アシュケナジム(東欧ユダヤ人)とは何か?

私の説。(ハザール王国起源説)

13世紀に、ハザール王国がモンゴル帝国に滅ぼされた時に、ハザール人(白人)はポーランドに逃げて定住したのである。当時、ポーランドは世界最大のユダヤ人保護国であった。だからヨーロッパ中に点在して暮らしていたユダヤ人の中で迫害から逃れるためにポーランドにやって来たユダヤ人が多くいる。そしてこのポーランドでイディッシュ文化が栄えたのである。この豊かになったユダヤコミュニティーの中に周りの貧しいロシア人が入り込んで行って、最終的にはロシア系ユダヤ人(白人)がほとんどを占めるようになったのである。ユダヤ人の中で、ドイツから来たユダヤ人がいちばん文明が進んでいたから、彼らロシア系ユダヤ人たちは、ドイツに憧れて自らをアシュケナジー(ドイツの)ユダヤ人と呼ぶようになったのである。

     ☟

★「ロシア系ユダヤ人のアメリカ移住」の研究論文(3)
https://kabukachan.exblog.jp/25800918/

★イディッシュ語はドイツ語起源ではない
https://kabukachan.exblog.jp/25184891/


ジャレッド・クシュナーはロシア系ユダヤ人(ロシア人)である。

★ジャレッド・クシュナーはユダヤ人
https://kabukachan.exblog.jp/26198293/



アシュケナジムアシュケナージムAshkenazim [ˌaʃkəˈnazim], אשכנזים)とは、ユダヤ系ディアスポラのうちドイツ語圏東欧諸国などに定住した人々、およびその子孫を指す。


歴史[編集]

ディアスポラ後も、ユダヤ人のほとんどは地中海世界(のちのイスラム世界)に住んでいた。それに対し、アルプス以北におけるユダヤ人の起源ははっきりしない。7世紀中央アジア西部のコーカサスからカスピ海北岸にいたハザール王国の住民とされ、ヨーロッパに西進し移住したわずかのコーカソイドの一派のユダヤ教徒の子孫だとする説、またはローマ時代イスラム世界から商人としてヨーロッパを訪れたとする説、イタリアからアルプスを越えてやって来たとする説などあるが、単一の起源ではないかもしれない。いずれにせよ、8世紀から9世紀には北フランスにアシュケナジムらしきユダヤ人の記録が見える。まもなく彼らは、ドイツ中部のライン川ライン地方)、ブリテンなどにも広がった。

彼らは当初は、ヨーロッパとイスラム世界とを結ぶ交易商人だったが、ヨーロッパ・イスラム間の直接交易が主流になったこと、ユダヤ人への迫害により長距離の旅が危険になったことから、定住商人へ、さらにはキリスト教徒が禁止されていた金融業へと移行した。「ユダヤ人高利貸」というステレオタイプはこのようなキリスト教社会でのユダヤ人の職業に由来し、これに対しイスラム社会のユダヤ人にはこのような傾向はなかった。

彼らは西欧にも定住したが、1290年にはイングランドから、1394年にはフランスからユダヤ人が追放された。15世紀になるとドイツ諸邦でも迫害されたりした。

追放された彼らの多くは東方へと移民した。まずはオーストリアボヘミアモラヴィアポーランドなどの地域へ移住し、ポーランド王国は1264年に「カリシュの法令」を発布してユダヤ人の社会的権利を保護した。当時ドイツ人の東方植民時代で、国王による都市化促進政策の一環として、ユダヤ人もドイツ人と一緒に招聘された。ユダヤ人などもポーランドで(ドイツの)マクデブルク法により商業的に有利な優先的条件と権利を保護されていた為にユダヤ人にとり魅了があったため移民した[3]。ユダヤ人は都市を築き、商業や銀行業を始め、彼らのビジネスや文学や進んだ技術や高い能力を認められ大公などの側近を勤めポーランド経済の柱となり、ポーランドで最初の硬貨発行(ヘブライ語が印刻)などに携わった[4])。ポーランドはユダヤ人にとって非常に住みやすい国となった。彼らはのちにポーランド・リトアニア共和国の全地域へと拡散した。ポーランド王国は当初彼らを、チュートン騎士団ドイツ人勢力との結びつきが強いドイツ人移民に代わる専門職移民として歓迎した。彼らの中には、ポーランド・リトアニア共和国で成功し、金融業や商人、地主や貴族階級(シュラフタ)になった者、そしてヨーロッパに来て初めて農業を営んだ者もいたが、その点が西欧に住み続けたユダヤ人たちと異なる。

中世末期の欧州では、諸国の王がその時々の利得をはかって、ユダヤ人にしばしば保護を与えていた。これは予告なく撤回もされるものだった。アシュケナジム(東欧系ユダヤ人)のポーランド移住の初期における身分は、そのような政策の特徴をよく示している。ヴィースラ川の王国(ポーランド王国)にやってきたユダヤ人は、祖国で享受していたものと同等とされる特典をいくつか与えられた[5]

