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デカルトによる科学革命(ドローンの歴史)

ルネ・デカルト(1596年~1650年)
徳川家康 (1543年~1616年)
アイザック・ニュートン(1642年~1727年)
関孝和  (生年不明~1708年)

Scientific Method - Galileo,Newton,Descartes, Bacon
https://www.youtube.com/watch?v=SBx2XAhR8PI

07. What did Newton learn from Descartes and Wallis?
https://www.youtube.com/watch?v=UiHiQmq1Ho0

Isaac Newton: The Man and his Hidden Life
https://www.youtube.com/watch?v=TJawNbIGYbo

BBC Documentary, Full Documentary, History - Sir Isaac Newton
https://www.youtube.com/watch?v=KUW-xcAbsVY

GL Isaac Newton and Rene Descartes - Google Slides
https://www.youtube.com/watch?v=GtcFB-FYdH4

Tesla Descartes Newton Voltaire Laplace
https://www.youtube.com/watch?v=diID_B17ikQ

Will Durant --- René Descartes (1596 - 1650)
https://www.youtube.com/watch?v=eyJUahX_b3A

いいかね、日本人諸君、
デカルトやニュートンと
パソコンやスマホは
つながっているんだぜ。
ここがわかっている日本人がいるのかね?
     ☟

A hands-on introduction to Python for beginning programmers
https://www.youtube.com/watch?v=rkx5_MRAV3A
このPythonを解説しているお姉さんは
MITを出ているんだぜ。
日本のサル諸君では無理だぜ。

Interview Steve Jobs and Bill Gates by Kara Swisher and Walt Mossberg at D5 Conference 2007.avi
https://www.youtube.com/watch?v=-LUGU0xprUo

いよいよ、暑い夏がやって来ただろ。
いいかね、日本人諸君、
アホ祭りも、アホ野球も、アホ相撲も、
サルでもできるんだぜ。
サルができることに感動してたら
サルと同じじゃないか。
サルがパソコンやスマホを作れるかね。
サルがプログラミング言語を作れるかね。
おい、パソコンやスマホと睨みっこして
サル遊びする暇があったら、
パソコンやスマホの動く原理は何かを考えろ。
演歌で水前寺清子が歌っているだろ。
「サルが~できな~い~ことをやれ~~!」

スマホの動く原理がわかって感動してみろ。
サルだから無理だろ。(笑)
「オ、オレはサルなのかぁ~~~~~~?」
って、また叫んでいるだろ。
スマホでサルゲームやっているときは
感動するくせに、スマホが動く原理が
わからないことをサルと言うんだぜ。

Steve Jobs Unveils The Original iPhone - Macworld San Francisco 2007
https://www.youtube.com/watch?v=e7EfxMOElBE

私の名句。
日本猿 車とスマホが おもちゃなり
日本人 サルがやること 自慢する
日本猿 進化の意味が わからない
科学とは 世界支配の 道具なり


いいかね、日本人諸君、
ミサイルもパソコンもスマホも、
科学に関するいっさいすべてが
世界支配の道具なんだぜ。
そして科学の最先端を
リードしている言語が英語なんだぜ。
残念ながら、日本語じゃないんだぜ。
いいかね、日本のサル諸君、
スマホも、現在注目されているドローンも、
最初に開発したのはアメリカ人なんだぜ。
残念ながら、日本人じゃないんだぜ。

The Drone Age
https://www.youtube.com/watch?v=9e_HkxOYgAE

History of the Modern Consumer Drone
https://www.youtube.com/watch?v=cR8M4Xl6N3U

7 Years Of Consumer Drone History (2012-Present)
https://www.youtube.com/watch?v=s35HIK_OGtY

RISE OF THE DRONES - NOVA (full documentary)
https://www.youtube.com/watch?v=ikuu2VU2WCk




