「クリストファー・コロンブス」を知っているか?

「コロンブス」と聞いて何を思い浮かべる?

光GENJIの『パラダイス銀河』という曲の歌詞の中に「しゃかりきコロンブス」と言うのがある。
日本人の「コロンブス」に対するイメージはだいたいこんなものであろう。アメリカ大陸を発見した探検家。ネット上では、アメリカ大陸を発見したのはコロンブスではないと騒ぐ。こんなことは大した問題ではない。

Native America before European Colonization
https://www.youtube.com/watch?v=7FItlStGMY4


★「コロンブスのアメリカ大陸発見」の意味
http://kabukachan.exblog.jp/25106055/



この程度の知識だから日本人は平気で自分の会社や店の名前を「コロンブス」とする。

しかしだね、自分の会社や店の名前を「ヒットラー」や「ピサロ」や「コルテス」にするかね?

コロンブスはヒットラー以上に原住民を虐殺したんだぜ。ピサロやコルテスに匹敵する大殺人鬼だぜ。よくそんな名前を付けられるもんだ。

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コロンブス・デー(10月第2月曜日)


コロンブスデーは毎年10月の第2月曜です。コロンブスがアメリカに初上陸した日の付近にあたります。2016年のコロンブスデーは10月10日となります。

アメリカ人は10月の第2月曜日にクリストファー・コロンブスの「新世界」への到着を祝います。コロンブスはイタリア人ですが、彼の航海に出資したのはスペインの女王、イザベラでした。 1492年8月、コロンブスは西を目ざしてスペインを出発しました。彼はインドやアジアへの一番安全な海洋ルートを探していたのですが、かわりにバハマやヒスパニオラ島を含む、カリブの島々を発見しました。どうして彼が現地の人々を「インディアン」と呼んだのか、お分かりでしょうか? コロンブス・デーが正式に国の祝日となったのは1971年ですが、この日は長い間祝われてきました。最初のコロンブス・デーのお祝いは、1972年にニューヨークで行われた大規模なパレードでした。ニューヨークのイタリア人たちが、有名なイタリア人航海士コロンブスを記念してこのイベントを企画したのです。アメリカ最大のパレードは今でもニューヨークで行われています。コロンブス・デーは全国各地で学校でのお祝い、お店のセール、そしてピクニックやパレードが行われる日となっています。 今では、アメリカで、コロンブスに関する史実や、コロンブス・デーを祝することが疑問視されてもいます。その州のひとつ、ハワイ州では現在、コロンブス・デーを「発見者の日」と呼んでいます。なぜでしょう?呼び方を変えることは、コロンブス・デーの意味を変えることにつながるでしょうか?



http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-397.htmlより。

皆さんはコロンブスのことをどう思っていますか?
「東洋の国と思ったコロンブス」と学校で洗脳教育されたように、1492年にアメリカ大陸を発見した歴史上の人物といった印象ではないでしょうか。かくいう私も、ちょっと前までは、その程度の知識しか有りませんでした。そして、いまだに"さも偉大な人物であったかのようなデマ宣伝"がテレビ等でされているのです。
実際のコロンブスは、"史上最大の悪魔・殺人鬼"というのが真実のようです。
コロンブスは、約4年で800万人いた現地人が3分の1になるまで虐殺の限りを尽くしたのです。コロンブスからみればヒトラーなど"ほんの悪ガキ"に過ぎないといっても過言ではないのです。