1264年カリーシュボレスワフ公が、マグデブルクの勅令を範として彼らに与えた身分は、その典型であり、後代に各地で模倣された。この制度のもと、ユダヤ人社会は、その宗教と「民族的出自」ゆえに、特殊な社会集団としてコミューン(ヘブライ語で「ケヒラ」)を組織し、内部自治を行うことが認められていた。ユダヤの人間と財産は君主の所有物(servi camerae)であるとされ、これを害するものは君主の財産を害するものと見なされた[5]

1334年ポーランド王カジミエシュ三世により、この制度は王国全体に広められた[5]

1388年には、リトアニアヴィータウタスもそれに倣った。この移民誘致策に下心がないということはなく、「庇護民」を搾取するのは当たり前となっていた。それが高度に磨かれると「海綿しぼり法」が用いられる。表向きは、気前よく特典と保証をふるまって、他国で迫害されているユダヤ人を引き寄せる。彼らが十分に繁栄し、金を蓄えたころを見はからって、国外に追放し、財産と利権を取り上げる。またユダヤ人たちに、戻ってきて、剥奪された財産と特典を買い戻さないかと持ちかけた[5]

フランス革命による平等思想の啓蒙や、ポーランド分割による国境の消滅により、アシュケナジムの中にはふたたび西欧に戻ったり、新大陸へと移住したりするものも現れた。しかしその大多数は現在のポーランドベラルーシウクライナ西部(ガリツィア)の三地域に居住した。

19世紀末から20世紀前後にロシア帝国ポグロムや反ユダヤ政策、ヨーロッパ諸国での反ユダヤ主義勃興により、ユダヤ人自身の国民国家約束の地に建国することを求めるシオニズムの思想が生まれ、ポーランドやロシアなど東欧からオスマン帝国領のパレスチナに入植する人々が現れた。

ドイツではナチスが台頭し、多くのユダヤ系ドイツ人アメリカ合衆国イギリス委任統治領パレスチナに逃げるように移住していった。ドイツとソ連によるポーランド侵攻が起きてポーランドが占領され、ポーランドを含むヨーロッパのユダヤ系の人々はナチス・ドイツが引き起こしたホロコーストにより多くが死亡した。

ポーランドのユダヤ人[編集]

第二次世界大戦前[編集]

第一次世界大戦後に独立を果たしたポーランド共和国は、ポーランド分割以前のポーランド国家同様、再び世界最大のユダヤ人人口を抱える独立国家となった。

ユダヤ系ポーランド人は、多くは商人となり時にその地域の富裕層になったりした[6]。 ユダヤ人は靴屋や仕立て屋などになったり、医者(ポーランドの全医師の56%)、教師 (43%)、ジャーナリスト (22%) そして弁護士 (33%)であった[7]。第2次大戦前までは、ユダヤ人の出版物も盛んに発行され、科学者数学者経済学者、文学家、などが貢献していた。(ノーベル賞受賞者レオニード・ハーヴィッツ(経済学)、アイザック・バシェヴィス・シンガー(文学))

1921-1931年頃、ユダヤ人はよくポーランド人とは認知されず[8]、ユダヤ人とポーランド人の関係は緊迫する結果となった[9]

1923年、ポーランドの全大学でユダヤ人生徒が、口腔医学で62.9%を占め、医学は34%、哲学 29.2%、 化学 22.1%、法律 22.1%(26% 1929年まで)となり反発の要因となった[10]。殆どのユダヤ人は高学歴であったが、政府官僚の地位からは除外された[11]

反ユダヤ主義は、第二次大戦前の数年に頂点を迎えた[12]。国内でユダヤ人商売のボイコット運動やコーシャー肉用の屠殺禁止運動など盛んになった[13]

1935年1937年、反ユダヤ事件が起こりユダヤ人は37名死亡し、外傷者500名であった[14]

1936年私企業 80.3%はユダヤ人経営となった[15]

ドイツがポーランドに侵攻するまでの1939年、この運動はエスカレートし、ユダヤ人への敵意はポーランド人右派やカトリック教会などの旨意の中心となった[16]



いいかね、ポーランドのユダヤ人(ロシア系ユダヤ人)たちが

西ヨーロッパの科学技術文明をロシアにもたらしたんだぜ。


ロシア系ユダヤ人は頭がいいんだぜ。

その頭のいいユダヤ人たちが、

ポグロムの時とナチスの迫害の時に

大量にアメリカに逃げたんだぜ。

この頭のいい東欧ユダヤ人たちがアメリカに渡って、

自分たちの言語を英語に変えてアメリカ文化を作ったんだぜ。

★ハリウッドの歴史
https://kabukachan.exblog.jp/21116852/

    ☟

ポグロムとユダヤ人のアメリカ移住
https://kabukachan.exblog.jp/25450166/

真のユダヤ史(ユースタス・マリンズ著)(4)
https://kabukachan.exblog.jp/18834504/

世界で唯一の白人大国・ロシア
https://kabukachan.exblog.jp/29350674/





[PR]
by kabu_kachan | 2018-03-11 23:12 | 白人 | Comments(0)
<< 日本語は 世界の中の サル言語 米朝首脳会談で非核化は実現しない >>