数学史の窓から ― 教室で使える話題 ⑥

デカルトによる数学の革新

東京海洋大学名誉教授・学習院大学非常勤講師
中 村 滋

以下抜粋

「数学史の窓から」シリーズも6回目になりました。
今回はデカルトを取り上げます。
私の高校時代に次のエンゲルスの言葉を聞いて以来、
「デカルトによる変量の導入」はずっと気になっていたのです。
数学における転回点は、デカルトの変量であった。これによって、運動が,また従って弁証法が、数学に導入された。そのおかげで、微分的な方法と積分的な方法とが必然的なものとなった。微分法や積分法はすぐに相次いで発生し、ニュートンとライプニッツによってほぼ完成されたのであって、彼らの手で発見されたのではない。 (エンゲルス著『自然弁証法』)


デカルト登場

1637年にデカルトは、「我思う、ゆえに我あり」で有名な『方法序説』を出版します。これは近世合理主義哲学の基礎を築いたとされるエポック・メーキングな書物でしたが、序説はあくまでも序説であって、その後に大部の科学論考が3つ付いている大著でした。全体で500ページを超える大著の最初の78ページが哲学の歴史を変えたのです。3つの科学論考は試論と呼ばれ、『光学』『気象学』『幾何学』から成っていました。このうちの『幾何学』が数学の歴史を変えることになるのです。これは座標を使って幾何学の問題を代数的に解く「解析幾何学」を創始したと評される重要な歴史的な書物ですが、実はその中身 を見るともっとずっと重要なことがあります。

記号代数学の完成


一つは、記号代数学を完成したことです。前世紀末のヴィエトの画期的なアイディア をうけてそれをさらに徹底し、既知の定数を、a,b,c,d,・・・ などアルファベットの 初めの方で、未知数をx,y,z,・・・ などアルファベットの後の方で表すことにしました。 これだけではただ使った文字が変わっただけですが、デカルトは古代ギリシア以来の重い伝統だった「次元へのこだわり」を取っ払ってしまったのです。これはどういうことかと言うと、長さという量を2つ掛け合わせると面積になり、3つ掛け合わせれば体積になりますが、面積と長さを加えたり、面積と体積を加えたりすることは意味がないものとして、固く禁じられていたのです。この次元合わせのために次元の低い方に定数を掛ける必要がありましたし、長さを4つ以上掛ける意味もなかったのです。
デカルトは巻頭で「幾何学のすべての問題は、作図するために必要ないくつかの直線の長さを知りさえすればよいということに容易に還元することが出来る」と宣言した後で、加減乗除および累乗根の作図法を述べています。そして単位(1)を導入して、何次の式でも直線上の長さとして表されるとしたのです。これによって古代ギリシアの束縛から離れることが出来ました。これこそ近世数学の離陸の瞬間といえるでしょう。デカルトによっ て可能になった表現法を使うと、古代ギリシアでは、x2=ax+b2 のように次元を 揃えなければいけなかったものが、今度は、x3+bx=ax2+c などと書くことも 可能になったのです。なお、ここで出てきたx3 やb2 などの表記法もデカルトの創意です。等号だけ = ではない特別の記号を使ったのを除けば、今とほとんど同じ感覚で読むことが出来ます。これが記号代数学を完成させたという意味です。

変量の導入

もう一つ重要なことは、この融通自在の数式表現法完成と密接に関連しています。どんな曲線も式で表すことができ、その式を分析することで曲線のすべての性質は明らかにできる、とした彼は、いくつもの曲線を取り上げて分析をしています。例えば、デカ ルトは式 y2=2y-xy+5x-x2 から直ちに、y=1-x/2+√(1+4x- (3/4)x2 )を導いています。これは楕円を表していますが、xの値を決めればyの値 が決まることは明らかですね。
曲線y2=2y-xy+5x-x2 のような表記法が可能なのは、xが色々な値をとると、それに対応してこの式を満たすようなyの値が決ま るからです。こうしてこの軽やかな記号法によって「変量(変数)」(quantitès indeterminèes & inconnuës,不定かつ未知の量) の考え方が初めて可能になったの です。これがデカルトによる変量の導入です。