ウィキより抜粋

クリストファー・コロンブス(英: Christopher Columbus[注 1][注 2]、伊: Cristoforo Colombo[注 3]、羅: Christophorus Columbus[注 4]、1451年頃 - 1506年5月20日)は探検家・航海者・コンキスタドール、奴隷商人。定説ではイタリアのジェノヴァ出身。大航海時代においてキリスト教世界の白人としては最初にアメリカ海域へ到達したひとりである。
最初に上陸した島でコロンブス一行は、アラワク族インディアン達から歓待を受ける。アラワク族は船から上がったコロンブス達に水や食料を贈り、オウムや綿の玉、槍やその他見たことのないたくさんのものを持ってきた。コロンブス一行はそれをガラスのビーズや鷹の鈴と交換した。だがしかし、コロンブスの興味は、ただ黄金にしかなかった。彼はこう書き残している[26] 。
「私がインディアに到着するとすぐに、私が見つけた最初の島で、彼ら原住民(アラワク族インディアン)たちに、私に差し出さなければならないものがこの品々の中にあるのかどうか教え込むために、私は力ずくで原住民の何人かを連行した。」
「彼らは武器を持たないばかりかそれを知らない。私が彼らに刀を見せたところ、無知な彼らは刃を触って怪我をした。 彼らは鉄を全く持っていない。彼らの槍は草の茎で作られている。彼らはいい身体つきをしており、見栄えもよく均整がとれている。彼らは素晴らしい奴隷になるだろう。50人の男達と共に、私は彼らすべてを征服し、思うままに何でもさせることができた。」
「原住民たちは所有に関する概念が希薄であり、彼らの持っているものを『欲しい』といえば彼らは決して『いいえ』と言わない。逆に彼らは『みんなのものだよ』と申し出るのだ。彼らは何を聞いてもオウム返しにするだけだ。彼らには宗教というものがなく、たやすくキリスト教徒になれるだろう。我々の言葉と神を教え込むために、私は原住民を6人ばかり連行した。」
帰還したコロンブスを歓迎して宮殿では盛大な式典が開かれた。コロンブスは航海に先んじて、発見地の総督職、世襲提督の地位、発見地から上がる収益の10分の1を貰う契約を交わしていた。この取り決めに従い、コロンブスはインディアンから強奪した金銀宝石、真珠などの戦利品の10分の1を手に入れた。また陸地を発見した者には賞金が王夫婦から与えられるとされていたのだが、コロンブスは自分が先に発見したと言い張り、これをせしめている。
国王に調査報告を終え、少しばかりの援助を求めたコロンブスは、次の航海目標としてこう述べている。
「彼らが必要とするだけのありったけの黄金… 彼らが欲しがるだけのありったけの奴隷を連れてくるつもりだ。このように、永遠なる我々の神は、一見不可能なことであっても、主の仰せに従う者たちには、勝利を与えるものなのだ。」
1493年の9月に17隻・1500人で出発したコロンブスの2度目の航海はその乗員の中に農民や坑夫を含み、植民目的であった。11月にドミニカ島と名付けた島に到着したが、前回作った植民地に行ってみると基地は原住民であるインディアンにより破壊されており、残した人間は全て殺されていた。コロンブスはここを放棄して新しく「イサベル植民地」を築いた。しかし白人入植者の間では植民地での生活に不満の声が上り、周辺諸島ではアラワク族、タイノ族、ルカヤン族、カリブ族などのインディアンの間で白人の行為に対して怒りが重積していた。
これに対し、コロンブスの率いるスペイン軍はインディアンに対して徹底的な虐殺弾圧を行った。行く先々の島々で、コロンブスの軍隊は、海岸部で無差別殺戮を繰り返した。まるでスポーツのように、動物も鳥もインディアンも、彼らは見つけたすべてを略奪し破壊した。コロンブスがイスパニョーラ島でしばらく病に臥せると、コロンブスの軍勢は凶暴性を増し、窃盗、殺人、強姦、放火、拷問を駆使して、インディアンたちに黄金の在処を白状させようとした。
インディアンたちは、ゲリラ作戦でコロンブスに報復を試みたが、スペイン軍の軍事力と彼らがばら撒く疫病はインディアンの想像をはるかに超えていた。最終的に彼らは最善の策は「逃亡」であると決めた。 置き去りにされた作物は腐るにまかされ、やがてインディアンたちを飢餓が襲ったのだった。
コロンブスが何カ月もの間病いに臥せっている間、コロンブスの軍勢はやりたい放題の大虐殺を続けた。コロンブスが快復するまでに、5万人以上のインディアンの死が報告されている。やがて完全復帰したコロンブスの最初の仕事は、彼の軍勢に対し、略奪を組織化することだった。
1495年3月、コロンブスは数百人の装甲兵と騎兵隊、そして訓練された軍用犬からなる一大軍団を組織した。再び殺戮の船旅に出たコロンブスは、スペイン人の持ち込んだ病いに倒れ、非武装だったインディアンの村々を徹底的に攻撃し、数千人単位の虐殺を指揮した。コロンブスの襲撃戦略は、以後10年間、スペイン人が繰り返した殺戮モデルとなった[29]。
コロンブスと同行し、虐殺を目にしていたキリスト教宣教師のバルトロメ・デ・ラス・カサスは、日記にこう記している。
「一人でもインディアンが森にいたら、すぐに一隊を編成し、それを追いました。スペイン人が彼らを見つけたときはいつも、柵囲いのなかの羊のように、情け容赦なく彼らを虐殺しました。 『残虐である』ということは、スペイン人にとって当たり前の規則であって、それは『単に残虐なだけ』なのです。しかしそのように途方もなく残虐な、とにかく苛烈な取り扱いは、インディアンに対しては、自分たちを人間だとか、その一部だなどと金輪際思わせないよう、それを防ぐ方法になるでしょう。」
