

・自民歴史議連が明確にした南京の捏造 西川京子

・習近平、●(=登におおざと)小平も信じない「大虐殺」 阿羅健一

・興亜観音と昭和殉難者たち 黒岩徹

・三ケ根山に立つ殉国七士廟 殉国七士奉賛会

・父三文字正平の遺志を継いで 福留佳子

・国民一丸だった軍事裁判受刑者名誉回復 中静敬一郎




水間政憲①【邪教朝日新聞】の日本つぶし
https://www.youtube.com/watch?v=P72omWQpypc&nohtml5=False



水間政憲②【朝日新聞】とパチンコ仲間達
https://www.youtube.com/watch?v=-TP-3JeWkVw&no
html5=False




★反日の原動力「朝日とNHK」
反日包囲網はいかにして生まれたか(水間政憲氏)−ザ・リアルインサイト2014年1月号
https://www.youtube.com/watch?v=zUutN_J1wq0&nohtml5=False

     ☟
朝日新聞が隠すヤバすぎる急所を大暴露!朝日新聞倒産に追い詰める水間政憲!
https://www.youtube.com/watch?v=ilJw-KWoa44&nohtml5=False


     ☟
     朝日新聞解約急増!
https://www.youtube.com/watch?v=1C7u9nYZFCI&nohtml5=False


     ☟
「南京大虐殺」とは、「虚構・ウソ話」の産物である。
http://kabukachan.exblog.jp/25493845/






ちなみに、今現在の私のブログの訪問者数は、

中国が主張する「南京大虐殺者数」くらいありますよ。
でっち上げではないですよ。(笑)

ただし、ブログアクセス数は、その3倍くらいありますが。



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by kabu_kachan | 2016-05-06 14:41 | 歴史 | Comments(1)
Commented by 亡国の民 at 2016-05-08 07:55 x
大東亜戦争について自虐史観の植え付けによく利用されています。先人たちは、安全保障の為に戦ったのです。マッカーサーも言及しています。
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