最新数学の普及

デカルトによるこれらの「革命」の意義をはっきりと認識し、フランス語で書かれた原書を当時の学問の共通語であるラテン語に訳したのは、オランダにいたデカルトの弟子スホーテンです。注釈や解説をつけて1649年にラテン語訳第1版を出版し、さらに自分で書いた解説的な著書や他の人の論文などを加えて、翻訳の第2版を1659年と61年に2巻本として出版しました。第2巻の巻頭にはスホーテンのライデン大学での講義録『普遍数学の諸原理 ― ルネ・デカルト幾何学の方法への序説』が収められていて、これが新数学への良い手引きになったのです。若き日のニュートンもライプニッツも『幾何学』だけではなく、これを読んでデカルトの記号法や考え方をマスターした のでした。 (以上、中央区民カレッジのレジュメより)


2.デカルトによる革命

もしも私が他の人よりも遠くまで見ることが出来たとすれば、それは単に私が巨人たちの肩の上に立っていたからなのです。(ニュートンのフック宛の返信(1676.2)の一節)

巨人たちの肩の上

1675年に王立協会でニュートン・リングに関するニュートンの論文が読まれた後でフックはニュートンに手紙を送り、光学上の意見を述べるとともに、間に人を介さずに直接文通することを提案しました。その返信の中でニュートンは、「デカルトの業績は大きな一歩です。あなた自身、様々な方法で、・・・、そこに多くのものを付け加えられました。」と書いた後、とても有名な上記の言葉を書いたのです。いつものニュートンらしくもなく、極めて謙遜なこの言葉は、直接にはデカルトとフックの光学上の業績を頭において書かれたものです。でも力学に例をとっても、慣性の法則を最初にきちんと捉えたのはガリレオ・ガリレイではなくデカルトでした。だからニュートンの言う「巨人」としては、真っ先にデカルトを考えるべきなのでしょう。ニュートンの言う巨人とは、8-9割方デカルトをさすと言い切る著者もいるほどです。

数学上の偉業

しかし、先駆者デカルトのこれら自然科学における偉業よりも、はるかに大きな仕事が、数学という世界でデカルトによってなされました。それが、記号代数学の完成であり、それによって可能になった変量の導入でした。それを少し詳しくお話しします。
彼が始めたことをまとめると、次のようになります。
(1)未知数をx,y,z,・・・ などで表し、既知数をa,b,c,・・・ などで表す。
これはヴィエトが導入したアイディアを引き継いで完成させたものでした。 (2)a2,b3,cx4,などのべき乗の書き方を工夫したのも彼でした。(1)とあわせて、記号代数学をほぼ完成させたと言ってよい仕事です。
(3)そして、以上のことよりも大きいのは、何次の式でも線分の長さで表せるとして、古代ギリシア以来の「次元の束縛」を脱したことです。これによって初めて、現在 学校教育でも普通になっている y=ax2+bx+c のような表記が可能になりました。一つの文字は何らかの長さを表す、とした無言の束縛の影響は大きくて、面積と体積を加えたり、そこから長さを引いたり、というようなことは古代ギリシア以来、意味のないことになっていたのでした。しかし、今から4000年近く昔の古代バビロニアでは、次のような問題が普通に解かれていました。
私が面積の中から私の正方形の1辺を引いたら870であった。 (BM13901№2)
正方形の面積から1辺の長さの4倍が引かれて780。1辺の長さはー(TMS 6)
このように、昔は自然に面積から長さを引いて2次方程式を解いていたのです。「次元の束縛」は厳密すぎる古代ギリシアで生まれたもので、ある意味では、数学のその後の自然な発展を阻害するものだったとも言えるのです。
以上をまとめると、彼の工夫によって初めてデカルトの正葉曲線 x3+y3=3xy
などを論じることが出来るようになったことが分かります。

変量の導入

そしてこの軽やかで万能な記号法は、数学の世界にもう一つの大きな変革をもたらします。それが変量の導入です。
(4)最初に引用したように「どんな曲線も式で表すことができ、その式を分析することで曲線のすべての性質は明らかにできる」とした上で具体的な曲線、例えば楕円 y2=2y-xy+5x-x2 からy=1-x/2+√(1+4x-(3/4)x2 )
を導きます。こう書けば明らかにxの値を決めるとyの値が決まることが分かりま す。そこで、任意のxに対してy2=2y-xy+5x-x2 を満たすyを求めて、
点 (x,y) を全部集めると、楕円になるのです。xが色々な値をとると、それに対応してこの式を満たすようなyの値が決まるからです。「こうしてこの軽やかな記号法によって変量(変数)(quantitès indeterminèes & inconnuës,不定かつ未知の量) の考え方が初めて可能になったのです。」
その後の数学の発展を考えるとき、この一歩は実に大きな一歩でした。数学史上の一つのエポックですが、その重要性のわりに正面から論じられることの少ないのは不思議です。今日のタイトルを、デカルトによる数学の革新、とした理由です。その重要性に気付いたスホーテンのような人たちは、この新しい記号法について大学で講義をし、
本を出版し、さらにデカルトの『幾何学』を当時の学問の共通語であるラテン語に翻訳し、多くの解説や講義録をつけて出版したのでした。