「そういうわけで、彼らはインディアンたちの手を切り落として、それが皮一枚でぶらぶらしているままにするでしょう、そして、『ほら行け、そして酋長に報告して来い』と言って送り返すのです。 彼らは刀の切れ味と男ぶりを試すため、捕虜のインディアンの首を斬り落とし、または胴体を真っ二つに切断し、賭けの場としました。彼らは、捕えた酋長を火炙りにしたり、絞首刑にしました。」
コロンブスは、イスパニョーラ島のインディアン部族の指導者と睨んでいた一人の酋長を殺さずに、引き回しの刑と投獄のあと、鎖に繋いで船に乗せ、スペインへ連行しようとした。しかし他のインディアンたちと同様に、この男性はセビリアに着く前に船中で死んでいる。
インディアンの殺戮に"大勝利"した後、コロンブスは予定通り、捕らえたインディアンを奴隷として本国に送るが、イザベル女王はこれを送り返し、コロンブスの統治に対する調査委員を派遣した。驚いたコロンブスは慌てて本国へ戻って釈明し、罪は免れた。
コロンブスがカリブ海諸島で指揮した行き当たりばったりの大虐殺は、「黄金探し」を使命としたスペイン海軍によって体系化され、 あらゆる部族の子供以外のインディアンが、3カ月以内に一定量の黄金を差し出すよう脅迫された。金を届けたインディアンには、「スペイン人に敬意を表した」という証しとして、その男女に首かけの標章が贈られた。金の量が足りなかった者は、男だろうと女だろうと手首が斬り落とされた。
コロンブスらスペイン人の幻想よりも当地の金の量ははるかに少なかったので、死にたくなかったインディアンたちは、生活を犠牲にして金を捜さざるを得なかった。インディアンが逃亡を始めると飢饉はさらに悪化した。コロンブスらスペイン人が運び込んだ疫病は、栄養失調となったインディアンたちの弱められた身体をより激しく蝕んだ。そしてコロンブスたちと同じく、スペイン軍は面白半分に彼らを殺す楽しみを決してやめなかった。
1492年の「新大陸」へのコロンブスの上陸時に約800万人いたインディアンの人口は、1496年の末までに、その3分の1までに減った。さらに1496年以降、死亡率は倍加していった。量的にもスケール的にも、コロンブスは、エルナン・コルテスやフランシスコ・ピサロに並ぶ、虐殺目的で戦争を楽しんだ最も悪名高いコンキスタドール、征服者の一人と言えるだろう[32]。
コロンブスのインディアンを見下した傲慢さや残虐さについては、多文化主義に基づく歴史家たちは、これを典型的な西側の白人男性の、原住民に対する人種差別的偏見としている。ゲイリー・ナッシュは、コロンブスはインディアンに対して、不合理な敵意に根ざした独特な「ヨーロッパの傲慢な本質」を体現していると告発している。カークパトリック・セールは、「偏見を起因として他の種に対して交戦が見られるということは、ヨーロッパ文化としては空想的なことではない」としている。またスティーヴン・グリーンブラットはコロンブスについてこう述べている。「政治的、経済的、文化的なカニバリズムという、西洋史のなかでも最大の実験を開始したのがコロンブスである」[33]。
アメリカ合衆国の記念祝日である10月12日、「コロンブス・デー」は、インディアンにとっては「白人による侵略開始の日」に他ならない。1911年にインディアン運動家たちは「アメリカインディアン協会」を設立し、「全米インディアン・デー」を提唱。オハイオ州コロンバスでの第一回決起大会において、「インディアンが白人のアメリカを発見した日!」とのスローガンを掲げ抗議した。
現在も反「コロンブス・デー」運動は「アメリカインディアン運動(AIM)」などに引き継がれ、毎年この日になると全米各地で抗議行進やデモが行われていて、この際多数のインディアンが逮捕されている。
インディアン団体「AIM」のコロラド支局はその公式サイトで、「Transform Columbus Day!(コロンブス・デーを変えろ!)」として、この記念祭の廃絶を求め、以下のように主張している。
1. コロンブスは何百万人もの先住民族の殺戮の責任者です。
2. コロンブスはアメリカに侵入してくる前は、アフリカの奴隷商人でした。 彼はアメリカ大陸で奴隷売買を始めました。 彼は何にも値しません。休日にも、パレードにも、彫像にも。
3. コロンブスの日は、「発見」の意義を祝うものです。今日も続く、インディアンの領土を盗むための法的な過程としての。
4. コロンブスはアメリカ大陸に、今日も持続されている優位性として、自然環境における優位、異なる信仰・信念に対する優位、男性の女性に対する優位といった、他民族(白人)の優位の哲学を持ち込みました。
AIMスポークスマンであるスー族のラッセル・ミーンズらインディアン運動家はチカーノ団体と連携し、コロラド州デンバーの「コロンブス・デー」に毎年、同州にあるコロンブスの銅像にバケツで真っ赤な絵の具を浴びせている。インディアンによるこの「血の洗礼」は、州警察による逮捕者を出しながらも毎年行われている。
1992年の「コロンブス500年祭」に合わせ、ラッセル・ミーンズは、「コロンブスは大西洋を横断した世界初の奴隷商人だ。コロンブスの前では、アドルフ・ヒトラーはまるでただの不良少年だ」、AIMコロラド支局代表のインディアン、グレン・モリスは、コロンブスを「殺人者であり、強姦者であり、今日も続く大量虐殺思想の大立者である」、ウィノナ・ラデュークは、「生物学的、技術的、生態学的な侵入は、500年前のコロンブスの不幸な航海から始まった」とコメントしている[34]。