新世代による受容

デカルトの次の世代の数学者たちは、この画期的な記号法を急速に吸収し、自由自在に使いこなし始めました。若き日のニュートンもライプニッツも、スホーテンによる『幾何学』ラテン語訳(第2版、1659/61)とその解説論文を読んで最新の数学をマスターしたのです。ライプニッツは上記(4)の中に含まれているけれども、はっきりとは書かれていなかったxとyの対応関係に気付き、関数概念を functio というラテン語で表しました。ですから、新世代による受容と言っても、単なる受容を超えて、新たな発展をも意味していました。現代の数学にまで使われている便利な記号法は、若い世代によってその威力を存分に発揮し始めたのです。

微分積分学の構築へ

そして、ケプラー、カヴァリエーリ、トリチェリ、バロー、フェルマー、パスカルなどの天才たちによる、17世紀の初めから続いていた微分積分学形成への胎動は、デカルトが切り開いたこの新しい数学をマスターした2人の天才、ニュートンとライプニッツによってついに一つのアルゴリズムへと結晶していくのです。このときの微分積分学を作り上げるダイナミックな動きを追ってみると、ギリシア数学の幾何学的な厳密さにこだわったトリチェリやバローは、実質的に「微分積分学の基本定理」に気付きながら、それをアルゴリズムとすることが出来なかったことが分かります。「微分積分学」≒「無限小解析」は「無限小幾何学」 からではなく、「無限小代数」から生まれ出る運命にあったのです。こんなところからも、デカルトによる数学の革新の意義の大きさが分かります。
なお参考までに、日本の和算の記号について一言述べておきましょう。ニュートン、ライプニッツと同時代の天才関孝和は、傍書法と呼ばれる記法を考案して高次方程式を解きましたが、算木式に数を書いた脇に係数などを書く方法にはやはり限界がありまし た。次の図は、-c+(ab-c2)x+(a-2b2)x2-x3=0 を表していますが、これでは、工夫を重ねて高次方程式を解くのが精一杯ですね。関孝和に関数概念の萌芽が見られるといっても、これでは関数概念が発達しなかったのも当然だと思えます。


デカルト革命の完成

現在の数学に直結している記号法の基礎を作り上げたデカルトは、1650年に極寒の地スウェーデンで生涯を終えますが、その影響は死の直後からじわじわと浸透し、数学の書き表し方をまるで変革してしまいました。しかも、単に書き方を変えただけではなく、数学そのもののあり方を大きく変えるものになったのでした。なぜなら、それは「変数」概念を可能にし、それによって変数の間の対応関係を「関数」として捉え、表現することを可能とし、そして現在の数学の脊柱と言っても良い「関数」登場の素地を作ったからです。
実際に「関数」概念を数学の中心に据えたのは、およそ100年後のオイラーでした。
1748年に出版された『無限解析入門』は、変数、関数の定義から始めて、三角関数や指数関数を含む多くの関数を導入し、有名なオイラーの公式や、偶数の自然数に対するゼータ関数の値などを紹介した名著です。関数記号なども含めて、
「デカルト革命」はここに完成したといって良いでしょう。最後にこの本の、オイラーの公式を書いたページを見ていただきましょう。√-1 はもちろん虚数単位です。
今日のお話はここまでです。皆様、どうもお疲れさまでした。


おまけ!

Top 10 Best Countries To Live In The World In 2019
https://www.youtube.com/watch?v=VoCZgykBynw


by kabu_kachan | 2019-07-25 22:21 | 科学 | Comments(0)
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