Christopher Columbus: What Really Happened
https://www.youtube.com/watch?v=aF_unlvjccA

The Taino and Columbus
https://www.youtube.com/watch?v=HEcpdKARAig


The ugly truth about christopher columbus
https://www.youtube.com/watch?v=oJr6jyPNmZE


Horrible, True Facts about #Columbus and #ColumbusDay
https://www.youtube.com/watch?v=GCir-NX0zdQ


History vs. Christopher Columbus - Alex Gendler
https://www.youtube.com/watch?v=GD3dgiDreGc


America Before Columbus.wmv
https://www.youtube.com/watch?v=brSPQ7sUE84


Christopher Columbus (A&E)
https://www.youtube.com/watch?v=V4ON19woHvU


Columbus & the Taino Genocide (500 Nations)
https://www.youtube.com/watch?v=5LyyQL65bjk


The Legacy of Christopher Columbus, A Short Account in Technicolor by LILI BERNARD
https://www.youtube.com/watch?v=yR210z1qSKw


Let's Celebrate Genocide!
https://www.youtube.com/watch?v=B967F7kq9SQ


"Thanksgiving": "The untold genocide of the Native Americans"
https://www.youtube.com/watch?v=sb9BgXmeX3s


The Truth About Thanksgiving
https://www.youtube.com/watch?v=QZRI1BIaER4


The Massacre:The National Holiday Thanksgiving
https://www.youtube.com/watch?v=un8HPmNI8dA



おまけ


True Meaning of Christmas... What Are You Really Celebrating??? {Documentary on its Pagan Origins}

https://www.youtube.com/watch?v=mUgNZ0iyRo0


The REAL origins of CHRISTMAS: exposed!!
https://www.youtube.com/watch?v=ntJYhb2hZqg


CHRISTMAS AND ITS PAGAN ROOTS
https://www.youtube.com/watch?v=O9h5humhhzw


The Deception of Christmas - Satanic Pagan Origins
https://www.youtube.com/watch?v=jt-tpoRYh_g


Halloween, Christmas, Easter, all Pagan Holidays Exposed | TVC2.0
https://www.youtube.com/watch?v=lfxOU3K7Sps






Bill to replace Columbus Day with ‘Indigenous People’s Day’ dies in Senate
http://fox13now.com/2016/03/01/bill-to-replace-columbus-day-with-indigenous-peoples-day-dies-in-senate/

SALT LAKE CITY — After a fiery debate, the Utah State Senate defeated a bill that would have renamed Columbus Day as “Indigenous People’s Day.”

“Our history did not start with Pioneer Day and the celebration we had there,” Senate Bill 170 sponsor Jim Dabakis, D-Salt Lake City, said.

Dabakis wanted a paid, state holiday to honor Native Americans. He complained that his request for a set time to debate the bill, to allow tribal members to be present for the vote, was rejected by his colleagues.

Dabakis faced pushback. Sen. Todd Weiler, R-Woods Cross, pointed out that there already is an Indigenous People’s Day — the Monday before Thanksgiving. Dabakis claimed it didn’t get the same level of attention as Columbus Day.

Sen. Allen Christensen, R-Ogden, said Native Americans have a “very proud heritage they can look to.”

“If they choose to feel oppressed, that’s their right but another holiday… is not a way to lift yourself back up again,” Christensen said. “Columbus is an American hero.”

Sen. David Hinkins, R-Orangeville, called it a “slap in the face” to Italian-Americans to take Columbus Day.

Sen. Luz Escamilla, D-Salt Lake City, said lawmakers need to “recognize the history of genocide of our Native American brothers and sisters.”

The bill failed on a 15-10 vote.




★slave-Trailer history video
https://www.youtube.com/watch?v=TbVPbjj3pn8



★The Horror of American Slavery
https://www.youtube.com/watch?v=cXrRyyzpue4


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by kabu_kachan | 2016-10-02 22:00 | 歴史 | Comments(0)
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